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ジト目な狐は魔法使い。  作者: 大竹近衛門
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第8話 狐の日常

 日が上り朝がやってくる。

 私は顔を洗い、柔軟体操で体を解し、冒険者用の装備に着替え、ゴーレム達を〈ガレージ〉にしまい、宿の食堂へと足を運ぶ。


 宿の食堂は美味しいうえに泊り客は割引があるので毎朝利用している。


 運ばれてきた大きなソーセージは熱々の湯気と爽やかな香草の香りが立ち上っている。

 ソーセージを切り分ければ、熱々の肉汁が溢れ出てくる。

 そして、切り分けたソーセージを口の中へと運ぶ。

 ゆっくりと噛んで味わえば肉の旨味が口いっぱいに広がり、鼻から香草の香りが抜けていく。

 その美味しさに舌鼓を打ちながら、切り分けられたバゲットを頬張る。

 小麦の良い香りが立つ焼きたてのバゲットがこのソーセージと実によく合う。




 至福の時間を終えて、私は口元をふき席を立つ。


「あっ、いってらっしゃいフェムさん。無事に帰ってきてくださいね」


 席を立った私に声を掛けてきたのは、ここの従業員として働いているニコルタだった。

 彼は男にしては可愛らしい顔をした犬族の獣人で、この店のオーナーが所有している奴隷である。

 彼は私に対してかなりの頻度で明るい笑顔を振りまきながら声を掛けてくる。

 それに対して私は軽く手を動かす程度の挨拶を返すだけだ。


 正直鬱陶しい。

 それに『フェムさん』ってなんだよ!

 はっきりと言っておくが、愛称を許した覚えなんぞ欠片も無い!


 折角の至福の時間に少しばかりケチが付いてしまったが、今日もお仕事開始だ。


 最初の狩りから結構日数が経ったが、今も近場の森で狩りを続けている。

 殆どの冒険者は迷宮に潜る事を優先するが、私は未だに一回も潜っていない。

 理由としては迷宮を警戒しているのと、自分の性分が関係している。


 記憶の中にある“ゲーム”で例えるならば、

 ・出来るだけ綺麗にマップを埋めておきたい。

 ・攻略率100%にしてから次に行きたい。

 ・二度手間にならないようにモンスター図鑑を埋めておきたい。

 といった酷く面倒くさい性分が私の中にあるのだ。


 そんな訳でここ何日も王都の近場であるこの森を、自分の性分に従って調査しているのである。


 正直言って途中で投げ出してしまうのでは?と考えてもいた。

 だがしかし、実際やってみると結構楽しかった。


 といった訳で私は自分用の地図を製作しながら、この森で狩りを続けているのであった。


 その甲斐あってか、最近の実入りは結構良い。

 しっかりと調べたお陰で魔物の生息域を把握できているのが大きいと思う。


 おまけに薬草に関しては回復薬に調合してから売却している。

 葉っぱのままより遥かに実入りがいい。


 そんな色々と工夫していたら、いつの間にか一日の稼ぎが小銀貨三枚前後になっていた。


 この世界の貨幣価値を簡単に説明してしまおう。

 硬貨は基本的に小、中、大の三種類に加えて金属の価値で分けられている。

 一番安い小銅貨から始まり、銅貨、大銅貨と大きくなっていく。

 小銅貨十枚で銅貨一枚の価値があり、銅貨十枚で大銅貨一枚である。


 物価については小銅貨一枚で安いパンが一つ買えるくらいだ。

 記憶にある日本という国と大雑把に比較してみよう。

 パンを一つ百円とした場合、小銀貨は十万円の価値になってくるので、一日の稼ぎが三十万円前後となる。

 この安いパンに百円の価値があるかはあやしいがな。


 身の危険があるとはいえ、ぼろい商売である。

 自分の強さに自身がある人は必ずと言っていいほど冒険者になると聞いたが、それも当然だと思うくらい実入りのいい職業である。

 それにただの平民が大成功出来る数少ない手段の代表例でもある。


 この稼ぎであっても冒険者の装備品は総じてとても高価なのでこの収入でも足りないくらいなのだが、それは置いておこう。



 閑話休題



 さて、実入りが良くなった今日この頃ではあるが、若干問題も抱える事になった。

 最近、私の事を尾行している輩がいるのだ。

 とはいえ、即座に撒いているので今の所危険な事はされていない。


 やはりこの稼ぎが原因なのだろうか?


