外伝③「underdog/マテウス・モンテーロ」
これは、PFC日本大会『Invisible Chaos』での幕間から始まる、ある負け犬の未来への物語である。
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自らの試合を終えたある男が、ロッカールームで椅子に座り俯く。
TVでは自分の次の試合―第7試合―を中継しているが、それ以外は何の音も聞こえない。
この部屋には彼しかいない。
彼の弟子やチームメンバーも、敗北した彼を気遣い、部屋からは席を外していた。
彼は頭からタオルを被りずっと下を向いていた。
一言も発することなく。
そして彼は、俯いたままTVの電源を切り…静寂がその部屋に訪れる。
…そう、彼はマテウス・モンテーロ。
MMA初参戦のプロレスラー『清原快斗』に、わずか12秒で敗れた男である。
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一人でいる間、マテウスは考えていた。
なぜ、私は負けたのか、と。
MMA初参戦、しかもたかがプロレスラーと、相手を侮っていたのもある。
本来ならばタイトルマッチのはずなのに、大会直前で試合相手が変更されたという点で、モチベーションが保てなかったというのもある。
相手のプロレス技に対応できなかったということも。
そのどれもが理由ではあるが…しかし、彼は自分の考えを打ち消すように、かすかに笑い首を横に振った。
一番大きな理由は、単純に一つ。
ただ単に、相手が自分よりも圧倒的に強かったのだ。
若手プロレスラーにしかすぎなかったはずの『清原快斗』という男が。
ふと、弟子のガブリエルが言っていた言葉が彼の脳裏をよぎる。
『清原快斗は、何をやってもいずれトップに行ける人間だった。
そういう人間が、たまたまプロレスをやっていた』
そう、自分が敗北した理由は、それでしかない。
それ以上でも、それ以下でも、それ以外にもない。
自己防衛の慰めでもなく、マテウスはそう考えていた。
しかし…。
―そんなことを考えていた時、不意にドアが開かれ、一人の男が中に入ってくる。
それは、PFCのマッチメーカーである『梁世凱』だった。
彼はいつも通りの調子のいい笑いを浮かべている。
「やあ、残念だったね。Mr.モンテーロ」
「…一人にしておいてくれと言っていたはずだが…」
マテウスがそう言うのも聞かず、梁世凱はべらべらと喋りはじめる。
「いやあ…慰めるわけじゃないけど、強かったよ、カイト・キヨハラは。
君が悪いわけじゃないんだよね。
あんなのに勝てるのなんて、PFCでもジャクソンくらいだよ」
なるほど、梁世凱もそれなりには気を遣っているらしい。
しかし、やはり彼はどこか抜けている。
本来ならば、マテウスの相手こそ、そのジャクソンだったのだ。
仲村大輔の急な参戦でその勝負はお流れになったが…。
その物言いでは、マテウスがジャクソンに勝てるわけがないと考えていた…。
そう自白しているようなものだ。
「Mr.梁、用事があるなら早めに済ませてくれ。
時間がないわけじゃないが…今は、あまり話をしたくないんだ」
梁世凱と目も合わせず、タオルを被ったままマテウスが言う。
「なんだい、そんなに私が嫌いかい?」
「そうじゃない。誰とも、だ。
じゃなきゃ、ガブリさえも退室させてはいない。
…まあ、確かにあんたのことは、あまり好きじゃないが」
もはや失うものは何もない、とばかりにマテウスが梁世凱に皮肉めいて言う。
梁世凱もフッと笑い、マテウスに本題を告げた。
「そうかい。それじゃ遠慮なくはっきり言うよ、Mr.モンテーロ。
…君のタイトルマッチのプランは、凍結させてもらうんだよね。
今後、半永久的に、ね」
その言葉を受けて、マテウスはかすかに笑った。
その反応を不思議そうに梁世凱が見つめ…そしてまた声をかける。
「…悔しくないのかい?
