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虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
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04.級友

 地味な少年二人が、お盆を手に志方(しかた)たちの卓に来た。

 志方の正面と隣がまだ空いている。

 中等部の三人が、先輩どうぞどうぞ、と着席を促し、六人掛けの食卓が埋まった。


 「さっき、ちょっと聞こえたんだけど、同じ学年なんだね。俺〈(いつき)〉。よろしく」

 「僕、一応、高一の副委員長やってます。あ、えっと〈(くも)〉です。外部のこととか、色々教えてもらえると、嬉しいです」


 樹木バッジの黒髪と、色白で病弱そうな栗毛が、同時に箸を手に取り、ぺこりと頭を下げる。

 志方も軽く会釈を返し、改めて同級生に自己紹介した。


 「〈雲〉君、俺の方こそ、わからないことだらけなんで、色々教えてもらえると助かります。よろしくお願いします」

 おっかなびっくり、ぎこちなく言葉を交わす。

 中学生三人は、会話の主導権が先輩に移ったことにホッとした顔で、気楽に昼食を口に運んでいた。


 「〈(わっか)〉君、霊感あるって聞こえたんだけど、退魔師(たいまし)とか目指してんの?」

 「えっ? ……いや、霊感あるったって、視えるってだけで何もできないし……」

 そこまで言って、志方は気マズくなり、慌てて(もっと)もらしいハナシを付け加える。

 「ここだったら、自分の身の守り方くらいは教えてもらえるかなって程度で、卒業したら、普通に大学行って、普通にサラリーマンとか……うーん……最近、不景気だし、公務員とか……?」

 期待の籠った眼差しで〈樹〉に問われ、志方は自分でも意外な程、素直に答えた。


 味噌汁を飲み干した〈雲〉が話に加わる。

 「退魔師になるのに魔力は必須じゃないし、一回、資格取っちゃえば、民間でも公務員でも、食いっぱぐれないから、いいよね」

 「えっ?」


 「僕も公務員か民間か、まだ迷ってるんだ。公務員だと自衛隊と警察の二択でキツそうだけど、民間も警備会社とか駆除業者とか、ハードなとこばっかりだし、でも、個人で開業するのは元手がないから、ムリっぽいし……」

 おっとりした〈雲〉の口から、初耳の情報が幾つも飛び出し、志方は話について行けなくなった。

 志方の発言を良い方向に誤解していることは、この際どうでもいい。


 進路について、今まで何となく漠然と、なんとかなるだろう、程度にしか考えていなかった。

 テキトーに、学力に見合ったどこかその辺の大学に行って、テキトーに、バイトでもしながら、勉強して卒業して就活して、どこかテキトーな会社か役所で働ければいい。


 高望(たかのぞみ)せず、霊視力を持っていることを周囲に知られさえしなければ、普通に暮らして行けると思っていた。


 特に学びたいことなど何もなく、大学は就職を先延ばしする為に、どこでもいいから自分の学力で入学できて、大卒の肩書をもらえさえすればいいと思っていた。

 資格や検定も就職で有利らしいから、と学校で受けさせられた語学系しか持っていない。


 退魔師には資格が必要だが、魔力は不要なことも、今、初めて知った。

 時々、テレビのニュースで流れる悪徳業者の犯罪情報しか知らなかった。

 この瞬間までは、単に胡散臭(うさんくさ)い業界と言う認識しかなかったが、〈雲〉の話では、警察や自衛隊にも、退魔師の部隊があるらしい。


 やっぱ、魔物とかと戦ったりする特殊部隊なのか?


 「〈雲〉君、体弱そうに見えるんだけど、そう言う特殊部隊っぽいのって、体力……」

 「うん、やっぱり心配だよね。でも、物理的に戦う訳じゃないから、外国だと、肉眼は見えないけど霊視力が強い人が部隊に居て、索敵(さくてき)を専門にしてたりするんだって。だから、僕でも他の人に体を守って貰えれば、何とかなるんじゃないかな?」


