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虚ろな器  作者: 髙津 央
魔道犯罪
41/51

41.犯罪

委員長〈柊〉達のA班が最後に掃除した家の間取図。

挿絵(By みてみん)

 赤い部分は、木の板が打ち付けられ、固定されていた。

 魔物が居なくなった部屋で、生徒たちは呆然と立ち尽くしている。〈双魚〉先生の言った通り、自分たちだけで何とかなった。


 ……ホントに、倒せたのか? あれで、全部?


 余りの呆気なさに、志方(しかた)は不安に駆られ、室内を見回した。【灯】が発する月光に照らされ、薄明るい。窓が塞がれ、太陽の光は入らない。


 床に直接描かれた魔法陣は、完全に沈黙し、何の力も感じられなかった。

 廊下では、〈白き片翼〉先生がやさしい声で、呪文の詠唱を続けている。


 内科っぽいって聞いてたけど、怪我も治せるんだ……


 志方がぼんやりしていると、〈水柱〉が、ふらふらと廊下に出た。〈渦〉、〈樹〉、〈榊〉も後に続く。志方は取り残されそうになり、慌てて追った。


 「〈匙〉先生、すんませんが、刑事さんと会社の人ら、連れて来てくれませんか? あ、それと、鏡持って来て下さい」

 自分の顎をこねくり回し、何か考え込んでいた〈双魚〉先生が口を開く。〈匙〉先生は気軽に応じ、術で跳んだ。一瞬で姿が消える。


 廊下は、野戦病院のようだった。

 治療を受けた三人は、壁際で虚ろな目をして(うずくま)っている。

 ジャージのあちこちが破れ、肌が露わになっていた。魔物に喰い千切られた傷は、痕にならず、何事もなかったかのように治っている。

 衣服に残った血の染みの広がりが、傷の(ひど)さを物語っていた。


 A班の班長〈(ひいらぎ)〉は、蹲って顔を伏せたまま、全く動かない。

 神社の子〈(なぎ)〉は、呆然と虚空を見詰めている。


 拳の一撃で魔物を葬った〈柄杓(ひしゃく)〉は、肩を抱いて震えていた。〈火矢(ひのや)〉がその細い肩にそっと手を置き、寄り添う。

 使い魔の梅路(うめじ)も足の傷を癒され、〈三日月〉に抱かれて目を閉じている。〈三日月〉は頻りに梅路の背中を撫でていた。


 他の生徒たちも壁にもたれている。

 誰も、一言も、口を利かなかった。


 一通り治療を終え、〈白き片翼〉先生は水をバケツに戻し、ホッと息を吐いた。


 あんな化け物にいきなり襲われて、生きたまんま、自分の肉食われたんじゃ、そりゃ、トラウマにもなるわ……


 志方は、何と声を掛けていいかわからず、立ち尽くした。


 「先生、あの魔法陣って、何なんですか?」

 声を潜めて、〈(いつき)〉が質問した。


 あの化け物は、霊視力を持たない〈樹〉の肉眼にも見えていた。だからこそ、(ほうき)に【炉】を付け、加勢できた。

 つまり、雑妖と違って実体を持っていたのだ。


 「両輪(りょうりん)の国でよく使われる術式だな。他人の魔力を借りて、術を発動させるんだ。使いたい術に、吸魔と充魔の術を織り込む。素材やらなんやら、詳しいことは知らんが、あっち方面では、罠や犯罪の手口にも利用される」

 廊下から部屋の奥を見遣り、〈双魚〉先生が淡々と答えた。

 先生は自前の魔力で術を行使できるので、詳しく知る必要がないのだろう。


 志方は、イヤな話に鳥肌が立った。


 仮に、警察のそう言う部署に就職したとして……と、志方は想像した。

 上に絨毯(じゅうたん)でも敷いて隠されれば、自分なら、まず気付かないだろう。魔力がないので、術を発動させることはないが、同僚が魔力を持っていたら……と考え、背筋が寒くなった。


 途中から加勢しただけでも、こんなに足が震えている。

 いきなり襲われたA班の恐怖は、いかばかりか。想像することさえ恐ろしい。


 志方はA班の面々を見回し、言葉を失った。

 どう考えても、掛ける言葉が見つからない。


 「掃除の続きは……」

 〈双魚〉先生が言い終わらない内に、何人かが力なく首を横に振った。

 「しなくていいぞ。現場検証があるからな。これは、れっきとした魔道犯罪だ」

 犯罪の単語に、志方の心臓が跳ねあがった。


 偶然、巻き込まれた? それとも、俺たちを狙って……?


 不安に怯える目が、〈双魚〉先生に注がれる。

 先生は一人一人の顔を見て、その視線を受け止めた。〈柊〉は相変わらず、(うつむ)いている。


 「まぁ、今回は突然で驚いたろうが、自信を持て。一人も欠ける事なく、生き残って、魔物を全部倒せたんだ。お前たちは、もうそれなりの力を身につけている。恐怖に心を食われんように、もっと自信を持てよ」


 「嘘ばっかり!」


 それまで微動だにしなかった〈柊〉が、勢いよく立ちあがった。

 級友たちは呆気に取られ、委員長を見守る。


 「先生が見回りしたから大丈夫とか! 私たちの手に負えないモノは居ないとか! 嘘ばっかり! さっき、私に『お前もまだまだだ』っておっしゃったじゃありませんか! 私に力がないから、負けたんです! 私のせいで皆が……!」

 尚も叫び続けるが、何を言っているか、涙で聞き取れない。


 〈白き片翼〉先生がそっと歩み寄り、抱きしめた。〈柊〉は先生の胸に顔を埋め、幼子のように泣きじゃくる。

 「大丈夫、もう大丈夫よ。怖かったのね。もう大丈夫よ。怖くないのよ」


 先生は、やさしく声を掛けながら、〈柊〉の震える背中を撫でた。

 「私が……! 私のせいで……!」

 「違うのよ。あなたは悪くないのよ。悪いことする人がいけないのよ」


 警察と会社の関係者を連れて、〈匙〉先生が戻ってきた。

 先生と捜査員の二人掛かりで、本部の鏡を運んでくる。廊下の空気が張り詰めた。

 委員長が泣きじゃくる以外、誰も口を開かない。

 鏡はひとまず、〈双魚〉先生の指示で、魔法陣の隣室に設置された。


 〈双魚〉先生が、ざっと説明する。

 隣室から首を伸ばして、魔法陣を覗いていた会社関係者が、部屋の隅に退いた。捜査員たちも、気味悪そうに顔を見合わせる。


 「さっき、本職の捜査員を呼びましたが、ちょっと現着(げんちゃく)に時間が掛かるそうで……」

 年配の刑事が、申し訳なさそうに言う。


 「いえいえ、すみませんね。こちらこそ、生徒の安全を第一にしましたんで、出て来た魔物は全て灰にしてしまいましたし、生徒の傷も癒してしまいましたんで、証拠保全も何もできてませんで、すみませんね」

 〈双魚〉先生は、大して済まないと思っていなさそうな調子で言った。


 証拠、と言う言葉に顔を上げ、〈水柱〉がゴミ袋を持って立ちあがった。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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