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虚ろな器  作者: 髙津 央
特別教科
19/51

19.父娘

 女子寮の自室の扉を閉め、〈(ひいらぎ)〉は携帯の電源を入れた。

 今日も、受信ボックスに父からのメールが来ていることに、ホッとする。


件名:テスト頑張れ

本文:アマビリス、今日も暑いが、元気に頑張っているか?


 明日はいよいよ、実技テストだな。体に気を付けて頑張れ。

 アマビリスは頑張り屋さんだから、きっと上手くいく筈だ。


 雑妖だか何だか知らんが、そんなものに負けるな。頑張れ。


 もし、班の子が困ってたら、アマビリスが助けてやるんだ。

 班長だし、誰よりも成績がいいんだ。絶対勝てる。頑張れ。


 警察の退魔師になるんだったら、尚更、負けるな。頑張れ。

 きっと上手く助けてやれる。強いんだから皆を守ってやれ。


 夏休みが始まったら、すぐ迎えに行く。

 今回のテストもきっと一番だ。藤江家の皆を見返してやれ。


 会えるのが楽しみだ。それまで寂いしいだろうが、頑張れ。



 〈柊〉こと藤江(ふじえ)アマビリスは、溜め息を()いて、そっと携帯の電源を落とした。

 父が自分を気に掛け、励ましてくれるのは嬉しい。が、何かが違う。

 何が違うのかわからないが、返信する気になれず、充電器に挿した。


 もし、テストの成績が一番ではなかったら、父はどんな顔をするのか。

 アマビリスは、考えたくもなかった。


 アマビリスの父は、親戚一同から、ルニフェラ共和国出身の母との結婚を反対されたらしい。

 ルニフェラは、ディアファナンテの近くにある両輪の国だ。

 母が魔力を持っていないことを根拠に、父がやっとの思いで説得して結婚した。


 数年後、母はお産で亡くなった。

 親戚たちは父の子育てを手伝い、何かと世話を焼いてくれたらしい。アマビリスも、祖父母から可哀想な子扱いされ、甘やかされたことを(おぼろ)げながら覚えている。


 母には魔力がなかったが、アマビリスは、隔世遺伝(かくせいいでん)で魔力を持って生まれた。


 保育所の検診で、魔力があるとわかった途端、藤江の親戚から化け物扱いされた。

 それまでの援助を打ち切られ、父は男手ひとつでアマビリスを五歳まで育てた。


 アマビリスの誕生日は、母の命日でもある。

 父は母を(しの)び、残された一人娘を「アマビリス」と名付けた。「可愛い」と言う意味を持つ、ルニフェラではありふれた名だ。


 日之本帝国では奇異な名だが、そう言う事情では、誰も文句を言えなかった。

 文句を言えない代わりに、父が居ない場所では、こそこそと陰口を叩かれた。


 どうせ日之本で暮らすなら、似たような意味の「愛子」にでもすればよかったのに、と。


 「あんな陰口に負けるな。頑張って、他の誰よりも偉くなって、見返してやれ」


 父は、何かある度に、後でそう言って励ましてくれたが、実家と縁を切る気はないらしく、親戚を(たしな)めてはくれなかった。


 この試験が終われば、もう少しで夏休みが始まる。

 父に会えるのは楽しみだが、夏休みと冬休みに父の実家に帰省するのは、アマビリスにとって、気が重い行事だった。


 卒業したらイヤな親戚とは縁を切る。

 頼りにならない父は、アテにしない。


 この学院には……日之本帝国には、身内以上にお世話になった。

 国に恩返しするために公務員になる。

 公務員になって、国の後ろ盾を得たら、国の名を(けが)さないように、ちゃんと生活する。


 その為には、この試験もこれまで通り、完璧にこなさなければならなかった。

本文中で、本名の描写があるのは、主人公の志方理しかた・おさむ

委員長の〈柊〉=藤江アマビリス(ふじえ・あまびりす)の二人だけです。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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