04
広間は噎せ返るほどの熱気に満ちていた。椅子に、床に、女たちがだらりと眠っている。暑さのために上気した肌と汗、衣服や肩掛けの布の陰影が炎の光に強調された光景に、モニカはひどく退廃的な絵画を見ているような感覚を覚えた。先ほどの恐怖がじわと蘇り、肺腑の底から沸き上がってくる。
男が立ち止まった。モニカは彼の背後から問うた。抑えたつもりの声は上ずった。「何が起きているのでしょうか。彼女達は、無事でしょうか」
彼は一息の後で低く囁いた。消えろ。異国の言葉にも関わらず、モニカは意味を直感し、己に放れた言葉であるように身震いした。暖炉の炎が揺らめき、熱気が引いた。火は消えはしなかったが、もう、ただ、普段とおなじように燃えているだけだった。
「何を、されたのですか」
「自然のものではない火を消しただけだ。あの暖炉からまじないの気配を感じた。本来なら外から気づけるはずだったけれど、やはり人間の姿では」
男は口を閉ざした。悔いるような吐息。
「すまない、言い訳だ」
男は広間の中へと進み、一人の女の前に膝をついた。体調を確かめるためだろう、彼の指が女の頬に、ほとんど掠めるように触れた。モニカはその瞬間、嫉妬を覚えて息を呑んだ。
また雷光が室内を洗った。
「問題はなさそうだ。じきに目覚めると思う」
男は立ち上がり振り向いた。「モニカ?」
「え」モニカは瞬きした。「は、はい。ありがとうございます。よかった……」
男は奥の扉を眺めた。呟きは半ばが雨音に紛れていた。「中に、人がいるのだったな」
「はい。奥様が」モニカは言った。「それから産婆が」
「本当に、その女たちは、まじないを使うのか」男が尋ねた。モニカは答えた。「はい。薬草やまじないを使います。痛みをやわらげたり、体調を安定させるために」
「薬草は時に必要だろう。けれど、人間は、生まれ来るためにまじないが必要なほど、弱くはない」
「しかし」モニカは言いかけたが、男は困ったような笑みで遮った。「死産が多いのは、本当に妖精や夜狩のせいだろうか。彼らは確かに時には人の子を掠う。もちろん、事故や疾もあるだろう――いや、その方が多いだろう。でも、三人に一人は頻繁すぎる。厳しい祖国の集落でさえ、それほど死ぬことは滅多になかった。きみたち女神の徒は、たとえば別の相容れない神や悪魔を信じる女から憎しみを受けるようなことをしたのではないか」
モニカにはわからない。子を産んだことなどないし、この土地の者ではないからだ。しかし、産婆が、村の中ではなく、森の縁にある粗末な小屋に住んでいることは知っていた。礼拝に一度も姿を現したことがないということも。
「ごめんなさい。私は知りません。異教徒という噂はありました。だからこそ手練れのまじない師だと。それしか知りません。しかし他の産婆の手にかかった赤子は皆、命を落としたとも」モニカは言い訳のように付け足した。「私がこの土地に来て、まだ三年と経っていませんので。お役に立てず申し訳ありません、尊い方」
男が一瞬、表情を暗くしたことに、モニカが気づいた。不興を買ってしまったのかと不安になる。男はモニカの様子に気づき、少し皮肉げに微笑んだ。「きみを責める理由はない」
こつ。
扉が鳴った。モニカはびくと体を震わせた。
男は扉を振り向いた。濡髪が暖炉の光に輝いた。
「扉を叩くのは、誰だ」男は通りのよい声で尋ねた。彼はモニカの方は見ないまま、無造作に片手を差し伸べてきた。人間の若者そのものの手。モニカは長い躊躇いの後、恐る恐る、彼に近づいた。足元に眠る女たちを避けて辿り着くまで、扉の向こうから返答はなかった。
「……モニカ」既知の女の声だった。衰弱のうちにあるかのような、調子の定まらぬ声音。モニカはぞっとして、思わず動きをとめた。男の掌に重ねるために胸元に上げていた両手を、不安のあまり思わず合わせる。「モニカ。どこへ行っていたの」
「そ」モニカは息を詰まらせた。不安と恐怖に掴まれた心臓が激しく脈を打った。奥様。理性では声の主がわかったにもかかわらず、直感が異を唱えていた。違う。これは悪いものだと。
男が言葉を割りこませた。「彼女には祝福を約束している。手を出さないでもらおうか」
「モニカ、余所者を入れたわね」女の声はざらつくような低音だった。
モニカは何かを言おうと口を開いたが、言葉が出なかった。膝が震えた。違う、奥様はこんな声を出さない。最も恐ろしいのは、この扉の向こうで、本当の奥様がどうなってしまったかという想像だった。
男が、振り向かないまま、半ば乱暴に、モニカの両手を取った。人間そのものの体温がモニカをはっとさせた。モニカは彼を見つめ、無言で助けを求めた。男は頷いた。
「出てこい」彼は扉に向けて告げた。「出てこい、人に害為す者よ」
激しい音と共に扉が開いた。中が暗闇に塗り潰されているのを、モニカは見た。