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虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
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11.空気

 物思いに(ふけ)っている間にも、議論は進んでいるが、彼らは志方(しかた)を疎外している訳ではない。

 単に志方が、別のことを考えていて、会話に参加していないだけだ。


 彼らに黙殺されている訳でもない。

 単に皆が、議論に夢中になっているだけだ。だからと言って、居ない物として扱われている訳でもなかった。


 会話に参加していなくても、置き去りにされた感じはない。


 何故かはわからないが、これまでは、人の輪の中に在っても、常に取り残されたような、必死に追い縋らなくては置き去りにされてしまうような、不安と焦燥感に付き纏われていた。


 発言も黙殺されがちで、「優しい子」しか、志方の話を拾ってくれなかった。

 付き合いの主導権は、常に周囲にあり、志方は、状況に応じて選別される側だった。


 何故かはわからないが、ここでは話の輪の外に在っても、特に放り出されたような、突き放されるような距離を感じなかった。

 彼ら側に用があってもなくても、志方さえその気なら、いつでも輪に戻れる。


 明らかに、外とは空気が違う。


 結界に守られ、雑妖などが居ないと言うだけではない。

 何がどう違うのかわからないが、志方にとって、居心地のいい所だった。


 「ボクたちさ、幼稚舎からずっとここで暮らしてて、外の世界ってネットとテレビと新聞くらいでしか、知らないんだよね。そりゃ、買物実習で街まで行ったりもするし、ボクとか、実家に帰れる奴は、夏休みとかに帰ってるけど、ずっとここに居る子も居るし……」


 三本の木マークの〈(もり)〉が、熱弁している。

 「ずーっと結界に守られて、ぬくぬく過ごしてて、偶に外に出たら恐くてたまんない。実家に帰っても、部屋の結界に引きこもってたりとか……」


 みんなは、〈森〉の緑の目を見て(うなず)いた。〈水柱(みはしら)〉が声に出して同意する。

 「ここ、居心地いいし」

 「うん。それが問題なんだ。ここに慣れきってしまったら、外の世界でやって行けない。結界に引きこもって、ニートになる訳にはいかないよね?」


 そらまぁ、そうだよな。


 話の輪に戻った志方も頷いた。

 「将来、退魔師になりたいって子も居ると思うけど、そういう仕事するってことは、つまり、今まで避けてた雑妖とかと毎日、接触して、しかも、それをやっつけなきゃいけないってコトなんだよ」


 そらまぁ、そうだよな。


 当然の話に志方は頷いた。

 みんな深刻な顔で〈森〉の話に聞き入っている。〈雲〉の顔色は冴えず、〈火矢(ひのや)〉もやや(うつむ)いていた。


 〈三日月〉がポツリと言う。

 「お父さんが退魔師してるんだけど、命懸けの大変な仕事だって言ってた。私も手伝いたいんだけど、やめとけって……」

 「だから、今回の実技試験とか、ボクは逆にチャンスだと思うんだ」


 「そうですよね。技術を総合的に身につける、いい機会になりそうですよね。先輩方もきっと乗り越えてこられたんでしょうし」

 委員長の〈(ひいらぎ)〉は顔を上げ、力強く同意した。


 「それに〈(わっか)〉君は、避けるように言ってくれましたけど、中古屋さんも積極的に利用して、敢えて雑妖を呼び寄せて、退魔の練習台にするのも悪くないかもしれません」


 委員長、何する気だよ?


