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第9話「one or eight」

 花宮町はすでに日が落ち、周囲は暗く染まり始めた。

 その闇の中、狭い国道で、自らの愛機『CBX400F』に跨った滝魔が狂気の笑みを浮かべながらどんどんスピードを上げてガイゼンに突っ込んでいく。

 スピード表示は120㎞/hを超えている。

 まともにぶつかれば、ガイゼンはもちろん、滝魔も無事では済まない。


 ぶつかる直前、さすがのガイゼンもこれは横に跳び避けるが…滝魔はその先で派手な音を立てて見事にアクセルターンしてまたガイゼンと向かい合う。

 ガイゼンも『こいつは少し楽しめそうだな』と薄く笑みを浮かべるが…。


 ふと、彼の耳に周囲から他にもバイクの音が聞こえてきた。

 総長である滝魔を支援するために部下がこの周辺へ集っているのだろう。

「気になるか?気にしなくてもいいぞ!テメエはここで死ぬんだからな!!」

 と滝魔が叫び、またガイゼンにバイクごと突っ込む。


 しかし今度はガイゼンもよけず…。

 なんと、彼は突進してきた滝魔をバイクごと両腕でしっかりと受けとめた。

 そのまま勢いでガイゼンは数メートル後ずさりするが…バイクに押し負けることなく、ガイゼンは唸り声を上げ、バイクを押し留めた。


「な、なにっ!?」

 さすがの滝魔も驚愕する。

 先ほどよりスピードは三分の一以下なものの、それでも走り向かうバイクの重量を止めるとは、人間技ではない。

 焦った滝魔は何度もアクセルを吹かすが、ガイゼンは動かず…。

 逆に雄たけびを上げてバイクごと滝魔を後方に放り投げた。


 重く響く金属音を立ててバイクが転がり、一緒に投げられた滝魔はその下敷きになるが…彼も上に乗ったバイクを押しのけて立ち上がり叫ぶ。

 ガイゼンも怪物なら、滝魔もまた怪物といったところか。


「ふざけんな!続きだコラァ!!

 俺の単車の分までテメエを一万回ぶっ殺してやるからよォ!!」

 と滝魔は怒り狂い、先ほど以上にいきり立つが…。

 周囲に響くバイクの音から、彼の部下たちが集ってきていることを察知したガイゼンは、ニヤリと笑うと路地裏に入り、姿をくらませ逃げ出した。

「なっ!?逃げんなてめえ!!戻って来いコラァ!!」

 滝魔は絶叫し追おうとするが、下敷きになった時に負った怪我が痛み膝をつく。

 さすがに今のこの体では、素手でガイゼンに立ち向かうのは難しい…。

 そう考えた滝魔は、歯ぎしりしながら部下の集合を待った。


『総長!大丈夫ですか!』と、滝魔のもとに集まった部下たちが声をかける。

 滝魔はすぐさまガイゼンを追跡しようとしたが…。

 同時に、パトカーの音も遠くに響いてくることに気づく。


 IDMの情報部が手を回していたはずだが、ここまで派手に暴走行為をやってはさすがに容認できなかったのか、それとも現場の警察官の独断によるものか。

 滝魔は舌打ちして自らのバイクを起こし上げ、状態を確認する。

 多少パーツの破損はあるようだが、どうやらまだ走れるようだ。

『人を轢き殺しても大丈夫なくらい頑丈にカスタムしてくれ』という無茶苦茶むちゃくちゃな要望を技術部が聞き作ってくれたせいだろうか。


「おう、悪かったな。おめえの痛みはガイゼンに百倍返ししてやるからよ」

 と滝魔は自らの愛車に話しかけまたがる。

 そして、集まったチームの面々全員に伝えるように叫んだ。


「全員一丸で行動するぞ!あの野郎には4,5人程度じゃ無意味だ!!

