表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚ろな器  作者: 髙津 央
特別教科
18/51

18.携帯

 放課後、試験前の中高生は、教室に残って勉強するか、一目散に寮に戻る。


 校庭では園児と児童が、伸び伸び遊んでいた。

 普段は部活で使う為、ちびっ子たちは広々と使えないのだろう。麦藁帽子の集団が、校庭いっぱい走り回り、鬼ごっこをしていた。


 志方は、ちびっ子たちの歓声をBGMに、呪符魔術の教科書と向き合っていた。


 昨夜同様シャーペンの先で、【魔除け】の呪符を繰り返し、なぞり続ける。【灯】よりも複雑で、一回辿るだけでも時間が掛かった。


 夕凪に澱んだ空気は蒸し暑く、肺が重い。

 ノックの音で、教科書から顔を上げる。


 夕飯の時間だった。

 ドアを開けると、班長の〈雲〉と〈樹〉が顔を見せた。


 「言うの忘れてたんだけど、血の容器、洗って持って行ってね」

 班長は空の容器を見せながら、申し訳なさそうに言った。〈樹〉が補足する。

 「(いた)んじゃうから、一日経ったら交換するんだ」

 「あ、あぁ、わかった。洗ったらさ、すぐ行くから。先、行っててくれ」


 部屋に引っ込み、引出しを開ける。

 容器の中身は分離し、底に沈んでいた。水面付近には、上澄みの成分がこびり付き、輪染みになっている。


 手洗い場で中身をあけ、水洗いする。

 匂いを嗅ぎたくないので息を止めて作業した。水流だけでは、輪染(わじ)みや底のぬるつきが取れず、仕方なく指を突っ込んでこすり落とした。


 数分遅れで食堂に入る。


 夕飯は、鶏の葱塩焼きと、海藻サラダとご飯、チキンスープ。デザートに西瓜(すいか)もついていた。

 西瓜の汁が鶏の血を思い出させる。

 志方は心の中で鶏に手を合わせ、箸を手に取った。


 今日も、給食のおばちゃんたちの仕事は完璧だった。


 しっかり血抜きされた朝引(あさび)き鶏は、噛めば噛む程旨みが(にじ)み出す。

 脂のほのかな甘みを葱の辛みが引き締め、程良い塩気が、夏バテ気味の体に食欲を与えてくれた。

 澄んだ黄金色のスープは、鶏ガラの出汁がしっかり煮出され、舌の上に濃厚な余韻を残した。


 一品ずつ片付ける派の〈雲〉が、先に海藻サラダの小皿を空けて、同じ卓で食べる班員に聞いた。

 「実習で作った呪符、まだ使ってないの、ある? 魔力が未充填でもいいんだけど」


 「あうあうー」

 口いっぱいに葱塩焼きを頬張ったまま、〈渦〉が返事をした。〈(さかき)〉が、お婆ちゃんのようにそれを(たしな)める。

 「〈渦〉ちゃん、お行儀悪い」


 「むぐ。……あるあるー。余ってる。書いただけでー、魔力入れてないけどー」

 言われた〈渦〉は大急ぎで噛んで飲み下し、改めて答えた。

 他の面々も何枚か持っている、と応じた。


 「ね、何があるかわかんないから、それにも魔力を充填して、持って行こうよ。テストの前、最終的に何が何枚あるか数えてから、分配を決めればいいんじゃない?」

 「そだね。何があるかわからないし、一応、あるだけ全種類持って行こう」

 均等に三角食べする〈火矢(ひのや)〉の提案に一同、頷いた。


 余りなど最初からない志方は、その夜も呪符作りに専念した。

 夕飯前の続きで、教科書を数回なぞって練習し、ルーズリーフの切れ端にシャーペンで書き出す。


 書き間違えては丸めて捨て、またイチから書き直す。消しゴムで消せるが、敢えてそうしない。

 本番さながら、一発書きでの完成を目指し、何度も何度も練習する。


 書いては捨て、捨てては書いて、(ようや)く一枚、間違えずに書き上げた頃には、日付が変わっていた。

 今から本番用の用紙に書き始めるのは、流石に辛い。


 右手のペンダコは固くなり、途中、風呂で多少ほぐしたものの、肩も()っていた。

 鶏には申し訳ないが、今夜はもう休むことにした。


 志方は、一般教科の試験には、朝の授業開始前と各休み時間だけの勉強で(のぞ)んだ。


 テスト期間に土日が挟まったが、呪符魔術以外の特別教科は、教科書のテスト範囲を読むだけで精一杯。後の時間は、全て呪符作りに注ぎ込んだ。


 結果は、見るまでもない。


 これまでの志方ならあり得ないことに、勉強に夢中で、携帯のチェックをすっかり忘れていた。

 実技試験前夜の風呂上り、〈樹〉に教えてもらって管理人室に行き、携帯電話を返してもらう。


 「早く終わったら、ここに返しに来て。九時になっても戻ってなければ、私が回収に行くから。忘れないで」

 鍵の掛かる保管棚から、志方の携帯を取り出し、〈管理人〉が簡潔にルールを説明する。


 女子寮側から、〈柊〉が管理人室に駆け込んできた。

 髪を乾かす時間も惜しんだのか、明るい栗色の毛先から、(しずく)(したた)り落ちている。パジャマの肩に掛けたバスタオルが、重く濡れていた。


 〈管理人〉は、〈柊〉が用件を言う前に柊マークの扉を開けた。

 「あぁ、はいはい、そんな慌てなくても、ちゃんと渡すから、廊下を走らないで」


 苦笑混じりに携帯を手渡された〈柊〉は、短く礼を述べ、ぺこりと頭を下げると、志方には目もくれず、足早に女子寮に戻った。

 志方は、その後ろ姿をぼんやり見送った。


 管理人室の隣にある娯楽室を覗くと、テレビを見ながらケータイをいじっている者が、数人いた。

 中学生の〈二ツ火(ふたつび)〉と〈三ツ柏(みつがしわ)〉は、テレビに夢中で、志方に気付かない。


 俺らは明日、実技だけど、こいつら、明日も普通のテストなのに、余裕だなぁ……


 志方の携帯は、充電が切れていた。自分も映画を見たかったが、仕方なく部屋に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