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MYST REMNANT  作者: 笹上パン工房
―BLACK BOX編―
38/39

第32話「Lucifer」

―先のPFC日本大会から数日後の、ある休日の昼下がり。


香田家の豪邸ごうてい、その令嬢れいじょうの天音が、PFC日本大会のエキシビションマッチ『ライアン・フィンチ対X』を繰り返し再生している。

もちろん、お目当てはXこと霧神慎之介だ。


(うーん、なんとか慎之介くんと仲良くなれる方法はないかなあ)


父の名通りの情熱をそのまま受け継いだ娘の天音も、あの手この手を考えるが…。

なかなかうまい手は思い浮かばない。

そもそも慎之介とは住んでいる町も通う学校も違うから接点もないし、趣味嗜好しゅみしこうも知らない。

その状態で仲良くなるというのもなかなか難しいものである。


なにかいい方法はないか、と天音も考えるが…あっ、とあることを思いだす。


(そういえば、確かパパの誕生日ってもうそろそろだったハズ。

 毎年シティホテルの『espoir(エスポワール)』で大きなパーティ開いているし

 この大会の祝勝会も兼ねて慎之介くんを誘えば

 話すチャンスもあるかもしれない)


そんなことを思いついた天音が父・香田情熱にメッセージを送る。


『久々に今年はパパの誕生日パーティ出るよ』


と。


父・情熱はまさか自分の誕生日パーティが娘の恋の計画に利用されているとは微塵みじんも思わずに、わずか8秒で快諾かいだくするメッセージを送って来た。

それもご丁寧にスタンプ付きだ。

天音はここ数年、パーティに参加しなかったので本当に嬉しいのだろう。

…そんな父の心境など一切(かえり)みず、さあ次はどうしよう、と天音は考える。


(えーと、次はどうしよう。

 味方になりそうなのはママと、あとは銀次さんかな。

 まあお兄ちゃんも味方だけど、役に立たないから使いどころを考えなきゃ。

 なんとか、うまく慎之介くんを引っ張ってこれるようにしないと)


恋に燃ゆる乙女おとめは強し。

ましてや天音は、創業者一族ながら子会社の社員に始まり、若くして本社の代表取締役にまで上り詰めた伝説の男、香田情熱の愛娘まなむすめである。

使える物はなんでも使い、おの恋路こいじ成就じょうじゅさせんと天音は作戦を練り始めた。


――――――――――


その少し後の時刻、霧神家。


「え、情熱さんの誕生日パーティですか?

 もちろん、お誘いいただくのなら喜んで参加しますが…」


いつもと変わらず霧神家に来ていた大輔が電話を受けている。

相手は香田家お抱えの運転手兼ボディガードの玉野銀次だ。


「でも、確か参加者って例年、政財界の大物ばかりですよね。

 たかが格闘家の俺が行って、香田さんの恥になりませんかね?」


どうやら、香田情熱の誕生日パーティ参加のお誘いを受けているようだが…。

例年は招待されていないのに、なぜ今年はお呼びがかかったのだろう?

と隣にいた詩音も頭をひねっている。


「ああ、PFC大会の祝勝会…俺、試合は負けたんですけど大丈夫ですか?

 …はい、慎之介も?…あっ、なるほど!そういうことですか!

 それならぜひ、こちらからお願いしたいぐらいですよ!

 もちろん全員まとめて参加します!」


そう言って、大輔は喜び電話を切り…そして、意気いき揚々(ようよう)と詩音に話しかけてきた。


「おい詩音、喜べ!香田のお嬢様が慎之介を気に入ってくれたんだとよ!」


…大輔の話はこうだった。

毎年行われている香田グループ代表の、香田情熱の誕生日パーティ。

そのもよおしに、今年は香田がスポンサーとなっていたPFC大会の祝勝会も兼ねて大輔と詩音、慎之介を招きたいそうだ。


しかしその本当の理由としては…。

香田家の御令嬢である天音が慎之介を気に入ってしまい、ぜひとも仲良くなりたいとして慎之介を招きたいのだという。

まあ、さすがに慎之介単独では難しいので、保護者である大輔や詩音も来てもらいたいとのことだ。

…もっともとうの香田情熱はそんな事情は知らないそうだが。


大輔からそんな報告を受けた詩音が、目を輝かせて言う。


「香田家のお嬢様が!?まさに千載一遇せんざいいちぐうだな!このチャンスを逃す手はないぞ!」


もちろん恋愛事情というのは当人たち次第ではあるのだが、それでも慎之介にとっては良縁りょうえんであることは間違いない。

それに、例え恋愛として成就しなくても、大富豪だいふごうの香田家と縁ができるなら、慎之介が将来どの道に進むとしてもきっと役立つだろう。

大輔と詩音はそう考えたのである。


「いいか大輔。慎之介は奥手だから、ストレートに言うと

 恥ずかしがってお嬢様とまともに話せなくなる。

 直接じゃなくて、でもそれとなく気づかせて意識させるために作戦を練るぞ」


心得こころえた。何が何でも成就させてやるぜ」


家族愛と打算を秘めて、兄貴分と姉が作戦を練り始める。


…母の雪乃は食器を洗いながら、そんな二人を見て

『人の事よりあんたたちはどうなのよ』

と言いたいその言葉をぐっとこらえた。


――――――――――


さて、その慎之介は、というと…。

ボクシング部の先輩、澤山哲司のボクシングインターハイを応援するために、今年の開催地の福岡県に来ていた。


昨年度ミドル級で優勝している哲司は今年も危なげなく予選を突破し、すでに準決勝まで駒を進めている。

そして準決勝の相手は昨年度インターハイで哲司と決勝で戦った、いわばライバルの『小渕おぶち一益かずます』とのことらしい。

その小渕がずいぶんと雪辱せつじょくに燃えているという話は、慎之介も聞いていた。


(哲司さん、大丈夫かな)


