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虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
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02.入寮

 静かな所だ。

 風にそよぐ梢の葉擦(はず)れと蝉の声の他は、何も聞こえない。

 燦々(さんさん)と降り注ぐ夏の陽光の下には、雑妖(ざつよう)の類も視えない。


 学院は四方を山に囲まれている。

 市街地からは車で約一時間半掛かると聞いた。

 編入試験は先週、市街地の分室で受け、今日、ここへは分室から担任の魔法で跳んだ。


 志方理(しかたおさむ)は、魔法を体験するのも目の当たりにするのも初めてで、何が起こったのか、まだ把握できないでいる。


 寮の正面扉は木製の両開き。

 把手(とって)に触れる寸前で、手が止まった。

 文字のようなものが、びっしり彫刻されている。明らかに魔術的な「何か」が施されているように見えた。


 魔術の知識がない為、それが何なのかわからない。


 志方が躊躇していると、扉が内側に開いた。

 「高等部の〈(わっか)〉君? 初めまして。寮の管理人は私一人だから〈管理人〉って呼んで」

 「……」


 扉を開けたのは、作業服を着た赤毛の女性だった。

 小麦色の肌に化粧っ気はないが、健康的な美人だ。志方よりやや背が高く、力も強そうな逞しい体格をしている。


 「君、今日から〈輪〉って言う呼び名なの、わかってる?」

 「え、あ! はい! そうでした!」


 管理人に言われ、志方〈(わっか)〉は、背中に定規を入れられたように鯱鉾(しゃちほこ)ばって答えた。

 玄関で靴を脱ぎ、壁の左右にある靴箱の右手側に〈輪〉マークを見つけ、そこに入れる。


 玄関ホールには新聞と雑誌の棚があり、その前に長椅子がふたつ置いてある。棚の奥、突き当りは管理人室だった。


 「荷物は先に届いてるから、自分で片付けて。部屋は三階」

 管理人はホール右手の廊下に入り、寮の中を案内しながら、規則や注意事項を手短に説明した。


 風呂、トイレ、食堂、廊下、階段、洗濯場が共用スペースで、一週間毎に掃除当番が回って来る。

 部屋は中等部から個室。自室は各自で責任を持って清掃すること、云々。


 「学校も寮も結界があるから、安心して。あ、それと、ケータイは一日一時間、夜八時から九時まで。それ以外は預ける決まり。はい」

 既に〈輪〉マークの札が掛かったドアの前で、管理人が手を差し出した。

 志方は、綿パンの後ろポケットから携帯電話を取り出し、ロックを確認してから、その手に乗せた。


 「お昼は十二時から一時。遅れたら何も食べられないからね。じゃ」

 管理人は、志方〈輪〉の手に輪マークのキーホルダーが付いた鍵を渡すと、さっさと行ってしまった。


 志方は、ドアと鍵を交互に見て、鍵穴に鍵を差し込んだ。同じマークのドアは、カチリと小気味良い音を立て、問題なく開いた。


挿絵(By みてみん)


 三階の東奥から三番目、南向き四畳半程の部屋だ。

 右手の壁に向かって机。机の上に教科書と筆箱サイズの細長い木箱。反対側は、壁ではなく収納で、両開きの扉になっていた。


 部屋の真ん中に、実家から送られた段ボールが三箱積んである。

 窓際にベッド。その上にビニール袋に入ったままの制服と、体操服が重ねられていた。


 ドアを閉めると、生徒たちが出払っているせいか、部屋の中も静かだった。

 雑妖、雑霊の(たぐい)も居ない。

 窓を開け、空気を入れ換える。

 志方理(しかたおさむ)は、生まれて初めて「独り」になれた事にホッとした。


 ここなら、薄汚い雑妖に邪魔されないで、勉強とかに集中できるな。

 あぁ言うのから身を守る方法も、教えて貰える……んだよ……な?


