第3話「The Greed」
「…では君は、本当に漫才の練習をしていただけ…と言い張るんだね?」
喜太郎騒動の翌日、職員室に呼び出された慎之介に、担任の熊沢哲三が昨日の騒ぎを問いただしている。
「ハイ。言い張るっていうか、本当に漫才の練習でしたから。ちょっとツッコミが激しすぎただけで」
とあくまで慎之介はしらを切り通すが…熊沢はまったく信用していない様子で訝しげに慎之介を眺めて、ため息を吐いた。
「霧神君、誰かを庇い立てしたいのだろうが…目撃者が言うには柴崎君は本当に殺気立っていたという話だ。それでも漫才の練習と言い張るのかい?」
「ハイ。僕と柴崎さんが考えた、実践漫才道とボクシングを組み合わせたまったく新しい漫才です。いずれ最強の獅子に挑みます」
「…それも漫才のネタかい?ちょっとよくわからないというか…刺さる人は少なそうだね」
熊沢がまたため息を吐く。昨日の騒ぎが漫才でないことは間違いなく、また柴崎から喧嘩を売ったのも目撃生徒の証言で間違いないが…慎之介は怪我一つしていない。それに、柴崎は今日も学校を休んでいるため事情聴取もできない。
もともと柴崎は問題児ゆえ、他の教員は『被害生徒である霧神慎之介の証言によっては、柴崎はまず停学、最悪の場合は退学もやむなし』と言う者もいるのだが、慎之介はあくまで漫才と言い張っている。
またこれも伝え聞いた話だが、柴崎ほどではないが素行や言動が少し荒かった澤山哲司が最近純粋にボクシングに打ち込んでいるというのも、慎之介と対戦し心を改めたから…という話も伝え聞く。それが本当なら、慎之介は哲司のボクシング部を守るため嘘を言っている可能性が高い。
今回の騒ぎでは、いわば彼は問題児に因縁をつけられた被害者である。その被害者が脅されてではなく、自発的に、稚拙な嘘ではあるが、あくまでしらを切り通すのであれば追及もなかなかしづらいものがあるし、無用に騒ぎ立てて問題にするのも、本人にも学校にもあまり良い事ではない。生活指導の教員にはまた怒られるな…と熊沢は頭をかき、慎之介を軽く注意して帰らせるが…。
「で、コンビ名は?漫才の」
と不意を突いて質問する。慎之介は、うっ、と言葉に詰まるが、とっさに思いついた単語を目を逸らしながら答えた。
「や…山猿モンキーズです」
「…どっちも猿じゃないか…で、どっちが山猿で、どっちがモンキーなの?」
「えっ!?そ、それは…僕が山猿で、柴崎さんがモンキーズです」
「そうか、柴崎君は複数形なんだ…しかしどちらかというと、柴崎君はモンキーと言うよりピッグ(豚)では…」
「先生、コンプライアンスに引っかかりませんか?それ」
礼をして、慎之介は職員室を出る。どうやら熊沢はこれ以上深く追及しないようだが、完全に嘘を見抜いているようだ。
「参ったなあ、嘘って苦手なんだよな。やるならもっと深く設定考えないと…」
そう言い残して慎之介は教室に帰っていく。山猿モンキーズってなんだよそれ、シュバルツシルトの方が良かったかなあ、と一人で考えながら。
「…ということがありまして。一応、ご報告です」
放課後、ボクシング部の部室に訪れ哲司に今までの経緯を話す慎之介。哲司は浮かぬ顔で話を聞き、ため息を吐いた。
柴崎もそれなりに才能はあったのだが、どうも血の気が荒い性格が災いし、トラブルばかり起こしている。しかしまさか喧嘩に負けたことを逆恨みして学校をサボり、挙句に帰路で堂々と後輩に殴り掛かるとは。実は哲司も昨日の騒ぎは部員から聞いてはいた。どうせ動機はくだらないことだろうとは思っていたが、想定以下の本当にどうしようもない柴崎の行動に頭を抱えてしまった。
「退部処分だな…あいつのために他の部員を巻き込むわけにはいかねえ。言っちゃ悪いが、俺も巻き込まれたくはねえ。理由はあんまり言いたくねえが、顧問と相談して、そういう方向に持っていけるようにするよ。形の上では、自主退部ってことになるように。もちろん、あいつが登校してからの話だが」
