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MYST REMNANT  作者: 笹上パン工房
―PFC編―
33/39

第30話「The Nightcraver」

「あん?そりゃ八百長やおちょうだよ」


PFC日本大会の夜。

居酒屋『陽炎カゲロウ』では、ほぼ貸し切りで大輔や霧神姉弟、そしてモーゼスの面々が集まり開かれた大宴会―いわば、祝勝会しゅくしょうかいが開かれていた。

そこでメインイベントの無気力試合の理由を尋ねた慎之介に対し、大輔はハイボールを飲みながら事も無げにそう言った。


「…やっぱりね。そんなことだろうと思った。

 でも、なんで八百長を呑んだの?」


烏龍茶を片手に慎之介が尋ねるが…。

大輔は笑って一息にハイボールを飲み干して答えた。


「そうだなあ…理由としては王座に興味がないとか

 断ったらあとが面倒くさいとかいろいろあるが…。

 一番は、ジャクソンの底を知りたかったんだろうな」


タブレットからハイボールとあぶ〆鯖(しめさば)を注文しながら、大輔は理由を説明する。


先の試合を観て自分が実力で敗れたと判断する人間はいないだろうし、試合に負けたところで大した影響はない。

それよりも、ジャクソンは自分が知らされていないかた八百長ヤオであるこの試合をどう判断するのか知りたかった、と。


『勝って嬉しい』で終わりなら、自分がPFCにもう参加しない以上関わることはないだろうし、そんな人間には興味がない。

だが、勝たされたことに悔しさを感じるのなら、団体を飛び出してでも自分を追ってくるのなら、少しは見込みがある。

そこまでするのなら、また相手をしてやってもいい…ということだった。


「もちろん今すぐには結果はわからねえし…。

 なによりリベンジを挑みに来るなら、もっと強くなってもらわねえと困るがな」


と言って、大輔は運ばれてきたハイボールを一口飲む。

慎之介はその理由に一応納得はしながらも…。


「ジャクソンは…どう思うのかな」


誰に言うでもなくそう呟き…。

そして自分だったらどう思うだろうか、と考えながら烏龍茶を飲み干した。


…その横で、モーゼスの面々から

『電話番号教えてください!』

『LINE教えてください!』

と詩音が猛アタックを受けている。しかしながら…。


「私、スマホもってないんで。ごめんなさいね」


と、いけしゃあしゃあとスマホを使いながら詩音が興味なさそうに返していた。


――――――――――


一方、都内S区の高級ホテル『espoir(エスポワール)』の宴会場では、こちらでも日本大会の開催を祝いPFC運営がパーティを開催していた。

しかし…その光景は惨憺さんたんたるものだった。


(やれやれ…これでは宴会どころか、まるでお通夜だな)