試合開始前にトイレで手を洗いながら、おそらく出場している哲司以上に緊張している慎之介がそんなことを考える。


…すると、同じく用を足し終わった大柄な黒人が隣に来る。

20代中盤ほどで身長は2m近くあり、体は筋肉でしっかりと引き締まっている。

おそらくは格闘家…それもここにいるからにはボクサーなのだろう。

腕には黒い飾り文字で『MALICE(マリス)GRAIL(グレイル)』と、刺青いれずみが入っている。


(出場選手ではなさそうだけど…応援かな?選手の身内とか…)


そんなことを考えながらチラチラと観ている慎之介だが…。

その視線にその人物も気づいたのか、舌打ちしながら威圧的に慎之介に言った。


『なんだクソガキ、ジロジロ見るんじゃねえ。

 言っとくがサインなんか書かねえぞ』


英語ながらもいきなりの失礼な物言いに慎之介もムッとしたのか、はっきりとにらみ返しながらもたどたどしい英語で言い返す。


『いりませんよサインなんて。だいたい、あなたが誰かも知らないし』


『ハア?俺を知らねえだと?

 チッ、日本人ジャップのガキが幼稚園児みてえな英語で喋りやがって。

 ここが路上ストリートならてめえを泣かしてるところだ、クソチビが』


慎之介の発言に黒人も悪態あくたいをつき、慎之介にひどい侮蔑ぶべつの言葉を吐きながら去っていく。

ウォーレンといいライアンといい、なんだか最近ガラの悪い外国人にばかり会うなあ…と思いながら、慎之介も距離を開けて会場に戻った。


――――――――――


準決勝、哲司と小渕の勝負は一進一退を繰り返し、フルラウンドで戦いを続ける。

判定にまで持ち込んだその戦い、哲司の彼女である岬絵美里を始めとした彼の応援団は勝利を願うが…。


祈りむなしく、審判は小渕の勝利を宣言した。


大喜びしている小渕陣営とは対照的に、哲司は肩を落として歩き…。

それでも、途中で顔を上に向け、大きく息をついた。

俺の夏はこれで終わった。でも、後悔はない…というように。


――――――――――


「よう…悪いな、負けちまったよ…強かったなあ、小渕のやつ」


試合後の控室で、自らの応援団の前にさっぱりした顔で哲司が言う。

全身全霊ぜんしんぜんれいでライバルと戦い敗北したのだ。

悔いはないとは言えないが、やり切るだけのことはやり切った…。

そういう気持ちなのだろう。


励ましの言葉を贈る大勢の後輩たちに頭を下げ、哲司は過去を回想する。


…思えば、昨年のインターハイ優勝を祝ってくれたのは彼女の絵美里や後輩の柴崎を含め、ほんの数名だった。

他の人間はその偉業いぎょうたたえながらも、居丈高いたけだかになっていた自分に近寄ろうとはしなかった。

まるでもの敬遠けいえんするかのように。


だが今年度の初め、慎之介に敗れ心を入れ替えてから、自分はこんなにも多くの人間に慕われるようになった。

そして今、小渕に負けた自分に、勝つこと以外で価値がなかったはずの自分に、こんなにも多くの人間が暖かい声をかけてくれている。


(負けるってのも、たまには悪くねえのかもな)


4月に相対あいたいした慎之介からの敗北、そして今まさに起こった小渕からの敗北…。

それを思い返しながら、哲司は穏やかに笑みを浮かべた。

そして…。


「慎之介、ありがとよ。うまく言えねえけど…。

 なんか、救われたよ…俺は」


応援団に混じっていた慎之介に、ぽつりとそう呟いた。


――――――――――


三位の表彰が終わった哲司は、もう一泊することを応援団の皆に伝える。

インターハイ決勝は翌日だが、平日だ。

学生は帰らなければならないが、自分はやはりライバルである小渕の優勝を見届けたいと福岡に残ることにしたのである。


…そして次の日。

小渕が優勝するだろうと思っていた哲司に、信じられない光景が見せつけられる。


インターハイ決勝戦。

小渕の相手は留学生の黒人高校生『エゼキエル・ハートリー』。


小渕と相対あいたいしたエゼキエルは、準決勝まで見せていた消極的ながら勝ちを掴むテクニカルなファイトスタイルとは豹変ひょうへんし…。

開始直後から猛然もうぜんと小渕に突進、圧倒的に早く力強い乱打を繰り出し、わずか20秒程度で小渕を倒し、失神させてしまったのである。


さらにきわめつけは、気を失って動けない小渕に吐き捨てた彼の発言だった。


『ハハハハハ!少し本気を出してやったらこれだ!

 日本人ジャップのやってることなんざ、所詮猿真似にしかすぎねえんだよ!

 この黄色猿(イエローモンキー)どもが!!ハハハハハ!!』


あまりにもひどい人種差別的なその発言に会場はどよめくが….。

すぐに怒号どごうが渦巻き、大会役員が彼に駆け寄る。

しかし、そんなものを意に介さずエゼキエルは悠然ゆうぜんと帰っていった。

そのエゼキエルの肩を抱き激励する黒人…。

その腕に入っていた『MALICE(マリス)GRAIL(グレイル)』の刺青を見て、哲司はハッとする。


その人物は、もとは有名なボクシングの選手だった。


かつてヘビー級の超有力選手であり統一王者間違いなしとまで言われながらも、試合中に対戦相手を殺してしまい業界から追放されたプロボクサー…。

堕天使ルシファー』マイカ・ハートリーその人だったのである。

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