表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚ろな器  作者: 髙津 央
魔道犯罪
44/51

44.推理

 翌日、志方(しかた)の目が覚めたのは、昼を少し回った頃だった。ベッドの上に身を起こすと、筋肉痛で体のあちこちが(きし)んだ。

 時計を見てギョッとしたが、すぐに昨日の説明を思い出した。


 ……今日は、休みになったんだった。


 夢すら見ない真っ暗な眠りだった。

 頭の芯に痺れが残り、すっきりとした目覚めではない。トイレに行き、ついでに顔も洗ったが、すっきりしない。

 それでも、手足の重さはなくなり、体の疲れは粗方(あらかた)取れていた。


 他学年は授業中で、寮は静かだ。

 部屋に戻り、布団に潜り込む。

 枕元の呪符は灰になっていたが、(まぶた)を閉じると、考え事をする間もなく、意識が落ちた。


 二度目に目が覚めたのは、十五時過ぎだった。授業はまだ続いている。

 眠気は取れたが、何も考える気力が湧かなかった。

 のろのろと私服に着替える。

 食欲はないが、水分を摂りに食堂へ降りた。


 厨房は夕飯の仕込み中で、調理師たちが忙しく働いている。


 六人掛けの席で、副委員長の〈雲〉と〈三日月〉が、そうめんをすすっていた。

 同じ食卓で、神社の子二人と〈(いつき)〉と〈森〉が麦茶を飲んでいる。


 志方はカウンターからコップを取り、椅子をひとつ寄せて、その輪に加わった。

 乾いて貼りついていた喉へ、麦茶を一気に流し込む。砂地に零したようにすっと染み透り、人心地ついた。

 よく冷えた薬罐(やかん)からもう一杯注いで、今度はゆっくり飲む。


 二杯目を飲み干したところで、〈雲〉に声を掛けられた。

 「〈(わっか)〉君も、そうめん食べる?」

 「んー、今、食欲ないから、パス」

 「まぁ、もうすぐ晩ご飯だもんね」

 副委員長は、再びそうめんをすすった。口の横に葱がくっついている。誰も指摘しないので、志方も黙っていることにした。

 三杯目を注ぎ、ちびちびと口を湿らせる。


 「ごちそうさまでした」

 〈三日月〉が箸を置くと、テーブルに座っていた梅路(うめじ)が、主の膝に降りた。


 麦茶のおかわりを注いで、〈森〉が暗い声で教えてくれる。

 「さっき〈双魚〉先生が来て、晩ご飯の後、ここで、昨日わかったことを教えてくれるって言ってた」

 「……わかった事って……………………あれ……か?」

 「うん。それ。聞きたくない奴は、部屋に戻ってろって言ってたけど、〈輪〉君はどうする? ボクは気になるから、怖いけど、聞いとこうかなって……」

 何となく、声に出す事が(はばか)られ、あれとそれで話を進める。


 志方は躊躇(ためら)うことなく、(うなず)いた。

 「知らないままだと、ワケわかんなくて、余計怖いもんな。俺も聞くよ」

 「今、何があったか、説明してるとこだったんだ」

 神社の子〈(なぎ)〉が小声で言い、志方の為に概略を繰り返した。


 A班は、先に家の外側を魔法で洗い、二手に分かれて雨戸と窓を開けに入った。

 東側は班長の〈(ひいらぎ)〉と、〈柄杓(ひしゃく)〉、〈水柱(みはしら)〉の三人が回った。


 手前の部屋でゴミを見つけて回収し、最後に廊下から北東端の部屋に入ろうとしたが、何故か、(ふすま)が開かなかった。

 【灯】を持つ班長が、隣室から確認しに入り、念の為に〈柄杓〉がついて行った。〈水柱〉は廊下の掃除を始めた。


