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虚ろな器  作者: 髙津 央
魔道犯罪
43/51

43.夕闇

 外の風は涼しく穏やかで、疲れ切った志方(しかた)たちを(いた)わるように廃村を渡った。

 踏み固められた土の農道を通り、手すりのない、山道同然の細い階段を登る。


 志方は、広場で振り返った。

 洗浄済みの瓦屋根が、夕日を受けて鈍色に輝いている。

 外から見る分には、キレイな田舎家だ。棚田に生い茂った夏草が風に揺れ、シオカラトンボが飛び立つ。

 志方はトンボの行方を目で追い、同級生の後を追った。


 事務員は、険しい顔で本部の縁側前で待っていた。

 生徒が全員揃っていることを確認し、頰を緩める。紙コップに麦茶の残りを注ぎ、一人ずつ手渡して(いたわ)ってくれた。


 一杯飲んで一息吐くと、台所に通され、〈匙〉先生と〈白き片翼〉先生に洗われた。


 (さら)われそうな意識を何とか繋ぎ留め、生徒たちは立っていた。

 委員長は、〈白き片翼〉先生の上着の(すそ)を掴んで、放そうとしない。


 先生は〈(ひいらぎ)〉のしたいようにさせて、事務員に言った。

 「〈双魚〉先生は、まだ警察の方にご用がありますので、子供たちを先に帰らせて下さい」

 これからのことを案じたのか、事務員は険しい表情で頷いた。


 事務員と〈匙〉先生が、マイクロバスに荷物を積み込む。

 手伝えとは言われず、その気力もない。〈白き片翼〉先生と委員長が、本部の戸締りをした。

 委員長も、先生と離れたくない一心で、ついて回っているだけだ。


 志方たちは、縁側に座ってぼんやり、向かいの山を眺めていた。

 気が抜けて、座った途端、居眠りを始めた生徒も居る。

 暮れなずむ山の陰は深く、(ねぐら)に帰る(カラス)の群れが、数羽毎に分かれて山の向こうに消えてゆく。


 風が凪ぎ、(くさむら)で虫が歌い始めた。

 志方は気力を振り絞って、向かいの山を見詰めた。

 山の気が化したモノたちが、蝙蝠と共に夕凪の空を漂っている。


 志方は戸袋の群れを思い出した。〈渦〉の突飛な行動と、蝙蝠の群れに驚いたことが、遠い過去に感じられた。

 とても今日、同じ一日の出来事とは思えない。手足が重かった。


 捜査員が二人、細い階段を登って来た。砂利道に出ると会釈し、パトカーに向かう。

 「専門の捜査官が近くまで来たので、誘導に行きます」

 「ご苦労様です。お気を付けて」

 丁度、荷物を積み終えた〈匙〉先生が、捜査員を(ねぎら)った。鏡は捜査に必要なのか、まだ例の古民家にある。


 あの人たちってさ、何なんだろうな……


 軽いノリのリア充系集団だった。まだ、あの五人の仕業とは断定できないが、可能性は高い。


 あんな軽いノリでさ、委員長たちは……化け物に食い殺されそうになったんだ。


 何を思い、何の目的で、何故、深夜にこんな場所を訪れ、複雑な魔法陣を描いたのか。

 志方には想像もつかない。


 最低でも、俺たちにゴミ、片付けさせようとしてたしさ、不法投棄と不法侵入だよな。


 五人の声の調子には、悪事を働く事への(おそ)れは、微塵(みじん)もなかった。

 (むし)ろ、これから行うことへの期待と昂揚感に、はしゃいですらいた。

 魔道学院の生徒が数日後、清掃に訪れることを知った上での不法侵入、不法投棄。そして……


 もしホントに、あいつらが魔法陣、描いたんだとしたらさ……

 ガチで殺しにかかってる? ……俺たちを……? 何で……?


