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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午前
29/51

29.臭気

 二軒目は、一軒目より大きな家だった。

 建増ししたのか、明らかに壁の古さが異なる部分がある。

 駐車スペースの隅に、手押しポンプの小さな井戸があった。


 忘れないように、屋根と戸袋から掃除することになった。

 〈渦〉が難なく屋根を水で丸洗いした。


 【灯】を持った〈(いつき)〉が引戸を開ける。ここも、玄関に鍵がついていなかった。

 最後まで住人が居たのは、この家だったらしい。埃は少なく、雑妖もあまり居ない。


 「これ……何の臭い?」

 「くさーい」

 流れ出た臭気に、〈火矢(ひのや)〉と〈渦〉が、一歩退がった。他の面々も顔をしかめている。


 志方はマスクを外して、嗅いでみた。

 鼻の奥から脳天に突き抜けるような刺激臭。

 全力で後悔し、マスクを着ける。動物の排泄物の臭いだ。それも、尿の臭いがキツい。


 無人になってから、雑妖だけでなく、野生動物も侵入したようだ。


 志方たちは、この世の物にも注意を払いつつ、雨戸を開けて回った。

 家中開けて回ったが、雑妖以外には何者も居らず、拍子抜けする。


 戸袋を掃除する為、縁側の雨戸を外した。

 中で何やら、ごそごそ物音がする。


 〈樹〉が、ポーチのベルトから【灯】を外し、戸袋を覗いた。

 臭気が、マスク越しでも鼻に痛い。


 「これ、リアル生物だ。俺にも見える」

 「えっ……ちょっと……何が居るの?」

 「さぁ……? わかんない。何か、すげーいっぱい、ちっちゃいのがギュウギュウ詰めんなってる」


 〈火矢〉が軍手を着けた手で、自分の両肩を抱く。〈樹〉は首を傾げた。

 突然、時ならぬ月光に照らされた小動物は、戸袋の中でもぞもぞ身じろぎしている。


 「鼠か?」

 「いや、何か、もっと上に居るし、カタチが……鼠みたいだけど、鼠っぽくないような気がする」

 一緒に覗き込む志方の予想を、〈樹〉は首を傾げながらも、否定した。


 「じゃあ、銀条ちゃんにも、見てもらおー」

 皆の返事も待たず、〈渦〉が白蛇を小動物の巣に侵入させた。


 戸袋から、何かが一斉に飛び立った。


 「ギャーッ!」

 数人が、思わず悲鳴を上げた。


 明るい夏の空を鼠のような何かが、ひらひらと逃げ惑う。


 空を見上げ、〈(さかき)〉がポツリと呟いた

 「なんだ……蝙蝠か……」


 白蛇に驚いた蝙蝠の群れは、一匹残らず、山林の薄暗がりに避難した。

 正体がわかってしまえば、何のことはない。


 戸袋に一匹も残っていないのを確認し、〈樹〉が振り向いた。

 「あ、でも、これ、妖怪よりヤベーよ。ダニとか病原菌とか、いっぱい持ってるもん」


 「じゃあ、ここは魔法で念入りに洗って、汚れはすぐに焼こう。ゴミ袋に入れて持ち歩くの、危ないよね」

 班長がポンプを押しながら呪文を唱え、井戸から直接、バケツ二杯分の水を起ちあげた。


 志方は、心底、残念な物を見る目で〈渦〉を見た。

 にゅるりと戻った使い魔の銀条を(ねぎら)っている。


 黙っていれば、さながら、森に佇む儚く淡い光の妖精だ。だが、言動が残念過ぎる。その美しさを帳消しにして、借金を背負う程の残念さだ。


 〈火矢〉が落ち枝を拾って、地面にバケツの直径程度の円を描いた。中心に何かの象徴も描く。

 枝を中心に立て、志方が知らない呪文を唱えた。


 興味津々で見る志方に、〈樹〉が説明してくれた。

 「焚火の魔法だよ。呪符の【炉】より火力が強いんだ」

 「へー、教えてくれて、ありがとな」

 志方が礼を言うと〈樹〉は、えへへ、と照れ笑いを浮かべた。


