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虚ろな器  作者: 髙津 央
特別教科
15/51

15.犠牲

 食堂で班員が一塊になり、夕食を摂りながら作戦会議の続きを行う。

 夏の日は長く、まだ外は明るい。

 傾きつつある陽を視界の端に入れ、志方(しかた)は話に加わった。


 「やっぱりー、今日はー、カラアゲだったねー」

 「血は給食のおばちゃんに頼んである。食べ終わったら、私が受け取りに行く」

 「ここで半分こして、後は各自、部屋で呪符作り」


 鶏の血液は女子が手配してくれた。

 「休み時間に職員室で他の材料と容れ物、もらって来たから、後で血と一緒に分けよう」

 班長が、椅子の背に引っ掛けた手提げ袋を軽く叩く。


 鶏のカラアゲ、千切りキャベツとトマト、味噌汁とご飯、ぬか漬け。

 何の変哲もないカラアゲ定食だ。だが、この鶏が呪符の為に犠牲になったかと思うと、なかなか箸が進まなかった。


 志方は千切りキャベツを口いっぱいに押し込んで、時間を掛けて咀嚼(そしゃく)した。何とも言えない気持ちで、何も言えずにシャクシャクシャクシャク噛み締める。


 「まぁ、学校の鶏をここまでちゃんと使うのは、農業系以外では、ここくらいなものではないか?」

 普通にカラアゲを食べながら〈(さかき)〉がポツリと言った。

 それに〈(いつき)〉が半笑いで答える。

 「使い途は違うけどね」


 「えー? どー違うのー?」

 「えっ? ど、どうって……その……」

 「実家の近くに産業高校がある。卵の殻や糞、血液などは肥料、肉はスモークチキンやハンバーグなど、美味しい食べ方を色々研究して、ガラはスープにしたり、羽も渓流釣り用の毛鉤(けばり)の材料にして、何も残さんらしい」

 言葉に詰まる〈樹〉に代わり、〈榊〉が懐かしそうに語った。


 〈雲〉が素直に感心する。

 「へー、羽や糞まで利用できるんだ。凄いね、産業高校」

 「詳しいのね。他所の学校のことってどこで知ったの?」

 「ん? 友達が半分くらいそこでな。ウチの縁日に、産業高校が毎年、食べ物の屋台を出す。それで、たまたま、な。店の売り物並に本格的なパッケージも、食品加工や畜産の生徒が拵えておる」