 志方は、体の芯に氷塊が発生したように、一瞬、呼吸が止まった。一番考えたくない可能性に思い至り、一気に眠気が吹き飛ぶ。


 縁側の雨戸が閉められ、生徒はマイクロバスに移動させられた。

 シートベルトの装着を確認すると、事務員はエンジンを始動した。


 砂利道を戻り、緑のトンネルを抜け、アスファルトの県道に出た辺りで安堵したのか、縁側では眠らなかった生徒たちも、寝息を立てている。

 視えない〈(いつき)〉も、志方の隣で眠りに落ちていた。


 東の空は既に濃紺に染まり、西の空には夕日の残滓が輝いている。

 羽虫を追って舞う蝙蝠に混じって、雑妖や闇に属する山の化生(けしょう)が、宙を漂い始めた。


 眠れない志方は、学院への帰路、悪い夢のような現実の魔物を視ながら、今日一日を反芻した。


 山の陰に入る度に、闇が落ちる。

 点在する街灯と、マイクロバスのヘッドライトの他に、灯は見えない。対向車もなかった。


 車窓を流れる黄昏の闇に目を凝らすと、山の妖魔が(ひし)めいていた。

 牛馬に似たモノ、人に似て非なるモノ、草木の化したモノ、鳥のように飛ぶモノ。

 ヘッドライトを浴びても影を生ずることなく、木立の影を背景に、幻のように現れては消える。


 逢魔(おうま)が時の車窓の外で、(うた)うような声が、長く尾を引いた。


 マイクロバスが学院の敷地内、結界の内側に入ったのは、日没後だった。車窓から、ふっつりと妖魔が消える。

 事務員は、寮の玄関前にマイクロバスを横付けにした。


 校長と教頭、〈筆〉先生と管理人が、高等部一年の帰りを待っていた。

 「皆さん、よく頑張りましたね」

 「みんな、命が助かってよかった」

 「お疲れ様、大変だったね」


 マイクロバスから重い足取りで降りて来る生徒を、校長、教頭、管理人が口々に(ねぎら)い、肩を抱く。

 半数以上の生徒が、安堵の涙を零した。


 「今夜は眠れんだろうからな。これ、使え」

 呪符師の〈筆〉先生が、一人一人に【安眠】を手渡した。


 いつもより遅い夕飯は、(あぶ)った鶏ハムとサラダ、ご飯と味噌汁だった。

 給食のおばちゃん達は、既に退勤していた。


 管理人が味噌汁を温め直し、冷蔵庫からラップのかかったおかずを出す。

 「今日と明日は、食堂の当番と掃除当番はお休み。その代り、ゆっくり眠って」

 管理人がカウンターの向こうから、夕飯をもそもそ口に運ぶ十二人に言った。

 心なしか、声音がいつもよりやさしい。


 志方は食欲がなかったが、体調を考え、半ば無理矢理、サラダを口に押し込んだ。

 食べ始めると、胡麻ダレの香ばしさに促され、すんなり箸が進んだ。


 誰も何も言わず、箸が食器に触れる音が、灯を半分落とした人気(ひとけ)のない食堂に反響する。

 通夜の会食の方が、余程賑やかだ。


 後から入ってきた〈匙〉先生と〈白き片翼〉先生は、自分で配膳して食事を始めた。〈双魚〉先生はまだ戻らないらしい。

 担任の〈匙〉先生は、明日の授業が休みになった事だけ告げると、一気に掻き込み、慌ただしく出て行った。


 疲れ切って、一刻も早く休みたい筈だが、自室で一人になるのが怖いのか、食事を終えても、ちびちびと麦茶で口を湿らせ、生徒は誰も席を立たない。


 食事を終えた〈白き片翼〉先生が、穏やかな声で言った。

 「今夜は〈匙〉先生と私が、談話室に泊ります。どうしても眠れなければ、降りてらっしゃい」


 生徒たちは互いに顔を見合わせると、そろそろと腰を上げ、自室に戻った。


 志方は枕元に先生の【安眠】を置き、辛うじてパジャマに着替えた。

 手足が重く、布団をめくる事さえ、おっくうだ。

 蚊の鳴くような声で、何とか呪符の効力を発動させた所で、意識が途絶えた。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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