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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午後
33/51

33.箪笥

 一棹(ひとさお)和箪笥(わだんす)が、ポツンと取り残されている。他には何もない。

 資料館で見た民芸品の箪笥に似ていた。

 時を経た木地(きじ)は、濃い飴色に変色している。角と引出しの金具には、錆が浮いていた。


 試験直前、〈双魚〉先生が言っていた「付喪神(つくもがみ)が居る要らない家具」とは、これのことだろう。

 箪笥と壁の間には、蜘蛛の巣が張っていた。


 物置部屋には、雑妖が全く居ない。

 部屋の気配は鎮まっている。

 「これがー、先生の言ってたー、要らない家具ー?」

 「……要らない……? 要らない……要らない……」

 目の前の古箪笥(ふるだんす)から、か細い女の声が聞こえた。


 一同、無言で顔を見合わせる。

 視えない〈(いつき)〉にも、その声は聞こえたらしい。

 「今、何か……言った……?」

 血の気の引いた顔で、班長の〈雲〉に聞く。班長は、辛うじて首を縦に振った。


 箪笥(たんす)から、すすり泣きが漏れる。

 「先生さ、『家具』としか言ってなかったよな。何で〈火矢(ひのや)〉さん、箪笥って……?」

 「知らない、何も知らないよ。何となく思ったって言うか、殆ど無意識って言うか……あれっ……? 何か、さっきのって、何か、こう……口が勝手に喋ってた……みたいな?」

 志方が、ふと気付いたことを聞くと、〈火矢〉は蒼白になった。


 〈渦〉が(うなず)いて〈火矢〉の肩に手を置く。

 「あー、あるあるー。箪笥さんがー、呼んでる声、拾っちゃったってコトだよねー」


 何、その、毒電波受信ラジオ……


 志方は、人形の白昼夢を思い出し、肌が粟立(あわだ)った。

 この村のどこかに、あの人形が在る可能性に思い至り、背筋に悪寒が走る。


 「先生は、害はないからキレイにしてやれ、と言うておった。取敢えず、掃除だ」

 「ご、ごめん……僕、ちょっと、水、汲んでくるね、ここ……頼んだよ、ごめん」

 〈(さかき)〉が物置部屋に足を踏み入れる。〈雲〉は震える声で離脱を詫びながら、廊下を走って行った。

 「一人だと危ないよ、待って」

 〈火矢〉が後を追う。


 ツクモガミって神様なんだろ? 二人とも何でそんな怖がってんだ?

 邪神……?

 でもさ、先生は「害はない」って言ってたしさ、何か泣いてるし……


 箪笥(たんす)の奴めが、またぞろ泣いておるわぃ。

 めそめそめそめそと、鬱陶しいことよの。

 皆、相手をするでないぞ。しつこいぞよ。

 毎度毎度、繰り言ばかり。うんざりじゃ。

 ほんにほんに、煩わしいことこの上ない。


 先程〈榊〉に睨まれ、退散した雑妖たちが、廊下の隅で額を寄せあい、小声で喋っている。


 何だそれ……?

 この箪笥、雑妖にウザがられるレベルの構ってちゃんなのか?


