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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午後
40/51

40.共闘

 「おーい、みんなー……」

 副委員長〈雲〉の、息切れした細い声も聞こえる。

 (カラス)玄太(げんた)が、開け放たれた(ふすま)の前を通過し、突き当りの窓に止まって一声鳴いた。


 B班の生徒たちは、立ち止まって襖の中を覗いた。

 「何じゃこりゃーッ?」

 「わかんない。助けて……〈(ひいらぎ)〉ちゃんが捕まってるの」

 「隣の部屋に、ヘンな魔法陣があるんだ」

 驚愕の声を上げる級友に〈三日月〉と〈森〉が、助けを求めた。


 〈(ひいらぎ)〉は〈三日月〉の言葉に、胃が痛んだ。

 そんな場合でないことは、充分承知しているが、罪悪感と敗北感が〈柊〉を(むしば)む。


 水を満たしたバケツを持った〈水柱(みはしら)〉が、〈双魚(そうぎょ)〉先生と共に隣室に足を踏み入れた。

 「下見の時は、こんな物、なかったんだがなぁ……」

 先生は、首を傾げながらも、小声で呪文を唱えた。


 簡易結界の前をうろつく魔物を指差す。

 風船が割れるような乾いた音を立て、銀鱗の魔物が消えた。

 「あ、これ、お前らでもいけるわ。やれ」

 先生は廊下に下がり、顎をしゃくった。


 どんな術を使ったのか、プロに掛かれば、一撃だった。

 満身創痍(まんしんそうい)の未熟な生徒たちに、何ができるのか。


 「A班とB班、全員で掛かれ」

 「えッ? やれって……ッ?」

 「どーすんですかッ?」

 「もう【魔滅符】使い切ってるし!」

 「ヒント下さい! ヒント!」

 生徒たちから悲鳴が上がる。


 〈双魚〉先生は、面倒臭そうに頭を掻いて、さらに離れた。

 「んなもん、自分で考えろ。危なくなったら、助けてやる」


 今、現にA班、血だらけで、どう見ても危ねーよ……スパルタ過ぎんだろ、先生ッ?