 部屋に入ると【灯】が消え、班長の〈柊〉も、その場から動けなくなった。

 床から魔物が出現し、〈柄杓〉が悲鳴を上げた。


 「……で、びっくりして、俺らもあっちの部屋に走ってったんだ。後はまぁ……うん」

 西側を開けに行った〈(なぎ)〉は、曖昧に濁して締め括った。同じく西側だった〈三日月〉と〈森〉も頷く。


 「だから、まぁ、〈柊〉さんのせいじゃ……ないんだけどね……」

 「何か、凄い責任感じちゃってて……今は〈白き片翼〉先生と〈火矢〉ちゃんが、ついててくれてるんだけど……」

 「あー……まぁ、なぁ……」

 あの惨事の引き金を引いてしまったら、責任を感じずにはいられないだろう。


 「今だから言える結果論だけどね、懐中電灯か何か、魔法じゃない灯もあれば、罠に引っ掛からなくて済んだんだよな……」

 視えない〈樹〉が溜め息を()いた。

 志方も薄々そうだと思っていたが、声に出してはっきり「罠」と言われ、ドキリとした。


 「やっぱり、魔法使い用の罠だったんだ……」

 魔法使いの〈森〉が頭を抱える。〈三日月〉は使い魔を抱きしめ、目を閉じた。〈雲〉は箸を置き、そっと小さく溜め息を吐いた。


 見鬼(けんき)の〈(なぎ)〉が、努めて明るく言った。

 「酷い目に遭ったけど、いい経験にもなったよな。あー言う罠もあるってわかった。勉強になった! 次から気を付けられるから、いい経験になった! うん、何事も、失敗から勉強するもんだって、〈筆〉先生もしょっちゅう言ってるもんな!」

 半ば自分に言い聞かせるように、力強く宣言する。


 生きたまま、自分の足を魔物に食われる経験は、なかなかできるものではない。


 それまで黙っていた〈(さかき)〉が、コップを置いて口を開いた。

 「確かに、魔道犯罪がどういうものか、警察官になる前に身を(もっ)て知ることができたのは、収穫だな。本物の犯罪者を相手に、全員、生き残った。それだけでも重畳(ちょうじょう)だ」

 将来は警察官になりたい、と公言している〈雲〉を見て言う。〈榊〉自身は卒業後、実家の神社の巫女になる。


 警察に就職したら、毎日、あぁ言うのと関わらなきゃなんないのか……


 志方は、初老の刑事が昨日、応援に呼んだ専門捜査官の仕事の一旦を垣間見て、気持ちが沈んだ。〈雲〉は敢えて険しい茨の道を選んだことになる。


 あー……でも、苦労のない仕事なんかねぇよな……


 志方は、民間の駆除業者にも、それなりの苦労が付き纏うことに気付き、思い直した。

 公務員の方が給料を保証されている分、マシかも知れない、と世知辛い思いが頭の隅をチラリとかすめる。


 ん? 自衛隊の特殊部隊も、公務員か……でも、こっちはこっちで……うーん……


 現場の仕事を目の当たりにし、志方は〈筆〉先生の授業を初めて受けた日よりも強く、職業を意識した。


 「お父さんがね、時々、警察に手伝って欲しいって呼ばれるって……」

 使い魔の三毛猫を撫でながら、〈三日月〉が言った。〈三日月〉の父は、日之本帝国で民間の退魔師として働いている。


 「それとね、裁判所にも専門家として、鑑定とかに呼ばれたりするけど、そっちは日当があんまり出なくて、ヤだけど、断れないんだって」

 「あぁ、そっか、魔法使い少ないもんね。専門の部署がない警察署もあるよね」

 警察志望の〈雲〉が納得する。


 警察は人手不足なのか。

 じゃあ、魔術検定とか、退魔師の免許とか、資格取っとけば、よっぽどのことがない限り、採用試験で落ちない……のか?