招待客にして、格闘技雑誌『FIGHT(ファイト) THEORY(セオリー)』の編集長である白石しらいし勇人はやとが周囲を見回し、そんな感想をいだく。


それも当然だ。

メインイベントは疑惑のままに終了し、事実上の敗北をきっしたジャクソンやライアンは出席せず、主催者側の梁姉弟も顔を表さない。

コミッショナーのリチャードはいるものの、その顔は浮かない。

参加者たちも『開催おめでとうございます』などと無難な言葉をとりあえず交わしているような有様だ。

あの大会の結果に、何を言っていいのかわからないのだろう。

もちろん、白石も例外ではない。


取材もできず、かといって何の収穫もなくこのまま帰るわけにもいかず、とりあえずワインを片手に周囲を眺めていたところ…。

見知った顔が白石を見つけて手を上げ、語り掛けてくる。


「よう、白石の。お前も来てたのか」


白石は返事をせず、その人物に手を振る。

それは競合誌である格闘技週刊誌『週刊ドロップキック』の編集長である鷲尾わしお剛志たけしだった。


「それなりに面白い大会だったな。

 ま、メインイベントは八百長ヤオくせえ終わり方だったが」


グラスに注がれたビールを片手に鷲尾が大きな声で言い、それが聞こえた周囲の客がぎょっとして鷲尾の方を見る。

いちおう周りに気を使った白石が、人差し指を口に当て、鷲尾を制止するが…。


「なんだ、思ったことを言ったまでだろうが。

 権力が怖くてジャーナリズムがつらぬけるか」


と鷲尾は止まらない。それはまあ確かにみんな思っていることなのだが…。


年齢は50代中盤、数十年は着続けたであろうボロボロの安い紺スーツ。

丸まった背中に白髪交じりの整えていない髪、耳にはボールペンを挟んでいる、やたら声のでかい男…。

それが鷲尾剛志という男だ。


年齢は36、白スーツに姿勢正しく身だしなみを整え、取材でもタブレットを愛用している白石とはまったく正反対である。


それは雑誌作りにも表れており、冷静な理屈や確かな分析で組み立て感情論や噂をほぼ排除した白石の雑誌『FIGHT THEORY』に比べ、鷲尾の作る『週刊ドロップキック』は現場の熱や感情を盛り込み、派手で誇張こちょうしながらも魂を揺さぶるというものだった。


そんな鷲尾を、白石は笑って訂正する。


「鷲尾先生、確かに権力を恐れて本は作れません。

 しかしこの場合は権力というより気遣きづかいです」


「なんだめんどくせえな。変わらねえだろうが」


「変わりますよ。まったくの別物です」


そう言いながらも…しかし、白石はこの鷲尾という人物が嫌いではなかった。


確かに作る雑誌は下品で三流、誇張をふんだんに盛り込んでいるものではある。

しかし、嘘は決して書かかない。

自分の雑誌が持っていない正体不明の熱は確かに感じるし、選手への叱咤しったはあるものの、決して選手を罵倒ばとうしないからだ。


同様に、鷲尾もまた、自分の息子ほどの年である白石を認めていた。

ともすれば感情先行であおりがちな格闘技という分野に、白石は理論や分析を加えて冷静に雑誌を作っている。

それが、鷲尾には真似したくとも決してできないものであったからである。


「それで白石の。おめえさん、今回の大会で一番(ひび)いた試合はなんだ?」


「響いた…と来ましたか。さすが鷲尾先生、切り口が独特どくとくですね」


白石が少し考えこむ。響いた試合といえばいくつかあるが…やはり、あれだろう。


「第2試合後のエキシビション。もちろん他にもありますが…。

 驚きという点ではやはりあれが一番でしょうね」


第2試合後のエキシビション…それは、ライアンと慎之介の闘いである。

形式上は、PFC軽量級王者と一介の高校生の闘い。

はたから見れば笑ってしまうような格の違いにも関わらずその高校生は食らいつき、反則とはいえ王者をテイクダウン、さらには一撃KO…。

と、期待も意外性も外連味けれんみも兼ね備えていた。

加えて高度な身体バランスによる三角飛びや、決定打となったワンインチパンチ…。

白石は、Xこと霧神慎之介に興味を持ったのである。


その言葉を受け鷲尾がニヤリと笑う。彼もその試合は『響いた』のだろう。


「おう、あれは凄かったな。お前の雑誌ほんにも載せるのか?」


「まあ、技術的にも面白いものがありましたから。

 鷲尾先生も載せるんでしょう?」


鷲尾はその言葉に答えずニヤリと笑うと、グラスに残っていたビールを一気飲みし、それじゃあな、と言ってその場を去っていった。

白石はその後姿うしろすがたを見送って、またワインを一口飲む。


鷲尾の作る雑誌『週刊ドロップキック』は、おそらく第六試合の『清原快斗対マテウス・モンテーロ』に紙面を大きくくだろう。

もともと彼の雑誌はプロレス専門誌だったが、時代の流れか格闘技全般を扱う雑誌に移っていったのだが…。

それでも、MMAで結果を残すことが少なかったプロレスラーの大活躍といえば、彼は嬉々(きき)として大々的に扱う事だろう。


(私もなんとかネタを探さないとね…)


