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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午前
22/51

22.廃屋

 村は東西に細長く、本部は中心付近にある。

 山頂側が北、麓側が南だ。


 志方たちのB班は、東側の六軒を割り当てられていた。

 砂利道を挟んで山側に二軒、麓側に四軒ある。


 「近い所から片付けよう」

 班長〈雲〉の発案に異論はなく、安全地帯の隣の現場に向かった。


 「お邪魔しまーす」

 無人の家に声を掛けながら、〈樹〉が玄関の引戸を開ける。


 鍵はそもそも付いておらず、何の抵抗もなく開いた。

 夏の朝の光が差し込み、黒っぽい何かが、三和土(たたき)から廊下の奥に逃げた。

 志方は思わず息を呑み、硬直した。


 「あ、やっぱ居るね。じゃあ、打ち合わせ通り、【魔除け】を使おう」

 班長の声で我に返り、ウェストポーチから【魔除け】の呪符を取り出す。


 左手で呪符を握りしめ、何度も書いた言葉を肉声に乗せる。古く力ある言葉で、起動の呪文を唱えた。


 「日月星(ひつきほし)蒼穹(そうきゅう)巡り、(うつ)ろなる闇の澱みも(あまね)く照らす。

 日月星、生けるもの皆、天仰ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る」


 日之本帝国語に訳すと、そう言う意味になるらしい。

 呪符の上部に描かれた象徴が熱を帯び、籠められた魔力を解放する。


 霊視力を持つ志方たち見鬼(けんき)の目には、呪符全体が、ぼんやり真珠色の光に包まれて視えた。〈樹〉の目には、その変化を読み取ることができない。


 「うん。大丈夫。ちゃんと発動してる」

 班長が視て、微笑む。〈樹〉は、はにかんで礼を述べた。


 発動した呪符を上着のポケットに捻じ込み、ウェストポーチのベルトで押さえる。

 これで数時間は、雑妖に(たか)られずに済む筈だ。


 この家は、永らく住む人がなかったのか、埃が厚く積もり、蜘蛛の巣だらけだった。

 埃の上に大人の足跡があるが、これは、〈双魚〉先生が下見に来た時に付いたのだろう。


 黒っぽい何かが床を走り回っているが、それに見合う足跡はなく、埃が舞い上がることもない。

 廊下や玄関の隅に(うずくま)り、こちらを覗うモノ、天井から垂れ下がる蜘蛛の糸にぶら下がるモノ、天井を這いずるモノ、澱んだ空気の中を漂うモノ。


 古い空き家の中には、無数の雑妖が(ひし)めいていた。


 「えーっと……最初は、土足で上がらせてもらって、仕上げの時だけ、靴、脱ごうか」

 班長の〈雲〉が、マスクの奥で顔を引き攣らせる。


 「あー、靴下、真っ黒になりそうだもんな」

 視えない〈樹〉が、床の埃を見て相槌を打つ。


 視える班員は、なるべく雑妖と目を合わせないように、あらぬ方を見ながら同意した。


 「じゃ、一番! 私が【灯】付けるね」

 〈渦〉が元気よく、力ある言葉を唱え、【灯】の呪符を発動させた。

 「闇照らす夜の主の眼差しの淡き輝き今灯す」の言葉通り、月光のような淡い光がぼんやりと廊下を照らす。


 「じゃあ、はい」

 「土足ですみません。掃除しまーす」

 〈渦〉に【灯】を渡され、〈樹〉が声を掛けながら、先行する。

 歩きながら、ウェストポーチからダブルクリップを取り出し、発光する【灯】をポーチのベルトに挟む。


 他の班員たちは、慌てて後を追い、一緒に雨戸を開けて回る。

 マスク越しに吸う空気は、埃っぽく黴臭(かびくさ)い。

 班長の〈雲〉が【防火】を起動し、土間続きの台所の壁に両面テープで貼り付けた。


 何年も閉め切られていた暗い部屋に、夏の強い陽光が射し込む。

 光に追い立てられ、雑妖が影に逃げる。逃げ遅れたモノは、光に触れ、音もなく掻き消えた。


 どの部屋も、(ふすま)は残っていたが、畳は取り払われ、家財道具は何ひとつ残っていない。

 襖を全て外し、玄関脇の外壁に立て掛ける。


 奥の六畳間から掃除を始めた。

 手分けした方が早いのはわかっているが、恐いので、全員同じ部屋に集まっている。


 天井の蜘蛛の巣を(ほうき)で払い落とすと、雑妖も降ってきた。

 キャアキャア悲鳴を上げ、〈渦〉と〈火矢〉が雑妖を避ける。


 押入れの中も掃く。綿埃などと一緒に、雑妖も掃き出された。

 雑妖は雑妖で、【魔除け】の呪符を嫌がり、生徒から離れる。


 窓から射し込む光が、板の間に四角い日向を作っている。

 箒で掃かれた雑妖が、運悪く日向に転がり出て、消滅した。