 全員でアイツを見つけ、殺す!!ポリ公相手のケツ持ちは任せたぞ!」


 殺滅舞霊’Zの面々は滝魔を先頭にまた走り去っていく。

 まだ呆然としている柴崎を誰一人として見ずにその場へ放置し、轟音をかき鳴らして全員が一条の光となって夜の闇に消えていった。


 そしてその場に残ったのはジョーくん達三人の死体と、涙を流して失禁し、呆然としている柴崎だけとなった。

 彼はうわごとのように帰りたい、帰りたい、やっと帰れるんだ…と呟いており、しばらくして現れたパトカーによって保護された。

 彼自身が選択を誤り続けた結果引き起こされた彼の人生最大の悪夢は、今ようやく終わったのである。


 ところかわり同時刻、モーゼス道場。

 慎之介と快斗が闘ってから10分程度が経過していた。


 リング内はもちろん、ロープやコーナーポスト、場外さえも自分の庭のように使いて三次元的に動き続ける慎之介に対し、快斗の攻撃はほとんど当たっていない。

 掴むことはもちろん、打撃さえ当てるのは至難しなんわざだ。

 攻撃をかわし続けるのはプロレスではご法度はっとだが、そもそも慎之介はプロレスラーではないため、その常識も通じない。


 しかし慎之介も悩んでいた。

 自分の攻撃は快斗に当たるものの、まるで効いている様子がない。

 それどころか戦いの中で快斗も徐々にその攻撃に対応し、むしろそれをカウンターのチャンスとして狙い始めている。

 一般的には急所とされる頭部への打撃も数発撃ちこんだが、それでも効いている様子がない。


「しょうがない、一か八か…そろそろ狙うしかないか」

 慎之介はそう決意すると、霧神流奥義『戌閃じゅっせん』を放つために体の力を抜き、その場で軽く跳ね続ける。

 何か雰囲気が変わったことに快斗も気づき警戒を深めた。


「いよいよだな…」

 勝負を賭ける時…大輔がそれを察知したかのように言う。

『戌閃』がうまく決まればいかにタフな快斗相手とは言え、勝負を決定的にできるほどダメージを与えることができるだろう。

 あるいは、KOさえありうるかもしれない。


 しかし決まらなければ、その時は間違いなく慎之介が窮地きゅうちおちいる。

 ただでさえ密着状態からでしか放てない『戌閃』は打った後の隙が大きく、耐えられれば快斗得意の投げ技を受けることは必至だろう。

 そうなれば慎之介こそが決定的なダメージを負うし、逆に一撃でKOされてしまうことさえもありうる。

 慎之介は『戌閃』、快斗は強力な投げ技。

 どちらも相手をKOすることができる必殺技を持っているのだ。


(さて、どうする。快斗さんの攻撃をかわし、『戌閃』を叩き込む。

 そのためにはどうすればいい…)

 慎之介が思案するが…。

 なんと快斗は両手を広げ仁王立ちし、打ってこいよ、と挑発する。

 どうやらノーガードで戌閃を受けきるつもりのようだ。

 罠じゃないのか?と慎之介も警戒するが…快斗にも思惑があった。


 もともと三次元的にヒット&アウェイを繰り返す慎之介を、今の自分が捕まえるのは難しい。

 当初は疲れを待つつもりでいたが、すでに10分以上闘い、派手に動き続けているのに慎之介には疲れが見えず、捕まえることもできない。

 見ればどうやら慎之介は大技を狙っているようだ。

 ならばその大技を耐えきり、そのスキを狙ってやる。

 隙がなく打てる便利な技ならもっと試合序盤から狙ってくるはずだし、それを今まで温存していたということは、慎之介にとってもかなりのリスクがある技ということなのだろう。

 なんともプロレスラーらしい思考回路だが、快斗はそう考えていた。


「俺はプロレスラーだぜ。

 来るとわかっている攻撃ならば耐えられる。いや、絶対に耐えて見せる。

 さあ、やってみろよ」


「いいんですか?それで倒れたら最高にカッコ悪いですよ」


 快斗の挑発に慎之介も挑発し返すが、これこそ慎之介も願ってもいない状況だ。

 快斗のプロレスラーとしての矜持きょうじは慎之介もよくわかっているし、噓をついてだまし討ちするとは思えない。まあそれはそれでプロレスラーらしくもあるが…。

(ここまで整ったならやるしかない…失敗を恐れるな!)

 そう決意すると、慎之介は一足跳びで快斗に接近し、ぶつかるほどの距離まで密着した。


 まずは足に力を込め地を蹴り、腰と肩を瞬間的に回転、肘を伸ばし拳に速度を乗せ…全身で急加速させた拳の一撃を快斗の鳩尾みぞおちに叩き込む。


 ドン!という鈍い音が周囲に響いた。


 その攻撃を受けた快斗が苦悶の声を上げ…。

 近くで見ていたレフェリーの井上は声を上げて驚愕する。

(これは…ワンインチパンチ!!こんな年端もいかない少年がこんな神技を!?)


