第27話「Mask」
さあ、ついに今回の大会のメインイベント…。
ジャクソン・ヘイル対仲村大輔の、試合開始のブザーが鳴った。
ジャクソンと大輔は少しだけ詰めるが、互いに警戒しているのか、拳が届く距離までは近寄らず、少し睨み合いを続ける。
だが…。
(考えていても仕方がない。まずは攻めるのみ!)
そう決意したジャクソンが距離を詰め、左ジャブを連打する。
会場の彼のファンが、おおっ、と声を上げる。
これは彼の必殺技の一つ…左ジャブの高速連射
『ディジュリドゥ・ドリル』
だ、と。
通称DDとも呼ばれるその技は、それ一本のみで相手をリングに沈めたこともある、スキがない高速かつ高威力の速射砲だ。
しかし、大輔はこれを冷静に回避またはガードし、クリーンヒットを許さない。
そしてジャブの途切れた瞬間を狙い、一気に接近してくる。
だがジャクソンもそれは承知の上だ。
今までもDDを耐えて接近してくる相手もいた。
さすがに全弾防ぎ切った相手は過去にほとんどいなかったが、仲村大輔という男ならそれも想定内だ。
対応は考えている。
距離を詰めてきた大輔に対しバックステップで距離を取り、ジャクソンは右の構えから左の構えにスイッチする。
そして今度は右ジャブの連打…言わば右のDDを打ち込む。
さすがに大輔もこれは面食らったのかその場でガードや回避を繰り返すが、ジャクソンは構わず打ち続ける。
大輔が距離を詰めればジャクソンはまた距離を取る。
そして右から左、そして左から右へ構えをスイッチ。
左右の拳でDDを繰り返し続ける。
レフェリーも嵐のようなDDの前に、攻撃できないことはやむを得ないとしてディフェンスに徹する大輔の反則を取らない。
そのまま大輔は一切手を出すこともなく、あっという間に第1ラウンドが終了した。
――――――――――
…大輔側の控室。
そこに備え付けてあったTVで試合を観ていた快斗が、驚嘆の声を上げる。
「なんつー速さなんだ、あのジャブ…。
しかも右でも左でも打てるなんて、とんでもない才能だな」
継いで、同じ控室にいて試合を観ていた慎之介も悔しそうに呟く。
「クリーンヒットはないにしても
大輔さんが何もできないままラウンドが終わるなんて…。
でも、このまま終わるとは思えないけど…」
二人はそう呟いたまま、しばし無言となる。
その空白を埋めるように、慎之介が快斗に呟いた。
「快斗さん…快斗さんだったら、自分がジャクソンに勝てると思う?」
快斗はその言葉にしばし考え…。
そして答えづらそうに眉間にしわを寄せ返した。
「勝てない、とは言いたくねえけどな…。
やってみなくちゃわかんねえ、と言葉を濁しておくよ、一応な。
で、お前は?慎之介」
「頭にハイキック食らっても平気な快斗さんが勝てない奴に
僕が勝てるわけないでしょ」
そう、この二人もジャクソンの強さをTV越しに感じとっていた。
自分たちが戦ったライアンやマテウスとは格が違う、その強さを。
――――――――――
1分間の休憩が終わり、第2ラウンドが始まる。
またリング中央に向かい、ジャクソンは回顧する。
このタイトルマッチは1ラウンド5分、それを5ラウンド。
そしてラウンドごとに1分のインターバルを挟む。
KOやギブアップ、レフェリーストップがなければ判定で勝敗を決定する。
ジャッジは3人、それぞれが両選手のラウンドごとのポイントを取り、最終的にジャッジの判定が多い方が決着となる。
1ラウンド目は大輔を完全に塩漬けにして終わったため、間違いなく自分が獲ったと言えるだろう。
(だが、決して油断はしない。
なぜならば、相手は仲村大輔…拳帝と呼ばれる男なのだから)
そう決意したジャクソンがまたリング中央で向かい合い、大輔にDDを打ち込み続ける。
大輔は丁寧にそれをかわしつつも、1ラウンド目と同じようにその間を見て接近。
しかしジャクソンはまた距離を取り右と左をスイッチしてDDを繰り返す。
1ラウンド目とまったく同じ攻防だ。
