表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午後
35/51

35.離れ

 〈雲〉がひらひら手を振り、班員たちが掃除用具を手に、駆け足で散開する。

 それ以外、特に目立った怪異はなかった。


 志方(しかた)たちは【魔除け】が効かない雑妖を気合いで蹴散らし、短時間で母屋の掃除を終わらせた。

 その勢いのまま、離れに着手する。〈渦〉が屋根を洗い、〈樹〉が玄関を開けた。


 何もない八畳の板張りに、四角く光が落ちる。不意を打たれた雑妖が数匹、音もなく消えた。

 ここにも埃が厚く積もり、蜘蛛の巣が張っている。

 埃の上にある足跡は、先生が下見した時の物だろう。空気は重く澱んで、マスク越しにも(カビ)臭い。


 全員で窓と雨戸を開け、〈雲〉が戸袋を洗う。

 傾きつつある夏の日射しが雑妖を消し去り、新鮮な風が雑妖を吹き払う。


 すっかり慣れた手つきで(ほうき)を使い、天井と壁の埃と蜘蛛の巣を払う。箒に蜘蛛の巣が絡まり、巣の主が外に逃げた。


 「あ、ここも開くんだー」

 突き当りの壁の一角が、板戸になっていた。

 気付いた〈渦〉が、窓からの光が届かない戸に手を掛ける。


 戸板の中央には、紙を剥がした跡があった。呪符と同じくらいの大きさだ。

 志方は嫌な予感がした。

 「あ、ちょ……ちょっと、〈渦〉さん、ちょっと待って……」

 一足遅かった。〈渦〉が元気よく板戸を開ける。


 納戸だったのか、窓のない小さな部屋だった。

 埃の積もった板敷の床に、市松人形が佇んでいる。

 肩で切り揃えられた黒髪は艶やかで、花柄の赤い振袖には、塵ひとつ付いていない。

 陽の射さない納戸の暗がりで、人形の白い顔と振袖の模様が、はっきり浮かび上がって視えた。


 志方は視えない手で、心臓を鷲掴みにされた。

 一呼吸の後、動悸が激しくなり、(てのひら)に汗が(にじ)んだ。膝が震え、頭の中が真っ白になる。


 「あらぁー、これ、忘れ物ー? 可愛いのにねー」

 〈渦〉は全く動じる気配もない。人形を拾い上げようと、無邪気に手を伸ばす。


 志方は、数日前の白昼夢を思い出し、口の中がからからに乾いていた。〈渦〉を止めたいが、口が強張り、動かない。

 人形は〈渦〉の手を逃れるように倒れ、床に転がった。美しい髪と着物が埃塗(ほこりまみ)れになる。


 「おーい、〈渦〉ちゃーん、〈(わっか)〉くーん」

 「それ、触っちゃダメー」

 〈火矢(ひのや)〉と班長が呼んでいる。


 志方は力を振り絞り、声のする方に首を向けた。

 志方と〈渦〉を除く三人が、離れの戸口に居た。〈樹〉の姿は見えない。〈(さかき)〉が叫ぶ。

 「そこ、早く出て!」


 志方は、足の裏を床に貼り付けられたかのように、動けなかった。

 助けを求めようにも、声が出ない。喉が引き攣り、脂汗が滲む。


 箒を投げ捨て、ポーチから塩袋を取り出しながら、〈榊〉が大股に近付いてきた。

 数歩手前で立ち止まり、気合いの声と共に、志方の足元に塩を撒く。


 奥に向かって再び歩みを進め、通り過ぎ様、志方の背中を平手で打ち、叫んだ。

 「早く逃げて!」


 志方は呪縛が解け、数歩、よろめいた。

 足から力が抜け、膝が床に落ちる。腕を掴まれ、引き起こされた。班長が肩を貸し、志方を離れの外に連れ出してくれた。


 日射しの中に出た途端、二人は大きく息を吐き、へたり込んだ。

 「大丈夫? 今、〈樹〉君に先生呼びに行って貰ってるから」

 心配そうな〈火矢〉の声が降ってきた。

 志方は顔を上げることもできないまま、這うように離れ屋から更に離れた。暑さとは違う、冷たい汗が背中を流れる。


 「はいはい、どいてどいてー」

 「やーん、お人形さーん」

 〈榊〉が〈渦〉の腕を掴んで、離れから引きずり出した。〈火矢〉が離れの玄関を閉める。〈渦〉はその戸を開けようと、手を伸ばした。


 「お人形さんが……」

 「しっかりせよ!」

 〈榊〉が〈渦〉を引き剥がし、目の前でひとつ、柏手(かしわで)を打った。〈渦〉はびくりと背筋を伸ばし、崩れるようにしゃがみ込んだ。


 「大丈夫?」

 「えーっと……あれっ……?」

 〈火矢〉が顔を覗き込む。〈渦〉は状況が把握できていないらしい。キョトンとして〈火矢〉を見詰め返した。


 〈榊〉が戸口を睨んだまま、呟いた。

 「疲れてるから、憑かれたのだろう」

 「これ……ホントに、僕達でどうにかできるレベル……なのかな?」

 班長が不安げに本部に目を遣る。


 丁度、除祓概論の〈双魚(そうぎょ)〉先生と〈(いつき)〉が、農道を降りて来るところだった。広場を横切り、駆け寄る。

 志方たちはホッとして、そろそろと膝を伸ばし、立ち上がった。


 先生は、後頭部を掻きながら言った。

 「下見の時には、人形なんてなかったけどなぁ……?」

 「えぇッ?」

 生徒たちは後退った。


 「ここん()は、五、六年前に引越して、納戸の中身はその時、神社に引き取ってもらってた。先生もちょっと手伝ったから、間違いない。お札も剥がしてあったろ?」

 生徒たちは首振り人形のように何度も頷いた。


 班長が、震える声で問う。

 「えっと……じゃあ、あれは……?」

 「さぁ? 大方、心霊スポット巡りに来た連中が、悪戯(いたずら)で置いてったんじゃないか?」

 先生は首を傾げてテキトーに推測を言い、無造作に戸を開けた。生徒たちが硬直する。


 「ギャーッ!」

 「嘘ッ? さっき閉めたのに!」

 「立った! ドールが立った!」

 「あー、はいはい、静かにしろ」


 女子二人と班長が悲鳴を上げ、〈榊〉と〈樹〉が同時に叫んだ。

 志方は声を出すことすらできない。

 先生は、何でもないような調子で手を振って、生徒を黙らせた。

 一歩踏み込み、納戸の前に立つ人形と対峙(たいじ)する。


 先生は振り向き様、親指で人形を指した。

 「んー……、お前ら、やれ」

 「えぇッ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