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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午後
38/51

38.ゴミ

 班長たち三人は、(ほうき)の先に灯を点した〈(ひいらぎ)〉を先頭に、家の東側を開けて回った。


 玄関の横は広い座敷で、床の間や仏壇のスペースがある。

 東と南が縁側で、障子と雨戸を開けて光と風を通すと、それだけで雑妖の大半が消えた。


 この部屋にも、複数の足跡が残っていた。

 何をしに来たのか不明だが、床の間の横の(ふすま)から、まっすぐ部屋の北側に出ていた。


 班長たち三人も、足跡と同じ順路で廊下に出た。

 家を東西に横切る廊下は、突き当りにそれぞれ、小さな窓があった。西側は〈森〉たちに任せ、東側だけを開ける。


 土埃に塗れた窓と雨戸が開くと、廊下に光が射した。


 北側の襖を開け、部屋に入る。

 こちらは座敷の四分の一程の狭い部屋だった。東側の窓の他は、三方が襖だ。


 窓を開けると、天井から垂れ下がった埃の塊が揺れ、ぶら下がっていた雑妖が落下して消えた。

 西の襖は押入れで、〈水柱(みはしら)〉が開けると、これ幸いとばかりに、雑妖が逃げ込んだ。

 後で始末することにして廊下に戻り、隣の部屋に入った。


 足跡が入り乱れている。

 「昔の人って、窓のないお部屋に住んでたんだー……」

 気味悪そうに言いながら、〈柄杓(ひしゃく)〉が押入れを開けた。


 「うわっ、何これー、もーっ」

 下段に中身の詰まったコンビニ袋がふたつ、転がっている。〈柄杓〉が片手で眼鏡を押し上げ、〈柊〉も眉を(しか)めた。


 玄太(げんた)が一声鳴いて、押入れに入った。

 雑妖が奥へ逃げる。雑妖が散らかしたのか、奥にはおにぎりの包装が、幾つも散らばっていた。


 コンビニ袋の中身は、菓子パンの空き袋と空のペットボトルが合計五本。玄太がレシートをつつき出し、〈水柱(みはしら)〉の肩に舞い戻った。


 麓のコンビニだ。〈柊〉たちも、買物実習で行った事がある。

 会計時刻は三日前、日曜の夕方だった。


 「本当に……、不審者が潜んでいるかもしれない……と言うことですか?」

 「ちょっと……〈柊〉ちゃん、やめてよ、もー。恐いコト言わないでよー」

 「あ……ごめんなさい。でも、一応、他に人間が居ないか、気を付けましょうね」

 涙目になった〈柄杓〉が、渋々頷く。


 「少なくとも、元の住人じゃねーし。自分ちの押入れにゴミ捨ててくとか、ねーし。大体、皆が引越した後、夜中にこんな不便な所、来たってしょうがねーし」

 「どうして、夜中に来たと思うんですか?」


 ゴミを拾いながら、〈柊〉が聞く。〈水柱〉は、おにぎりの包みを拾い上げ、説明した。

 「これ。買ったの夕方だし。暑いし。賞味期限、当日だし。あんま持ち歩いたら、腐るし。店からここまで、車なら着くの夜中だし。先生みたいに、術で跳べるってんなら、別だけど……」


 「あ……あぁ、ありがとうございます。そうですよね、普通のことですよね」

 納得した〈柊〉は、何度も頷き、礼を述べた。


 見鬼(けんき)の霊視力ばかりでなく、肉眼で見える当たり前のことにも、注意を払わなければならない。

 先生方に、普段から口を酸っぱくして言われていることだ。


 常識。


 班長の〈柊〉は、床に目を落とした。

 厚く積もった埃が、足跡で乱れている。

 靴底の模様と大きさが複数ある。一人ではない。ペットボトルの数から察するに、五人。


 「この方たち、こんな所に何をしにいらっしゃったんでしょう?」

 「委員長、マジメー。他人んちに不法投棄する(やから)に、敬語は要らないよー」

 軽い調子で〈柄杓〉に言われ、〈柊〉は赤くなった。


 少なくとも一人は、運転免許を持つ大人だから敬語を使ったが、外の常識では、このような行為をする人物に敬語は不要らしい。〈柊〉は、学院の勉強はできるが、外のことを(ほとん)ど知らない。