 志方(しかた)は銀鱗の魔物と、〈双魚〉先生を見比べた。


 残る魔物は三匹。

 委員長〈柊〉、神社の子〈(なぎ)〉、占い師志望の〈柄杓(ひしゃく)〉は、魔物に喰い付かれ、負傷している。

 動ける者も、できることも、限られていた。


 どーすりゃいいんだよ……


 「そっちのお部屋、暗いから【灯】点けるねー」

 呪符の力を開放し、〈渦〉が部屋を仕切る(ふすま)に貼った。月光に照らされ、床の魔法陣がより鮮明になる。


 窓と、廊下に面した襖は、厳重に板が打ち付けられ、塞がれていた。


 魔法陣の中心に魔物が半分、突き出ている。魔物の鱗がギラギラと光を反射する。

 魔法陣の数歩中寄りで〈柊〉が立ち(すく)んでいる。流れる鮮血が光を返し、床に溜る。


 〈水柱〉がバケツの水を起ち上げ、床に滑らせた。

 板敷に広がる赤と青の血溜りが、魔力を帯びた水に流される。そのまま魔法陣に突入し、洗浄を始めた。


 ポーチから【消魔符】を取り出し、〈(さかき)〉が魔法陣に近付きながら、呪文を唱える。

 簡易結界から出た〈三日月〉が、魔物本来の姿に戻った使い魔を呼び寄せ、抱きしめた。

 銀鱗の魔物は、相変わらず、〈柊〉、〈柄杓〉、〈(なぎ)〉の肉を齧っている。


 「何だこれ? スゲー重いッ?」

 水を操る〈水柱〉が、額に脂汗を浮かべた。水の動きが鈍い。


 再び体が重くなった〈柊〉が、推測を述べる。

 「この魔法陣には、【吸魔符】と同じ効果があるようです。【消魔符】一枚では、完全停止できず、水に掛けた術の魔力を吸われているのだと思います」


 「ゲ……じゃあ、やめた方がいい? それか、やっぱ、魔法陣消すのが先?」

 返事を待たず、魔法陣から水を引き揚げようと、動かす。

 水は突然、制御を失い、そのまま床に広がった。魔力を吸い尽くされたらしい。〈柊〉の足元が水浸しになる。


 ポーチを探り、〈(いつき)〉は残っていた呪符を取り出した。

 箒の柄に貼り付け、起動する。火柱が上がり、巨大な歯ブラシのようになった。


 火を噴く箒を勢いよく振り降ろす。

 A班の班長〈柊〉に歯を立てる魔物の腹に当たった。黒煙とドブ臭が上がる。

 熱さに驚き、口を開いた魔物を〈水柱(みはしら)〉が蹴り上げた。


 箒に貼った【炉】の火は、まだ燃えている。〈樹〉は、〈柄杓〉の背を齧る魔物を【炉】の炎で殴りつけた。

 銀鱗の魔物は床に落ち、火傷を受けた身を捩り、のたうち回る。


 余燼(よじん)で〈(なぎ)〉に喰らい付いた魔物の目を焦がす。〈梛〉の手の甲から口を放し、床を転げ回った。白濁した小さな目玉が落ちる。


 魔法陣に、発動した【消魔符】が投げ込まれた。


 中心から出現しつつあった銀鱗の魔物が、二つの世界の間で分断される。

 こちら側に現れていた部分が倒れ、青い血が床に広がった。断面は切れ味のいい刃物で切断されたようにキレイだ。

 切り口が急速に色を失い、半分の魔物は灰になって崩れた。


 急に解放された〈柊〉が、支えを失って魔法陣の外側に倒れる。〈水柱〉が支え、そのまま肩を貸して廊下に連れ出した。


 「あんな雑魚に食われるとは、お前もまだまだだな。ま、そのくらいなら〈白き片翼〉先生が、キレイに治して下さる。痕は残らんから、安心しろ」

 傷の具合を確めた〈双魚〉先生が、安心させようと、軽く言って笑う。〈柊〉は床に蹲り、顔を上げられなかった。

 〈水柱(みはしら)〉は何も言わず、すぐ部屋に戻った。


 「文間(あやま)にて(あや)()(あや)(あやか)りて、(あや)しき(ちから)(あや)しつつ、(あや)うき(わざ)(あや)(ほど)き、(あやま)たず(あやま)ち正せ、(あや)()り成せ」


