第八話 ビッグスパイダー
「は?何で?」
「理由は言えません。とにかく今はこの街を離れたいんです」
仕事があるって言ってんのに理由も言わずに連れて行けって…
むちゃくちゃ言うなこいつ
「だめ………ですか?」
俺が悩んでいるのを見て、ユースティアは、上目遣いでこちらを見つめてくる。
ふ、残念だったな。
並の男だったらその視線に流されて引き受けていただろうな。
だが俺はその辺の奴とは違う。
ユースティアには悪いが断ることにしよう。
○
「お引き受けいただいてありがとうございます!」
俺達は今、馬車に揺られている。
門の辺りで西の森の方へと向かう商人に交渉して、目的地まで護衛をするかわりに無料で運んでもらうことになったからだ。
「正直ダメだろうなーと思っていたのでたすかりました。本当にありがとうございます!」
そう、俺達はだ。
俺は今、ユースティアと一緒にいる。
別に色仕掛けに流されたわけじゃないぞ!
本当だぞ?
「で、結局どうしてあそこを離れたかったんだ?」
「さっきも言いましたが、言えません」
割と強情だな……引き受けられるまで言えないって事だと思ってたんだが。
「はぁ………そうかい」
会話を切り上げ、外を流れる景色に目を向ける。
御者が優秀だからか、街道がしっかり整備されているからかかなりのスピードがでているのに余り揺れがない。
転がっている石や枝が次々と流れていき、川のように見えてくる。
「ところで、リクさんはどこに向かってるんですか?」
「ん?まだ言ってなかったか?」
「教えてもらってないですよ」
うーん、伝えて良いものなのだろうか?
一応仕事で行く場所のことを言うのはまずい気が…。
と考えたところでそもそも連れて行こうとしていたことを思い出した。
まあいいか
「ゼステリアの西の森にあるエルフの集落だ」
「エルフの?なんでまた…」
「さあな、現地で聞けとさ」
話していると馬車が急に減速した。
「き、騎士さん!魔物です!道がふさがれて通れませんお願いします!」
商人の慌てる声が聞こえ、馬車から前に顔を出す。
確かに道をふさぐようにしている。
クモをそのままデカくしたような形をしている。確かビッグスパイダーとかいっただろうか。
俺は馬車から降りて剣を抜いた。
「じゃあ、パッパと片づけてパッパと仕事を終わらせようか!」
俺の言葉を合図にしたかはわからないが、ビッグスパイダーがカサカサとこちらに走ってくる。
正直気持ち悪いがそうも言ってられない。
俺は走ってくるビッグスパイダーのやや左側に向けて走り、すれ違いざまに右足を二本斬り落とす。
足を二本斬られてバランスを崩したビッグスパイダーは、走りの勢いを殺せずに腹で地面を滑る。
ズザザザザァァ!としばらく地面を擦って停止。
右足を二本失っているため、立ち上がることも出来ずにもがきながら顔をこちらに向ける。
なんだろうか、何かする気なのか?
一応警戒して剣を構えながらゆっくりと近づく。
するとビッグスパイダーの口がカパッと開き、白の奔流が襲いかかってきた。
それを右にステップしてよけ、一気に距離を詰める。
これ以上隠し玉はないようなので、頭に剣を突き刺してとどめを刺した。
「いや!さすが騎士様お見事で!」
血を振り払い、納刀したところで商人がやってきた。
なんでも、商売道具になるからビッグスパイダーの死体を買い取りたいとのことだった。
俺は死体は譲ると言って、馬車の中に戻る。
「リクさんって強いんですね」
ユースティアが微笑みながら迎え入れた。
その表情や言葉からはお世辞をいっさい感じられない。
おそらく本当にそう思っているのだろう。
まあなとだけ言って座り込む。
西の森辺りまではもう少しのはずだ。
それまで仮眠をとることに決め、そのまま横になった。
○
「騎士さん!そろそろ着きますよ!」
商人の声で気がつき、目が覚めた。
目を開くと、そこに広がっていたのはユースティアの顔だった。
「うわっ!」
慌てて飛び起きる。
「うわっ!とは失礼ですね。折角膝まで貸してあげたのに」
少しすねた顔をして膝をパンパンと叩く。
膝?借りたっけ?
疑問は浮かぶが、とりあえず謝っておいた方が早いか。
「はいはい、悪かった。ありがとうございました。で、何で膝?」
「リクさんはさっきまで床で寝てましたけど、揺れる度に頭をゴンゴン床にぶつけていたので…」
だから膝枕をしたわけか。よく起きなかったな俺。
心なしかユースティアの顔が赤い。自分でやって照れているのだろうか。
「そうか、ありがとう」
「いえ!大したことではありませんから」
大したことじゃないなら赤くならなくてもいいのではないだろうか。
そんなことを思っていると、馬車がゆっくりと減速を始めた。
「騎士さん!着きましたよ!」
商人の声に軽く答え、荷物を持ち上げる。
「ほら、いくぞユースティア」
手を差し出すと不思議そうな顔で見つめ返してきた。
少し待ってみてもこちらの意図に気づく様子がないため、こっちから手をつかんで引き上げる。
微妙に赤くなってるユースティアを横目に馬車から降りて商人に礼を言う。
「助かりました。ありがとうございました」
「いえいえ、こっちも護衛をしていただいたお陰で助かりました」
商人はお礼の品だと言って二つリンゴを押しつけて去っていた。
「ほらよ、リンゴもらったからやるよ」
ユースティアにリンゴを放る。
「え?わわっ!」
ゼステリアで剣を投げたときと同じような感じで、わたわたとキャッチする。
「ありがとうございます!」
そしてそのままかじり付く、ジュワッと溢れ出た果汁が口の端を伝って地面に垂れる。
「あーあー、ったく」
ハンカチで拭ってやると、赤くなって礼を言ってきた。
こいつ結構照れ屋なのか?
そんな疑問を持ちながらも、リンゴをかじりながら森への道に足を踏み出した。
白の奔流とは糸のことです