 一番上に乗っていた「除祓(じょふつ)概論」の教科書を手に取り、パラパラと(めく)る。

 所謂、お祓いの理論についての教科らしい。

 霊的な位階や霊魂の性質など、どこかで断片的に聞いたような話が、体系立てて説明されている。


 ふと「低級霊」の文字が目に留まり、小学校時代の苦い思い出が甦ってきた。


 幼稚園までは、何の疑問もなく、皆も自分と同じモノが視えている、と思っていた。

 会話が噛み合わず、どうやら他の子には視えていないらしい、と気付いてからは、視えたモノについて、黙っている事にした。


 志方自身は、それで終わったと思っていたが、皆はそうではなかった。


 小学校に上がると、それをネタにからかわれるようになった。

 それを見た他の幼稚園出身者から電波扱いされ、いじめられるようになった。


 「志方ー、今日もゆーれー居るー?」

 「落ち武者とかぁ?」

 「キャー! こわーい! キャハハッ」

 視る力を持たない者たちの(あざけ)る声が、耳について離れない。


 志方(しかた)の家系には時折、(おさむ)のような霊視力を持つ「見鬼(けんき)」が産まれる。

 現在は理以外に見鬼はおらず、何代か前の親戚に居たらしい、と伝わっているだけだ。


 誰も理と同じ視界を持たず、誰にも理の気持ちをわかって貰えなかった。

 その内、祖父母が寺に預けようと言いだしたが、母が強硬に反対し、そのまま地元の公立小中学校に通い、高校も近所の普通科に進んだ。


 普通の学校では、見鬼への配慮は、望むべくもなかった。


 イヤな思い出に、気持ちが沈みこんで行く。

 志方は大きく深呼吸して、荷解(にほど)きに取り掛かった。段ボールの荷札とガムテープをベリベリと剥がす。


 この春、父の転勤で関東地方の縦浜(たてはま)県から、師国(しこく)地方の徳阿波(とくあわ)県への引越しが決まった。

 父が仕事の都合で先に移動し、母と理は、母の仕事の引継ぎが終わってから、引越した。

 地元の人から話を聞いた父が、転校先の候補に国立魔道学院を挙げた。


 (おさむ)自身は、普通の高校に何となく馴染みつつあった為、どちらでもいいと思っていたが、母は、是非ここにしなさい、と強く勧めた。


 ネットで一般入試の偏差値を調べて、絶対に無理だと思った。母があまりにも強く勧める為、逆に引いてしまったせいもある。

 魔力や霊視力がある場合の偏差値は、検索しても出てこなかった。

 それでも、母が理の返事も待たずに手続きした為、仕方なく編入試験を受けた。


 ペーパーテストの前に魔力と霊視力の測定があった。

 魔力は、計測機器のセンサ部分を握るだけ。案の定、何の反応もなかった。


 霊視力は、水晶球に閉じ込められたモノを当てる簡易テストだった。

 中身はカナリアの霊で、鳥籠に居るつもりで暢気(のんき)(さえず)っていた。


 文部科学省から来たという試験監督は、その結果を見て、試験問題を差し替えた。

 元の問題のレベルがどの程度だったのか、今となってはわからない。先程の事務員の話で、試験科目がひとつ減っていた事がわかった。


 (おさむ)は、恐らく相当に「下駄を履いた」状態で編入試験に合格したらしい。

 転校前に通っていた普通科受験の方が、余程難しかった。


 何はともあれ、現在、志方理は〈輪〉として、この、人里離れた山奥に建つ国立魔道学院に居る。

 霊視力を周囲に(あざけ)られ、オカルト系の事物を毛嫌いしている自分が、よりによってこんな所に居ることに、変な笑いが込み上げてくる。


 (はた)から見れば、頭がどうにかなってしまったと思われるだろう。

 それでも、手を休めることなく荷物の整理を続けるが、変な笑いも止まらなかった。

 事務員の説明が、何度も頭の中で繰り返される。


 「卒業後は、適性を()かした専門職や、公務員、指定校推薦で国立大学の魔道学部への進学など、様々な進路に進みます」


 適性を活かした専門職って何だよ?

 俺、単に視えるってだけでさ、お祓いとか、何にも出来ないのに。


 この後、どんな大学を出ても、履歴書の学歴欄に「国立魔道学院卒」と書けば、当然、そう言う能力を期待されるだろう。

 もう普通のまともな会社には就職できない。


 こんなことなら、視えない振りをして落ちておけばよかった、と今更苦い後悔が胸を圧迫する。

 暗澹(あんたん)たる思いに、思わず手が止まった。


 俺の人生……詰んだ。無理ゲー過ぎる。

 つーかさ、魔力も霊視力もないのにここに来た奴ってさ、勉強できる癖にバカなんじゃねーの?

 こんなとこ出て何者になる気だよ?


 荷物を片付け終わる頃には、笑い疲れて無表情になっていた。

 時刻は午前十一時四十五分。昼食には少し早い。


 一人で居ると、暗い考えに精神を(むしば)まれそうな気がして、思わず身震いした。

 恐怖を振り払うように私服を脱ぎ捨て、真新しい制服に(そで)を通した。


 机の前に時間割が貼られている。

 五時間目は数学、六時間目は共通語だ。

 教科書と新品のノート、筆記具を前の高校の通学カバンに詰め、廊下に出た。

 食堂には、調理師さんか誰か居るだろう、と期待を込めて、自室のドアに鍵を掛ける。


 「片付け終わった? おなかすいてる? でも、あんまり早く行くと、給食のおばちゃんに配膳(はいぜん)手伝わされるよ」

 廊下の端から、管理人に声を掛けられた。


 肩から力が抜ける。

 生身の人間の温かい声に涙が(こぼ)れそうになったが、情緒不安定過ぎるだろう、と他人事(ひとごと)のように()めた自分が、それを止めた。


 「あー、そうそう、〈(さじ)〉先生が今朝、教室の場所言うの忘れてたって。五時間目は三階の西の端、高等部一年生の教室で数学だって。用意できてる?」

 「あ、はい、一応」


 「流石(さすが)、高校生。手が掛からなくて助かるぅ。ちょっと時間あるし、何か質問あれば、どうぞ」

 「えっ? うーん……まだ、何がわかんないのか、わかんないんで、いいです。何聞けばいいか、わかんないですし……」

 急に聞かれ、返答に詰まった。


 志方(しかた)は、魔法文明圏の習慣を何も知らない。

 名乗るなと言われて困惑し、今も頭の隅に戸惑いが残っている。


 勉強も、教科書を見ても何をどう学ぶのか、想像できない。

 生活のことも、学校のことも、何もかもがわからなかった。


 「そう。まぁ、何かあったら遠慮なく言って」

 管理人は、ひらひらと手を振り、先に階段を降りて外に出た。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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