 興味津々で瞳を輝かせて聞く〈火矢〉に〈榊〉は淡々と答える。


 幼稚舎からの三人と、都会っ子の志方と〈樹〉が知らない世界の話だ。

 五人にとっては非日常だが、〈榊〉にとっては、わざわざ調べるまでもない、日常の一コマに過ぎないのだ。


 さりげなく〈雲〉が話を戻す。志方はキャベツを飲み下した。

 「カラアゲ食べながらでいいから、聞いて欲しいんだけど、分担って……」


 丁度、男女一人ずつ魔力◎が居る。〈雲〉と〈火矢〉が、今夜から魔力の充填にあたる。

 他の四人は、消灯時間までに呪符を書き上げる。

 一枚でも多く、但し、正確に、だ。


 【防火】を〈榊〉と〈樹〉が三枚ずつ、【灯】を〈輪〉と〈渦〉が一枚ずつ、【魔除け】は最低でも各自二枚ずつ。

 時間が許す限り、たくさん作ることに決まった。


 「【灯】は前に作って、使ってないのがまだ少しあるし、羊皮紙と魔獣の消し炭はたくさんあるから、〈輪〉君、失敗しても気にしないで、どんどん書いて」

 「お、おう」


 「前の実習の残りもあるし、ホント、遠慮しないで。呪符魔術のペーパーテストは、除祓の実技テストとは別だから。いっぱい書いて覚えれば、試験勉強もできて一石二鳥ね」

 「お、おう」


 志方は、まだ一度も授業を受けていない特別科目について、不意に現実的なプレッシャーを与えられ、困惑した。

 班長と〈火矢〉の助言に、ただただ、頷くしかない。


 「呪符魔術」と言う非現実的な単語に、「ペーパーテスト」と言う耳に馴染んだ単語が組み合わさって、圧倒的な破壊力が発生する。


 志方は、何も始まらない内から、心が折れそうになった。

 溜め息を()いて横を向く。


 蛇女〈渦〉が、カラアゲを美味そうに頬張っていた。丸呑みにせず、よく噛んでじっくり味わっている。

 このカラアゲの肉が、呪符素材の余りでも気にしない。

 好きな物を食べる幸せそうな姿は、肩に白蛇が乗っていても、愛くるしい。


 そうだよ、別にさ……〈渦〉さんは蛇、飼ってるだけでさ、本人は蛇じゃないし……


 どうせ、今回はロクにテスト勉強できないのだ。

 ペーパーテストなら、ミスしても自分の成績が下がるだけで、どうと言うことはない。


 だが、この実技でミスしたら、皆にどんな(やく)が降りかかって、どんな迷惑を掛けてしまうか、わかったものではない。


 ……うん。よし、決めた。今回、他は捨てよう。


 志方は、夏休みに頑張って二学期に追いつく覚悟を決め、〈渦〉に(なら)ってカラアゲにかぶりついた。


 油と脂が溶け合った肉汁が口いっぱいに広がる。

 ブロイラーより運動量が多いのか、弾力のある肉を噛み締める度に、旨みが溢れ出た。下味のショウガがさっぱりとして、全体の味を引き締めている。


 呪符素材の残り物でも、鶏はやっぱり美味しかった。


 残さず食べた後、食器の返却と引き換えに、鶏の血が詰まったペットボトルを受け取る。

 給食のおばちゃんたちは慣れているのか、イヤな顔ひとつせず「試験、頑張ってね」と渡してくれた。


 卓に戻って分配する。

 血液は、ラベルのない五百ミリリットルのペットボトルに、八分目程入れてあった。

 水を足してあるのか、さらりとして色も薄い。それが二本。


 班長の〈雲〉が弁当用の小さなソース入れを六本、手提げ袋から取り出した。続いて、スポイト、黒い粉が入った硝子瓶、紙束、コンビニのレジでくれる小さなプラスチックのスプーン。


 「では、私は消し炭を分けるとしよう。〈雲〉君、血を分けてくれんか?」

 「うん、わかった」

 〈榊〉が、袋状に折ったルーズリーフを六枚並べ、粉の瓶を開けた。


 「あ、じゃあ俺、紙配るわ」

 〈樹〉が葉書サイズの紙束を手に取った。

 分厚く、表面がざらついている為、ゆっくり一枚ずつ剥がして机に並べてゆく。

 六枚並べ終え、その上に次を重ねる。紙を(めく)る度に、ほんのり獣の匂いが漂った。


 班長は黙々と、スポイトで薄赤い液体をソース入れに移していた。時々、ペットボトルの蓋を閉め、激しく振って、分離した成分を均一化する。


 〈榊〉はスプーン一杯ずつ、即席の紙袋に黒い粉を入れていった。六袋を一巡し、手際良く二巡、三巡してゆく。


 志方は、手伝えそうで手伝えない作業を、手持無沙汰に見守った。


 ヘタに俺が手伝ったら……


 粉をこぼしたり、血をこぼしたり、もしかすると、瓶ごとひっくり返してしまうかもしれない。

 どこまでが自分の迂闊(うかつ)さで、どこからが雑妖の厄のせいなのかわからないが、これまでの志方なら、確実にやらかす。


 あれっ? ここってさ、ひょっとして……?


 志方は、厄の(かせ)が外れていることに気付き、視界が拓けた。

 学院の結界内なら、雑妖の悪影響が排除される。この学院内で何か失敗しても、それは自分だけの責任だ。


 俺の本当の実力が……わかる?


 生まれて初めて、雑妖に邪魔されず、自分本来の能力を発揮できる。期待と高揚感に鼓動が高鳴った。

 実技テストへの不安が吹き飛ぶ。


 これまで散々「不運大王」として、周囲の失笑を買ってきた。

 志方は「運も実力の内」と言う言葉を、反吐が出る程、嫌悪している。


 視えない人々は、あれを「運」の一言で済ませるが、視える志方にとっては、悪意ある存在による明確な「妨害」だった。

 【魔除け】があれば、学院の外でもある程度、その「妨害」を排除できる。


 志方は「不運大王」ではない「自分本来の能力」が知りたかった。


 「足りなかったら言ってね」

 容器に入りきらない素材と紙の余りは、まとめて班長の〈雲〉が管理することになった。

鶏の血が必要で、肉が余り物という逆転。

科学文明国の常識は、魔法文明国の非常識。逆もまた然り。

お肉はスタッフがおいしくいただきました。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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