第29話「DREAMS BURN DOWN」
大輔とジャクソンの闘いもいよいよ終盤…。
第3ラウンドが終わり、そのインターバルとなった。
ジャクソンは椅子に座りながら思案している。
スイッチの隙だとか、気の持ち様がどうとか言っているウォーレンの声も届かない。
(拳帝…あれが拳帝なのか…)
全身は冷や汗に塗れている。
そう、彼も頭ではわかっていた、相手がどれほど強大なのかを。
自分の相手はかつてのPFC王者決定トーナメントで、大した攻撃も受けずすべての相手をKOしてきた相手なのだ。
自分が今まで戦ったどの相手よりも強敵…。
いや、今までの攻防を鑑みると、今までの相手とは別格だろう。
ジャクソンは攻撃を受けた腹部に手を当てる。
あの時、自分を倒す気になれば追撃なりなんなりで容易く倒せたはずだ。
いや、あるいはこのボディブローさえも本気でなかったのかもしれない。
もし本気だったら…今、自分はここにはいないはずだ。
「ウォーレン…こいつはEasyどころか、とんだTough Operationだな」
心配しているウォーレンに、ジャクソンがわずかに笑いながらそう語り掛ける。
ウォーレンもわかっている。
判定にまで持ち込めば、ジャクソンの勝ちは揺るぎないだろう。
第1、第2ラウンドは文句なしにジャクソンのポイントだろうし、第3ラウンドも獲っただろう。
ダウンさえしなければもう負けはない。
ウォーレンはそう考え、ジャクソンの肩に手を当て激励し、送り出した。
「行け、ジャクソン!あの怪物から勝利してこい!」
――――――――――
さあ、運命の第4ラウンド。
その始まりのブザーが鳴り、ジャクソンと大輔が向かい合う。
ジャクソンは警戒しながら慎重に構える。
なぜ大輔が攻撃してこないのか、それはわからないが、それを知ったところで突破口はそこにはないだろう。
問題は、この相手をどう倒すか…いや、勝つか、だ。
先ほどまでのDD連打は一切やめ、ジャクソンは大輔と向かい合う。
大輔もようやくわかったかとばかりに薄笑いを浮かべて対峙する。
近距離で対峙しつつも両者一切手を出さない異質な戦いが始まったが、観客もここが正念場と考え固唾をのんで勝負の行方を見守っている。
睨み合いながら、ジャクソンは冷静に自身の持ちうるすべての武器を確認する。
先ほどの第3ラウンド終盤、怒りを込めた自分の攻撃を大輔はすべてかわしていた。
生半可な攻撃ではダメージを与えるどころか、おそらく当てることさえ難しい。
(しかしそれでも…己の武器を頼るしかない!)
そう決心し、ジャクソンは再度右のDDを大輔に打ち放つ。
大輔は冷静にそれを捌いていくが、顔には苛立ちを浮かべ舌打ちをする。
DDが厄介なわけではなく、まるで
『それしかできねえのか』
と言いたげなように。
1分ほどDDを打ち続けた後、ジャクソンは右から左へスイッチするそぶりを見せる。
それを見て険しい表情の大輔がその合間を狙い接近してきた。
さきほど
『スイッチの瞬間にスキがある』
と宣言した通り、大輔はそのタイミングを狙ってきたのだ。
そしてそれは、ジャクソンの狙い通りでもあった。
「これを…待っていたんだ!!」
ジャクソンは気勢を上げ、スイッチをやめ接近してきた大輔に己も接近、ぶつかるほどの超至近距離で相対する。
(あの距離から何を狙っているんだ?関節技?いや…)
ジャクソンは何か企んでいるのかと詩音は困惑するが…。
すぐにその答えは明かされた。
「うおおおおおおっ!!」
叫びながら、ジャクソンは両拳のボディブローを何発も連打する。
いや、ボディブローというにはやや範囲は広く、直下の腹部以外にも脇腹、鳩尾、レバー、心臓と、乱雑に打っているようだ。
しかし、その拳は的確に急所を狙って打っている。
観客が、おおっ!と声を上げる。
これはジャクソンの奥の手…。
『レッドセンター・リバーサル』
だ、と。
『レッドセンター・リバーサル』。
通称RCRと呼ばれる、高速のボディブロー連打から始まる一連の動作である。
ジャクソンのオリジナルの必殺技だ。
曰く、1秒間に10発を数えるほどというボディブローはあまりにも早すぎるため反撃のタイミングが見いだせず、さらに一発一発が的確に急所を狙ってくるため対戦相手のほとんどは耐えきれずリングに沈むと言われている。
大輔も、やっと本気を出してきたかとばかりに笑いボディブローをガードし続けるが…。
