第三の騎士 「聖騎士団」
随分と立派な門、それはこの国の強さを物語っているような気がする。
馬車が門の前につくと、すぐにドアが開かれた。するとそこには優しそうな神父が笑顔で立っていた。
「ようこそアミリアス様、長旅ご苦労様です」
礼儀正しくお辞儀をすると神父は兵士と少し会話をし、馬車の中に入ってきた。
「さっそくですが、これから聖騎士団に向います」
聖騎士団、それこそ俺の檻となる場所の名前。王族直属の天使と騎士のみを集めた軍隊のことだ。
約12000人の天使と、僅か5人の騎士によって構成されている騎士団は、ある意味において他のどんな軍隊よりも強力な存在だ。
天使と騎士は必ずこの軍隊に入隊しなくてはいけない、その代わりに真面目に働くのが馬鹿らしくなってしまうほどの報酬が貰える。
その為が、一般的には騎士や天使になるということはとても名誉なことであり、誰しもが成りたいと願う。
「そこでアミリアス様は儀式を行い、正式に聖騎士団に入隊という形になります」
すると、馬車が走り出した。大門が開き中に入っていくと、そこはもう別世界だった。
外の殺伐とした鉄壁がまるで嘘かのように賑わっている。大通りには他にも馬車が走っているし、何より活気に溢れていた。
今までずっと田舎に居たせいか、こうやって賑わっているところを見たりするのは初めてだったりする。
しかし、こうやって何時までも外を興味津々に見ているのはどうも子供っぽい。そして何より田舎者だと言っているようで恥ずかしい。
視線を自分の手に向けると、そこには赤い証が痛々しく焼きついていた。赤といっても綺麗な赤ではなく赤黒い少し不気味な証だ。
「騎士かぁ……」
俺も、大勢の人間と同じく騎士という存在に憧れていた。剣を振るい敵を倒していく姿はとても素晴らしいと思う。
だからこそ、騎士に選ばれた今となっては喜ぶべきことのはず、しかしどうしても今は大声を出して喜びたい気分では無い。
俺はずっと騎士というものは、誰かを守るものだと思っていた。けれども俺にそんな資格があるのだろうかと不安になる。
たしかに俺は『騎士』となった、しかし俺が本当に成りたかった『騎士』というのは……
「アミリアス様、到着いたしました」
いつの間にか馬車は止まっており、神父がドアを開けていた。急いで外に出てみると、そこは巨大な教会のようなものだった。それはまさに城と呼んでも過言では無い。
あまりにもの大きさに唖然としていると、周りから声が聞えた。
「あの子……もしかして騎士?」
「みろよ、あの馬車。絶対に新しい騎士だ」
「最近死んだのってルシファーの……?」
「可哀そうに、まだ子供じゃない」
哀れみを帯びた声、そんなの騎士に選ばれてからは慣れっこだった。
たしかに騎士に選ばれるのは名誉なことだしとても喜ばしいことだ、しかし俺の地位はあまり喜ばれていない。
騎士は五人居る、騎士の数がそれ以上になることも、それ以下になることは絶対に無い。
何故ならば、騎士が一人死ねば、同時に騎士が一人現れるからだ。言い換えれば一人の騎士が死なないかぎり次の騎士は現れない。
その為、騎士は必ず五人までしか居ない。
その五人の騎士は全員、大天使の加護を受けている。
第一の騎士はミカエル
第二の騎士はガブリエル
第三の騎士はラファエル
第四の騎士はウリエル
そして最後に、俺の地位でもある第五の騎士はルシファー
ルシファーというのは、神を裏切り地獄へ追いやられた者、つまり堕天使というわけだ。
ただ、ルシファーという堕天使の加護を受けたから可哀そうだというわけでは無い、第五の騎士があまり好まれていない理由は他にある。
「アミリアス様、こちらでございます」
後ろから神父の声が聞こえた、すると同時に微かな金属音が聞えた。この音には聞き覚えがあった。
すぐさま剣を取り出し後ろを振り向く、同時に金属と金属がぶつかり合う音が聞えた。
神父だ、何処からか細い剣を取り出し俺の心臓を狙っていたらしい。剣は弾かれたがまだ神父の手にある。
辺りからは悲鳴が聞え逃げ惑う人々の足音が聞える。此処で戦うのは負傷者を出すことになるかもしれない。
「此処に来てからいきなり負傷事件だなんて冗談じゃないぞ!」
すぐに距離を取るがうまく片付けることが出来るだろうか、いやそれは少し無理があるのかもしれない。
だが、此処はやるしかないと覚悟を決めた時。
「邪魔だ」
「……なっ!」
影が見えたかと思うと、次に聞えたのは悲鳴だ。苦痛に満ちたもがき苦しむかのような痛々しい声。
地面を見ると、血と腕……あの神父のものらしき腕が落ちていた。この苦痛の声は神父のものらしい。
いったい何があったのかと前を見ると、そこには銀色の綺麗な髪を靡かせた男が凛とした表情で立っていた。
その腕には細剣が握られており、血が付着している。どうやら神父の腕を切り落としたのはこの男らしい。
しかし、この男は今目の前で苦しんでいる神父のことを虫けらを見るかのように冷めた、とても冷淡な目で見ていた。
「第五十字隊所属、名前カルフ・ユメイサス、地位は脳天使。貴様のような三流天使が騎士の迎えに参加できることをもう少し疑うべきだったな」
まるで歌劇の台詞を喋るような、だがあまりにも冷淡としているこの男はゆっくりと細剣を神父の首へと持ってゆく。
「くそっ! 騙したのか!」
「騙すだと? 随分と可笑しなことを言ってくれる。私はただ反エル教である貴方の素顔を暴いただけに過ぎない」
「この忌々しき邪神めが!」
「騎士を殺しそうになったのだ、この罪は思いぞユメイサス。連れていけ」
兵士が何人か神父を教会の中へと運んでいった、そこでようやく意識を取り戻す。
あまりにもいきなりのことに唖然としていた俺はずいぶん間抜けな表情をしていただろう。
「アミリアス・クローリア」
「は、はい?!」
「年齢15歳、母親エルカ・クローリア、父親不明、サンスフォード出身、前職ギルド『月光』の兵士。間違いがあれば訂正してほしい」
無感情で言われた言葉に間違いは無い、しかしあまりにもの勢いについていけないのは俺だけでは無いだろう。
「どうした? 間違いはあるか」
「あ、ありません」
「そうか……」
すると、男はこちらを向き鋭い視線で俺を見る。銀髪の髪を後ろで纏め、その赤い血を連想させるかのような瞳は眼鏡の奥に隠れており表情が読み取れない。
男は血がついた剣を軽く振る、すると細剣は小さな十字架に姿を変えた。これが光術というものなのだろうか。
あの神父をあっさりと倒してしまう圧倒的な強さ、冷たく感情など持っていない瞳、そしてこの見られただけで怯んでしまう視線。
敵わない、本気でそう思ってしまった。この男には逆らってはいけないと本能的に感じてしまう。
「ようこそ聖騎士団へ、私は第一の騎士、ジェイス・ブルーネだ」
この時から始まっていた、俺の騎士としての運命が。
いくらもがいても逃げられない、ただ憎しみだけを糧する戦いに。