 しかしこのくらいの障害は覚悟の上なのである。

 目立たなく生きるのも結構しんどいし、ある程度の生活をすれば必然的に目立つのだ。

 自分からは可能な限り問題は起こさないつもりだが、掛かる火の粉は払わせてもらう。

 私を尾行している輩に関しても、こっちに実害が出れば排除するつもりだ。


 そんな事を考えながら目の前の『メリービー』を狩る。

 この魔物は腹部にあるタンクに蜂蜜を貯め込んでいるのだ。


 そのタンクを壊さないように斃すのがなかなか難しい魔物である。

 故に、この蜂蜜は高く売れる。


 そんなお高い蜂蜜様を優しく回収すれば、自ずと笑みが零れるというモノですよ。

 ・・・・悲しいかな、心は笑っていても表情は一切動いてくれない。

 もう慣れたけど・・・。


 喜んだり沈んだりを繰り返していた時、少し離れた所に何者かの気配を察知した。

 どうやら戦闘中の様だ。


 ここに気配があるのも珍しいので、少し見に行くことにした。




 問題の場所では一人の男性冒険者がメリービーと戦っている最中だった。

 男は剣で、メリービーは顎と針で互いに戦っていた。


(なかなか苦戦してますね。あ〜あ、あれじゃあ蜂蜜の回収は無理そうですね)


 その戦いを観戦しながら、内心「何様だよ!」と言いたくなるような事を考えている私。

 自分の内心に若干凹みながら、観戦を続ける。



 戦いは男の勝利で終わったが、この勝ち方じゃあ実入りは無いに等しいな。

 何せ蜂蜜以外は碌に値が付かないのだ。

 男は息を切らせながら悔しそうな表情をしている。


「誰だ。そこにいるのは」


 男は静かに、それでいてはっきりと聞こえる様に声を掛けてきた。

 ・・・気付かれたようだ。

 簡単にではあるが、気配は消しておいたんだかな。

 私はゆっくりと男の前に出る。


「・・・・失礼した。・・・私も近くで狩りをしていてな」


「アンタだったのか。・・無様なもんを見せちまったな」


「・・・・・初対面ですよね?」


「こっちが一方的に知っているだけだ。オメーは結構注目されてるからな」


 あんまり嬉しくない情報が出てきた。

 まぁ、見られていると感じた場面はいっぱいあったからな〜。


「・・・・そう。・・・あんまりいい気分はしない」


「だろうな。オメーからは話しかけんなって空気が出まくってたしな」


「・・・・」


 そんなのが出てたのか・・・。

 けど、そのお陰で平和に過ごせてたし、別にそのままでいいかなと思う。


「それで?」


「・・・ん?何?」


「オメーは今日もしっかり稼げたのか?」


 なんか、若干睨まれながら今日の成果を聞かれた。


「・・・・ん。ちゃんと稼げた」


 嘘を言ってもバレそうなので正直に答える。


「ハッ!そりゃー良かったな。おめでとさん。見ての通り俺はこのざまだぜ」


 アカン。なんか絡まれてきた。

 何かされるのでは?と内心ビクつきながら警戒度を上げる。


「・・・・・・わりぃ。別に何かしようってわけじゃねーから。そんな警戒しないでくれ」


 男はこちらの様子が分かったのか、うなだれながら申し訳なさそうに言ってきた。


「すまねぇな。ここ数年、全然戦闘技能が伸びなくってよ。少しイライラしてたんだ」


 今度は愚痴が始まった。

 見た感じ二十歳前後であろう彼の愚痴がポツリ、ポツリと続いて行く。

 冒険者になって数年、最初は順調だった。

 しかし、近年になって自分の成長は止まってしまったかのように伸び悩んでいる。

 戦闘技能も殆ど上がらない。

 その所為なのか、レベルも上がらない。


 うなだれた男は忌々しい物を吐き出すように言葉を出し続けた。


 さてこの人、どないしよ?

 てか、どないせーゆうんでございましょうか?


 森の比較的深い場所で、愚痴る男と戸惑う狐女という色気のない構図が展開されていくのであった。


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