表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午前
24/51

24.二人

じわじわとホラーな展開。

 〈樹〉が、廊下の床に雑巾掛けを始める。

 廊下の突き当たりにも小さな窓があった。

 すり硝子の凹凸に積もった埃に(かび)が生え、真っ黒になっている。


 班長が、モップから外した雑巾で窓を拭いた。

 硝子には菌糸が張らないので、少しこすれば、面白いように汚れが落ちる。


 「外から拭くよ」

 志方は、班長たちに声を掛け、外に出る。

 モップから雑巾を外し、元・茶の間から、水が入ったバケツをひとつ持ち出す。


 〈火矢〉が、台所の外の日向に移動していた。

 「そこ、暑くないか?」

 「ん? うん。でも……ホラ……」

 〈火矢〉が木陰を指差す。


 志方は思わず息を呑んだ。

 日光を避け、無数の雑妖が(うごめ)いていた。

 見慣れない人間に興味津々で、こちらの様子を窺っている。

 木立の奥には、古風なワンピースを着た女性も(たたず)んでいた。

 長い髪に隠れ、(うつむ)いた顔の様子はわからないが、明らかに生者ではない雰囲気だ。


 「ね?」

 「う……うん」

 手に持ったバケツの重みが、手の震えを押さえる。


 「〈(わっか)〉君、私を呼びに来たの?」

 「いや、外から窓拭きしようと思って」

 「手伝うよ。ちょっと待ってて」

 志方が口を開くより先に台所に引っ込み、雑巾を持って戻った。


 「この家の裏、木が茂ってて、一人じゃ危ないから。気を付けて」

 「お、おう」

 あまり外に出ない〈火矢〉の方が余程、警戒心が強い。


 志方は、結界に守られた生活に馴染んで、すっかり気が緩み、【魔除け】の呪符を過信していたことに気付かされた。

 少し凹んで、家の右手に回る。


 夏の日射しは、生い茂った枝葉に遮られ、濃い影を作っていた。

 空気は冷たく、湿っぽい。

 溜まっていた雑妖が、【魔除け】に驚いて山に逃げる。遠くの木陰から、こちらを窺うたくさんの目が、ギラギラ輝いていた。


 台所の窓は泥塗(どろまみ)れだった。

 蜘蛛の巣に朽ち葉が引っ掛かって、揺れている。〈火矢〉が落ち枝を拾い、窓の下に円を描いた。


 「簡易結界作るから、ちょっと待ってて」

 円の中心に枝を突き立て、〈火矢〉は、志方初めて耳にする呪文を唱えた。


 力ある言葉に、地の意思が(こた)える。

 志方の目に、円の内側が少し明るくなったように視えた。

 木立の間から覗く雑妖の目が、その明るさに細められ、半数以上が目を逸らす。


 「これは、魔力がある人のやり方。魔力なしで作る方法もあるから、教科書見て、早めに覚えとくといいよ」

 「お、おう。そうする」

 二人一緒に簡易結界に入った。


 志方が濡れ雑巾で窓をこすると、泥がジョリジョリ不快な感触を伴って、こそげ落ちた。

 拭き跡に泥の筋が残り、却って汚く見える。


 雑巾を洗うと、バケツの水は、たった一回で泥水になった。

 泥が落ちた雑巾で、もう一度拭く。

 すり硝子が、古風な意匠の花模様に凹凸加工されているのがわかった。


 〈火矢〉が、言い訳めいた言葉を口にする。

 「仕上げは、私がするね。ホントは、魔法で一気に落とせるんだけど、汚れが少ない方が、やりやすいから……」

 「えっ……あ、あぁ、うん」

 志方は、言われるまで全く気付いていなかった。


 三度洗って拭いて、〈火矢〉と交替する。

 〈火矢〉の魔力を持った声に呼応して、バケツから水が立ち上がった。

 水は、バケツの中に泥汚れを置き去りにして、宙を漂う。

 木枠の硝子窓に貼り付くように広がり、残った汚れを根こそぎにしてゆく。隅に溜まっていた埃も残さず取り除き、窓を丸洗いした。


 志方はバケツを手に取り、〈火矢〉に声を掛けた。

 「あ、今の内にゴミ捨てて来る。すぐ戻るから」

 術に集中している〈火矢〉は、反応しなかった。


 走って玄関先に回り、ゴミ袋にバケツの中身を空ける。〈榊〉が十二畳間のモップ掛けをしていた。

 互いに会釈を交わし、志方は〈火矢〉の元に駆け戻った。


 簡易結界の周囲に雑妖が(たむろ)している。

 志方の持つ【魔除け】に、慌てて木立や下生えの陰に飛び退()く。


 花模様のすり硝子が木漏れ日を受け、やさしく光を照り返していた。

 志方がバケツを置くと、薄汚れた水が流れ込んだ。


 「じゃ、次行こう」

 落ち枝と雑巾を手に〈火矢〉が元気よく言って、簡易結界から出た。

 志方は、重くなったバケツを持って後に続いた。

 風が、ひんやりした山の空気を運び、汗だくの体に心地よい。


 元・茶の間の窓の下にも簡易結界を作り、二人で窓を拭く。

 台所の窓より大きい。鳥の糞がこびり付いて白く固まっていた。


 「そこ、あんまり強くこすると硝子が割れちゃいそうだし、後で私、やるよ」

 「うん、ありがとう……って言うか、拭くの、俺がするし、休んでてくれよ」

 折角、可愛い女子と二人きりなのに、先程から掃除に必要な最低限の言葉以外、交わしていない。