ドドドド…と続く乾いた破裂音とともに繰り出されるその攻撃の前には、さしもの彼も反撃ができないようだ。
しかし、この技には最大の欠点がある。
あまりにも人体を限界まで酷使しているため、撃ち続けられたとしてもせいぜい5秒。
打ち終わればもう動くことはできない。
燃費最悪にして乾坤一擲の技…なればこそジャクソンにとっても奥の手なのである。
ほんの数瞬の間、ジャクソンは思案する。
切り札として出したRCR。
しかし相手はガードしている。打ち続けられても残りあと1、2秒。
そして打ち続けても倒せる相手とは思えない。
ならば、とジャクソンは連打を止め、ほんの半歩後ろに下がった。そして…。
「これでフィニッシュだ!」
願うような絶叫とともにジャクソンが蹴りを放つ。
回し蹴りのような軌道をなぞりつつも、途中で動きを変え弧を描き、相手の頭上から落とすような蹴り、通称『ブラジリアンキック』。
ジャクソンはRCRのフィニッシュはこの技と決めていた。
腹部にガードを固めている相手なら意識は下に向き、フェイントのような軌道を描くこの蹴りを防ぐことなど決してできないと考えていたのである。
彼の狙い通り、鈍い音が周囲に響きジャクソンの足にも確実に手応えを感じる。
ジャクソンは極大の疲労とともに勝利を確信するが…。
「…面白い技だったな、今のは。少しだけ見直したぜ」
なんと、大輔はジャクソンのブラジリアンキックさえもガードしていた。
そして余裕の表情で、RCRを褒めたたえたのである。
自らの奥の手さえも簡単に破られたジャクソンが、大きく息をつく。
驚愕、呆然、恐怖…そんなネガティブな要素をすべて含んでいるような表情で。
(だが、それでもギブアップはできない…いや、決してしない!)
もはや彼我の実力差は明らかと言えど、全ラウンド通して一撃しか受けていない自分がここで諦めてしまっては、PFC無差別級王者の誇りに傷がつく。
今まで自分を支えてくれたチームにも、そして自分が倒してきた相手に対しても。
悲壮な決意で、RCRの反動でもはやまともに動かぬ体を引きずり、ジャクソンは大輔に立ち向かった。
――――――――――
「残酷…だね」
控室のTVで試合を観ていた慎之介が奇しくも姉と同じ言葉を呟き、ため息を吐く。
もう、誰が見てもジャクソンには勝ち目がない。
人体の限界を超えたRCR、その反動はそう簡単に回復するものではない。
このラウンドも、次の最終ラウンドも、ジャクソンは何もできないだろう。
「大輔さん…なんで攻撃を仕掛けないんだろう。
結果なんてもうみんな分かっているのに…」
慎之介の横で同じくTVを見ていた快斗がそう呟くが、慎之介にはなんとなくその答えは想像がついていた。
おそらくは八百長。
大輔が断れないなんらかの条件で、あの女性オーナーが持ち掛けたのだろう。
だからこそ彼女が直々に控室まで大輔を迎えに来たのだ。
しかし、それを口にするのはどこかはばかられるというか、尊敬する兄貴分が八百長に手を染めるのを肯定するようで、慎之介は何も答えられず…。
TVの中の試合、その第4ラウンドが終わりゆくのをただ黙って観続けていた。
――――――――――
第4ラウンド終了後のインターバル、試合場で限界を超えたジャクソンが、それでも少しでも回復しようと息を整える。
セコンドについているウォーレンも、もう何も言えない。
もはや実力の差は明らか…それにも関わらず相手は攻撃を仕掛けようとしない。
その意図はどこにあるのか。
かつて燈映で受けた屈辱を最大限に返そうと、猫が鼠をいたぶるように嘲笑い、次の最終ラウンドでようやく仕掛けてくるのか。
それとも他に狙いがあるのか…。
いずれにせよ、すでにジャクソンの体もプライドもボロボロだ。
判定まで持ち込めば勝ちは間違いないだろうが、次の最終ラウンドを耐えられるだろうか。
重篤な怪我を負ってしまう前にギブアップし、リベンジを試みた方が良いのでは…。
しかし、それでジャクソンが納得するだろうか…。
そんなことを考えていたウォーレンがふとレフェリーを見ると、なにやら駆けつけた係員と協議している。
少し驚いた顔をしているようだが…。
係員が離れた後の彼は苦々しげな顔をしながらも、実況席に座っているタイムキーパーに試合終了の合図をした。
「えー、これまでの経過を考慮した結果…。
挑戦者仲村大輔は無気力に攻防を繰り返しており、試合をする意思がないと判断!
