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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午前
28/51

28.報告

 大物が居たからか、トイレの中に雑妖は居なかった。

 引き続き、班長が手洗い場も水で洗浄する。


 〈(さかき)〉が手洗い場に入り、塩を撒いた。

 便器にチラリと目を遣り、戸口から関取のように塩を投げ込む。何を見たのか、表情が強張っていた。


 〈樹〉が箒を持って入り、〈榊〉は入れ違いで廊下に出た。

 掃除を仕上げた〈樹〉が柏手(かしわで)を打つと、他の班員が清めた時と同じく、清廉な空気に変わった。


 これなら、夜中に来ても恐くない。


 「じゃ、報告に行こうか」

 手分けして(ふすま)を元に戻し、最後の一枚を()め込んだ班長が、晴れ晴れと言った。


 玄関先で待っていたワンピースの女性が、手を振って生徒たちを見送った。

 日に焼けた砂利道が、足元からも六人を(あぶ)る。


 本部に戻り、庭先に口を括ったゴミ袋を置いた。

 志方はマスクを外し、ジャージの袖で汗を(ぬぐ)う。

 会社関係者が、縁側からB班に会釈した。


 「おう、お前ら、巧いことやったな」

 「お疲れ様」

 縁側から腰を上げ、〈双魚〉先生が六人をにこやかに迎える。〈白き片翼〉先生が、紙コップに麦茶を注いだ。


 紙コップには、油性マジックで(しるし)が描かれていた。

 各自、自分のコップを受け取り、一気に飲み干す。水分がそのまま出るのか、たちまち汗が噴き出した。


 生徒が喉を潤し、紙コップを縁側に置くのを待って、〈双魚〉先生は歩きだした。

 「じゃ、行こうか」

 〈双魚〉先生の後に続いて、今来た道を引き返す。


 どう評価されるのか。


 生徒たちが砂利を踏みしめる足は、重かった。

 本部から三軒隣なので、すぐに着く。〈双魚〉先生が、砂利道から古民家の外観を見て、口を開いた。


 「屋根の掃除がまだだな。陽が当たるから、塩は要らんが……」

 「えッ……!? 屋根も掃除するんですか?」

 班長が見上げた。班員も驚いて屋根を見る。


 そんなの、聞いてねーぞ。


 屋根の上には、落ち葉が積もっていた。

 「落ち葉や土埃が溜まってると、湿気で屋根が腐り落ちる原因になるからな」


 「あー! やります、やります!」

 〈火矢(ひのや)〉が悲鳴に近い声を上げ、〈樹〉がバケツを持って台所に走った。


 班長が、汲取り式トイレと糸瓜(ヘチマ)の化身について、〈双魚〉先生に説明する。

 「先生、ここのトイレ、汲取り式なんですけど……」

 「あぁ、知ってる。明日、業者が作業に来るから、貯留槽の中は、掃除しなくていいぞ」


 バケツに水を汲んで〈樹〉が戻って来た。〈火矢〉が呪文を唱え、水を屋根に走らせる。


 「あの、この家のトイレ、妖怪が居て、トイレの中身に執着してるんです。あの、それで、〈(わっか)〉君が説得してくれて、今、家の裏に居るんですけど……」

 「あぁ、糸瓜な。気にしなくていい。業者に霊視力がなきゃ、気付かんし、害はない」

 生徒たちは、ホッと胸を撫で降ろした。


 「あ、そうだ、そこにあるボロボロの物置、どうしましょう?」

 志方(しかた)は、駐車スペースの物置の件を聞いてみた。〈双魚〉先生はあっさり言った。

 「あぁ、それは後で丸ごと捨てる。置いとけ」


 「あの、それから、この人なんですけど……」

 「すぐ、そこで……生き埋めにされたんです」

 班長の声に被せて、本人が説明する。〈双魚〉先生は特に表情を変えることもなく、ワンピースの女性を視た。

 「ふーん。それで?」


 「あっちに埋まってるんです。出して欲しいんです。帰りたいんです」

 女性は、家の東側に広がる山林を指差した。


 指差した辺りから隣家までは、二十メートル程離れている。

 「ふーん。ま、事件だからなぁ。素人がヘタに触る訳にいかん。警察呼ぶわ。お巡りさんを案内してやってくれんか」

 「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 女性は何度も頭を下げた。〈双魚〉先生は軽く会釈を返し、玄関から家に入った。


 靴を脱いで上がり、振り返る。

 「お前ら、そこで待ってろ」

 生徒たちは、先生の背中が廊下に奥に消えるのを、無言で見送った。


 志方は、ワンピースの女性が、言葉の通じる常識的な人であることに安堵した。

 大抵、その辺を漂う者たちは、自分の要求や怨嗟(えんさ)を一方的に口にするだけだ。


 こちらが耳を貸そうが、無視しようがお構いなしに、同じ言葉を繰り返す。

 志方は、亡くなった時の無念や執着が、あの人たちにそうさせるのだろう、と思っていたが、違うような気がしてきた。


 生者の中にも、人の話を聞かず、自分の要求をごり押しして、出来ない事情を説明しても、食い下がって来る残念な人もいる。

 その要求が満たされないことを理解すると、諦めるのではなく、叶えてくれない周囲の人間を理不尽に憎み、無能と(あざけ)り、ケチ呼ばわりして(さげす)む。

 それを(たしな)める人をも、逆恨みして(ののし)るのだ。


 実は「悪霊」ってさ、自分を殺した犯人を恨んでるとかじゃない限り、生前から、我儘や無茶振りで周囲を困らせる嫌われ者だったり、クレーマーだったりするんじゃないか?