――――――――――
…ふと、VIP席で試合を観戦していた香田家の長男、香田喜太郎が口にする。
「…なんか大輔さん、一回も攻撃してなくない?」
そう、それに気づいたのは喜太郎だけではない。
遼も葵も銀次もとっくに気づいていた。
「…たぶん、あのジャブのラッシュの合間に突っ込んだら
カウンターを喰らうからでしょう。それを警戒しているのでは…」
と葵が言う。遼も同意見ではあるのだが…。
そんな中で、銀次は一言だけ口を開いた。
「はてさて…仲村大輔というのは
そんな一山いくらのつまらんファイターだったかのう」
と。
――――――――――
そして、同様に疑問に思っていた男が一人いた。
大輔とも付き合いの長い霧神慎之介である。
彼も試合開始からずっと控室のTVで試合を観ていたが…。
2ラウンド目中盤からどこか妙なことに気づく。
「大輔さんが一発も攻撃をしないなんて…。
いくらなんでも、そんなことあるかな…?」
そう、慎之介が知っている仲村大輔という男は、カウンターを恐れて攻撃しないような男ではない。
むしろカウンター上等、丸ごとそれを踏み潰してやるというような、強烈なエゴイズムとそれを可能とする実力を持つ人間だ。
その仲村大輔が、いかに強力でスキがないとはいえ、ジャクソンの攻撃を大人しく受け続けているだろうか?
いや、それよりは彼の独特な感性から飛び出す妙な罵声を吐いて相手に突進していく方が、いつもの大輔に近い。
「じゃあ…あのジャブを意図的に避け続けているってことか?
なんのために?」
慎之介の呟きを聞いた快斗が口を出すが…慎之介にもその答えの確証はない。
「さあ…八百長とか、そういうのにも乗るような人じゃないだろうし…。
相手の油断を誘う、っていうのもなんかあの人らしくないし…」
まさか大輔が運営から八百長を持ちかけられたとは知らない慎之介は、TVを見ながら首をかしげてそう言った。
――――――――――
そうこうするうちに第2ラウンドが終了し、また一分間のインターバルが挟まれる。
このラウンドでも大輔は一切手を出さず、完全にジャクソンの独壇場となっていた。前ラウンドに引き続いてポイントは間違いなくジャクソンが取ったと言えるだろう。そう確信したジャクソンはセコンドが出した椅子に座る。
だが、彼は胸になにか違和感のようなものを覚えていた。
それは銀次や慎之介が考えていたものと同じである。
すなわち
『なぜ仲村大輔は攻撃をしてこないのだ?』
と。
そんな彼の心中を感じ取ったのか、セコンドについていたウォーレンが案じて言う。
「案ずるな。お前の疲れを待っていて、形勢逆転を狙っているだけだ。
奴の作戦に決して乗るな」
そう、今までもそういう相手はいた。
DDを防ぎきってジャクソンが疲れたところを一気呵成に攻めるという作戦を練ってきた相手も。
だがそういう相手もいずれはDDの前に押し潰されたし、何よりジャクソン自身左右のスイッチを使えば5ラウンドぶっ続けで打ち続けるスタミナもある。
仮にそんなこざかしい作戦を仲村大輔が企んでいるようなら、その作戦ごと踏み潰せばいい。
いずれにせよ次のラウンドを取れば、5ラウンド中3ラウンドを取ったことで、不測の事態を防げば判定勝ちは揺るぎない。
(何より俺にはまだ奥の手がある…)
そう考えてジャクソンは次のラウンドも攻め続ける決意をした。
――――――――――
さあ、インターバルが終わり、そろそろ第3ラウンドが始まる。
ジャクソンはまったく疲れもなくまた椅子から立ち上がり、同じように大輔もまた立ち上がりリングに向かう。
ふと、大輔のセコンドとして椅子をしまう女性が視界に入る。
その女性はジャクソンを見ると、また何事か呟いていた。
言葉は聞こえないものの、ジャクソンは唇の動きから、今度は彼女が何と言っているかがわかった。
大輔のセコンド、霧神詩音はジャクソンを見てこう言っていたのだ。
『残酷だな』
と。