 「学校の敷地……結界のすぐ外に置いておけば、雑妖ホイホイになると思います」

 「あー、でー、休みの日にー雑妖退治の練習すんのー? 学校の近くだったらー、最悪、何かあってもー、先生に助けて貰えそうだしー、安心よねー」

 委員長の提案に〈渦〉が、嬉しそうに言った。手首に巻きつけた銀条(ぎんじょう)を、もう一方の手で優しく撫でている。


 志方は、曰くつきの品にそんな利用法があるなど、思いもよらなかった。

 同じモノが視えていても、発想がまるで違う。


 今まで逃げることばかり考えていた。

 ここで戦い方を身につけられれば、もうあんなモノに怯えなくても済むのだ。


 魔力のない見鬼が退魔師になれる、と言うことは、魔力を使わずに戦う方法があることを意味する。

 (もっと)も、今回の期末考査では、志方には何の予備知識も技術もない。一週間で何をどこまで身につけられるのか。


 やるだけやってみるさ。


 俄然(がぜん)、やる気が出てきた。自分から学習意欲が湧いたのは、生まれて初めてだった。

 以前の志方なら、こんな無茶な日程では、試験そのものを投げていた。


 ここに来て、たったの半日で、自分の意識が大きく変わったことに、志方は驚いた。


 「テストがあるってことはさ、皆はもうそれなりに、雑妖退治の技術ってさ、教わってるんだよな? アレってさ、どうやって退治するんだ?」

 志方が素朴な疑問を口にする。


 委員長〈柊〉と副委員長〈雲〉が、無言で顔を見合わせた。他の同級生も口を閉ざす。


 すっかりぬるくなった番茶を一口すすり、委員長〈柊〉が、気マズい沈黙を破った。

 「まだ、習っていません。簡単な追い払い方と、簡易結界の作り方なら、実習も済んでいるんですけれど……」

 「えっ?」


 「倒し方は、教科書をパラ見してみたら、ずっと先のページに載っていました。テスト前に、そこだけ、先に教えて下さるのかも知れませんけれど……わかりません」


 まさかのぶっつけ本番。


 「あ、で、でも〈匙〉先生は、霊的な大掃除って言ってたし、その二つを組み合わせれば、何とかなるのかも……」

 副委員長〈雲〉が、自信なさそうに付け足す。

 その一言で場の空気が幾分か和らいだ。


 「どんな呪符くれるのかー、まだわかんないしー、もしかするとー、呪符がそー言う術なのかもー?」

 白蛇を可愛がりながら、〈渦〉が楽観的な見通しを立てる。


 「お、おい、〈(なぎ)〉と〈(さかき)〉はお祓いのやり方、実家で習ってないのか?」

 〈水柱(みはしら)〉が、隣に座る〈梛〉を肘で小突きながら言った。


 話を振られた神社の子二人は、激しく首を横に振った。

 「さっきも言ったけど、まだ全然、教わってないから。お清めって、(みそぎ)しかわかんない」

 「お兄ちゃんが跡継ぎで、私は補助だから、まだ、【浦安(うらやす)の舞】しか習っておらんぞ」


 隣の三毛猫のしっぽを撫でながら、〈柄杓(ひしゃく)〉が反対隣の〈(いつき)〉に話し掛ける。

 「私たちは占い師志望だし、退魔の術とか、カンケ―ないよねぇ?」

 「うーん……まぁ、そうなんだけど、一応、身の守り方は覚えといて損はないかも……」

 魔力も霊視力もない〈樹〉のヤル気が、志方には意外だった。


 まぁ、わざわざ好き好んで、こんな学校来るくらいだから、ヤル気だけは、人一倍なんだろうけど……


 霊的な護身術を知ったところで、視えなければ、絡まれることも少なかろう。〈樹〉が遊びで、心霊スポットに行くとも思えない。

 占い師なら業務で使うこともなかろう。

 そんな無駄知識を身につけて、どうするつもりなのか。


 志方には、〈樹〉の意図も目的も理解できなかった。

 魔力がなくても使える術が、占いの役に立つこともあるのか、とテキトーに考え、自分を納得させる。


 眼鏡の奥で瞳を輝かせ、〈柄杓〉が言った。

 「あ、そっか、方法さえちゃんと知ってれば、魔力の方は水晶とかで、なんとでもなるもんね。お金を気にしなければ、だけど……」

 後半で声が落ちる。


 志方は気になって、隣の〈雲〉に小声で聞いた。

 「水晶ってさ、そんな高いのか?」

 「うーん、僕、世間の相場を知らないから、よくわかんないんだけど……」

 自信なさそうに前置きして、副委員長は簡潔に説明した。


 「魔力の充電池として使うタイプの水晶は、中身が空っぽでも、ビー玉サイズが大体、一個五万円くらい。えーっと、前、先生が言ってたんだけど、大きさとかで値段、違うって。それで大体五万円くらい。中身が入ってたら、残量によって、もっと高くなるって」


 「五万!?」

 「よく使うビー玉サイズ満タンで、一個三十万円前後って、〈匙〉先生が言ってた」

 思わず声が裏返った志方に〈梛〉が追い打ちをかける。


 父の一カ月分の手取りを丸ごと注ぎ込んでも、手が届かない。

 金魚のように口をパクパクさせる志方を他所に、〈柄杓〉が溜め息を()く。


 「とてもじゃないけど、手が届かないよねぇ……」

 「でも、(ともえ)先生、タダで満タンにして下さって、流石、王子様よねー」

 「スゲー痩せてたけど、やること、太っ腹だったし」

 〈三日月〉と〈水柱〉が遠い目をする。


 「ちょっと触っただけですぐ満タンだから、巴先生的には魔力の水晶なんて、タダ同然だったのかもね」

 世間の金銭感覚がわからない〈雲〉も、皆につられて世知辛(せちがら)いことを口にした。


 買物で地雷を踏まない話をしていた筈が、何のかんので期末考査に話が流れ、教科担任に直接聞く方向でまとまり、お開きとなった。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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