 糸瓜の化身……所謂(いわゆる)、妖怪ですら、志方の説明に耳を貸し、〈榊〉の助言に従った。


 志方は、数日前に〈樹〉が言った「ヤンキー」の説明に、改めて納得した。

 こちらが関わらないようにしても、わざわざ絡みに来て不幸を撒き散らすようなのは、人でも雑妖でも、やはり、元々碌なモノではないのだ。


 ガタガタ音が聞こえる。

 先生が、視終わった場所の窓や雨戸を、閉めているらしい。


 「次、どこ行こうか?」

 班長が地図を広げた。

 砂利道の山側にもう一軒、麓側に四軒ある。


 「さっき、家の裏に行ったら、いっぱい居たから、山に面してるお家は、午前中にやっといた方がいいんじゃない?」

 屋根の清掃を終えた〈火矢〉が、木立に目を遣る。

 すっかり落ち葉や土埃が取り除かれ、燻瓦(いぶしがわら)が夏の日差しを浴びて黒光りしていた。


 「ここで一時間ちょっと掛かったからな……」

 「夕方になると、あいつら、活気付くし……」

 腕時計を見て〈樹〉が言い、志方は足元の影に目を落とした。


 この村はどの家も南向きで、日当たりがいい。

 道の麓側の家々は一段低く、斜面を背にして建っている。


 その更に下は棚田だが、何年も耕作を放棄されているらしい。雑草が生い茂り、所々、若木も生えていた。

 茂みの影に雑妖が蠢いているが、わざわざ、日当たりのいい斜面をよじ登って来るとは、思えない。


 「じゃ、この隣の家をやって、その次は広場の隣から順に……ってことでいいかな?」

 「うーん……時間が遅くなれば、何かとあれだ。本部から離れた場所からにせんか?」

 班長の提案に〈榊〉が異議を唱えた。

 確かに、本部に近い方が、何かあっても心強い。


 「そうだね、じゃ、こう、ぐるっと一周する感じで、この家の隣行って、その下行って、最後、広場の横で」

 班長が地図を指でなぞる。志方たちは覗き込んで、口々に同意した。

挿絵(By みてみん)

 先生が、縁側の雨戸を勢いよく閉める。半分閉めた所で手を止め、生徒を呼び集めた。

 「お前ら、ここ視てみろ。戸袋」


 「ひぁあぁぁっ!」

 〈火矢〉が尻餅をついた。〈樹〉を除く四人も、顔を引き攣らせて後退(あとすさ)る。


 〈榊〉が〈火矢〉を助け起こしながら、〈樹〉に状況を説明した。

 「戸袋の中に……めっ……目が……ぎっしり、詰まっておる……」

 「うぇっ!?」

 想像した〈樹〉が戸袋から離れた。


 「お前ら詰めが甘いぞ。こう言う所にこそ、居るんだからな。ここ、ちゃんとやっとけ」

 「は……はい、すみません」

 班長が恐縮して頭を下げ、水を起ち上げる。

 先生は奥に引っ込んだ。


 「びっくりしたねー」

 〈渦〉が白蛇に話し掛けた。

 白蛇銀条は、聞いているのかいないのか、〈雲〉が戸袋を洗浄する様子をじっと見詰めている。

 水は鼠か何か、小動物の糞を洗い流し、真っ黒になって戻って来た。


 「結構、汚れてるもんなんだなー」

 ゴミ袋で汚れを受け止めながら、〈樹〉が言った。

 清水に戻った水塊に〈火矢〉が片手を突っ込んだ。


 「何してんのー?」

 「ここ、狭いから、塩撒けないでしょ? 塩水で流せばマシかな、と」

 「あー、そーだねー」

 〈火矢〉が握っていた塩が溶け込む。〈雲〉は頷いて、もう一度、戸袋に水を流した。入念に隙間を這わせ、ゴミ袋に塩を吐き出す。


 縁側に戻ってきた先生が、戸袋を覗き込んで軽く顎を引き、雨戸を閉める。

 「ま、こんなもんだろ。次、行っていいぞ」

 生徒たちは、バケツや箒などを手分けして持った。


 玄関に回った先生が三和土(たたき)に降り、ウェストポーチから見たことのない呪符を取り出す。

 小声で呪文を唱えると、肉眼には見えない光の壁が展開した。


 両面テープの剥離紙を取り、玄関の引戸の上に呪符を貼り付ける。

 先生がもう一言、志方が聞いたことのない言葉を唱えると、壁が大きく広がった。

 家の前面を覆い尽くすと、角で曲がり、側面にも広がる。生徒たちが見守る中、淡く薄い光の壁が、お中元の包装紙のように家全体を包み込んだ。


 「いっちょ上がり。んー……まぁ、天井裏に、まだ残ってるが、素人が手を出すと、家を(いた)めるからな、やらんでいいぞ」

 「あ、はい、ありがとうございます」

 先生は玄関から、「B」と印刷された紙を剥がした。


 班長がぺこりと頭を下げる。志方たちもつられて頭を下げた。

 「A班はもう二軒目やってるぞ。さっさと次、行けよ」

 「えっ……あッ! は……はいッ!」

 班長が箒を手に、慌てて駆け出す。


 志方たちも、掃除用具を手にして後を追った。走り出してすぐに汗が噴き出し、さっき飲んだ麦茶が流れ出た。


 ……脱水、熱中症、待ったなしかよ。

地図を再掲。掃除が終わったのは、「安全」の隣の「B」の家です。

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用語は、大体ここで説明しています。

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