 詠唱が終わった瞬間、火柱が上がった。〈火矢〉が枝から手を放す。

 倒れた枝に魔法の炎が燃え移る。

 膝の高さの火柱は、きっちり、円内に納まっていた。円内の枝は燃えているが、外にはみ出した部分は、煙すら上がらない。


 戸袋を洗浄した水が、火柱の上を漂い、円内に汚物を排出した。瞬く間に灰になる。

 水に塩を混ぜ、〈雲〉は戸袋の浄化に取り掛かった。


 「ここ、あんまり汚れてなかったけど、雑妖とかどうだった?」

 「ん? 少なかったよー」

 「じゃ、物理掃除は俺、やっとくから、魔法使いさんたちは、ちょっと休んでてくれよ。さっきからいっぱい術使って、疲れたろ?」

 「んー? どうしよっかなー? もーすぐお昼だしー?」


 〈樹〉の申し出に〈渦〉が〈火矢〉を見た。〈火矢〉は、班長の〈雲〉に話を振る。

 「皆でした方が早いと思うけど、疲れてるって言えば、疲れてるし、どうすんの?」


 「うーん……ごめん、僕はちょっと休ませて……二人も無理そうなら休んで、いけそうなら、そっち手伝って」

 大きく息を吐きながら、戸袋の浄化を終えた〈雲〉は井戸端にしゃがんだ。


 「遠慮しないで、休んでてくれよな」

 「私たちは掃除に慣れておる。任せよ」

 〈樹〉と〈榊〉が請け合って、玄関に入った。


 志方も慌てて後を追う。〈火矢〉は少し考えて、班長の隣に座った。

 「私もちょっと休ませて」

 「うん、いいよー。私、あっち行って来るねー」

 〈渦〉は箒を持って家に入った。


 この家には、カマドウマも妖怪も居なかった。

 蜘蛛が数匹居ただけで、家財道具も残っておらず、難なく片付いた。


 窓を拭きに出ると、二人は柿の木陰に移動していた。足元には、円を描いただけの簡易結界が張ってある。


 「中、終わったよ。後は窓だけ。大丈夫?」

 〈樹〉がバケツと雑巾を手に二人に近付く。


 「あー、ごめんね。すっかり任せちゃって」

 「いいよー、もー大丈夫ー?」

 「うん。お陰様で、大分、元気になったよ、ごめん」

 班長がうなだれるように頭を下げた。〈樹〉が雑巾を振って、頭を挙げるように促し、志方も言った。


 「いいって、いいって。元々、そう言う役割分担だし」

 「後、四軒もあるんだし、温存しといた方がいいって」

 「〈渦〉ちゃんもちょっと休んでて。私、代わるから」

 「ん? いいのー? ありがとー」


 屈託のない笑顔で〈火矢〉と入れ替わる。〈火矢〉は立ち上がりながら腕時計を見て、感嘆した。

 「えっ? ウソ!? はやーい! お昼までまだ結構ある……!」

 「この家、物理的にも霊的にもキレイだったから」


 志方も時間を見た。

 十一時二十六分だ。


 「だから、〈火矢〉さんも、まだ休んでてくれていいよ」

 「ん、ありがと。でも、誰かが仕上げなきゃいけないし、私、充分元気になったから」


 一軒目の窓は、志方と〈火矢〉の二人で拭いたが、こちらは魔力のない三人と〈火矢〉。人数が倍になると、流石に作業は早く進んだ。


 最後の一枚を拭いていると、エンジン音が聞こえた。

 志方が振り向くと、村の東側から、パトカーと徳阿波(とくあわ)県警と書かれたワゴン車が入って来るのが見えた。

>「じゃあ、銀条ちゃんにも、見てもらおー」

>皆の返事も待たず、〈渦〉が白蛇を小動物の巣に侵入させた。


「だって、12.授業(http://ncode.syosetu.com/n6611cp/12/)で

〈榊〉ちゃんに

>「そんな事ない。銀条の偵察、アテにしてる」

って言われたんだもーん」

と言うことです。素直と言えば素直。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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