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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午前
26/51

26.浄化

 家の東西、二手に分かれてお清めを始める。

 志方(しかた)は、〈(さかき)〉、〈火矢(ひのや)〉と共に、家の西半分、押入れがある二間と十二畳間を清めることになった。とは言え、何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。


 先程、〈榊〉が塩を撒いていたが、単に撒くだけでいいのか、それとも何か、志方が気付かなかっただけで、他のこともしていたのか。


 開け放たれた窓から、新鮮な空気と陽光が入って来る。

 窓と雨戸を開けて回った時とは打って変わって、居心地が良くなっていた。


 箒で掃き清め、雑巾で水拭きし、魔法で仕上げ、物理的に掃除したに過ぎないにも関わらず、だ。

 志方は、この古い家にあたたかく歓迎されているような気がした。


 廊下が三つ叉に分かれた所で立ち止まる。

 押入れの奥に雑妖が縮こまっていた。


 「〈(わっか)〉君」

 「は、はいッ!?」

 突然、〈榊〉に呼ばれ、志方は背筋を伸ばした。

 張りのある凛とした声が、何もない部屋に響く。


 「部屋の清め方を説明する。この部屋は私がするから、よく見て、隣の部屋を〈輪〉君が清めて欲しい。構わないか?」

 「俺でも、できるのか?」

 「簡単だから、大丈夫だ」


 この部屋は、外の光からは遠く、【灯】は〈樹〉が持っている。

 仄暗(ほのぐら)い中、女子二人の周囲だけが薄明るく感じられた。


 「お清めは、素手で行う。ゴム手袋を脱いで。必ず素手だ」

 「は……はい!」

 志方は言われた通り、ゴム手袋を外し、ウェストポーチのベルトに挟んだ。〈火矢〉が隣の十二畳間に移った。


 「部屋の四隅を意識して、清めたい空間の範囲を決める。部屋全体……床だけでなく、天井や押入れまでを心に留める」

 六畳間の中央に立った〈榊〉が、ゆっくりと確認しながら、隅を順に指差す。更に床、天井、押入れを指して、志方を見た。


 志方が(うなず)くと、ポーチから塩の袋を取り出し、説明を続ける。


 「部屋の中央に立ち、まず、四隅に向かって塩を撒く。それから押入れ。天井はいい」

 志方が頷くと、〈榊〉は自分の説明通りに塩を撒いた。

 押入れの暗がりに避難していた雑妖が、跡形もなく消える。


 「最後に、塩を掃き集めて終わりだ」

 神社の娘〈榊〉が、塩をポーチに仕舞い、箒を手に取った。手際良く掃き集めた塩をちりとりで回収し、手を叩く。


 部屋の空気が変わった。


 先程までの生ぬるい、のほほんとした雰囲気が消し飛び、〈榊〉の声のように凛と張り詰めた清浄な気配に満ちる。

 部屋全体がうっすら明るさを増し、天井が高くなったような気がした。


 何だ? 急に寺っぽくなったって言うかさ……何だこれ?


