第35話「Solitude」
香田情熱の生誕祭パーティにおいて発生した火災事件。
どうやらホテルの客室の一つで火が発生し、それに火災報知器が反応したとのことだ。
すでに消し止められたようで、延焼の危険性はないとのことだが…。
それでもパーティは一時中断、主催者の香田情熱はその収拾に追われることとなった。
――――――――――
「香田君、困るんだよ。
パーティを主催するなら、万全の注意を払うべきではないのかね」
地元の有力な政治家『白崎川眞誠』がが情熱に対し、くどくどと説教している。
情熱はしっかりと頭を下げ、申し訳ありませんでした、と言うのみだ。
まあ確かにその政治家の言う事も一理あるのだが…。
それでも、いつまでも同じことを説教し続けているその姿を見て、離れた場所にいた喜太郎が聞こえないように言う。
「ふん、なんだ偉そうに。あいつは次、絶対に落選させてやるからな」
そこには、慎之介、天音、喜太郎、そして香田家ボディガードの遼がいた。
政治家に毒づく喜太郎には構わず、香田家ボディガードの遼が確認するように呟く。
「聞く話では、近くの客室から火が出たという話です。
今回は貸し切りなので、パーティ参加者以外の宿泊者はいないはず…。
宿泊者の失火でしょうかね」
ホテルを貸し切り!?それっていったいいくらかかるんだろう、と思う慎之介をよそに、関係者から事情聴取を終えた同じくボディガードの葵が遼に近づくいてきた。
ある程度、情報を集めたのだろう。
「遼さん、そろそろ警察が来るようです。
その前に、色々と調べときましたよ」
葵が言うには、こういうことだった。
火元は、ある客室の一室…今回のパーティ参加者であり、地元の建設会社の社長『佐治大吉』の部屋。
佐治は招待状をもってホテルにチェックインしていた、とのこと。
つまり彼の失火、または故意の放火と考えられるが…。
会社に確認したところ、佐治は朝からずっと会社におり、外出は一切していないとのことだった。
招待状についても確認してみたが、紛失してしまったらしい。
もともと行くつもりもなかったので、特に連絡もしなかったとのことだった。
「で、その佐治さんですが…。
警察にお呼ばれして、そろそろこっちに来るようです。
身の潔白を証明したいんだそうで」
それらの情報を確認した遼が、確信を持ったように言う。
「なるほど。
となればその佐治氏に成りすました何者かが
客室に火をつけたということだな。
それも招待状を盗むのであれば、おそらく近しい人物…。
いや、佐治氏が犯人とグルである可能性もあるか…」
そこまで呟いて、遼は天音に向き返る。
「天音お嬢様。
その佐治氏が来たら、少しお力をお借りしてもよろしいでしょうか?」
遼のその言葉に、天音はちらりと慎之介の方を見る。
少々不安そうな表情ではあるが…それでも、すぐに遼の方を見て頷いた。
慎之介には、それが不思議に思えた。
自分と同じ年の一介の女の子が、いったい何の力になるのだろう?と。
そんな疑問を浮かべる彼の肩を喜太郎が軽く叩き、片目を隠した己の前髪をかきあげながら、分かったようなそぶりで言う。
「慎之介、見てた方が良いぞ。面白いものが見られるからな」
―――――――――――
約40分後…。
件の佐治大吉が、パーティ会場に現れる。
彼は警察の聞き取りに対し、不機嫌そうな態度で答えていた。
「…いや、私はねえ、本当に知りませんよ。
そりゃ、確かに招待状を無くして届け出なかったのは私の落ち度ですよ。
でもまさか、こんなことになるなんて思わないじゃないですか」
大吉の言い分は以下の通りだった。
まず、招待状を無くしたのは間違いないが、どこで無くしたのかわからない。
自分に成りすましたのは、その招待状を拾った、または盗んだ人間だろう。
少なくとも自分はそれに一切関与していない。
招待状を無くして、それを香田に伝えなかったのは確かに自分の落ち度だが、それをそこまで責められる謂れはない。
そもそも、成りすましなら顔で判断できるべきだ。
できなかったのなら、それこそそちらの落ち度だろう。
…大吉の言い分はこういう所だった。
遠くでそれを聞いていた喜太郎が、憤然として猛る。
「なんて言い草だ、あのオッサン。
俺が香田を継承したら潰してやるぞ、まったく」
同じく言い分を聞いていた慎之介も、大吉のことをすこし傲慢だな…と思った。
『私は悪くない、悪いのはアンタたち』を地で言っているような言い分だ。
謝ることができないタイプなのか、少なくとも謝罪の言は一切出てこない。
(だからといって、親会社が潰すっていうのは、それこそ傲慢だろうけど。
…というか、そもそも跡を継げるのかな、喜太郎さん)
猛る喜太郎をよそにそんなことを思いながら、慎之介は天音の方を見た。
さきほど、遼は『天音の力を借りる』と言っていたが…。
それはどういうことなのだろう?と思いながら。
天音は大吉をじっと見ている。
