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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午後
31/51

31.休憩

 志方(しかた)たちB班が本部に戻ると、A班は既に昼食を始めていた。

 縁側のある部屋に茣蓙(ござ)を敷き、おにぎりを食べている。


 会社関係者は折詰弁当を食べたのか、空き容器を前に麦茶を飲んでいた。

 初老の刑事は、先生たちに礼を述べると、すぐ現場指揮に戻った。


 事務員が簡単に状況を説明する。

 会社関係者も、腰を浮かせて話に加わった。事件の内容については、刑事に口止めされた為、触れない。


 魔法使いの教員たちは、険しい表情で聞いていた。

 専務が目顔で指示し、秘書らしき男性は、ケータイを片手に離席した。

 大人たちの会話の中で「部長」と呼ばれていた頭の薄い男性は、顔色を失い、ハンカチで(しき)りに汗を拭っている。


 「ポーチを外して、縁側に置いて下さい。汗、流しますよ」

 養護の〈白き片翼〉先生が、乾燥したハーブが入った籠を持って、B班に声を掛けた。

 志方は、今からシャワーを浴びるのか、と怪訝な顔をしつつも、指示に従う。


 B班が〈白き片翼〉先生について行った先は、台所だった。

 ここも土間で、(かまど)がある。土間には、ゴミ袋を被せた段ボール箱が置いてあった。


 先生は、ハーブの束を手に取り、蛇口を(ひね)った。

 水を出しながら呪文を唱え、バケツ三杯分程の水を魔法で操って蛇口を閉める。ハーブの束を宙に浮いた水に入れ、軽く振る。

 志方には、薬草の種類がわからないが、淡く色付いた水は、水出しのハーブティーに見えた。


 「えっと……先生、何してるんですか?」

 志方の質問に、先生はハーブの束を(ざる)に置き、少し考えて答えた。

 「……あぁ、〈(わっか)〉君は初めてでしたね。体を洗う魔法です。体を洗う時は、塩やハーブを混ぜるんですよ」

 「へぇー……」


 志方は先生の話に感心し、科学雑誌の水に関する記事を思い出した。

 不純物が一切ない超純水は、非常に強力な溶媒(ようばい)だ。

 高温・高圧の状態にした超臨界水(ちょうりんかいすい)は、ダイオキシンをも粉砕する。


 「じゃあ、〈輪〉君からにしましょう」

 何が、じゃあ、なのか考える間もなく、志方は水に呑まれた。


 原生生物のように漂っていた水が一気に広がり、志方の全身をすっぽり包んだ。

 水に包まれている筈だが、全く濡れた感じがしない。


 ひんやりした水が、意思を持つ生物のように志方の体表を流れ、汗や埃を取り除く。

 足元から螺旋を描いて這い上がり、着ているジャージごと丸洗いする。最後に髪を一本ずつ拭うように流れると、頭の上へするりと抜けた。


 志方を洗った水出しハーブティーは、薄汚く濁っていた。

 水塊は注連縄(しめなわ)のように()じれ、先端から段ボール箱に、さらさらと灰色の粉を排出した。


 これって、班長たちが掃除するのと同じ術か……


 志方は微妙な気持ちで、自分の身から出た汚れを見守り、先生に礼を述べた。

 水塊が元の清水に戻ると、先生はハーブを足して、〈雲〉を呼んだ。

 魔力を温存する為か、自力で同じ術が使える三人も、先生に洗われている。


 汗と埃が落ち、ついでに体温も下がった志方たちは、すっかりさっぱりして、縁側のある座敷に向かった。


 昼食は、熱中症対策なのか、海苔を巻いた梅干しおにぎりと、呪符素材の残りのカラアゲと、塩を振ったトマトと、井戸水で冷やした西瓜(すいか)だった。


 「……何か、さ、先生も警察の人も、慣れた感じだったんだけど、あぁ言うのってさ、よくあることなのか?」

 志方は、隣で西瓜の種を割り箸でほじくる〈雲〉に聞いてみた。〈雲〉は手を動かしながら、やや考え、ポツリと言った。

 「ん…………時々」

 「あるんだ、時々」

 西瓜に齧り付きながら、〈雲〉は(うなず)いた。


 全く霊感のない刑事が、志方の言葉を易々と信じ、全く疑念を挟まなかったことに納得がいった。

 そもそも、被害者の幽霊に聞きました、で死体遺棄事件として、警察がすぐ駆けつけること自体が、普通ではない。


 魔道学院からの通報なら、間違いない。

 魔道学院の生徒なら、ホンモノで、虚言癖やイタズラではない。

 それが、本当に被害者の発言を伝えたものか、虚言かは、裏付け捜査ですぐにわかる。


 ……何か、ヤな信頼と実績だな。


 志方は、縁側の向こうに広がる景色に目を遣った。

 向かいの山に刻まれた棚田が、緑に輝いていた。緑は稲だ。


 あちら側は、現在も耕作されている。

 青田に屈んで、何かの作業をする人が見えた。農作業の経験がない志方には、何をしているのかわからない。

 農道に軽トラが停まり、作業していた人を乗せて、どこかへ行った。


 谷の上空を(トビ)が舞っていた。上昇気流に乗り、羽ばたくことなく夏空を行く。

 谷を渡る風が木々を揺らし、梢がざわめく。

 砂利道から土の農道が伸び、本部前の広場や、午後から作業する民家、その下に刻まれた棚田に続いている。


 照りつける太陽は暑く厳しいが、お陰で雑妖の類は息を潜め、志方の視界には一匹も視当たらない。


 時折、風に乗って、山の妖気が化したらしいモノが、梢から梢へ渡って行くのが視えるだけだ。


 陽に触れても消えない。「陽」または「中立」の性質を持つモノだ。

 人間にとって益となるか、害となるかは、人間の行動如何に掛かっている、と最近習った。


 陽に透けて視えるそれは、蜉蝣(かげろう)(はね)のようにきらめいていた。


 「キレイね……」

 先に食事を終え、縁側に座っていた〈三日月〉が呟いた。


 夏山の風景を言っているのか、漂うモノについて言っているのか、定かではない。

 使い魔の三毛猫梅路(うめじ)が、(あるじ)の隣に寝そべって、欠伸(あくび)をしていた。


 食後、誰も何もせず、先生方に守られた安全地帯で呆けている。

 これで風鈴と古い扇風機と、蚊取り線香があれば、完全に田舎の夏休みだ。


 住むには不便な所だが、一時(ひととき)、都会の喧騒を離れて過ごすには、うってつけの村だ。


 呪符などの資材代だけで、二百万円以上掛かるなら、プロの除祓師(じょふつし)に依頼すると、志方たちには想像もつかない額になるだろう。

 霊的な大掃除を、高校生の自分たちにさせて安く上げ、同時に魔道教育にも貢献する。

 除祓と経費節減と、イメージアップの一石三鳥。


 役所も会社も、ちゃっかりしてるよなー……


 浮世離れした場所にも、俗世の手が及んでいる。

 よくわからない感情が湧き上がった。胸の奥が何となく、もやもやする。


 委員長が、板の間の隅で呪符を並べて点検していた。

 残数を確認し、険しい顔で再配布の案を練っている。緑の瞳で、烈日のような視線を呪符に注ぐ。


 先生たちものんびり麦茶をすする中、〈(ひいらぎ)〉唯一人が、緊張感を保っていた。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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