哲司にとって柴崎は思い入れのある後輩ではあるが、今はもっと多くの後輩が大会に、そして夢に向けて頑張っている。いくら思い入れがあるからと言って、たった一人の思い入れのある後輩のために、その他の後輩の青春をふいにするわけにはいかない。もちろん自分の青春も。そう考えた哲司の心を察し、慎之介は礼をして帰ろうとするが…そういえば、いつもいるはずの岬絵美里さんがいないな、と周囲を見回す。
「絵美里か?昨日の夜ちょっと喧嘩してな、顔見せねえんだ。せっかく慎之介が来たのにタイミング悪いよな、あいつも」
哲司は笑いながらそう言い、慎之介を見送った。
さて、その絵美里といえば、駅に併設されたコーヒー店『Vamp ash』で今日もお気に入りのフラペチーノを飲んでいた。
昨夜に哲司と喧嘩した後、今日はボクシング部にも顔を出さず、哲司の電話やメッセージもすべて無視している状態だ。喧嘩の原因はほんの些細なことだったが、それがきっかけで今まで積み重なったものが爆発、今日は一回も口を利いていないし、学校で顔を合わせても無視状態である。とはいえ、今までたまにこういう事はあったし、しばらく時間を置けばまたいつも通りになることを哲司も絵美里もわかっている。もちろん哲司はご機嫌取りのメッセージを送ってくるし、それが苛立たしいもののちょっとだけ嬉しくもあり…いつ機嫌を直してやろうか、と絵美里自身も思っていた。
(ふん、明後日辺り許してやろうかな)
そう考えながら絵美里はフラペチーノをまた一口飲むが…そのふとした瞬間に、透けた店内のガラスからあるカップルが見えた。
男性は30代前半ほど、筋肉質だが身長は低いようだ。女性は女子高生…自分と同じ学校、そして同じクラスの「片山由希」だ。片山はどちらかと言えば大人しいタイプで、豪胆奔放な絵美里とはある意味正反対の人間だ。まあ別に年上と異性交際していても不思議ではないが、あまりも開きあるの年齢差と、片山の顔があまりにも暗いことが絵美里はどうしても気になった。極めつけは、男性が片山にお金を払わせていたこと…いわゆる『パパ活』とも違う、何か妙な関係だなと絵美里は気づいた。
「気になるな、もしかして脅迫とか…明日、ちょっと聞いてみるかな」
絵美里はそう言ってフラペチーノをまた一口飲んだ。
「はい、31分52秒。惜しい、あと2分だな」
夕方の霧神家でいつものように慎之介の山越えを詩音が計測する。くそー、今日は自信あったのに、と慎之介が息を切らせて言うが、ダメなものはダメ。中学生の頃から優しくも厳しく慎之介を指導してきた詩音が、その点では一切ごまかさないのは慎之介もよく知っていた。
この『30分を切る』というのは、ただ慎之介の成長を測るためだけではない。もともと霧神家のルーツは古く、一説には江戸時代初期、眉唾だが本家は平安時代から続いていた家系とも本人たちには伝えられている。
そしてその家族が代々受け継いできた、いわば『霧神流奥義』とも言うべき技の数々があり、山の登り口から霧神家まで走り、その到達時間が30分を切った時こそ、一家相伝、門外不出の霧神流の正統伝承者として認められ、数々の奥義を伝授することが許される…とこれも先祖代々言われているのである。
「これならそのうち達成できるさ。さあ、中に入ろう慎之介。大輔ももう来ている」
今日は大輔がガイゼンの情報を伝えにくる約束の日。大輔はいったいどこまでその正体が掴めたのか…期待しながら慎之介は家へ入った。
大輔がガイゼンについて語った内容は以下の通りだった。
まず、本名は不詳。東洋人、あるいは東洋と白人のハーフのようだが、国籍は不明。ここ二年で急に有名になった男であり、それ以前はその名など全く聞こえてこなかった。まるで急に世界に現れたかのように。数多くの格闘家を殺害していることからその強さは間違いないが、それ以上に残虐。その目的はなんなのか、『陰』の文字とは何を意味するのか。それは現時点では不明だが、一部では多額の賞金さえ懸けられているという。