 『ワンインチパンチ』。

 驚異的きょういてきな身体バランスで全身の力を相乗的そうじょうてきに用い拳撃に力と速さを乗せ、わずかな隙間で爆発的な威力を発揮するという拳技。

 そんな技を今ここで、しかも高校生が、と井上は改めて感嘆するが…。


 詩音と大輔は渋い顔でそれを見ていた。そして詩音がため息をつく。

「ダメだ、あれでは…」

 その言葉とほぼ同時に、快斗が慎之介をガッチリと掴む。

 そして、ニヤリと笑った。

「ようやく…捕まえたぜ」


 なんと快斗は慎之介の奥義を耐えきっていたのである。

(そ、そんな…本当にあれを耐えるなんて!?)

 全力をこめた己の最大の一撃…それを耐えられ驚愕する慎之介。

 快斗はそれを両手でしっかりと持ち上げ、パワーボム…。

 いやそれよりも高く持ち上げ、勢いよく慎之介を背中からマットに叩きつけた。

 それは爆発音にも似た音を周囲に響かせ、リングはおろか建物全体をも揺らす。


「あれは…ラストライド!!快斗のやつ、あんな大技を!!」

 レスラーでありプロレスファンであるリュウが叫ぶ。


『ラストライド』。

 パワーボム以上に相手を高く掲げ上げ急降下で背中から叩きつける、プロレス技でもかなりの大技だ。

 単純でありながら強靭なパワーを必要とするため、プロレスではほぼ確実にフィニッシュムーヴとして用いられる。

 ワンインチパンチが身体バランスをフル活用した大技なら、ラストライドは桁外けたはずれのパワーによって繰り出される大技とも言っていい。


 慎之介は気を失うほどではないものの倒れ込み、その場で悶絶する。

 一方の快斗もワンインチパンチのダメージはやはり大きかったのか膝をつくが…。

 どう考えてもダメージが深いのは慎之介だ。


 レフェリーの井上が「大丈夫か、まだやれるか?」と慎之介に駆け寄り尋ねるが、慎之介は苦しそうに呻き声をあげたままで、井上にも返事を返せない状態だ。

 (これ以上は厳しいか…)

 そう判断した井上がレフェリーストップを宣言しようとするが…。


 慎之介は倒れたまま転がりリング外にエスケープする。

 止めるなということなのだろうか。

 それとも何も考えずとにかく逃げようとしているだけなのだろうか。

 井上もその判断が難しく…しかしルールにのっとり、とりあえずリングアウトのカウントを取り始める。


「リングアウト、ハイ1!ハイ、2!」


 団体による違いはあるが、選手がリング外で活動できるのは20カウントまで。

 それまでにリングに戻れなければ、その時点で負けとなる。


 リング外で倒れ、うめき声をあげ続ける慎之介。

 ちょうどそこにはセコンドとして詩音と大輔がいた。


 詩音は慎之介に優しく問う。どうだ、もう止めるか?と。

 慎之介はそれに返事はしないが、痛みと苦しみで涙を流しながらも…。

 強い瞳で詩音を睨み返し、首を横に振る。


 正直、これは詩音としても少し予想外の答えだった。

 素直さゆえかたまに母に似て毒舌ではあるが、普段は穏やかな慎之介が、もう戦えないような状態にもかかわらず、ここまで闘志をむき出しにするとは。

 初めて全力で戦った互角以上のライバル相手との闘いを止められるのは、我慢ならないということか。


 今まで自分に見せなかった慎之介のその顔に、詩音は少し親離れ―まあ詩音は姉なのだが―の寂しさと少々の嬉しさを感じつつも、井上にセコンドとして質問する。


「助力に入るつもりはないが、アドバイスはしてもいいだろうか?」


「5!ああ、まあアドバイスくらいなら反則にはならないよ…ハイ、6!」


 詩音は井上のその言葉にうなづき、慎之介にアドバイスをする。


 先ほど慎之介が打った『戌閃』。

 あれは不完全で、あれではただのワンインチパンチだ、と。

 驚異的なパワーとタフネスを誇る快斗を倒すまではいかない、と。


 12!13!とカウントしている井上を横目に詩音は言葉を続ける。

「干支で言う戌…『戌閃』はまさにその犬をイメージしたものだ。

 ご先祖様もよく考えたものだな。

 犬とは忠義や家族想い、仲間を大切にするという勇気を現すものだ。すなわち…」


「ちょっと待て詩音!慎之介、いったんリング戻れ!