 志方は、無数の雑妖に囲まれながら、(たか)られない状況に胸の奥が震えた。


 呪符、スゲー……


 感動しながらも、手は休めない。

 襖が取り払われ、三間続きになった六畳間から、南隣の十二畳間に埃を掃き出す。


 縁側から差し込む日光に触れ、黒い何かが消える。

 舞い上がった埃が、キラキラと輝きながら、畳が取り払われた古い板敷に降り注いだ。


 粗方(あらかた)、掃き出せたところで、東隣の六畳間に移る。


 「うわッ」

 先程と同様、北側に押入れがあるが、窓はない。南と西に部屋、東は廊下だ。

 直射日光が入らないこの部屋に、隣室から避難した雑妖が溜まり、足の踏み場もなかった。


 「ちょっと待って」

 足を踏み入れようとした〈(いつき)〉を〈(さかき)〉が手で制した。


 何か雑妖以外に危険なモノが居るのか、と志方は薄暗い部屋に目を凝らす。

 もやもやと形を成し切れていない黒っぽい何か。

 虫のような何かは錆びた刃物のような物を持ち、両生類のようなそうでないような何かは、粗末な服を着ていた。


 多種多様で、一匹として同じ姿ではない雑妖が、(ひし)めきあっている。

 いずれも、陽に触れただけで消えてしまう、現世(うつよ)に在っては儚い存在だ。


 神社の娘〈榊〉は、ウェストポーチから塩の袋を取り出した。

 志方には、〈榊〉が何をするつもりなのか、わからない。黙って成り行きを見守る。


 「やッ!」

 〈榊〉は、塩を一掴みすると、気合いの声と共に勢いよく撒いた。


 純白の塩に触れた黒いモノが、溶けるように消える。〈雲〉が、塩で生じた雑妖の隙間に箒を挿し込み、廊下に向かって埃を掃く。

 綿埃に纏わりついたモノが、板敷にぶちまけられた塩に触れて、溶ける。

 床板が見える区画に〈渦〉と〈火矢〉が入り、南の十二畳間に埃を掃き出す。


 「もう入っていい」

 塩の袋を仕舞いながら、〈榊〉が宣言した。


 何があったかわからない〈樹〉は、曖昧な表情で頷き、掃除に加わる。

 志方も箒を動かしながら、視た様子を〈樹〉に小声で説明した。

 「足の踏み場もないくらいにさ、ギッシリだったんだ。〈榊〉さんが塩撒いたらさ、そこに居たのが消えて、その隙間に箒突っ込んでさ、足の踏み場、作ってくれたんだ」


 「へぇ~。塩でお清めって、マジで効くんだ……スゲー……」

 足元を見詰め、〈樹〉が目を丸くする。〈樹〉の目には見えないが、埃を掃いた板敷の上だけを歩き、箒で足場を広げて行く。


 順序は前後したが、押入れと天井、壁も箒で掃き清める。

 埃と共に落ちてきた雑妖は、板敷の上を逃げ回った。部屋の空気が、舞い上がる埃と雑妖の存在で濁る。


 マスクがあって、よかった……


 粗方、掃き終え、班長が指示を出した。

 「次、広い部屋やってから、トイレ、お風呂、台所の隣の部屋。それが終わったら、廊下と台所。最後に玄関……で、いいよね?」

 途中から自信がなくなったのか、〈樹〉に問い掛ける。〈樹〉は確信を持って(うなず)き、同意を示した。


 縁側がある十二畳間に取り掛かった。

 元々この部屋に積もっていた埃に、隣の二部屋から掃き込んだ埃が加わり、箒がだんだん重くなる。


 逃げ惑う雑妖をなるべく意識しないように、埃だけを見て箒を動かす。


 部屋の西側は床の間と、仏壇を置くスペースだった。

 蝋燭や線香の煤が、壁や天井の隅を黒く染めている。


 三部屋分の埃を縁側の手前、陽の当たる場所でひとまとめにして、ちりとりで回収する。

 班長がゴミ袋の口を広げ、〈樹〉がちりとりを傾けた。ドサドサと予想外に重い音を立てて、この家の汚れが青いゴミ袋に収められた。


 「誰も居なくてさ、ずっと閉め切ってたのに、結構、汚れってさ、溜まるもんなんだな」

 「そーだねー、ふしぎー」

 志方の呟きに、〈渦〉が頷いた。


 家財道具が何もない為、三部屋の掃き掃除に、二十分足らずしか掛からなかった。

 たったそれだけ、物理的な埃を取り除いただけで、雑妖は大幅に減っていた。


 僅かに残ったモノも、陽の当らない影で縮こまり、部屋の隅にへばりついている。


 班長がゴミ袋を縁側の外、日当たりのいい前庭に置いて、元気よく言った。

 「じゃあ、次、水周り!」

 「気合い入れて行こう!」

挿絵(By みてみん)

参考図=間取図

木造平屋建の古民家。B班の一軒目はこんな物件。

不動産屋ではありませんが、描いてみました。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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