 大学生が就職活動で苦労しているニュースを頻繁に目にする。

 百社以上に断られ、自殺する学生も後を絶たない。


 志方はそのニュースを見る度に、普通の人が「普通であること」を求められ、その普通の人が「普通であること」が難しいことに、何となく矛盾を感じていた。


 普通のサラリーマン目指しても、競争率、洒落になんねーよなー……


 志方は進路について、もう少し落ち着いてから改めて考えることにし、今は目の前の問題に集中する事にした。


 「……あの、さ、何となく、不動産会社の中の人がさ、犯人なんじゃないかと思うんだけど、どう思う?」

 「あー、それっぽいね。けど、まだ決まった訳じゃないから……」

 志方は思い切って言ってみた。

 副委員長が、慎重に言葉を選んで同意する。皆も同じことを考えていたのか、(うなず)いていた。


 「何者であるかはともかく、随分と、ふざけた連中ではあったな」

 けしからん、と〈(さかき)〉が眉間に縦皺を寄せる。


 〈樹〉が、ふと気付いたことを口にした。

 「あの人たちも、魔法使いなのかな?」

 「えっ……? さぁ?」

 魔法使いの〈三日月〉が首を傾げ、赤い髪が揺れる。

 使い魔の梅路が、主の真似をして小首を傾げた。


 少し考え、使い魔を持たない魔法使いの〈森〉が推測を述べる。

 「違うんじゃ……ない、かな?」

 「どうして?」

 「魔力があるんなら、別に魔法陣に【吸魔符】みたいなのとか、組込まなくていいんじゃないかな? 魔法使いに嫌がらせするのが目的なら、別だけど……」

 副委員長の疑問に、自信なさそうに答えた。


 各々、昨日の鏡の声を思い出し、(しば)し、怨恨の線で推理を巡らせる。


 「何か、そんなノリじゃなかったよな。もっとこう……何て言うか『ネットで拾った魔法陣の画像、ホントに効くか、丁度、魔法使い来るし、試してみようぜ』的な……?」

 魔力を持たない〈(いつき)〉が、見て来たように推論を述べた。


 志方は充分有り得そうな気がして、頷いた。

 「あー、何か、ホントにありそうで、ヤだな……」

 「何の魔法陣か訳もわからずに描いたってこと?」

 魔法使いの〈雲〉が目を丸くし、梅路が小馬鹿にして鼻を鳴らす。


 〈榊〉が呆れて言う。

 「いい年の大人が、後先も考えずに……」

 「まぁ、大学生とか、後先考えずに心霊スポットに(とつ)して、憑かれたとか、祟られたとか言って、俺ん家の神社に泣きついて来たりするしなぁ……」


 「自分で言っといてアレだけど、もしホントにそうだったとしたら、無責任だよな。自分たちが何やってるか、自覚がなくて、結果がどうなるかわかってなくて、何の責任も取る気がないって、バカ丸出しじゃないか」

 占い師志望の〈樹〉が(いきどお)る。


 魔法使いの〈森〉が、緑の瞳を曇らせた。

 「父さんが外国で退魔師のお仕事してるんだけどね、自分で制御しきれない力には、手を出しちゃいけないって、いつも言ってる。父さん、興味本位で呼び出されたけど、手に負えなくなった魔物とか、退治してて大変なんだって……」

 「他にもあんなのホイホイ呼び出す奴、居んの!?」

 志方は思わず腰を浮かせた。


 〈(なぎ)〉が座るよう手で促しながら言う。

 「金掛けりゃ、まぁ、なぁ」

 「金?」

 「水晶」

 「あぁ! ……って、一般販売、あんの?」


 高等部からの外部生〈樹〉が、頷いて説明する。

 「少ないけど、扱ってる店はあるし、俺も行ったことがある。ネット通販で個人輸入もできるけど、(まが)(もの)掴まされることも多いみたいだ」

 「へぇー……」

 「そう言えば、私のお父さん、仕事が暇な時は、水晶に魔力籠めてるって言ってた」

 「へぇー」

 民間企業に勤める退魔師の父を持つ〈三日月〉が、思い出して付け加えた。志方はそれにも感心した。


 ん? 魔力があれば、そう言う副業もできるのか。

 食いっぱぐれなくていいなぁ……


 志方は魔力を持つ〈雲〉、〈森〉、〈三日月〉を順繰りに見た。〈森〉は、ひきこもりはダメだ、と言っていたが、水晶に魔力を籠める内職をするなら、そう言う生き方も可能なのではないか。


 ……楽しいかどうかは、別だけど。


 「あ、そうだ。もし、さ、犯人捕まったらさ、どうなるんだ?」

 「最近……二、三年前かな? 魔道犯罪に関する法律が改正されて、色々と厳しくなってて……えっと、最高が死刑。最低でも懲役七年とか。勿論(もちろん)、賠償とかは別で」

 志方の質問に博識な〈樹〉が答える。


 委員長たちのA班は、あの魔法陣で、危うく命を奪われるところだった。


 「どのくらいの刑が科されるかわからないけど、それなりのことになって欲しいよな」

 「魔力のない素人ならば、刑務所内では、外に助けを求めることも何もできんだろう」

 神社の子〈(なぎ)〉と〈(さかき)〉が、罰が当たればいいのに、と言いたげに吐き捨てた。


 B班の班長〈雲〉が不安げに言う。

 「でも、出てきてから、逆恨みで変な呪い掛けられたりとかしたら、ヤだな……」


 「呪詛返しで返り(うち)にしてやればよい」

 まだ見ぬ犯人を睨みつけるような鋭い目で、〈榊〉が言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