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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午後
32/51

32.巫女

 午後一時。

 このまま昼寝してしまいそうな、長閑(のどか)で気の抜けた時間が終わる。

 志方は冷たい水で顔を洗って、気合いを入れ直した。


 午後からの作業は順調だった。

 作業に慣れ、虫や小動物にも驚かなくなっていた。


 志方たちのB班は砂利道の下、本部から遠い家から順に進め、ほぼ予定通り、午後五時前には、最後の家に取り掛かった。


 委員長達のA班も、同じことを考えていたらしい。

 同じ頃に広場の下、棚田と同じ高さに建つ家に入るのが見えた。


 先に使った〈(いつき)〉、〈(さかき)〉、〈(わっか)〉、〈渦〉の【灯】は、既に効力を失い、灰になっている。〈火矢(ひのや)〉が【灯】を(とも)し、〈樹〉に渡す。


 各自、最後の【魔除け】を起動し、〈雲〉は自力で魔除けの術を掛けた。


 今、B班の手元にある呪符は、【防火】が二枚、【灯】が一枚。

 結局使わなかった【炉】が二枚、【鍵】が二枚。

 先生にもらった【消魔符】、【魔滅符】、【退魔符】各一枚ずつも、丸々手付かずだ。


 「先生、箪笥(たんす)が残ってるみたいな事、言ってたけど、何にもなかったね。A班の担当だったのかな」

 安堵を浮かべる〈火矢〉に、〈榊〉が釘を刺した。

 「安心するのはまだ早い。この家かも知れん」

 広場の隣で、直線距離では、本部から最も近い場所にある。


 「そう、だな。手間暇と魔力が掛かって、材料費も高いのに、わざわざ、使わない物を渡す訳ないもんな」

 〈樹〉が、複雑な象徴が描かれた【魔滅符】を取り出し、しげしげと眺めた。

 呪符に籠められた力よりも、弱い魔物を消滅させる。志方たちが持つ中で唯一、魔物を直接どうにかできる武器だ。


 班長が、半分以上は自分に言い聞かせるように言った。

 「これで最後だし、疲れてると思うけど頑張ろう」

 「はーい!」

 元気いっぱい、手を挙げて〈渦〉が応えた。


 この家は、B班担当の中で最も大きく、離れもあった。まず、母屋から作業を始める。

 先の五軒同様、屋根と戸袋を掃除し、台所に【防火】を貼る。


 広く、部屋数もあったが、家財も畳も何もない。(ふすま)すらなく、ガランとしていた。

 長らく空き家になっていたのか、雑妖の密度は高い。


 「あれっ……逃げない?」

 幼児程の大きさの雑妖が、志方たちを不快そうに睨んでいる。近付けば距離を開けるが、部屋から逃げようとはしない。


 魚のような、獣のようなモノ達が、口の中で何事か呟いている。内容は聞き取れなかった。

 志方は、【魔除け】の効力が切れたのかと不安になり、ポケットを探った。先に尽きた二枚分の灰と、新しい一枚が指に触れる。


 引っ張り出すと、まだ効力がある証拠に、ぼんやり光って視えた。落とさないようにポケットの奥に押し込む。


 視えない〈樹〉が、首を(ひね)る志方に小声で聞いた。

 「どうかした?」

 「うーん……【魔除け】でさ、逃げないのが居るんだ」

 「呪符より強い魔は、(あらが)う。当然だ」

 そう言って〈榊〉が睨み返すと、残っていた雑妖たちは、隣室に逃げた。モップのような毛を引きずって行ったが、床に積もった埃には、何の跡も残っていない。


 武闘派……この巫女さん、マジ、武闘派だ。男前過ぎんだろ……


 一睨みしただけで、【魔除け】があまり効かない雑妖を追い払った。

 志方は〈榊〉の気魄(きはく)怖気付(おじけづ)いた。

 「怖気付けば、その恐怖心に付け込まれる。気をしっかり持って」

 武闘派巫女の厳しい口調に、思わず背筋が伸びる。


 いや、まぁ、その……恐いのはさ、〈榊〉さんなんだ……ごめん……


 口に出さず、志方はそっと武闘派巫女から目を逸らした。


 ゆっくりと息を吐き出し、腹に力を入れ、志方は改めて〈榊〉を視た。

 背筋をピンと伸ばし、奥の闇を見詰めている。陽の射さない古民家の中で、武闘派巫女の姿は、やけにハッキリ視えた。

 気魄を(みなぎ)らせた巫女は、壁でもあるかのように、雑妖を全く寄せ付けなかった。ついでに、志方も近寄り(がた)さを感じた。


 「じゃ、窓、全部開けるよ」

 班長に声を掛けられ、手分けして窓と雨戸を開けて回る。


 (ふすま)がなく、一続きになった部屋は広大だった。壁が少なく、柱と襖だけで仕切られていたのだろう。

 今、残っている等間隔の柱には、いずれも、蜘蛛の巣が張っていた。薄汚いレースのカーテンのように、久し振りに通った外の風に揺れている。


 「うわッ! 皆、ちょっと、こっち来て!」

 班長の声に、班員が廊下の突き当たりに集まる。


 そこは、窓のない部屋だった。物置部屋らしい。

 木の引戸を開けた姿勢で、班長は硬直していた。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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