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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午後
36/51

36.人形

 「あー、大したことない。容器に惑わされるな。よく視ろ。あれの中身は、残留思念を食って太った雑妖だ」

 「えぇッ?」

 面倒臭そうに説明され、生徒たちは驚いた。


 班長が、おずおず口を開く。

 「あの……でも……」

 「お前ら、どうせ、【魔除け】をアテにしきって、油断してたんだろ」

 「えへへ……」

 魅入られた〈渦〉が苦笑し、ちょろりと舌を出した。首に巻いた銀条(ぎんじょう)も、紫の舌を出す。


 「〈(わっか)〉、お前はビビり過ぎだ。気合い負けすんな」

 「は……はい!」

 名指しにされ、志方(しかた)は思わず背筋を伸ばした。〈火矢(ひのや)〉が小さく手を挙げた。


 「先生、質問、いいですか?」

 「何だ?」

 「残留思念って、ここに何のどんな念が、残ってたんですか?」

 「ん? 知りたいのか? ホントに? 後悔しても知らんぞ?」

 先生は底意地の悪い笑顔で、生徒たちの顔を順繰りに見た。


 班長が勢いよく首を横に振る。

 「いえっ、いいです。遠慮します!」

 「あっそ。じゃ、見ててやっから、さっさと片付けろ。」


 先生に背中を押され、班長が離れに入った。〈(さかき)〉が(ほうき)を拾って後に続く。〈火矢〉と〈樹〉も雑巾を握りしめ、震えながら足を踏み入れた。


 「えーっとー……、お水、汲んで来るねー」

 少し考え、〈渦〉はバケツを手に、広場へ走った。


 「ホラ、〈(わっか)〉もサボってないで、さっさと手伝え」

 志方が入口で躊躇していると、先生に背中を押され、離れに押し込まれた。


 上り口に固まって、小声で相談を始める。

 「えーっと……どうしようか?」

 班長が四人を見回し、最後に、部屋の奥に立っている人形を見た。


 「先にあれ、どうにかしねーと、怖くて掃除どころじゃねーよ」

 「……だよ、ね」

 「納戸に蹴り込んで戸を閉めたのだが……奴め、存外(ぞんがい)、よく動くな」

 〈樹〉は人形から目を逸らし、〈火矢(ひのや)〉は(うつむ)くように頷いた。〈榊〉が人形を睨む。


 志方は何も言えず、班長を見た。モップを持つ手が震える。


 班長はポーチを探り、残った呪符を取り出した。彼の最後の手持ちは【防火】だった。

 折角だからなのか、〈雲〉は玄関脇の壁に貼り付け、発動させた。


 「残留思念でパワーアップしてるんなら、それを何とかすれば、弱体化できるんじゃないか?」

 視えない〈樹〉が冷静に意見を述べ、志方を見た。


 残留思念や穢れを祓う【退魔符】は、志方のポーチに入っている。

 志方はモップを壁に立て掛けた。手が震え、ファスナーが噛んで、開けられない。


 もどかしさにイライラしながら、何とかポーチを開けた。

 【退魔符】を引っ張り出すと、塩の袋が落ちた。慌ててしゃがんで、拾い上げる。


 「うわぁあぁあぁぁあッ!」


 いつの間にか、人形が志方たちの足元に来ていた。

 志方は尻餅をついたまま、後ろ手に這って距離を開けた。

 軽い脱水を起こしていなければ、漏らしている所だ。今日一日で一体、何回腰を抜かしたのか。


 〈榊〉が箒を振りかぶり、ゴルフのティーショットの要領で、フルスイングした。

 人形が宙を舞い、納戸の木戸、お札の跡に激突した。

 「ナイスショット!」

 先生が、暢気(のんき)に拍手した。


 そ……そんな豪快な……ってか、あの化け物、今のでマジギレしたよな? このまま残したら、マジで呪われる……!?