白石も技術的には素晴らしい応酬おうしゅうだったメインイベントは表紙で扱うつもりだが、まさか八百長などと書けるわけもない。

しかし、その他の試合で目をいたのはエキシビションと第6試合のみ…。

その他は平凡というか、取り立てて書くようなものもない。

唯一第3試合のローション相撲対インチキ空手はまあまあ面白いこころみだったが、しょせんは箸休はしやすめのコミカルショー、わざわざ自分が書くようなものでもない。


周囲を見ると、どうやらそのインチキ空手家…『偉宗野(いその)若眼じゃくがん』もこのパーティに来ているようだ。

高そうなエビを何個も皿に乗せ、何やら己の独自のデタラメ格闘理論を周囲に語っている。

それをしばらく眺めていると、そこに鷲尾が絡みに行ったようだ。

白石はそれを観てその後のことを予想し笑うと、残っていたワインを飲み干す。


(仲村大輔の一派は来ていないようだし…。

 ジャクソンさえ来てくれれば取材もできるのだが。

 まあ、それを今の彼に望むのも、こくというものか)


あんじょう口論を始め、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな鷲尾と偉宗野を横目に、白石は空になった己のグラスに、近くのテーブルに置かれたワインを注いだ。


――――――――――


…その頃、ジャクソンは同じホテルの自分の部屋で椅子に座り、うなだれていた。

明かりもTVも付けていない、ただ真っ暗な部屋で。

そしてただ一人、みじめな試合内容を反芻はんすうしていた。


(あの試合…仲村大輔との勝負は、俺の完敗だった。

 どうあがいても勝ち目のない戦いだった。

 しかし、俺は勝った…いや、勝たされてしまった)


その光景が彼にフラッシュバックする。

観客のブーイング。

驚愕きょうがくしているセコンドのウォーレン。

苦虫にがむしつぶしたような表情のレフェリー。

そして見下したように自分を指差し嘲笑わらう仲村大輔…。


「ぐう…ぐおおおっ!!」


ジャクソンがうめき声をあげ、頭を抱える。

いっそ完敗していれば、どれほどマシだっただろうか。

これから自分は何をやっても『八百長やおちょう王者チャンピオン』という侮蔑ぶべつが向けられるだろう。

苦行くぎょうのような練習を重ね、真摯しんしに強さに向き合ってきたジャクソンにとって、それは耐えがたいほどの屈辱だった。


呻き声をあげ続けるジャクソンだが…ふと、部屋のドアの方からカチャリと音がする。

続き、彼の部屋のドアが開く音…そして数名の人間が部屋の明かりをつけ、ジャクソンの元へ歩いてきた。


(一人にしておいてくれと言ったはずだが…

 ん?いや、なぜ扉が開く?キーは俺が持っているのに…?)


こういうホテルは大概たいがいオートロックのはずだ。

スペアがなければ開かないはずだが…。


いぶかしがるジャクソンの前に、三人の人間が立つ。

後ろの二人は梁姉弟だが…中心の人物は見たことがない。

いったい誰だ?とジャクソンが考えていると、その人物はにこやかに、しかし青に光る瞳は一切の油断はなくジャクソンに語り掛けてきた。


「初めましてだね…ジャクソン・ヘイル君。

 先ほどの君の闘い、観させてもらったよ」


声色こわいろからしてその人物はおそらく男性のようだが…。

年齢は20代中盤、身長は180㎝前後、筋肉体でも肥満体でもなく整ったスタイル。

純白のスーツを完璧に着こなし、顔もまるで女性と見紛うほどの美形だ。


だが、もっとも目を引くのは…髪だ。

彼の髪色は高貴さを思わせる銀、それを美しく肩まで伸ばしている。

色素が抜けているとか白髪とかではない、まるで貴金属ききんぞくのように鈍く光る銀色だ。


「失礼、申し遅れた。

 私の名前は『ソーマ』という。

 さっそくだが、一つ…君に提案をしたいのだが」


『ソーマ』と名乗ったその人物はうやうやしく挨拶し…。

しかし眼の光は揺るぎなく、薄い笑みを浮かべてそう告げた。

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