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虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
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03.学食

 志方(しかた)は、いつもの癖で一段ずつ、ゆっくりと足許(あしもと)を確かめながら階段を降り、二階の食堂に入った。


 扉を細く開けると、美味そうな匂いが廊下に流れ出た。

 今日の昼は、炊きたてのご飯、揚げ物と味噌汁と、何かの炒め物らしい。


 食卓は、十人掛けから四人掛けまで、大きさがまちまち。幼児用の低い食卓もふたつあった。

 ざっと見たところ、大小合わせて百席程度。幼児用の席がある以外は、前の高校の学食と似た雰囲気だ。


 食堂の中には、まだ誰もおらず、ガランとしている。

 カウンターの奥に厨房が見えた。中で三人の調理師が忙しく働いている。


 「あのー……今日からお世話になります」

 志方は遠慮がちに声を掛けた。

 年配の調理師たちが、一斉にこちらを向く。

 「高等部一年のしか……〈(わっか)〉です。何かお手伝いしましょうか?」

 姓を口に出しかけ、(しるし)に言い直す。


 人のよさそうなおばちゃんが、目尻を下げて答えた。

 「そう。よろしくね。じゃ、悪いけんども、ちびちゃんたちの分、並べといてくれる?」


 カウンターの足下に鞄を置き、目顔で示されたお盆を手に取る。

 定食屋でよく見る漆塗り風のプラスチックのお盆だ。野菜炒め、鰯フライ、ご飯、味噌汁、大学芋が幼児用の器に盛り付けてあった。

 味噌汁を(こぼ)さないよう、慎重に幼児用の食卓に運ぶ。


 五人前、全て配膳(はいぜん)すると、別の調理師に手招きされた。

 「ありがとね。はい、これお駄賃」

 カウンター越しに、爪楊枝に刺した大学芋を差し出された。


 礼を言って頬張る。

 先に揚げてあったようで、程良く冷めた芋が、ほくほく旨い。素朴な甘みに緊張が解ける。

 知らず知らず、肩に力が入っていたようだ。


 これまでの学校で聞き慣れた音色が、(かす)かに聞こえた。四時間目の終鈴だ。

 「大きい子はセルフサービスだから、一人前持ってって、好きな席でお食べ」


 志方(しかた)は窓際の六人席の角に座り、葱とワカメの味噌汁を一口すすった。

 赤味噌にイリコ出汁の旨みがたっぷり溶け込んでいる。学食にありがちな安物の即席ではない。本気の味噌汁だ。

 生ワカメの弾力に、徳阿波県(とくあわけん)の特産品が、イリコとワカメなのを思い出した。

 そう言えば、ほくほく甘い渦潮芋(うずしおいも)もそうだった。


 男子生徒数人が息を弾ませ、駆け込んできた。

 チャイムと同時に教室を飛び出したらしい。先客の姿を見付け、怪訝(けげん)な顔をしながらも足を止めず、カウンターに直行する。


 「おばちゃーん、俺、大盛りー!」

 「俺も!」

 「僕もー」

 「あー、はいはい、たんとお食べ」


 毎日同じ遣り取りをしているらしく、すぐにおかずと大盛りご飯の乗ったお盆が、カウンターの上に現れる。

 口々に礼を述べると、大事そうにお盆を持って志方の所に来た。


 (さかずき)のバッジを着けた赤毛の少年が、遠慮がちに声を掛ける。

 「あー……えー……っと、初めまして。隣、いいですか?」

 「ん? うん、こちらこそ初めまして」

 志方(しかた)が箸を止めて応じると、三人は嬉しそうに同じ卓に着いた。


 歩いてきた生徒たちが、ぞろぞろと食堂に入って来る。どこの学食でもお馴染みの喧騒が始まった。


 「あ、あの、あの、もしかして、転校生、ですか? 僕、中等部二年の〈三ツ(みつがしわ)〉です」

 三枚の葉の(しるし)を着けた茶髪の少年が、緊張にうわずった声で聞いた。

 他の二人だけでなく、後から入って来た生徒らも、こちらに意識を向ける。


 志方は頷いて、周囲にも聞こえるように答えた。

 「うん。高等部一年に転入して来たんだ。マークは一応、ただの丸印で〈(わっか)〉。こちらこそ、よろしく」


 「外部の先輩増えた!」

 「スゲー。高一、これで十二人だぞ」

 「いーなー、友達いっぱい、いーなー」

 ささやきが(さざなみ)のように食堂に広がる。


 志方は気恥ずかしさを誤魔化す為に、ご飯をわしわし掻き込んだ。

 炊きたてご飯に塩味の利いた野菜炒めを乗せ、口いっぱいに頰張る。野菜炒めは、小学校の給食に近い懐かしい味だった。


 「〈輪〉先輩、俺〈二ツ(ふたつび)〉って言います。俺、ただの見鬼(けんき)なんですけど、先輩、魔力ある人ですか?」

 「ないよ。俺もただの見鬼」

 炎を二つ並べた(しるし)の黒髪の少年が、キラキラした目で質問した。

 志方は、自分と同じ能力しか持たない者がいることに、少しばかり安堵(あんど)し、軽い調子で答えた。


 保育士に連れられ、幼稚園児二人が入ってきた。

 先に座って待っていた小一らしき三人が、早く早く、と手招きする。


 「ここ、空いてる? 座っていい?」

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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