よって、挑戦者側を失格と判断、王者側の勝利といたします!」
その発言を受け、タイムキーパーは戸惑いながらもブザーを鳴らす。
すなわち試合終了の合図である。
この決定にジャクソンが呆然としてレフェリーを見る。
また観客も呆然とし…すぐに会場を揺るがすほどのブーイングが響く。
ふざけるな、何を見ているんだ、贔屓にもほどがあるぞ…と。
しかし、そのブーイングの中で大輔は椅子に座ったまま笑いを浮かべていた。
そして内心でこの結果を考察する。
おそらく、この試合終了は梁麗の指示だろう。
ジャクソンが限界に至ったことで、自分の無気力攻防を餌にレフェリーに試合終了の指図をしたのだ。
自分がジャクソンを倒すかもしれない。
あるいはジャクソンの心が折れ、ギブアップをするかもしれない…と。
(なるほどな。あのババア、信用できなかったってことか。
俺のことも…ジャクソンのことも)
八百長を持ちかける計算高い奴らしい判断だな、と大輔は笑う。
そしていまだ続くブーイングの中、大輔は立ち上がり係員にマイクを要求する。
係員も躊躇するが…試合終了後の大輔のマイクという事項だけはすでに梁麗から知らされていたため、やむを得ずマイクを大輔に渡した。
大輔がマイクを持つと、観客のブーイングが徐々に静まってくる。
何を言うのか、大輔らしい挑発か、皮肉か、それとも無気力の理由を言うのか?
と観客は期待するが…。
「あー、あ、あ…よし、マイクOK。
えー、俺から言う事は一言だけだ。
俺は二度とPFCに参戦しない。以上!」
そう言うと大輔はマイクを放り投げ、ジャクソンを指差してニヤリと笑い…。
どよめいている観客を顧みずリングから降りて控室に向けて歩き出した。
残されたジャクソンはしばし呆然とする。
しかし…すぐに悔しさを込めた大絶叫を上げた。
大輔の言葉の意図が分かったかのように。
かつてジャクソンが評されていた
『存在しない幻想の壁に苦しめられている悲劇の王者』
という称号。
すでに団体から去り、もう闘うこともできない仲村大輔という存在と比べられていた彼を評して言われた、起こりえない闘いだからこそ言われていた言葉。
今夜、両者が闘うことで、ついにその幻想の壁は消えることになった。
だが結果は…。
圧倒的な実力差を思い知らされ、観客にブーイングされながら、彼はみじめな勝利を手にすることとなった。
観客も、団体関係者も、闘った当人たちも、本当に強いのはどちらか…。
それは聞くまでもなく明らかだった。
幻想の壁とは、強固な現実の壁だったのである。
そして大輔が言った
『二度と参戦しない』
との言葉…。
もうこのリングで彼と二度と闘うことはできない。
彼を苦しめていた幻想の壁は
『二度と崩すことはできない現実にして不壊の壁』
として彼の前にそびえ立つこととなった。
『正々堂々と仲村大輔を倒し、幻想の壁を崩す』
というジャクソンの夢は完全に燃え尽き、永遠に叶わない呪いとなったのである。
いっそ完膚なきまでに負けていた方がまだ清々しかったかもしれない。
そう考えるジャクソンの脳裏に、詩音が言っていたであろう言葉が呼び起こされる。
『…残酷だな』
ジャクソンはその言葉の意味を理解しまたリング上で絶叫した。
…怒りと悲しみと屈辱、そして憎しみを燃料として燃やしながら。