 この状況……勿体(もったい)ねーなー……


 そう思いつつも、本部の鏡で何をどう見られているかわからない以上、迂闊なことは言えなかった。

 腕をいっぱいに伸ばして窓を拭きつつ、当たり(さわ)りがなさそうなことを聞いてみる。


 「あのさ、聞いてもいい?」

 「ん? 何?」

 「〈渦〉さんなんだけど」

 「〈渦〉ちゃんが、何?」


 「使い魔が居るから、魔力は他に回せないって、授業中、〈雲〉君が△付けてたよね?」

 「うん、それで?」

 「さっきさ、魔法で風呂場、洗ってたのって……?」


 「あぁ、それ? 別に全く魔法が使えなくなる訳じゃないよ。使い魔の視聴覚情報が入ってきて、気が散っちゃうのと、使い魔ってね、魔力を与えて行動を制御するモノなの。それで、二つの術を同時に使うことになるから、難しいってだけ」

 〈火矢〉がわかりやすく説明してくれた。


 「えぇッ!? 魔法って二つも同時に使えるもんなの?」

 「うん。慣れればいくつでも同時に使えるみたいよ。魔法文明圏には、こんな雑妖よりずっと強くて有害な魔物が居るから、そう言う所で駆除のお仕事してる人とか、防御と索敵と攻撃とか、何種類も一緒に使えないとダメなんだって」


 「へぇ~。凄ぇなぁ、プロの魔法使い。って言うかさ、〈火矢〉さんも詳しいし、勉強家なんだな」

 志方は初めて接した情報に素直に感嘆し、その流れで素直に褒め、窓拭きに集中した。

 褒められた方は、予想外だったのか、ほんのり頬を染めて足元のバケツを見た。


 「ねぇ」

 「何?」

 声を掛けられ、志方は〈火矢〉に顔を向けた。


 窓を拭く手が止まる。

 〈火矢〉の隣、簡易結界すれすれの位置に、古風なワンピースの女性が立っていた。

 顔を上げ、こちらを向いているのに、どんな顔なのかわからない。


 「どうしたの?」

 まだ気付いていない〈火矢〉が、怪訝な顔で小首を傾げる。


 「あ、い、いや、急に黙ってさ、どうしたのかなって……俺、何かマズいこと、言った?」

 志方は慌てて言い(つくろ)い、返事をしてしまったことを誤魔化した。

 女性と目を合わせないように、〈火矢〉の目を見詰める。


 「ん。別に何でもない。そう言う褒められ方、したことなかったから、ちょっとびっくりしただけ」

 「えっ、そっ、そうなんだ?」

 「ねぇ、視えてるんでしょ?」

 「うん。うちの学校って、みんな大抵、どこか他所の国に親戚が居て、勉強しなくてもそう言うの、知ってて当たり前みたいな空気あるもん」


 「私、生き埋めになってるんです」

 「そっかー、そう言うもんなんだ」

 気が付いた〈火矢〉が、雑巾で窓を拭く。

 志方も、ワンピースの女性を意識しないように、〈火矢〉の話に集中しながら、窓拭きを再開した。


 汚れが落ちたすり硝子に、うっすらと三人分の影が映る。

 「さっき『うん』って言いましたよね? 聞こえてるんでしょ?」


 「私がわざわざ聞かなくっても、お正月に集まったら、何となくそう言う話になるのよね。進路のこととかで」

 「へぇ~、そう言うのってさ、どこも一緒なんだな」

 「でね、あっちの国のお仕事の話とか苦労話とか、聞いてないのに色々喋って来るの」


 交替で雑巾を洗い、窓をこする。

 雑巾を横に動かすと、窓が開いてしまった。〈樹〉と〈渦〉が驚いた顔を向ける。


 「あ、〈樹〉君、丁度いい所に……悪いけど、水、替えて来てくれない? そっち回るの面倒で……」

 バケツを持ちあげ、〈火矢〉が呼んだ。


 視えない〈樹〉は気楽に近付き、窓枠越しにバケツを受け取った。

 「私は今、休憩中ー」

 「おう。使い魔居るとさ、大変なんだってな。お疲れさん」

 「えへへー、そーでもないよー」


 スルースキル、パねぇ……


 〈渦〉にも視えている筈だが、何も居ないかのように、照れ笑いを浮かべている。志方もつられて頬が緩んだ。

 汚れた水を捨てに〈樹〉が外に出る。


 「あ、そうだ、さっきの……風呂場の虫ってさ、どこ行ったんだ? カマドウマ、すげーびっしり居た奴」

 「食べちゃった」


 「えッ!?」

 三つの声がひとつに重なった。

 志方、〈火矢(ひのや)〉、ワンピースの女性は思考停止し、後の言葉が出てこない。


 誤解に気付いた〈渦〉が、慌てて否定した。

 「あ……やッ、もーッ! 違うよ、もーッ! 私じゃなくって、銀条ちゃんだよー」


 「は……はは、そりゃ……そうだよな」

 「やだ、もー、変なこと言わないでよ」

 「そう……ですよねー……驚きました」

 三者三様に胸を撫で下ろす。


 白蛇銀条は、〈渦〉の首にマフラーのように巻き付き、肩の上で寛いでいる。その胴の太さに変化はなく、とても大量のカマドウマを平らげたようには見えなかった。

美少女と二人きりになっても、特にいい雰囲気にはなりません。

この状況(本部で先生が監視している、周囲で雑妖も見ている、ワンピースの女性が憑いて来てる)ではねぇ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