 志方は、懐かしいようなそうでもないような、あの古刹(こさつ)と同じ空気を感じていた。これで線香の匂いがしていれば、完全にあの寺だ。


 「それでは、隣、やってみなされ」

 神社の娘に促され、隣の六畳間に移る。


 先に十二畳間のお清めを終えた〈火矢〉が、志方に助言をくれた。

 「お部屋とぴったり同じ大きさの、四角いテントを張るみたいな気持で、お部屋の広さを意識すると、やりやすいよ」

 「お、おう、ありがとう」

 軽く手を上げて礼を述べ、志方は部屋の真ん中に立った。


 目を閉じてひとつ深呼吸する。

 窓から来た夏の風が、頬を撫でる。少し気が鎮まった所で、目を開いた。

 縁側から、日射しを受けて輝く地面が見える。


 白く照り返す地面の眩しさを部屋全体に広げるように、空間に意識を巡らせた。

 自分の立っている場所から、部屋の陰を陽に塗り替える。

 部屋には、特に変化がない。


 志方はポーチから塩の袋を引っ張り出した。ふと、何かで見た風水の断片的な情報を思い出し、手を止める。

 「あ、これってさ、どこから撒いてもいいのか? どっか方角、決まってる?」

 「いや、特にないな」

 神社の娘に軽く流され、志方は拍子抜けした。


 気を取り直し、南西、南東、北東、北西の順で塩を撒く。

 最後に、押入れに撒いたが、こちらの部屋は明るいので、元々雑妖が居らず、塩の効果はよくわからなかった。


 魔法で浄化された箒を〈榊〉に手渡され、気合いを入れ直す。

 あの夏の古刹を思い出しながら、床に散らばる白い粒を掃き寄せる。


 あの寺は静かだった。


 蝉や鳥の声と、風にそよぐ木々の葉擦れ、生き物の活きる音に満ちていた。

 活きた音は耳に心地よく、無音以上の静けさを感じた。


 ここも周囲を山に囲まれ、熊蝉の大合唱が響いている。

 雑妖などの呟きや怨嗟(えんさ)の声は、小さくとも、志方の神経に(さわ)った。この世のモノでない声を夏の風が吹き払う。


 靴下に塩が付かないように気を付け、部屋の中央に集めた。〈榊〉がちりとりを置く。

 志方は会釈して、塩を回収した。

 腰を伸ばして、周囲を見回す。


 ……あれっ? あんま、変わんない? 不発?


 「箒貸して」

 〈榊〉に手を出され、素直に渡す。志方が口を開くより先に、説明された。


 「説明を失念しておった。すまん。最後、柏手(かしわで)三回打って〆て」

 先程のあれは、手に付いた塩や埃を(はた)いて払ったのではなく、柏手だったのだ。

 何気ない動作だと思っていたことが、儀式の一部だったことに志方は驚いた。


 志方は目を閉じ、ひとつ深く息を吸い、細くゆっくりと吐き出した。

 呼吸を整え、気を鎮める。腹にぐっと力を入れ、目を開いた。

 縁側の外に溢れる光を見据え、柏手(かしわで)を打った。


 ひとつ

 ふたつ

 みっつ


 何もない部屋の中心から、隅々に音が広がり、反響する。

 ひとつ打てば、この部屋の気配が鎮まった。

 ふたつ打つと、天井が高くなったような気がした。

 みっつ打って、清々しく、緊張感のある空気が満ちた。


 隣室を〈榊〉が清めた時同様、背筋が伸びるような、きちんとした雰囲気は、あの寺の本堂に似ていた。


 「初めてなのに、一回でできたな。流石、寺で基礎を仕込まれただけのことはある」

 満足そうに〈榊〉が頷く。


 何となく上から目線の発言だが、不思議と尊大な感じはせず、志方は素直に「認められた」ことを受け容れた。

 〈榊〉は同い年でも、実家の神社でお清めなどの修行を積んでいる。

 良く考えなくても、「その筋の先輩」なのだ。初心者の志方に、わかりやすくお清めの方法を教えてくれた。いい先輩だ。


 三人揃って廊下に出る。

 東半分も終わったようで、既にトイレの前に集まっていた。〈渦〉がゴミ袋を広げる。

 「そのお塩はー、もう使えないからー、こっちー」

 「お、おう」

 志方は言われるまま、ゴミ袋にちりとりの中身を移した。


 六人の前には、油性マジックで小さく「(かわや)」と書かれた引戸が、厳然と立ちはだかっていた。

 古びた木製の引戸一枚隔てた向こうは、汲取り式のトイレだ。物理的にも、霊的にも、汚れと穢れに満ちていることが予想される。


 外は強い日射しが照りつけ、蝉の声が響き渡る。

 生気溢れる世界の中で、ここだけが、闇の気配に包まれていた。


 〈樹〉が水を満たしたバケツを床に置いた。

 ポーチのベルトに挟んだ【灯】が、廊下と引戸をぼんやり照らす。月の光に照らされ、夜の気配が増した。


 「班長さーん、ガンバッてー」

 「う……うん」

 〈渦〉の無責任な応援に、班長の〈雲〉が、ぎこちなく頷く。


 「六人分の【魔除け】がある。大丈夫。落ち着いて、いつもの力を出せば、何とかなる」

 自信に満ちた〈榊〉の声に勇気付けられ、〈雲〉は引戸に手を掛けた。

 手元を見詰めたまま、班員に宣言する。

 「じゃあ、開けるよ」


 「うん!」

 「おう」

 「ガンバッてー」

 班長は、一気に戸を引き開けた。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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