 志方は【退魔符】を握りしめ、勢いよく立ち上がった。

 体の芯が熱く、動悸が激しい。

 恐怖が振り切れてしまったのか、震えは止まっていた。ゆっくりと深呼吸し、気を鎮める。


 床に落ちた市松人形が、むくりと起き上った。

 班長たちが息を呑む。

 起き上った人形が、ゆっくりとこちらへ歩む。

 志方は何度も詰まりながらも、古く力ある言葉を唱え、呪符の力を開放した。


 「えーっと……(とお)らう灼熱(しゃくねつ)御手(みて)(もっ)て、焼き祓え、祓い清めよ。

  大逵(たいき)より来たる……水の御手、洗い清めよ、祓い清めよ。

  日々に降り積み、心に澱む塵芥、薙ぎ祓え、祓い清めよ。

  夜々に降り積み、巷に澱む塵芥、洗い清めよ祓い清めよ。

  太虚(たいきょ)を往く風よ、日輪(ひのわ)(かげ)らす雲を薙ぎ、月を翳らす(もや)を祓え」


 呪符から、志方たちにも視えない力の波が、ゆっくりと広がる。他に何もない部屋をじわじわと満たし、第一の波が市松人形を呑み込んだ。


 人形の歩みが止まる。志方の視界の端で、〈樹〉が【魔滅符】を取り出した。

 志方は【退魔符】の両面テープを剥がし、一気に市松人形との距離を詰める。

 人形は、力の第二波から顔を背けた。


 志方は躊躇なく、市松人形の白い顔に呪符を貼り付ける。呪符越しに触れた人形は、氷のように冷たかった。

 勢いのまま、人形が倒れる。


 「清き陽よ、烈夏の日輪(ひのわ)、澱み裂き、魔の目貫け、魔を滅せ

 不可視(みえず)焔光(えんこう)、焼き焦がせ、罪穢れ討ち、碍魔(がいま)を滅せ」


 呪符の力を開放しながら、〈樹〉が駆け寄った。

 人形は逃れようと、手足をばたつかせる。


 人形に巣食った雑妖が、物質の(うつわ)を動かす力を失いつつあるのか、立ち上がれず、もがいていた。

 雑妖入りの人形が、退魔の波の中心で溺れる。〈樹〉が、人形の頬に【魔滅符】を直接、貼り付けた。


 市松人形が甲高い悲鳴を上げ、体を仰け反らせた。

 生身の人間ならば到底、息が続かない長い長い悲鳴と共に、人形の口から、黒い(もや)が立ち昇る。


 呪符から旋風が巻き起こり、靄を外へと吹き払う。

 靄は、傾き始めた夏の日に触れ、音もなく消えた。


 靄が消えると、人形は力を失い、ぐったりと動かなくなった。

 二枚の呪符が、灰になる。


 「あー、はいはい、ご苦労さん。それ、もう片付いたから、さっさと物理掃除もしろよ」

 先生の間延びした声に気が抜け、へたり込みそうになる。まだ後始末があるので、倒れる訳にはいかなかった。


 班長が、灰だらけの市松人形を指差す。人形の口は、悲鳴の形のまま固まっていた。

 「あの……先生、これは……」

 「ん? あぁ、それ? タダの物体だから、普通に捨てていいぞ」

 先生の答えは素っ気なかった。〈榊〉が人形を鷲掴みにして、離れを出る。


 「また、何か入るとイヤなんで、燃やします」

 「野焼きは、県の条例で禁止されてるんだけどな……ま、いっか。やるんなら、さっさとやれ」


 えっ? 気を付けるポイント、そこ? マジで? プロ、ドライだな……


 志方が呆気に取られる。

 先生はひらひらと手を振って、母屋を採点しに行った。


 「二人とも疲れたろ? 後、やっとくから、外で休んでていいよ」

 班長に言われ、〈樹〉と志方は、よろよろと外に出た。〈渦〉が、真面目に黙々と離れの窓を洗っている。


 〈榊〉が箒の柄で、地面に円を描いた。中心に【炉】を置き、その上に人形を立たせて、呪符の力を開放する。


 呪符を中心に(まる)く炎が広がり、振袖に燃え移った。赤い花模様が、炎に呑まれて揺れる。

 瞬く間に顔が煤け、髪が焦げた。辺りに人間の髪を焼くような臭いが立ちこめる。


 窓を洗い終えた〈渦〉が、人形の上に手をかざし、呪文を唱えた。

 火勢が増し、青白い炎が人形を包む。

 ものの数秒で、雑妖の器だった市松人形は、跡形もなく灰になった。


 実質、一部屋の離れ屋は、班長と〈火矢〉の二人でも、すぐに片付いた。先生は、まだ母屋を点検している。


 一羽の(カラス)が、広場の上空で鳴いた。


 尋常ではない鳴き方だ。鳴くと言うより、泣くと言った方がいい。鴉はそのまま、本部の方角に飛んで行った。

 「あれっ? 玄太ちゃん? 何騒いでんのー?」


 「A班も……何かあったのかな?」

 〈火矢〉が形の良い眉を寄せた。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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