表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午後
34/51

34.説得

 志方(しかた)の問いに、沈思黙考していた〈雲〉が、刮目(かつもく)して答えた。

 「説得しよう」

 「えっ?」

 「今朝の糸瓜(へちま)の人みたいに」


 箪笥(たんす)を注視したまま、〈雲〉は(ほうき)を壁に立て掛け、戸口に立った。

 「あのー、箪笥さん。少し、お話、いいですか?」

 「何ぞ?」

 箪笥が〈雲〉を見降ろす。

 目らしき物はなく、箪笥からは、手足が生えているだけだ。それでも何故か、視線を感じた。


 「あのー、ここ、もうすぐ宿泊施設になるんです。それで、僕たちが掃除に来て……」

 「シュクハクシセツ……とな?」

 古箪笥には、「宿泊施設」と言う語彙がないらしい。

 「滞在型リゾート」は、もっとわからないだろう。


 〈雲〉班長は、答えに窮した。〈榊〉が助け船を出す。

 「旅人を(しばら)く泊める宿のことだ。家人は住まない。旅人が、入れ替わり立ち替わり来る。その者たちに貸すだけだ」

 「ふむ……宿……か。ふむ……」

 箪笥は、板張りの床に正座した。

 顔はない筈なのに、志方には、箪笥が神妙な顔をしているように視えた。


 逆さにした箒で床を打ち、武闘派巫女〈(さかき)〉が続ける。

 「だが、箪笥が喋ったり歩いたりしたのでは、皆、気味悪がって寄りつかんだろうな」

 「ふむ……気味悪い……か……」

 箪笥の声が小さくなり、しょんぼり項垂(うなだ)れる。


 〈榊〉が畳みかけた。

 「そうだ。家人でさえ、斧で打ち壊そうとしたのだろう? 普通の箪笥ならば、そのような目に遭わずに済んだのだ。大人しく、普通の箪笥のフリをするがいい」

 「ふむ……わかった……」

 そう言ったきり、箪笥はふっつりと黙った。


 膝に手を置き、神妙に正座している。

 誰も、口を開かなかった。


 物置部屋に、静寂が訪れる。


 物理的な掃除が済み、粗方(あらかた)、汚れがなくなった板の間の空気は、冷ややかだった。真冬ならさぞ、底冷えがすることだろう。

 空気は(カビ)臭く、古い埃の臭いも籠っている。

 雑妖たちが廊下の床に降り、成り行きを見守る。


 ついに耐えきれなくなり、〈樹〉が口火を切った。

 「何、澄ました顔で、正座してんだよッ!」

 「普通の箪笥に手足はねぇ! 引っ込めろッ!」

 つられて志方もツッコむ。


 一旦、口を開くと勢いを止められなくなった。

 「ゆるキャラかッ? 箪笥のゆるキャラ『タンスたん』のつもりでいんのかッ? ゆるくねぇッ! 全然ゆるくねぇよ! リアル箪笥で古くてボロいしさ、金具錆びてるし、手足長くて何かキモいし、子供が見たら泣くわ! ってかさ、(ふすま)開けてこんなん正座してたら、大人もちびるっつーの!」


 怒濤の罵倒に箪笥が狼狽(うろた)える。

 錆びた金具をカタカタ鳴らし、上目遣いに生徒たちを見回しているようだが、誰も志方を止めない。


 「引出しに着物仕舞うって事は、お前の腹ん中に入れるっつーことだろうが! 妖怪の腹に服片付ける女なんざ居ねぇ! 無茶言うな!」

 「あぁ、ないわー、マジ、ムリー」

 魔法使いの〈渦〉が、同意した。

 その細い肩には、使い魔の白蛇を乗せている。


 「〈(わっか)〉君、気持ちはわかるよ。男の僕でも無理だよ。でも、ちょっと落ち着いて。もうあんまり時間ないし、これ、どうするか、早く考えよう」

 班長の〈雲〉が、時間を気にして言った。

 日没まではまだ間があるが、試験終了まで無駄にできる時間はない。


 「先生、害はないから放っといていい、みたいなこと言ってたし、ちゃっちゃと掃除仕上げて、【鍵】掛けちゃわない?」

 〈火矢〉が〈渦〉のポーチをつつく。

 〈渦〉が【鍵】の呪符を取り出して言った。

 「魔力上乗せしてー、開かずの間にしちゃうー?」


 「いやぁあぁあぁ……一人は嫌じゃあぁぁあぁあ……」

 床を掻きむしり、箪笥が泣きだした。


 「妖怪を泣かすとは……流石、魔女と言うか、何と言うか……」

 「いやぁあぁあぁ……置いてかないでぇえぇえぇ……」

 巫女の〈榊〉が溜め息を吐く。


 あ、あぁ、そう言や、二人ともホントに魔法の使える女の子だ。魔女(まじょ)()スゲー。


 志方が感心していると、その魔女っ娘たちの矛先がこちらを向いた。

 「何でもするからあぁ……置いてかないでぇえぇ……」

 「えぇーっ、〈(わっか)〉君のがヒドいこと、いっぱい言ってたのにー?」

 「私たちのせい? キモいとか言ってた〈輪〉君のせいじゃない?」

 「悪い所全部直すから……何でもするからあぁあ……」


 「あ、いや、その、まぁ……箪笥、すまん。ちょっと言い過ぎた。でもさ、そんなベラベラ喋って泣き叫んで、手足生やした箪笥は、もう普通の箪笥としては、使えないんだよ」

 志方は、泣き叫ぶ箪笥に軽く頭を下げた。〈(いつき)〉が腕組みする。


 「何でもするからあぁあ……捨てないでぇえぇぇ……」

 「どっかの大学の魔道学部で研究対象か、お化け屋敷のアトラクションくらいしか、使い途ないだろうなぁ」


 「おい、箪笥、さっきさ、何でもするっつったよな? ここに居ても使い(みち)ねーから、どっちか選べ。学者にもらわれんのと、見世物にされんのってさ、どっちがいい?」


 志方が問うと、箪笥はピタリと泣き止んだ。

 迷っているのか、やや傾いて、膝の上で拳を握っている。


 「俺ら急いでるから、早く決めてくんねーか?」

 「先生の知り合いの学者か、ここをリゾートにする業者経由で遊園地か。いずれも本来の用途には使われんが、まぁ、そこは諦めて、誰かの役に立てるだけでも、(おん)の字とするがいい。さもなくば、焼却処分は(まぬか)れまい」

 イライラと貧乏ゆすりする〈樹〉を手で(たしな)め、〈榊〉が言った。


 箪笥がすっくと立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。引出しが飛び出る。箪笥は自分の手で慌てて押し戻すと、言った。

 「学者の所へ、やって下され」


 「よし、決まったね。じゃ、後で先生に言うから、取敢えず庭で待っててくれる?」

 班長が砂利道の方向を指差し、廊下の壁際に避ける。班員も道を開けた。

 箪笥は雑妖を蹴散らし、駆け出した。板の間に響く足音が、遠ざかる。


 一同、太い息を吐き、顔を見合わせた。

 「ここの仕上げは僕がするから、他のとこ、よろしく」

 この人たち、タンスを説得してますよ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