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虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
10/51

10.批難

 「そっか。やっぱ、それだけヤバイってことだし。自分で自分を守れるようになってからじゃないと、危ないし。技術身につけるの、一緒に頑張ろうな」

 「あ、あぁ、うん。頑張る」


 技術? やっぱここ、そう言うのもさ、ちゃんと教えてくれる学校なんだ。


 特にがっかりせず、さらりと励ます〈水柱(みはしら)〉の言葉に、志方(しかた)は安心した。


 お祓いができなくても、(なじ)られない。


 ただそれだけで、穏やかなぬくもりが、心にじんわりと広がる。

 何故か胸がいっぱいになり、鼻の奥がツンと痛む。

 志方は、涙が(にじ)んでくるのを全力で堪えた。


 小学校の高学年辺りから中学卒業まで、女子に話し掛けられることと言えば、こっくりさん要員か、身勝手な要求だった。

 「私の守護霊サマ視て~」

 「私の前世が何か占って」

 「こっくりさん、帰ってくれなくなっちゃった! 助けて!」

 「肝試しに行ったら、憑かれちゃったみたい。お祓いして!」


 志方には、視えるだけで「それ」が何なのかは、わからない。

 ましてや、自分の身ひとつ守れない子供だ。

 何の修行もしていない志方に、お祓いの方法などわかる筈もなかった。


 わざわざ山奥の古刹(こさつ)に行って、老僧から「安全地帯の作り方」の名目で、単なる掃除のコツを教わっただけに過ぎない。

 正直に、視えるだけで、祓えないと伝えた。


 「えぇっ!? 志方君、霊感あるんでしょぉ? 守護霊サマとか、わかんないのぉ?」

 「えぇーッ! ウッソぉ? マジィ? マジでぇ? どぉしてわっかんないのぉ?」


 志方は、一度もこっくりさんに参加せず、視えたモノが何なのかわからないので、霊視の結果も一切言わない。

 こっくりさんの帰還も、お祓いも不可能だ。


 本当にヤバそうな子には、自室を安全地帯にする方法を伝えるのが、志方にとって精一杯の親切対応だった。

 その結果、志方に泣きついてきた「何の能力もない女子」に取り囲まれ、(なじ)られた。


 「掃除でお祓い? バッカじゃない!?」

 「ホントぉはぁ、なんにも視えないんでしょぉ?」

 「霊能者気取りのニセモノじゃん」

 「ウソつき……!」

 「霊感あるって言っとけばぁ、志方君でもぉ、女子が喋ってくれるもんねぇ」

 「サイッテーのウソつきじゃん!」


 本当に心霊スポットで憑かれていた子は、事故に遭うなど、数々の不幸に見舞われた。

 その後は、女子の口コミネットワークで、矛盾と悪意に満ちた噂が、尾鰭背鰭(おひれせびれ)を付けて学校中を駆け巡り、いじめられた。

 「贋物(にせもの)

 「霊感あるのに助けてくれないケチ」

 「嘘吐(うそつ)き」

 「あれは志方の呪い」……云々。


 人の噂も七十五日と言うが、学年が変わる頃には「志方には霊感がある」と言う、彼らにとって都合のいい部分だけが残り、毎年、同じことが繰り返された。


 先生に、いじめられていると伝える勇気はなかった。

 霊視力のない大人に、志方の気持ちをわかってもらえないことは、両親や祖父母で経験済みだった。


 身内ですらそうなのだ。

 他人である先生には、「霊感があるなんて言って、気を()こうとするオマエが悪い」などと逆に責められるかもしれない。


 男子の中には、いじめや霊感云々を全く気にせず、普通に遊んでくれる子も数人居た。

 彼らは学年が変わり、クラスが分かれると離れて行った。

 その程度の浅い付き合いだからこそ、何も気にせず遊べたのだろう。


 変なことで噂が広まり、悪目立ちしてしまった志方は、学校では目立たぬよう息を潜め、なるべく人と関わらずに過ごした。


 オカルト方面に無関心だと示す為、遊びに誘われなかった休み時間には、これ見よがしに科学系の雑誌を読み(ふけ)った。

 お陰で、理科と数学の成績は比較的よかったが、志方が本当に望んだ効果は、得られなかった。


 同級生と遊んでいても、学校に志方(しかた)の居場所はなかった。

 家族と一緒に暮しても、家の中に(おさむ)の居場所はなかった。


 店で買物していても、電車に乗っていても、映画を観ていても、他人とは違う世界を視、否応なく違う世界を生きている志方には、何処にも「居場所」がなかった。

 どこに行っても、何故か周囲から浮き、ヘンな目で見られた。


 志方自身は目立たないように、服装にも言動にも体臭にも細心の注意を払っていた。

 流行りの話題について行く為だけに、大して興味のない番組もチェックした。


 嫌われないように気を遣い、誘われれば断らないが、ウザがられないように、自分からは、なるべく関わらなかった。


 暗い奴だと思われない為に、深刻な話題は避けた。

 いじめられているのも、どうせ知っているだろうから、言わなかった。


 周囲と同化するように気を付けていたつもりだったが、何故か、志方の霊視力を知らない筈の見知らぬ他人にまで、異物扱いされた。


 中二の塾帰り、ファストフード店で同級生とダラダラしていると、近くの席のギャルグループに話のネタにされた。


 「ねぇねぇ、あの子、ちょっと雰囲気変わってるよねぇ」

 「えー? どの子ぉ?」

 「ホラぁ、あの……」


 服装の特徴が志方と完全に一致したので、思い過ごしではない。


 「あぁ、ホントー。なんか、違うーってか、きんもー……」

 「わかる? やっぱ、そうだよねぇ? 何でだろ?」

 「さぁ~? 何かキモイよねぇ。カオとかじゃなくってぇ、何てゆーかー、ふいんき?」


 ヒソヒソ喋る声の調子と、チラチラとこちらを見遣る視線が、志方の胸に深く刺さった。


 「あー、わかるわかるー。何がどうっ……てんじゃないんだけどぉ、キモイ、よねぇ?」

 「カオはフツーなのにぃ、フシギー」

 「ふいんきキモメンって奴ぅ?」

 「プフッ! 何それぇー?」

 「ふいんきイケメンの逆? ッてカンジ? キャハッ」

 「ちょーっ! キャハッ……それはマズイっしょックククッ……流石にぃー……」


 本人に聞こえてはマズいと言う自覚はあるのか、ギャルグループは声を潜め、笑いを堪えていたが、席が近く、小さくともよく通る声質が災いして、筒抜けだった。


 いつものように、雑妖の嘲笑かと思っていたが、志方が紙ナプキンを取りに立つと、気マズそうに口をつぐみ、席に戻った途端、再開した。

 人間の女が、自分の意思で語っていることを、志方は期せずして確認してしまった。


 「女の勘」とはよく言うが、そんなことまでわかる物なのか、と志方は戦慄(せんりつ)した。


 その一件以来、志方は何処に行っても、身の置き場のない、居心地の悪さを自覚するようになった。


 声に出さなくとも、何となく志方の周囲からは人が居なくなる。

 電車も、身動きとれない程の満員でない限り、志方の周囲には微妙な空間が空いた。


 自意識過剰ではない。

 見鬼の志方と、そうでない人々の間には、厳然とした壁があった。


 何がそうさせるのか、わからない。

 彼らは無意識に志方との間に壁を作り、自分たちとは別種の生物として扱った。


 ここには、その壁がない。

精神的に残酷な描写その1。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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