Kapitel 3 “Emil” Szene 4
「ピンポーン」
敷地内全体に響き渡るチャイム。
(あれー誰だよ……弱ったなぁー兄ちゃん達はいないし居留守使いたいけど、外に出たいし……)
散歩に出掛けようとしていた最中、横槍を入れられた気分になる。
(まぁ兄ちゃん達の仕事関係だろーね)
階段をトントンと駆け下り、玄関先へと向かう。
「はーい」
勢い良く玄関のノブを捻り、客を招き入れる。
「アロイス君はご在宅ですか?」
のっそりと佇むその男は、大柄な身体を包み込む糊の効いたスーツを着用している。
手首から、洗熊を思わせる程の大量の毛が生えている。
厚く脹れあがった唇に、小さい吹き出物が目立つ。
「えっとー、アロイスはただいま外出中でーすっ」
「そうですか、ではアマデオ君はご在宅ですか?」
「アマデオ兄ちゃんも、ただいま外出中であります」
空元気で生返事、早く帰れとのメッセージを伝える。
(弱ったな……こんな中学生に抵当の話なんかしても仕方ないんだが。泣き出されたら厄介だ、慎重に出よう。しかしコイツなかなか……)
蓄えた不精髭をさすりながら、愛想笑いを浮かべる純真無垢な少年を物色する。
「そうかね、君でいいよ。ちょっとだけ話をさせてもらうよ。君が住んでいるお家、板金工場か何かみたいだが。君たち兄弟が住み始める前、どんな人がここに住んで何をしていたか知ってるかい、おぼっちゃん」
上がり框にアタッシュケースを置き、か細い表情の変化を覗き込む。
(おぼっちゃん……ひょっとしてボクのコトを言っているのかなー、バカにしてんのかコイツしねようんこ)
「えーとボ……んー私はそんな事全く知りませんよー存じ上げてないですね」
「そうかい、そりゃあー重症だねぇ……あの話からしなくてはならないのかなおぼっちゃん。人間は暴力に対し理性を以て対抗する事が出来る。追突事故を起こしても、一銭も払わずに済まそうとする輩なんてゴマンといるんだよ。オジさん今でも首が痛くてね。簡潔に話すとね、ここの登記人が破産申請をしちゃってね、抵当権が実行されるんだよ。数か月後には競売に出される事が決まっている。気の毒だけど、今月中にはここを引き払って欲しいんだよねーおぼっちゃん」
豆鉄砲を喰らった鳩のようにぽかんとしている。
(お前は一体何を言っているんだ……テイトウケン?なんか半年くらい前にサスペンスドラマで見たし!お前はアイスでもしゃぶってろし!)
「それで困ったことに、登記人が夜逃げしちゃってね。結構なワルだよねぇ、君知らないんだろ、その人が君のお母さんだなんて。まぁとにかくよくある話だよ、一ヶ月が限度。まだマシだよ、全てを差し押さえようって訳じゃないんだからさ。とりあえずお兄さんに伝えておいてね、さもないとこんなオジさんじゃなく筋金入りの人達がうろうろするからね」
榛色の表情はますます生気を失っていく。
「…………な、なんなん、ですっ…………け、けーさつっ」
数十トンの鉛が絡みつく。
「生意気なおぼっちゃんだ……白粉を塗りたくった娼婦の様に、儚くて脆い」
にんまりと含み笑いを浮かべ、全身を舐め回すかのように、ねっとりとした視線を絡ませる。