「…ここまで謎づくしなら、そりゃ警察も犯人を発表できるわけねえよな。『犯人の顔も本名も住所も国籍もわかりませんが、裏社会では有名な殺人鬼です』じゃ、ただ世間の不安や危機感を煽るだけなのは目に見えてる。現時点では有名な格闘家しか狙われていないんだから、逆に何も明かさない方が良いのかもな」
大輔が呆れながら持参したビールをあおる。そして、非合法だがこれがガイゼンだ、と一般には流通していない、つい最近撮れたであろう被害者宅の監視カメラの映像…その写真の一部を詩音と慎之介に見せた。そこには、一人の男が映っていた。見切れているが壁に書かれている『陰』の血文字、その近くにテンガロンハットやロングコートをまとっており筋肉質で高身長、そして眼光だけは異常な鋭さを誇っている男が。
「これが、ガイゼンですか…?」
慎之介がそう呟くと、大輔は静かにうなずく。
「厚着でよくわかんねえし、これは変装してるかもしれねえがな」
うんざりしたようにそう言いながら、大輔は空になったビール缶を横に置く。そして、詩音と慎之介に伝えるようにまた言葉を継いだ。
「警察だってバカじゃねえし、日本全国の犯行現場の近くにいつもいるような奴がいればそいつをマークしていてもおかしくねえはずだが、そんな話は聞こえてきやしねえ。よっぽど変装が上手いのか、複数の戸籍や身分証を使い分けているのか、あるいは裏で手引きしてる奴がいるのか。ともかく詩音も慎之介もこいつを見かけたら、その時は知らないふりして通り過ぎろ。そして人通りの多いところで俺に連絡をくれ。間違っても自分でなんとかしようと考えるんじゃねえぞ…とくに慎之介」
念を推された慎之介だが、悔しいながらも、もとより今の自分で何とかできる相手だとは思っていない。大輔に必ず連絡することを約束し、その場はお終いとなった。
次の日、学校の一日をつつがなく終わらせて、慎之介は帰路につく。今日こそ30分切るぞ、と息巻きながらも。…その時、持っていたスマホが不意に鳴った。見ると、電話を掛けてきたのは『澤山哲司』。そうだった、そういえば哲司さんに電話番号を教えたんだった、と慎之介は思い返す。そして電話に出ると…。
『し、慎之介!今どこだ!?』
と非常に慌てた様子で叫んでいる。慎之介が今の自分の場所を伝えると、哲司はなおも慌てた様子で、電話の向こうで懇願した。
「た、頼む!助けてくれ!犯人が…連続殺人事件の犯人っていうやつがいるんだ!」
その言葉と自分の位置だけ告げて、哲司からの電話は途切れた。
「まさか…『ガイゼン』!!」
と慎之介も全身が武者震いし、哲司が示した場所に走り向かう。いつでも大輔に連絡できるよう、電話を掛けられる状態にしながら。
「おっ?なんだ新顔か?次から次へと正義の味方様が多いこったな、この町はよ」
哲司から連絡がった、商店街から道を外れた人けのない裏通りに急いで到着した慎之介に、30代ほどの明らかに性格と頭の悪そうな男が、へらへらと下衆な笑いを浮かべてそう言う。
(違う…ガイゼンじゃない)
その男を観た慎之介は安心しながらも、さらに周囲を見回すと、そこには怪我を負って倒れた哲司と涙ながらに彼に寄り添う絵美里、少し離れて顔を抑えて泣いている女性がいる。
「哲司さん、岬さん!大丈夫ですか!?」
慎之介が哲司の様子を気遣うと、慎之介…すまねえ、すまねえ、と怪我を負った哲司が泣きながら詫びる。そして絵美里も泣きながら状況を説明した。まず、あそこで顔を抑えて泣いている女は、自分の同級生の片山由希。今朝、片山に何の気なしに話を聞いてみたら、あそこで笑っている男-溝端大吾-に弱みを握られ脅迫されて、従わざるを得ない状態だった。義憤にかられ、それをやめさせたいと哲司に話したところ快く協力してくれたが、あの男も何か格闘技をやっているようで、まさかの返り討ちになってしまった。そしてあの男は…。