今後、君が王座に座る機会はなくなったんだよ?」
その言葉に、マテウスは笑みを浮かべたまま、言葉少なめに返した。
「…当然のことだ」
…そう、彼にもそれはわかっていた。
いくら相手が規格外の怪物だったとはいえ、肩書上はMMA初参戦のプロレスラー。
そんな相手に惨敗したマテウスを見る目は、今後もっと厳しくなるだろう。
例え彼が勝利を収めても
『マテウスが強い』ではなく『相手が弱い』と思われるのがオチだ。
そんな彼が王座になど挑戦しようものなら、団体自体が低く見られかねない。
ジャクソンが悩む『幻想の壁』以上の壁が、今のマテウスの夢を遮り、断ち切っていたのだ。
「むしろ私は、契約解除になるものだと思ってたよ」
そう言うマテウスに対し、梁世凱はお得意のため息を吐いた。
「あんたが人気がない最大の理由は、そこなんだよ。
打・投・極、すべてをそつなくこなす玄人…だがあんたには気概が足りない。
どんな手を使っても相手を押しのけてやろうっていう気概がないんだ。
こんな生業をしてるってのに…。
観客も、そこを見透かしているんだよ」
珍しく真剣に言う梁世凱に対し、マテウスはまた少し笑う。
マッチメーカーという職業柄のせいか、やはり梁世凱はよく見ている。
人格面での評判はあまり良くないが、それでも皆、口をそろえて言うのだ。
『梁世凱はどこか憎めない』
と。
芯から欲と悪に染まった彼の姉、梁麗との違いはそこなのだ。
「ハングリーさはガブリに継がせるよ。
Mr.梁、あんたも俺の弟子に期待をかけてくれ。
あいつのファイトは本物だぜ」
「やれやれ。そんな言い方じゃ、あんたが偽物ってとられかねないよ」
相変わらずのしつこいほどのため息をついて、梁世凱は部屋を出ようとするが…。
その前に振り返り、マテウスに一言残して部屋を出た。
「当然知ってると思うけど、弟子を王者にしたいなら金になる育て方をしなよ。
ここじゃ、それがルールなんだからね」
…マテウスはその言葉に何も返事を返さず、しかしまた笑った。
―しばらくして、マテウスの弟子『ガブリエル・アルバレス』が血相を変えて入室してくる。
「先生、あいつ、梁世凱…なにか言っていたんですか?」
梁世凱が去り際に彼に何かを言ったのか、ずいぶん慌てているようだが…。
マテウスは静かに首を横に振った。そして…。
「ガブリ。お前はすぐに私を超えることができる。
私の参考になるところは盗み、唾棄すべきところは反面教師としろ。
いいか?師を超えるのは、弟子の務めだ。
…まあお前なら、すぐに私など超えられるがな」
と言って、また笑った。
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さて、この闘いの後もマテウスは現役続行を続ける。
梁世凱の言う通り、彼にはもはや王座挑戦の機会は永久に無くなったが…。
それでも彼は団体の主流の物語の外で、脇役として戦い続けた。
決して王座挑戦を口にすることもなく、ただの中堅の選手として。
――そして五年後。
彼の弟子だったガブリエルが、PFCの無差別級王座に挑戦することになる。
その時、すでにガブリエルはマテウスのもとから離れていた。
そして彼は師のマテウスとは異なる派手な闘いと、その中にある確かなテクニックで人気を博す選手となっていた。
その王座挑戦の調印式を兼ねた記者会見で、当時の王者がガブリエルを挑発する。
「お前の師匠、あのロートルのマテウスなんだってな。
アイツから離れてよかったじゃねえか」
と。
しかしその言葉を受けても冷静さを崩さず、ガブリエルは報道陣にアピールした。
「えー、王者は俺が怖いようです。
わざわざ過去の話を持ち込んできてるんで。
…じゃあ俺は未来の話をします。
俺にとって今の王者は単なる踏み台にしかすぎません。
こんなやつより、俺はどうしても戦いたい人間がいます。
滅茶苦茶強くて、まだガキだった頃の俺が本気でビビって…。
それでもいつか戦いたい、勝ちたいと思った相手。
PFC無差別級王者となったからには、そいつに絶対無視はさせません。
皆さん、その時をお楽しみに」
その発言を受けて、報道陣はその相手を推測する。
もっと大きい団体の王者か、それとも世界最強と言われているあの男か、はたまたかつての師でありながら不遇をかこっているマテウス・モンテーロか…と。
しかし、記者会見を観ていたマテウスはその相手を確信し笑う。
当然、自分ではないことは彼にもよくわかっている。
ガブリエルが言った通り、自分はもう『過去の話』なのだから、と。
――そしてタイトルマッチ。
勝負に勝ち新王者となったガブリエルを会場で祝福し…。
マテウスはついにグローブを置く決意をする。
その先にある『ガブリエル・アルバレス対清原快斗』の闘いを、心待ちにしながら。
[underdog/DuelJewel『Aria』]