そして、ふうっとため息を吐いた後…事も無げにこう言った。
「全部、嘘。悪人だよ、あのおじさん。小悪党って感じ」
「…えっ!?」
思わず慎之介が素っ頓狂な声を上げる。
その様を見て、喜太郎がニヤニヤしながら慎之介の肩を叩いた。
「ふふ、驚いたか?そりゃ驚くよな。
これがうちの妹が生まれついて持った特殊能力…。
いわば『人間性把握能力』だ、ふふふ」
喜太郎が言うには、こういうことだった。
天音は生まれつき相手の嘘や誤魔化しを見破る能力に長けており、理屈や証拠抜きで直感的にそれがわかってしまうのだという。
天音の母である香田ゆかりも嘘や隠し事を見抜くのに長けているが、それはあくまで経験で身に着けたもので、天音は生まれついてのものだとか。
ひいては相手の人間性の中身…その人間が『善人』『悪人』そしてその程度の度合いまでわかってしまうのだという。
さすがに考えていることまでは言語化はできないらしいが…。
とにかく、人間性把握能力とでも言うべきその超人じみた…というか、超能力としかいえないそれを、香田家の人間は『エソスパシー』という造語で読んでいるとのことだった。
見ると、喜太郎はもちろん、遼も葵も天音の言葉に疑いを持っていない。
まるでそれが当然のような面持ちだ。
驚いている慎之介に、遼が一言付け加える。
「もちろん、現行法では裁判の証拠などにはならないがね。
しかし、我々もとても有益な情報として参考にさせてもらっているのだよ」
その言葉を受けて、しきりに感心している慎之介。
そんな彼を見て、天音が不思議そうに尋ねた。
「こんな話…信用するんですか?」
天音としても、自分の能力は荒唐無稽だと思っている。信用などできるはずがない、とも。
銀次や遼、葵、そして祖父や兄・喜太郎でさえも最初は信用していなかった。
実例を積んで、彼らもようやく信用し始めたのだ。
最初から信用したのは同じような能力を持つ母、娘のいう事は全肯定する父のみ。
小学生のころ、かつて唯一できた友にこの能力を打ち明けたこともあった。
しかし次の日からその友は自分に近寄らなくなり、それどころか、その子が話したのか周囲の人間全員が自分を避けていった。
その時気づいたのだ。人は自らの心底を知られることを恐れることを。そして、得体のしれないものを忌避することを。
その時から天音は心を閉ざし、身内以外と会話することを避けていった。
それ以来、友などできたこともない。作ろうとも思わなかった。
自ら好んで孤独の道を進んだのである。
しかし、そんな自分が恋をしてしまった。
今、こうして能力を披露したことで、その意中の霧神慎之介も自分を避けていくかもしれない。
しかし、それならそれで仕方ないのかもしれない。
どのみちいつか秘密を明かすのは、避けては通れない。
それならば今のうちに明かしておいた方が、たとえ失敗しても恋の傷も浅くて済む。
そもそも、きっとこの力は香田家のために存在するものなのだ。自分を信用してくれた父母のために。
そのためなら、自分の恋などふいになってもやむを得ない。
そう考えて天音は能力を披露したのであるが…。
「え?それは信用しますよ、もちろん」
慎之介は、あっさりとそう答えた。
そのあまりにシンプルな返答に、逆に天音が面食らう。
天音が見たところ、慎之介は嘘をついている様子はない。本当に信じているようだ。
「え…なんで?」
その言葉に慎之介は、なんでと言われても、と考える。
そもそもみんなが信用している以上疑う理由はないし、なにより自らの身内である詩音や大輔も超人じみた力を持っているので、ことさら超能力というものを否定することもない。
それに…。
「僕は少なくとも後ろめたいこと何もないですし。
むしろ、人を護るためのすごい能力じゃないですか」
慎之介としては、何の気なしに言った言葉である。
仮に天音の人間性把握能力で自分の内面を覗かれても、嘘もついていないし、自分を(善人とは言わないが)悪人だとも思わないので、困ることは何もない。
そして、大輔が師の三刀谷から受け継ぎ、慎之介も信条とする
『護るためにこそ強くあれ』
にむしろ役立つ能力だと思ったのである。自分も欲しいなそれ、と。
しかし、天音の捉え方は違った。
自らを孤独にし、むしろ疎むべき能力でもある人間性把握能力をそう評価した人間はいなかった。
そして先の発言…『後ろめたいことは何もない』
すなわち、『自分はその能力を受け入れるよ』と天音は捉えたのだ。
まあ恋心と思春期、そして言葉のすれ違いがそのように捉えさせたのではあるが…。
ともかく、天音は恥ずかしがって顔をそむけてしまった。
そんな様子を見て、慎之介は考える。
(あれ、何か言葉遣い間違ったかな。変なことは言ってないと思うけど…)
そう思いながらも、ふと慎之介は考える。
そういえば、姉さんと大輔さんがいないな…と。
その事実と、遠くに響くサイレンの音が、妙に彼の不安を掻き立てた。