 志方は、この部屋に雑妖が居ない理由がわかった。

 それでも、〈榊〉一人に押し付ける訳にはいかない、と物置部屋に踏み込む。

 ひんやりとした空気に、思わず立ち(すく)んだ。廊下より二、三度低く感じる。〈樹〉も後に続いた。


 「ま、固まってても仕方ないしー、私、あっちお掃除するねー」

 軽やかに手を振り、〈渦〉は一人で廊下の奥に歩いて行った。

 武闘派巫女は、すすり泣く箪笥(たんす)をものともせず、(ほうき)で天板の埃を払っていた。蜘蛛の巣に、埃が降り積もる。


 志方も箒で蜘蛛の巣を払った。〈樹〉が床を掃く。


 ちりとりで埃を集めた所に、〈雲〉がバケツを持って戻って来た。軽く息切れしている。

 「〈火矢〉さんは、〈渦〉さんと一緒に、部屋掃除、してくれてるよ」

 「うん、あ、水汲みありがとう」

 志方がバケツを受け取る。


 班長の〈雲〉は、箒を手に取り、申し訳なさそうに言った。

 「……あの、僕、廊下掃除、しとくね」

 「おう、頼むよ。後で仕上げ、よろしくな」

 軽い調子で〈樹〉が応じ、〈雲〉はそそくさ、その場を離れた。

 志方と〈樹〉が雑巾で箪笥を拭き、〈榊〉はモップで床を擦る。


 「また、誰ぞ使うてくれるのかえ?」

 箪笥(たんす)に話し掛けられたが、誰も返事をせず、黙々と掃除を続ける。


 箪笥はお構いなしで、喋り続けた。

 「少し前にな、夜中に一人で、それはもう、退屈で退屈で……(わし)は物思いに(ふけ)っておったのよ。我知らず、(ひと)()ちておったのだろうの。明くる朝、家人が寄り集まって、儂を捨てる算段をしておった……」


 夜中に(ひと)(ごと)を言う箪笥ってさ……ダメ過ぎんだろ……何の神様だよ、これ……


 志方は、こびり付いた埃を拭く手を休めず、内心、ツッコんだ。

 「着物は行李(こうり)に移され、儂は庭に引き出されてしもうた」

 〈樹〉が引出しを開ける。

 密閉度が高いのか、中はキレイだった。かなり腕のいい職人の作なのだろう。


 黙っていれば、質のいい(きり)箪笥(たんす)だ。


 何もせず、そのまま閉める。

 下の段が少し開いた。〈樹〉は引出しの上段を手で押さえ、下段を膝で押し込んだ。


 「家人は儂を風呂の焚きつけにすると言うての、斧を取りに行きおった」

 志方は、箪笥(たんす)の話に聞こえないフリをしつつ、雑巾を洗った。瞬く間にバケツの水が黒く濁る。

 積年の埃が落ち、気分が良くなったのか、久し振りに話し相手が来たからか、箪笥(たんす)饒舌(じょうぜつ)だった。


 「儂は、焼かれてはかなわんと思うての、逃げたのよ。一人で裏の(やぶ)に逃げた。そりゃあもう、必死でな。大急ぎで家の裏に回った。初めてとは言え、存外(ぞんがい)、走れるものじゃ。家人は寸の間、目を離した隙に盗まれたと言うて、騒いでおった。儂が一人で逃げたなどと、思いもよらなんだのだろうの。隠れておった儂を見つけて、肝を潰しておったわい」


 そりゃ、驚くよ。


 志方と〈樹〉は、汚れを落とした雑巾で、箪笥の側面を拭いた。天板程ではないが、こちらも埃が付着して、見る見る内に雑巾がざらざらに汚れた。

 真っ黒の雑巾を裏返し、引出しの前面も拭く。

 鋳物(いもの)把手(とって)をひとつずつ、丁寧に磨く。錆の粉が剥がれて床に散った。


 「寄り集まって、何やら相談しておったが、何を思うたか、儂をここに閉じ込めよったのよ。永らく一人でおって、退屈で退屈で……お(ぬし)ら、よう来たの。また、使うてくれる気になったのかえ。その娘の着物を入れるのかえ? 大事に守ってやるぞよ。儂は七代前の当主の嫁の嫁入り道具じゃ。上等の着物を大事に守るが役目ぞ」


