第19話 ある物の需要
修行場所での修行を切り上げて、私は王都に帰ってきた。
途中でダッシュラビットを二匹生け捕りにした。
その二匹は足を縛って袋に入れている。
さて、王都に帰ってきたはいいのだけど、門の所がとても騒がしい。
何時もより兵士の数が多い様だ。
多分あれだ。
私が殲滅しちゃったあの集団の事だと思う。
あの場から逃げた獣人の女が兵士に知らせたんだろうな、きっと。
そんな騒がしい門を抜け、私はギルドに向かう。
このウサギさんをお金に変える必要があるしな。
というか、しばらくこんなことしなくてもいいような気がしてきた。
お金はいっぱいあるし、いざとなればティラノサウルスもどき…もといディノレクトレックスを斃して、その素材を売ればいい金になる訳だしな。
まぁ、今日はいいや。
つい獲ってきちゃったこの二匹はちゃんとギルドで売って、明日からは気をつけよう。
何時もより騒がしい街中を背に、ギルドの中へ入る。
ギルドの中も少しざわついている様だ。
「・・・買い取りをお願い」
「おや、あんたかい。またあの大物を持ってきてくれたんなら嬉しいんだけどね」
「・・・残念ながら。途中で獲ってきたダッシュラビット二匹よ」
そう言いながら袋から生きたダッシュラビットを二匹取り出す。
縛られたままカウンターの上で耳をピコピコ鼻をスピスピと動かしている様はとても可愛い。
だが売る。
「おやおや、生け捕りとは珍しい。大変だっただろうに」
パウロさんの顔はとてもにこやかだった。
「まぁ、この状態の方が苦労する分買い取り額がいいからね。そんじゃカードを出してくれるかい」
パウロさんにカードを渡す。
何時もの通りの事を済ませ、カードをこちらに返してくる。
その後はあの二匹の代金を受け取って終わり。
「あぁ、ちょっといいかい?」
「・・・なに?」
「何、ちょっと頼んでおきたい事があってね」
パウロさんはいつもの通り優しそうな笑顔を浮かべながら頬を指でポリポリと掻く。
「もしこの間の様な大物…、ディノレクトレックスとかを狩る時があったら今度は肉も一緒に売って欲しいんだよ。この間も商人連中から「肉は無いのか?」ってしつこく聞かれて大変だったんだよ」
知らんがな。
「お前さんは若いし冒険者になって日が浅いからあまり知らないかもしれないが、ああいった強い魔獣の肉は高く売れるんだよ。だから次があるなら是非肉も一緒に売って欲しいんだよ。それにこういった事には高額の報酬を出す依頼も結構あるからね。それと合わせればかなりの額になるはずだよ」
「・・・一応、覚えとく」
「あいよ、是非覚えておいておくれ。あぁそれとね、今丁度ディノレクトレックスの肉の調達依頼が張り出されているはずだよ」
パウロさん、凄くいい笑顔してるな。
肉か……考えておこう。
ギルドの中のざわつきはいまだに収まっていない。
ざわついたままのギルドを出て、隣の食堂に入る。
食堂に入り、ウェイトレスに案内されて席に着く。
ウェイトレスに注文して代金を払う。
食堂の中はいつも通りワイワイガヤガヤと賑やかだ。
この食堂はいつ来ても酔っ払い共が赤ら顔で笑い合っている。
そしてお店全体にお酒と料理の香りが充満しており、この場にいるだけでお腹が空いてくる。
いつもの通りおしぼりで手を拭いていると、注文した水がピッチャーで運ばれてきた。
ピッチャーからコップに水を注ぎ、その水をごくりと飲む。
うむ、美味い。
その後はちびちびと水を飲みながら、注文した料理が来るのを待つ。
コップの水が二杯目になったころに料理が運ばれてきた。
分厚いステーキが熱い湯気を立ち上らせ、焼いた肉のいい匂いとスパイスの香りが食欲を刺激する。
その分厚い肉にナイフを入れればジュワリと肉汁が溢れてくる。
切り分けた肉を口いっぱいに頬張り、ゆっくりと噛みしめる。
黒胡椒の様なスパイスの香りが鼻から抜け、噛めば噛むほど肉汁と共に高級な牛肉の様な旨味が口いっぱいに広がる。
あぁ〜美味い。
たっぷりと旨さを味わって肉を飲み込み、その余韻を楽しみながら一緒に運ばれてきたパンを手に取る。
ふっくらとした柔らかなパンを一口かじれば柔らかな小麦の香りと仄かな甘みが口の中に広がり、ステーキの余韻と相まって幾らでも食べられそうなほどに美味しく感じる。
付け合わせの温野菜を食べ、口の中がサッパリした所で再びステーキ肉を頬張り、その後はパンを頬張る。
最高に美味しい分厚いステーキとパンを存分に堪能する。
いや〜美味かった。
満足です。
ウェイトレスさんに食器などを下げてもらい、食後の満腹感を楽しみながら水をちびちびと飲む。
前世では肉はあまり食べることはなかったが、こちらの世界に来てからは毎日のように肉を食べている。
それこそ肉しか食べない事も多くなった。
栄養学的には不健康極まりない。
だがしかし、今の所体調はすこぶる良い。
肌が荒れるなどの症状も無い。
まだ表面化していないだけなのかな?
そもそも、『この世界』に『前世の世界』の栄養学を適用して良いのか?
『前世の世界』の理論が『この世界』では通用しない事例は沢山あった。
魔法がその最たる例だしな。
今考えても仕方ないな。
実際に体調に少しでも問題が出てきたらまた考えよう。
となると日々の健康チェックは今まで以上に真剣に取り組もう。
実の所、今の肉食生活を終わらせたくない。
前世は主に経済面などで美味しい肉には手が出せなかったからな。
今の好きなだけ肉を食らう生活はとても贅沢に感じているのだ。
これで健康に問題が無いのだとしたら…。
うん。めっさ嬉しい。
前世ではいい肉を食べなかったせいなのか、この世界の肉はどれもこれも最高に美味しいと感じる。
それに加えて、この世界では弱い魔獣や魔物の肉にはそれ相応の弱い力が、強い魔獣や魔物の肉にはそれ相応の強い力が宿っていると言われている。
パウロさんが肉を高く買い取ると言っていたのもこれが理由だろう。
おまけにこういった肉は貴族連中がこぞって買って行く。
強い奴の肉ほど美味いという理由もあるが、食うだけで強くなれるという点が大きい。
ダッシュラビットの需要が無くならないのもこの辺りが関係しているようだ。
まぁ、肉を売る事はしばらく無いだろうな。うん。




