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虚ろな器  作者: 髙津 央
実技試験-午前
21/51

21.廃村

 マイクロバスが、木の枝が覆い被さる細い道に入る。

 (しばら)く行くと舗装が途切れ、土の道になった。踏み固められた道に夏草が生え、緑のセンターラインを形成している。


 シャワシャワシャワシャワ……

 熊蝉の大合唱に空気が揺れている。


 村は、山の斜面を拓いた細長い集落だった。

 古民家と言われ、藁葺(わらぶ)き屋根を想像していたが、いずれも瓦屋根だ。台風対策だろう。


 曲がりくねった道路沿いに家が点在する。

 集落を貫く道路は、アスファルトではなく、砂利が敷き詰められていた。タイヤが道を踏みしめる音が変わる。


 道路を挟んで、斜面の上下に家が散らばり、斜面の下には棚田が刻まれていた。


 村の家々は、いずれも木造平屋建てで、年季の入った土壁は、近年までしっかり手入れされていたのか、状態がいい。

 雨戸が閉ざされている為、中の様子はわからないが、思っていた程、外観が荒れていないことに志方たちはホッとした。


 視界の端、家の陰で雑妖が(うごめ)いている。

 約二週間ぶりで目にした雑妖は、殊更(ことさら)に醜悪だった。志方は連中と目を合わせないように、なるべく日向に視線を向けた。


 本部は、村で一番大きな家だった。

 道路を挟んで、村の広場と向かい合って建ち、斜面を背にしている為、日当たりがいい。

 事務員が、玄関の引戸に「本部」と印刷されたA4サイズの紙を貼った。紙の白さが眩しい。


 その両隣二軒ずつ、計四軒も浄化済みの安全地帯になっていた。

 安全地帯も斜面を背にしている。


 「委員長がA班、副委員長がB班。それぞれ担当の家の玄関にA、Bって貼っておく。掃除する場所を間違えないようにな。これ、この辺の地図」

 相変わらず眠そうな目で〈双魚〉先生が説明し、〈柊〉と〈雲〉に一枚ずつ、A4の地図を手渡した。


挿絵(By みてみん)


 「塩とゴミ袋が足りなかったら、本部に取りに来い。水は、各家の簡易水道が使える。広場の井戸も現役だ。好きな方を使え。あー、但し、そのまま飲むんじゃないぞ。ハラ壊すから。喉が乾いたら、本部に麦茶飲みに来い」