 〈(さかき)〉はそれに答えず、志方たちに話し掛ける。

 「裏側も拭いてくれないか?」


 「おぉ、気が利くの。えぇ()じゃ、えぇ娘じゃ」

 箪笥が、ガタリと音を立てて揺れる。前のめりに傾き、天井付近まで浮きあがった。


 「うわぁああぁあぁああぁッ!」


 三人の声が重なった。

 心配する級友の声と、こちらに向かう足音が聞こえる。


 「立った……! タンスがッ立ったッ!」

 「だから使ってもらえんのだ! 馬鹿者」

 「立つなよッ! 怖ぇよ! 化物じゃん」


 箪笥(たんす)の底面から、太く逞しい足がすらりと伸び、仁王立ちしていた。

 側面からは、白く華奢(きゃしゃ)な腕も生えている。天板は、物置部屋の天井すれすれの高さにあった。


 〈樹〉、〈榊〉、志方の叫びに、箪笥が項垂(うなだ)れる。

 駆けつけた〈雲〉が、尻餅をついた。

 近くに居た雑妖たちが、廊下の天井にぶら下がり、物置部屋を覗きこむ。


 「えぇーッ? ナニこれーッ?」

 「ミミックみたい……」

 驚く〈渦〉と呆れる〈火矢(ひのや)〉。


 これ、ホントに神様なのか? どっちかっつーとさ、妖怪っぽいんだけど……


 志方と〈樹〉が、横目で箪笥を(とら)えながら、班長を助け起こす。〈雲〉は箪笥を見上げ、溜め息を()いた。

 「先生は、ああおっしゃってたけど、これって、ホントに大丈夫なのかな?」

 「こんな山奥の古民家で、歩きまわったり、夜中に(ひと)(ごと)言ったりする箪笥」

 「……普通に考えたら……無理……だな」

 今、見聞きした事を〈樹〉がまとめる。

 志方が班員を見回すと、〈榊〉が腕組みして重々しく(うなず)き、「無理」の一言に集約した。


 「付喪神は、あんまり害のない妖怪だって、聞いてたんだけど……」

 「こんなアクティブなのー、初めて見たー」

 「えっ? 妖怪? 神様じゃねーの?」

 志方が〈火矢〉の言葉にギョッとする。


 戸惑っていると、〈樹〉が解説してくれた。

 「付喪神(つくもがみ)は、百年の時を()た器物が化した妖怪。ずっと仕舞われてた古い木枕が祟って、その家の人を病気にした例もあるから、完全に無害って訳じゃないみたい。その枕を焼いたら、病気は治ったらしいけど」


 「儂は人に害なぞ成さんぞ。ただ、使(つこ)うて欲しいだけじゃ。今もただ、背中を拭きやすいようにと(おも)うてだな……そもそも、ここは狭くて暗くて退屈で、守る着物が一枚もない。(わし)(うつ)ろを満たしてくれりょ」

 箪笥(たんす)が、物置部屋の中央に歩み出て、ごにょごにょと言い訳めいたことを言っている。


 志方たちは、そっと後退して、廊下に出た。


 「これ、どうするの?」

 声を潜めて、〈火矢(ひのや)〉が聞く。班長は首を横に振って目を閉じた。

 〈(いつき)〉がウェストポーチから、自分に割り当てられた呪符を取り出した。

 「もし、どうにかするんなら、これを使うんだろうけど……」

 呪符より弱い魔物を消滅させる【魔滅符(まめつふ)】だ。


 「でもー、先生はー、放っといていいってー……」

 「うむ。無闇に祓うのもよくない。あの部屋には雑妖が居らんだろう。あれが居るせいで、寄りつかんのだ」

 〈渦〉の発言に〈榊〉が同意する。

 志方は物置部屋を視た。確かに、掃除する前から、箪笥の他は蜘蛛しか居なかった。


 「えーっと……じゃあ、どうするんだ?」

このタンスも「虚ろな器」です。着物を入れて欲しい構ってちゃん。

モノがタンスなので、半視力の〈樹〉にも物理的に見えています。


一棹(ひとさお)=箪笥の単位。一棹、二棹、三棹……と数えます。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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