第25話 王都へ
今は太陽が真上に昇り、その暖かい光が存分に降り注いでいる、そんな時間。
生い茂る木々達はその光りを存分に浴び、時折吹く風にその枝葉を揺らしている。
そんな穏やかな森の奥深くに家が一軒、辺りの景色に同化するように隠されながら存在した。
家の中ではコーヒーの香りが漂い、聞こえてくるのは本をめくる音だけだった。
どうも皆さん。
私ことフェムティスは過去に例が無いくらい分厚い本に首ったけです。
窓から暖かい陽の光が差し込み、とても過ごしやすい室温を保っている部屋で時折コーヒーを飲み、自分で焼いたクッキーを食べながら例の魔導書を読んでいる。
私はあの宝物庫の様な部屋でこの魔導書を見つけてしばらく読みふけった後、魔導書と部屋を埋め尽くしている財宝を残らず〈アイテムボックス〉に収納した。
そして宮殿内は勿論、遺跡全体を捜索して価値のありそうなアイテムを片っぱしから回収し、その後は少し開けた場所にマーキングを施して〈テレポート〉で別荘まで帰ってきた。
別荘に帰って来てからはほぼ毎日この魔導書を読んでいる。
内容はやっぱり『闇』の属性に関する魔導書だった。
闇属性の魔法の初歩や初級に関しては軽く触れられている程度だったが、中級以上の物に関しては凄まじい量の記述があった。
どういう魔法なのかの説明は勿論のこと、それらを細部まで解説し、著者と協力者達と思われる複数の者達の考察なども載っており、さらにどういう応用が今までなされたのかの記述まであった。
さらに言うならどういう失敗が過去にあったのかという事まで記されている。
私はここ数日は魔導書を読み、そして外で実践してみるというサイクルを繰り返している。
これがまた楽しいのなんの。
魔法を勉強し、実践する。
そうすれば魔法は目に見える形で発現する。
初めて使う魔法が成功した時の感動というのは、何度体験しても飽きない。
その魔法を繰り返し練習し、それに工夫と応用を加えて実践する。
失敗する事もあるが、努力した結果がどういう形で現れるのかがはっきりと見る事が出来る。
そして何より自身のスキルが成長しているのが体感できるし、ステータスを見ることで視覚的にも判る。
…努力の成果が目に見える形で現れるというのは何とも楽しい。
……何とも優しくて易しい事だ。
前世でも努力によって得られているものが目に見えたらよかったのになと思ってしまう。
あぁそれと後数日、魔法の修行をしたら王都に行ってみようと思う。
燻製の試行錯誤をしていて調味料を使いすぎて残りが心もとないし、コーヒー豆も少なくなってしまったからな。
後、あの時の話で聞いた疫病の話がどうなったのかも確認したい。
◇◇◇◇◇◇
ここはサーレマール王国の王都。
予想外に長引いた疫病問題も特効薬の製作に成功した事により終息の兆しが見えていた。
誰もが特効薬を求めているこの王都で、現役の冒険者であるライアンとマウロもまた特効薬を強く求めている者達だ。
ライアンとマウロの二人は大通りから入った路地で、そこに積まれている木箱に腰掛けながら神妙な面持ちで会話していた。
「なぁマウロ。アイーダの様子はどうなんだ?」
ライアンは隣に居る五分刈りで筋肉ムキムキマッチョマンのへ…マウロに問いかける。
「良く無い。日に日に悪化しているからな。早い所特効薬を手に入れないと危ないだろうな」
「………」
二人に重苦しい沈黙が訪れる。
彼らの仲間の一人であるアイーダと呼ばれるエルフの女性が疫病に罹ってしまっているのだ。
冒険者として疫病関連の仕事をするのは最近では当たり前であり、彼らもその例に漏れず疫病関連の仕事をしていた。
十分注意していた筈だった。
けれども仲間の一人が疫病に罹ってしまい、二人は焦っていた。
「『リカシヤの花』は手に入れたってのに…。くそ!」
ライアンが悔しそうに吐き捨てる。
特効薬は『リカシヤの花』を使った特殊なポーションだ。
彼らにはポーションを作る事は出来ない事に加えて、材料があるからと言ってポーションを最優先で作ってくれるような知り合いはいない。
今この王都では『リカシヤの花』と特効薬を物々交換してくれるような制度は無い。
特効薬の方が価値が高いのだから当たり前と言えば当たり前だ。
『リカシヤの花』はギルドもしくは商人に売るぐらいしか価値が無い。
そして材料があるからと言って特効薬を最優先で都合してくれる事は無い。
特効薬を手に入れるには順番待ちするか、大量の金を積まなければならない。
「お願いします!!その特効薬を売ってください!!」
突然大通りから大声が聞こえてきた。
ライアンとマウロは声のした方へと向かう。
「ええい、邪魔だ退け!」
「お願いだ!もう娘は限界なんだ!!金ならここにある。不足だと言うなら必ず後で払いますから!!」
「退け!!この薬はさる貴族様へ届ける品だ!貴様なんぞに売る訳が無かろう!」
そこには特効薬を受け取りに来た商人風の男と少々小汚い格好をした年配の男が土下座をしている光景があった。
「……クソ。またこれかよ」
ライアンの顔が歪む。
実際今の王都ではさして珍しくない光景だった。
野次馬達も随分と冷めた目線を向けている。
商人の護衛と思しき者達が土下座している男を無理矢理退け、商人風の男は特効薬を大事そうに抱えながらその場から離れようとしている。
そんなとき、ライアンの目に信じられないものが映った。
「あ…アイツは!まさか!?」
ライアンは頭で何か考えるよりも先に体が動いた。
そして、ほぼ無意識のままに人の波をスルリスルリと掻い潜り目的の人物に追いついた。
「・・・?」
「はぁ、はぁ、やっぱりお前だったか」
ライアンの眼の前には不思議そうに首を傾げる狐の獣人の少女、つまりフェムティスがいた。
「なぁ、は…話があるんだ。ちょっとだけ付き合ってもらえないか。頼む!」
ライアンはもはや頭では何も考えておらず、体が勝手に動いているような状態だった。
そしてそんな状態でフェムティスに対し必死に頭を下げていた。
「・・・わかった」
「あっ有難う!…えっと、どっ何処で話をすっかな」
ここに至ってライアンはどうするか一切考えなかったつけを払わされる。
相手の了承をもらったはいいが何も考えていなかった為に次にどうしたらいいか判らずにオロオロとしてしまった。
「まったく、お前という奴はこれだから…。とにかくこっちに来い」
そんなライアンを助けたのは仲間のマウロだった。




