Kapitel 1 “Gironde” Szene 2
「それじゃ、頼んだぞ」
父親から通話を遮断する。
(どうすんだよ、こんなの……言える訳、ねーじゃんか……)
ディプレスな思考が押し寄せる瞬間、後ろから右太ともを叩かれる。
「はぁ……はぁっ……。ははっ、待っててくれたんだ……ちょっと嬉しいけどなっ。それで……? シュ、シュバイニ……ど、どうしたんだよ……授業、マジで遅れるぞ……?」
肩まで掛かる銀髪のシャギーカットの甘酸っぱい香りがシュバイニを惑わす。
「な、なぁお前、め、めいどって、興味あるか?」
「? なぁ、さっきからどうしたんだよ……何か変だぞ、どしたー? 熱でもあるのかーおーぃ……おでこぺちぺち……」
「……ハハッ。冗談だよっ」
「さっ、早く3階まで走っていかないと遅れるぞっ。ふぅ……折角、汗が引いたのによっ……ぶつぶつ……」
ぶつくさ不満げな言葉を呟きながら、シュバイニの手を引いて走り出す。
その白く細長い腕に触れられて、シュバイニはふっと我に返る。
(オレ、今一瞬、何考えてたんだっけ……)
「ジロンド、バイトしないか?」
「ジロンド、オレ、お前の執事姿が見たいな……」
「ジロンド、オレ、お前の煎れたての珈琲を飲みたいんだよな……」
「ジロンド、なぁお前、メイド服とか着てみたいって、思わないのか?」
「ジロンド、なぁお前は何で、白のブラウスの下は何も着ていないんだ?」
「ジロンド、なぁお前、何で男のくせにそんな艶のある肌をしているんだ?」
三時限終了のチャイムが鳴り響く。
家庭の事情はおおむね理解している。
「オレ、妹のためにもうーんとお金を稼いでさっ、妹を大学まで行かせてやりてーんだっ」
髄液が沸騰するまで考えた。
どうすれば傷付けずに、穏便に、さりげな~く伝える事が出来るのか。
使命を背負い突撃する。
(オレは、アイツの親友だし、アイツの事が、好き、だから……)
「な、なぁ、ジロンド……ち、ちょっと後で話があるんだけど……いいか?」
「んー? どしたぁ、つーかシュバ、オレが前纏めた中間テスト用のノート、早く返せよなっ」
「あ、あぁ、直ぐ返すよ。それで、ちょっと付き合ってほしいんだ……」
「あぁ、いいぜっ」
いそいそと三階の化学室を出て、廊下の突き当たりの階段をさらに駆け上がる。
(一体シュバのヤツ、なんでさっきからそわそわしてんだ……?)
鼻息の荒い相方のオーラから疑惑の念が降ってくる。
それ以上に、親友の決意は固かった。
踊り場で立ち止まり、息を軽く吸い込み、呼吸を整える。
「なぁ、ジロンド……。俺、お前に言わなきゃいけねー事があるんだ。オレ、今ちょっとどきどきしてて……うまく言えねーかもしんねーけどさっ。大事な話だから、ちゃんと聞いててくれよなっ」
「ぅ、うん、わ、わかったから、まずはちゃんと聞くよっ」
「単刀直入に言うなっ。オレ……オレ、お前に、遠くへ行って欲しくねーんだっ。だからせめて……今、自分のキモチちゃんと伝えねーとさ、もう二度と神様はチャンスを与えてくんねーだろなって」
「全然単刀直入じゃない……よ、シュバイニ……?」
(どう……したんだろ、なんか、こっちまでそわそわしちゃうょ……)
「ああ、ごめん、もう迷わねーぜっ。なぁ、ジロンド……お、オレの家で、住み込みのバイトしないか!?」
「えっ」
「じ、実はよ……今さっきオレのオヤジから聞いたんだ。ジロンド、お前、こんなこといってもわけわかんねーって思うかもしんねーけど、もしかしたらお前ともう会えなくなるかもしんねーんだっ。その理由は、お前があのヴェルニオー伯爵様の家で、将来、いや近いうちにお前は住み込みの執事、いやメイドをやらされるかもしんねーんだっ。お、オレさっ、それ聞いてお前がそんな嫌々に働くのなんかおかしいって思ったんだ。それにっ、お前のメイド姿なんてよ、き、きっと誰もうれしくなんてねーよっ。ごめっ、いやちがう。お前のエプロン姿とか、そ、そんな細くて白くてエルフのようにすけすけな身体を見せられる他のヤツの気持ちになってみろって。きっとオレ以外のヤツは鼻血で卒倒しちまうって。だ、だからよっ……お、オレならお前の恥ずかしい姿を見たって、ちょっとやそっとじゃ倒れねー自信はあるぜっ。何せ毎日お前の着替えは見てっからなっ。か、バカ勘違いすんじゃねーよ! お、オレとお前、このシュバイニとジロンドはクラスメイトの垣根を超えた幼なじみであり親友なんだからなっ、そ、それだけだからなっ。だから……だからよっ。なぁ、オレの家で働かないか? オヤジなら、そ、それなりに金持ちだし、家にも空き部屋はあるし……こ、こういう事いってお前はオレを軽蔑するかもなっ。でもいいぜ。そんな見ず知らずのオッサンの所に嫁ぐより、オレと一緒にいたほうが、たぶん……ぜってー楽しいぜっ。家に帰ったら、ふたりで一緒に家で勉強したり、お風呂入ったり、ゲームしたりできんだぜっ。つーかマジお前のパジャマ買っておくからなっ、なぁもういい加減オレの気持ち分かってくれよ……オレといた方が絶対良いって。なぁっ、そう思うだろぉっ!」
「……うん、そうだねっ」
カッターシャツの胸をきゅっと掴みながら、もじもじと頷いた。
「えっ、まじで……」