 「熱中症になるといけませんから、水分補給は小まめにして下さい」

 養護の〈白き片翼〉先生が補足した。


 生徒は、長袖のジャージ上下とマスク、軍手、運動靴、体操帽、首にタオル、腰にウェストポーチを付けた暑苦しい恰好だ。

 「十時から始めて、十二時になったら一旦休憩。本部に弁当食べに来い。で、一時までは昼休みだ。六時になったら、終わらなくても撤収。学院に帰る。何か質問は?」


 生徒は互いに顔を見合わせた。

 志方が腕時計に目を落とすと、午前九時三十八分だった。

 蝉の声に雑妖のざわめきが混じる。


 「ないか? ないな? 作業中でも、わからんことがあれば、聞きに来ていいぞ。ま、呪文は教えてやらんがな」

 生徒は、手に手にバケツ、雑巾モップ、箒、ちりとりを持ち、緊張した面持ちで次の言葉を待つ。

 「じゃあ、十時まで打ち合わせでもしとけ」


 どうでもよさそうに言われたが、生徒は額を寄せあい、真剣に話し始めた。


 最初に、昨日の打ち合わせ通り、班長の〈雲〉が呪符と水晶を配る。

 まず、【防火】と【灯】が各一枚、【魔除け】三枚が、基本セットとして全員に配られた。

 数が足りず、〈雲〉だけは【魔除け】が二枚。


 志方には基本の他、【退魔符】が一枚と水晶一個。術を起動する呪文を覚える時間がなかったので、呪符の受け持ちは四種類だ。


 呪符は魔力なしで術を発動できる為、魔力を持たない〈(さかき)〉、〈(いつき)〉、志方〈(わっか)〉に手厚く配分されている。

 水晶の残り二つも、魔力を持たない班員に配られた。


 〈樹〉と〈榊〉はそれぞれ六種類。

 基本セットに【炉】、【鍵】を加えた五種類と〈樹〉が【魔滅符】、〈榊〉が【消魔符】を持つ。


 自力で術を行使できる〈雲〉と〈火矢〉は、基本セットのみ。

 使い魔に魔力を供給する分、他に回せない〈渦〉は、基本に【鍵】を加えた四種類を受け持つ。


 それぞれ、呪符を確認すると、ウェストポーチに仕舞った。

 ポーチには、ハンカチなどと一緒にゴミ袋と塩も入っている。


 〈樹〉が何故か、声を潜めて言った。

 「物理的な掃除は、俺に任せてくれ」

 「じゃあ、私と〈雲〉君は、仕上げに水で丸洗いするね」

 魔法を使える〈火矢(ひのや)〉の言葉に〈雲〉が頷いた。〈渦〉が、のんびりと白蛇を撫でながら続ける。

 「それでー、大体キレイになるけどー、スキマとかに残ってないかー、銀条ちゃんに視てもらうねー」


 「物理的な清掃が終わったら、私が塩と箒で掃き清める。あ、勿論(もちろん)、掃除もする」

 「まぁ、まずは全員で【魔除け】を使って、雨戸を全部開けて換気して、皆で物理の掃除をする。それから雑妖を祓う、でいいね」

 班長の〈雲〉が手順を確認した。


 A班も、手順の確認をしていた。

 神社の子〈(なぎ)〉が、掃除の説明をする。

 「まず、雨戸と窓を全部開けて、換気する。ついでに陽光も入るから、それだけでも弱いのは散る」


 幼稚舎から居る面々が(うなず)く。

 境内(けいだい)のお清めで、A班の中では掃除に詳しい。〈梛〉の言葉には、説得力があった。


 「奥の部屋から順に箒で掃き清める。掃除は上からやるもんだから、天井と壁を掃いてから、床な。掃き掃除が終わったら、雑巾掛け。モップが届かない所は、〈柊〉さんたちに魔法でやってもらう。いい?」


 「勿論(もちろん)です」

 「うん」

 〈柊〉と〈森〉が、元気よく応じた。

 こちらの班でも、使い魔が居る〈三日月〉と〈水柱(みはしら)〉は、魔法を使わないらしい。

 呪符の束をポーチに押し込んでいる。


 「物理的な掃除が終わったら、箒を洗って、床に塩を撒いて、掃き清める。それで完了」

 「一応、安全地帯、作っとこっか? 掃除するお家のすぐ傍に簡易結界作って」


 「そだね。梅路(うめじ)玄太(げんた)ちゃんは、お外でお留守番だもんね」

 〈柄杓(ひしゃく)〉の提案に〈三日月〉が同意する。

 主人にだっこされた三毛猫型の使い魔梅路は、聞いているのかいないのか、目を閉じていた。


 乗用車が砂利道に侵入してきた。

 梅路が耳だけをそちらに向ける。

 マイクロバスの隣に駐車し、三人の男性が降りてきた。志方たちが何事かと視線を注ぐ。


 担任の〈匙〉先生が説明してくれた。

 「村を買った会社の偉い人たちだ。除祓(じょふつ)を見学したいそうで、急に来ることになったんだ」


 「……素人……ですよね? 危なくありませんか?」

 委員長が眉根を寄せた。

 幾分か、見世物(みせもの)扱いへの不快感も含んだ視線で、乗用車から降りてきた年配の男性たちを視ている。


 先頭を歩く男性がスーツの上着を腕に掛け、もう一方の手を挙げて鷹揚(おうよう)に挨拶する。

 数歩離れて後ろを歩く二人は、軽く頭を下げ、会釈した。


 「おはようございます。間に合ってよかった。名前、ダメなんだってね? 会社名も言わない方がいいのかな? あー……私は、この村を買った……えー……不動産屋の専務です。君たち、除祓師の卵の活躍、楽しみにしてますよ。頑張って下さい」

 除祓師を目指す者ばかりでもないのだが、そんなことは意に介さない性格なのか、情報伝達に齟齬があるのか。


 専務は柔和な笑みを浮かべ、一方的に励ますと、玄関から本部に入った。


 「あー、そろそろ、始めるか? その前に手袋脱いで、本部で鏡に触って行け」

 試験開始六分前。〈双魚〉先生が、何事もなかったかのように声を掛けた。


 縁側の雨戸と障子が開け放たれ、古い姿見(すがたみ)が置いてあった。

 畳の部屋には不似合いな装飾が施されている。よく見ると、装飾は古代の文字らしい。


 志方の知識では、意味はわからない。

 縁には、水晶なのか硝子(ガラス)なのか、淡い光を宿した玉が十二個、配されている。


 担任が、縁に手を掛け、呪文らしき言葉を呟いた。

 「これはモニタだ。鏡面に触れた者の一定時間内の行動を映し出す。多分、大丈夫だと思うが、何かあった時、すぐにわかる」


 ……えっと、魔法の監視カメラとモニタなのか? ま、先生の人数少ないしさ、そりゃそうだよな。


 縁側から手を伸ばし、出席番号順に鏡に触れる。

 一番の〈水柱(みはしら)〉が、恐る恐る指先で触れた。


 鏡面に水面のような波紋が、音もなく広がる。思わず手を引っ込め、じっと手を見る。

 特に異常はない。

 縁の玉の光がやや強くなったが、〈水柱〉は気付かなかった。


 「時間、勿体(もったい)ないから、さっさとしろよー」

 〈双魚〉先生が面倒臭そうに言った。

 二番手の〈雲〉以降、大急ぎで次々に触れる。

 生徒が手を触れる度に、時計回りで縁の玉が光を強くする。


 最後に志方〈輪〉が触れ、全ての玉が輝くと、〈双魚〉先生が試験の開始を告げた。

 「じゃ、始め」

 「ご安全にー」

 養護の〈白き片翼〉先生に見送られ、移動した。

参考図=事務員さんが作ってくれた地図。

〈双魚〉先生は気が利かないので作ってくれません。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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