 そしてまたこっち戻ってこい!」


 詩音の懇々としたアドバイスを大輔がいったん止める。

 レフェリーの井上はすでに17までカウントしている。

 20カウント以内にリングに戻れなければその時点で慎之介の敗北が決定だ。


 慎之介は痛みで自由にならない体を必死に動かしなんとかリングに戻る。

 カウント19、ギリギリだ。

 ファイッ!という井上を無視して、慎之介はまたリングの外に転がり落ちる。

 井上はまたカウント1から数え始める。これもプロレスのルールだ。


 快斗も追わず、その行く末を見守る。ワンインチパンチで深いダメージを負っているのもあるが、慎之介や詩音、大輔がどう動くのかを楽しみにしているのだ。

 どうせやるなら、勝敗がどうであれ全力で戦いたい。

 快斗もそう考えていた。


 2!ハイ、3!とまたカウントを数え始める井上。

 詩音は語り始める。

 犬とは勇気の象徴、護りの象徴、仲間想いの象徴、そして正義感の象徴、と。


「さきほどのはただのワンインチパンチだ。

 技術的には問題ないが、気持ちが乗っていない。

 私から見てもそれは感じ取れた。

 霧神流は技術だけじゃない。思いを乗せて打つ技もある。

 特に戌閃はそれが顕著に表れる。

 お前は、彼の…清原快斗くんの引退を止めたいのだろう。

 だったらその思いを拳に、全身に乗せて伝えろ。

 勝手にやめるんじゃないぞ馬鹿野郎って。

 プロレス界の超新星が、もっと大きな場所でやらないまま…。

 多くの人たちにその戦いを見せないまま…。

 その才能を腐らせたまま、こんなひっそりと終わっていいのか馬鹿野郎って。

 あのバカタレにわからせてやる…そういう気持ちでやってこい」


 詩音がそう慎之介にはっぱをかける。

 そう、それはこの試合を見ていた全員が思っていたことだ。


 快斗、なぜこんなところでやめるんだ。こんなことでやめていいのか。

 お前は絶対にやめるな、お前は最高のプロレスラーになるべくして生まれた存在なんだ。

 大逆転の感動と、困難に立ち向かう勇気を与える存在…それこそがお前の目指していたプロレスラーなんじゃないか、と。


 快斗の後輩の優太が涙ぐむ。

 先輩のリュウが強くこぶしを握る。

 井上のカウントが心なしか遅くなる。

 さらに次藤が思いのたけを叫ぶ。

「レフェリー!カウント早すぎるぞ!関係者だからって贔屓すんな!」

 と、暗に『もっとカウント遅くしてくれ』と井上にヤジを飛ばした。


 そしてその言葉は、リングの中にいる快斗にも、その言葉は響いていた。


 自分もやめたくないと思っていた。

 苦しくつらい練習生生活を乗り越えて、せっかく夢だったプロレスラーになれたのに、プロレス界の超新星とまで評価してくれる人もいたのに、こんなことでなぜやめなきゃいけないんだ、何を意地を張っているんだ…と。


 しかしそれは表に出せない。

 快斗の最後の見栄が『やめたくない』その言葉を出せないでいた。


 井上のカウントは13。

 本来ならば20をとっくに超えているようなゆっくりすぎるカウントの中、慎之介もラストライドのダメージが少しは回復したのかなんとか立ち上がり詩音に頭を下げる。


「ハイ~~、14~~~~~~!

 知っていると思うが20カウントを超えたらリングアウトになるぞ!

 今は14だぞ14!

 次は15だぞ!

 まだ14だが!次は15だぞ!」


 と井上があからさまな時間稼ぎを行うが、誰も文句を言わない。

 対戦相手の快斗でさえ文句を言わない。

 この試合、誰もが一つの気持ちを共有していた。


『あの意固地な馬鹿野郎にわからせてやってくれ』と。


 それはきっと対戦相手の快斗でさえも。


「慎之介、俺はちょっと、いやだいぶ嬉しいぞ。

 あんな泣き虫のガキだったお前がここまで意地を見せるなんてな…。

 ここが分水嶺だ。お前にとっても、清原快斗にとっても。

 俺や詩音、そしてこの場にいる全員に…お前の全力を見せてみろ!」

 と大輔が慎之介に発破をかける。


「さあやってこい、自慢の弟!」

 と詩音も慎之介を激励する。


「…はい!!」

 慎之介が精一杯威勢よく返事をして、リングに入り込み、快斗と向かい合う。

 もはや誰も気にしていないが、リングアウトカウントは14。

 十分セーフなカウントだ。


 お互い深いダメージは負っているものの、少しは動けるぐらい回復したようだ。

 両者は向かい合いニヤリと笑い、またお互いに挑発を繰り返した。


「わからせてやるよ、この馬鹿野郎め」


「わからせてみろよ、この馬鹿野郎を」

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