 【消魔】の呪文を唱え、〈渦〉が自前の魔力で術を行使する。

 モップの柄で魔法陣の中心付近を打つ。呪符二枚で、どの術が止まったかわからない。

 【吸魔】と【充魔】、【召喚】だけとも限らない。

 念の為、更に術を打ち消しに掛かった。


 簡易結界から出た〈森〉が、床でのたうつ魔物を部屋の隅へ蹴る。志方もそれに(なら)い、もう一匹を隅に蹴り転がした。


 目を焼かれた魔物が、小柄な〈柄杓〉を襲う。〈柄杓〉は素早く軍手を脱ぎ捨て、水晶を握った手で【魔滅符】の呪文を唱えた。


 「清き陽よ、烈夏の日輪(ひのわ)、澱み裂き、魔の目貫け、魔を滅せ

  不可視(みえず)焔光(えんこう)、焼き焦がせ、罪穢れ討ち、碍魔(がいま)を滅せ」


 水晶の魔力で術が発動する。〈柄杓〉は小さな体を(ひね)り、水晶を握った拳を魔物の横面に叩きつけた。


 魔物がビクリと硬直し、動きを止めた。

 拳が触れた部分から、じわじわと光沢を失い、全体が色を失うと、灰となって崩れた。


 強ぇ……〈柄杓〉さん、強ぇ……


 志方は、小柄な〈柄杓〉が、拳の一撃で魔物を屠ったことに言葉を失った。


 副委員長〈雲〉と〈森〉が、負傷した〈(なぎ)〉を両脇から抱え、廊下に連れ出す。

 魔物が志方の足元から身を翻し、血の匂いを追って跳躍した。


 「ボサッとするな!」

 武闘派巫女〈(さかき)〉が怒鳴り、〈梛〉の足に喰らい付こうとする魔物の頭を踏み付けた。

 魔物が歯を鳴らして身を(よじ)り、虫の足を闇雲に動かして(のが)れようとするが、〈榊〉は足を放さない。


 怒鳴られて我に返った志方は、震えの止まらない手でポーチを探った。ビー玉大の水晶を取り出す。

 〈火矢(ひのや)〉が〈柄杓〉を支え、廊下に避難させた。


 除祓概論の〈双魚〉先生の指示で、〈雲〉と〈森〉が、水を汲みに走る。治癒の術に必要だと言うのが聞こえた。


 再度、同じ呪文の詠唱を始めた〈渦〉に、部屋の隅から魔物が跳びかかる。

 〈水柱(みはしら)〉が早口に呪文を唱え、水流で魔物を床に叩きつけた。〈(いつき)〉が火の消えた箒で、その頭を押さえる。


 担任の〈(さじ)〉先生、養護の〈白き片翼〉先生が駆けつけ、負傷者の治療を始めた。〈白き片翼〉先生のやさしい声が、癒しの呪文を詠じる。


 負傷した梅路(うめじ)を三毛猫型に変え、〈三日月〉が抱きかかえて廊下に出た。


 「ヤバッ! そっち行った!」

 火傷を負った魔物が〈樹〉の箒を抜け、志方(しかた)に跳ねる。〈水柱〉が再び水流をぶつけ、窓を塞いだ板に叩きつけた。

 火傷を負った魔物が床に落ち、こちらに頭を向ける。


 落ち着け、自分! 〈水柱(みはしら)〉君たちが援護してくれる。

 呪文をとちらなきゃ、いける。


 志方は、汗で貼り付くゴム手袋を脱ぎながら考えた。

 先程〈柄杓〉が使った【魔滅符】の呪文は、まだ覚えていない。

 場の穢れを祓う事で、魔物の弱体化を狙う。〈渦〉の隣に立ち、力ある言葉で【退魔符】の呪文を唱えた。


 「(とお)らう灼熱の御手(みて)以て、焼き祓え、祓い清めよ。

 大逵(たいき)より来たる水の御手、洗い清めよ、祓い清めよ。

 日々に降り積み、心に澱む塵芥、薙ぎ祓え、祓い清めよ。

 夜々に降り積み、巷に澱む塵芥、洗い清めよ祓い清めよ。太虚(たいきょ)を往く風よ……」


 握りしめた水晶が熱を帯び、光の幻視が体の中心に向かって広がる。


 「……日輪(ひのわ)(かげ)らす雲を薙ぎ、月を翳らす靄を祓え」


 結びの言葉を発声した瞬間、水晶から力が波となって、放出された。

 床から身を起こした手負いの魔物が、力の波を受け、動きを止める。


 「清き陽よ、烈夏の日輪(ひのわ)、澱み裂き、魔の目貫け、魔を滅せ、不可視(みえず)の焔光……」


 武闘派巫女〈(さかき)〉と力を持たない〈樹〉が素手で水晶を握り、同時に呪文を唱えた。

 それぞれ、〈榊〉は足元の魔物に〈樹〉は窓際で動きを止めた魔物に狙いを定める。


 「……焼き焦がせ、罪穢れ討ち、碍魔(がいま)を滅せ」


 魔滅の力を帯びた拳を銀鱗の魔物に叩き込む。

 術の拳を受けた二匹は、呆気なく灰になった。

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用語は、大体ここで説明しています。

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