 それだけ言うと、〈雲〉は午後の授業に遅れないように、卓の誰よりも少ない量の昼食をせっせと口に運んだ。


 志方(しかた)は就職についても、具体的な職種や業務内容について、考えたこともなかった。

 前の高校で、同級生にバイトの愚痴を聞かされたことがあったが、テキトーに聞き流していた。

 夏休みになったら、何か短期のバイトでもしようかと思っていたが、それもこんな山奥からでは通えそうもないな、と荷物を片付けながら諦めたばかりだった。


 「卒業後は、適性を活かした専門職や、公務員……」


 事務員の説明の具体的な内容がわかり、志方は自分も箸を動かしながら、野菜炒めをよく噛んでいる〈雲〉をまじまじと見た。


 何でそんな詳しいんだよ。


 「〈雲〉君は魔力も霊視力もあるから、きっと優秀な退魔師になれると思うよ。俺はどっちもないから、いっぱい勉強しないと……」

 「えっ? それで、ここ卒業してさ、何になんの?」

 志方は〈樹〉の言葉に思わず箸を止めた。


 学力は高いが魔力も霊視力もない……ある意味、バカだと思った類の者が目の前に居た。

 無意識に失礼極まりない発言が飛び出したが、〈樹〉は特に気にする風でもなく、はにかみながら答えた。


 「占い師になるんだ。占術って、魔力がなくても使える魔術の一種だから、俺でも頑張れば占い師になれるんだよ。たくさん勉強して、ディアファナンテに留学して、本格的な占術を身に着けたいんだ」


 占いが魔法だというのも初耳だ。

 志方の認識では、占い師はテキトーにカードを捲って、テキトーにそれっぽい台詞を言って、金を取るだけの胡散臭い連中でしかなかった。


 「ディアファナンテ……?」

 「担任の〈匙〉先生の曾祖父(ひいじい)さんが、ディアファナンテ人なんだって。それで先生も言葉がわかるから、放課後に色々教えて貰ってるんだ」

 〈樹〉から見当違いな答えが返ってきたが、志方はそれについて何も言わず、大学芋を口に放り込んで、地理の記憶を手繰った。


 ディアファナンテは、日之本列島から鯨大洋(げいたいよう)を東に隔てたアルトン・ガザ大陸にある。

 同名の高地に位置し、周囲から隔絶された環境にあった。


 大陸北部には科学文明の大国バンクシアや、国連本部があるバルバツム連邦があり、周辺国は全て科学の国か両輪の国。アルトン・ガザ大陸では、ディアファナンテ唯一国が、純粋な魔法文明国だった。

 魔法文明国は鎖国政策を採る国が多いが、ディアファナンテは、国際交流に力を入れる稀有な国家だ。


 試験前に一夜漬けでしか勉強しない志方にしては、よく覚えていた。

 流石に、何も知らずに転入したことを覚られるのはマズいと思い、持てる知識を総動員して話題に食い付く。


 「確か……魔術検定の本部がある……んだったよ……な?」

 「うん。もうすぐ今年の分が〆切になるけど、〈(わっか)〉君は何級受けるの?」

 「えっ? 俺? 俺は、その……成績悪くてさ、受験料をドブに捨てるみたいなもんだから、オヤジが止めとけってさ……えっと、〈(いつき)〉君と〈雲〉君は何級受けんの?」


 はい、こんな話題振ったら、そう来るんでした。失敗失敗。


 全力で誤魔化して、投げ返す。

 「今年は取敢えず、六級受けるつもり。まぁ、俺は魔力ないから、最高でも四級までしか受けられないけどな……」

 「僕も今年は六級を受ける予定だよ。いきなり上の級を受けても難しいだろうからね」


 先輩二人の手堅い話に、後輩三人と転入生の志方は感心した。

 何の検定でも同じ対策の筈が「魔術検定」となると、何やら凄い話に聞こえる。霊視力はあっても、魔力のない志方には、三級以上の受験資格がないらしい。


 まぁ、どうせそんなの受けないから、どうでもいいけど。


 志方は、先輩二人が後輩に請われて語る検定対策をテキトーに聞き流しながら、野菜炒め定食を食べ終えた。


 幼稚園児らの卓は、デザートの大学芋に取りかかっていた。

 賑やかにはしゃぎながら、ベタベタの芋を素手で掴んで、保育士に叱られている子もいる。

 その卓だけ、違う世界に見えた。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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