 小学校卒業まで外で暮らしていた〈柄杓〉から、学ぶことは多かった。


 「って言うか、普通に犯罪者? ここ、もう会社の持ち物だから、不法侵入……」

 眼鏡の奥に怯えの色を浮かべ、〈柄杓〉が言った。


 足元をうろつく雑妖よりも、犯罪者との鉢合わせを恐れている。

 犯罪者に敬語を使ってしまった〈柊〉は、穴があれば入りたい程の恥ずかしさに、耳まで赤くなった顔を上げられなかった。


 「夏休みは、もうちょい先だけど、もう暑いし。肝試しか、心霊スポット巡りのオカルトマニアかも知れないし?」

 「あー、そうかもね。B班、幽霊に会ってたね。そうでなくても、雑妖だらけで、ゾクゾク……」

 少し安心した〈柄杓〉が、〈水柱〉に相槌を打った。


 生きた犯罪者よりも、幽霊や雑妖の方がマシと言う価値観は、果たして外の世界でも通用するのだろうか。


 「さっき梅路(うめじ)に視せてたし、誰も居ないって言ってたし。〈三日月〉さんを信じてさっさと片付けよう」

 ゴミ袋に押入れのゴミを片付け、〈水柱(みはしら)〉が廊下に出た。


 足跡は、東に続いている。

 ぼんやり光る箒を手にした〈柊〉が、先頭を歩く。


 足跡はともかく、取敢えず、家の中央を走る廊下の突き当たりに進んだ。

 〈水柱〉が前に出て木のドアを開けると、壊れた家電製品が放置されていた。埃を被り、蜘蛛の巣を纏っている。


 「不燃ゴミは、業者さんに回収して戴くから、庭に出すだけでいいんですよね?」

 「うん、そう。でも、このテレビ、おっきくて重そう……」

 「それは、男子に任せてくれたらいいし。それよか、占いで何かわかったりしない?」


 「えぇっ? 何かって何? って言うか、そう言うの、先に言っといてくれないと、カードも何も持って来てないのに。何もできないよー」

 想定外の要求に〈柄杓〉が狼狽(うろた)える。


 何事にも適切に対応できるように、用意は万事抜かりなく。〈柊〉はこっそり心の中にメモした。


 「何か、気になることでもあるんですか?」

 「何でわざわざ、ここに来たのかなって。他にも家はあるし」

 納戸の東隣の部屋を開け、〈水柱〉は答えた。


 闖入者(ちんにゅうしゃ)に驚いた雑妖が逃げ惑う。

 ここも窓のない部屋だ。突き当り……北の襖は押入れだった。


 この部屋には、足跡がない。

 「肝試しも心霊スポット巡りも、建物の中、全部探検したり、村中全部の家に入ったり……すると思うの」

 部屋を仕切る東の襖を開け、〈柄杓〉が〈水柱〉の言葉を継いで呟いた。


 廊下は「キ」の字を垂直にしたように通っていた。家の北端にあたるここは、幅の狭い部屋が三つ並んでいるらしい。


 真ん中の部屋にも、雑妖が巣食っているだけで、何もなかった。

 複数の足跡が、部屋を仕切る東の襖から出て、この部屋の隅を通り、南の襖から廊下に出ている。


 B班担当分は不明だが、A班が処理した他の五軒には、一人分の足跡しか残っていなかった。下見に来た〈双魚〉先生だ。


 三日前の訪問者は、深夜、街灯のない廃村のこの家に、直行したことになる。

 県道から村に入る道は生い茂った枝に半ば隠れ、知らない人間ならば昼間でも、見落とすだろう。


 ドライブの最中に迷い込んだにしても、舗装されていない砂利道だ。誤って脇道へ侵入したことには、すぐ気付くだろう。


 この家を訪れるには、砂利道で車を降り、半ば崩れた狭い農道を徒歩で下って、村の中央広場に降り、そこから更に、狭くて急な階段を降りねばならない。


 他の家より一段低い位置にある。

 夜になれば、燻瓦(いぶしがわら)の屋根は闇に溶け、砂利道からは視認できなくなる。


 南の襖を開け、〈柄杓〉が廊下から〈柊〉を呼んだ。

 魔法の【灯】に照らされた廊下には、先程見た足跡が続いている。


 ゴミがあった部屋の北東角の襖から出て、廊下を東に横切り、北東端の部屋に入った形跡があった。

 〈水柱(みはしら)〉が、廊下の東端の窓と雨戸を開ける。

 日と風に雑妖が散り、足跡がよく見えるようになった。


 足跡の向きから、北東端の部屋に入り、隣にある真ん中の部屋から出て、元来た道を引き返したらしいことがわかった。


 〈柊〉が、北東端の部屋の襖に手を掛けた。びくともしない。

 「あれっ? これ、開きません」

 「何か、ガラクタでも引っ掛かってるかもしれないし?」


 「見てきます」

 「あ、〈柊〉ちゃん、一人じゃ危ないよー」

 女子二人が隣室に入るのを、〈水柱〉は漫然と見送った。

 (カラス)玄太(げんた)を窓の(さん)に止まらせ、天井の埃を箒で掃き落とす。


 北東端と中央の部屋を仕切る襖は、何の抵抗もなく開いた。

 班長の〈柊〉は、【灯】を(とも)した箒を持ち、北東端の部屋に入る。〈柄杓〉が、中央の部屋で北側の押入れを開けた。


 床に呑まれるように魔法の灯が消え、部屋が闇に落ちる。

 「えっ? ウソ、何で?」

 「わかりません。術の効果が切れるには、まだ早い気がしますが……窓を開けますね」

 自分を落ち着かせる為、〈柊〉は現状を冷静に確認し、為すべき対応を宣言した。


 〈柄杓〉は隣室に留まっている。

 廊下で箒を使う音が、襖越しに聞こえた。


 雑妖が我が物顔で、足元を走り回る。


 肉眼は闇に慣れておらず、開けても閉じても同じだ。黒い澱の中では、自分の手元すら見えない。

 〈柊〉の見鬼としての眼は、闇に蠢く雑妖をはっきり捉えていた。個々の肌の色や、服の破れや汚れまで視える。


 雑妖の動きを頼りに、箒を杖とし、そろそろと足元を探りながら、窓を目指す。


 突然、足が重くなった。

地図のおさらい。砂利道と広場、農道と棚田の間は急斜面です。

挿絵(By みてみん)

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