「そうだよ、この俺様が格闘家連続殺人事件の犯人だよ。お前らゴミどもが、この俺様にかなうわけないだろ?お前も殺しちゃうぞ?」
溝端は、自分が今世間を騒がせている格闘家連続殺人事件の犯人だと言う。おそらく哲司もその言葉に恐怖を感じて怯み、その隙にやられてしまったのだろう。
だが慎之介は知っている。違う。絶対にそんなはずはない。ただ、騙っているだけだ。格闘家連続殺人事件の犯人を名乗って人を脅かしているだけだ。そう確信しながらも…。
「そうか。あんたがガイゼンか?ようやく会えたな、クソ下衆野郎」
と、普段の慎之介では絶対に言わない言葉を溝端に吐き捨てる。全身は怒りに燃えながらも、どこか薄笑いを浮かべて。
「ガイゼン?誰だそれっ…!?」
慎之介は余裕綽々で喋っている溝端に一瞬のうちに接近し、その鳩尾に全力のボディブローを打ち込む。溝端も何か格闘技をやっているのか、少なくとも怯んだ哲司を倒せるほど鍛えてはいるようだが、油断していたところを鳩尾に本気の一撃。彼は一瞬で声が止まり、苦悶の表情を浮かべる。すぐさま慎之介は溝端の頭部にハイキックを打ち込むと、溝端は回転しながら倒れ、あっという間に気絶した。死んではいないようだが、完全にKOされたようだ。
なおも怒りの表情を浮かべる慎之介だが…ふうっ、とため息をつくと、哲司と絵美里に向き返る。
「…本当かどうかは別として、こいつは自分が格闘家連続殺人事件の犯人だと自白しました。警察に連絡しましょう」
そう言って慎之介は警察に電話する。ボクシングの実力者である哲司が倒したことにしたほうが筋が通りそうだが、正当防衛と判断される可能性が高いとはいえ選手である彼が手を出したというのはやはり心証が悪そうだ。下手をするとインターハイ出場停止になるかもしれない。警察には正直に言うしかないな、と考えながら。
そんな中、片山が慎之介に涙ながらにありがとうと言うが…。
「お気になさらず。でもまた脅迫を受けたら、すぐに警察に連絡した方が良いですよ」
と笑う。担任の熊沢にはまた何かを言われるかな…と気を重くしながら。
「カッコいいなあ、あいつ。悪者を一瞬のうちに成敗だよ…俺とは全然違うな」
警察への連絡の後、自分の保護者として詩音と大輔に電話をかけている慎之介を見て、倒れた哲司が自嘲しながら言うが、絵美里が涙を流して答える。
「あんたもカッコよかったよ。私のわがままのために…本当に、ありがとう」
この騒動から数日経った日曜日のお昼。溝端は傷害と脅迫の容疑で逮捕されたものの、格闘家連続殺人事件の犯人は捕まったという報道はなかった。片山への脅迫被害はともかく、やはり溝端の自白は警察は信用しなかったらしい。それはそうだ。少なくとも世間一般では犯人が謎の存在であることをいいことに、匿名のSNS等でも『自分が格闘家連続殺人事件の犯人だ』と騙り、小さな承認欲求を満たして悦に入っている人間も多い。溝端もその手の人間だったのだろう。
「そりゃ自白だけじゃあ、そうでしょうね。というか、警察に逮捕されてからもそう言い続けたとは思えないし。たぶん、犯人を騙り危ないやつを気取って、アウトローの優越感を感じてたかっただけなんでしょうね。なんかそういう小物そのものみたいなやつだったし。なんで哲司さんに勝てたのか、これがわからない」
とゲームをしながらこれでもか、とけなす慎之介。どうやら溝端が相当気に入らなかったようだ。
それもそのはず、事件後の警察の事情聴取には素直に答えたもののなかなか信用されず、さらに次の日には職員室に呼ばれ、熊沢から『事情から判断してまあギリギリ正当防衛になると思うけど、次何かやったらきっと停学だからね』としっかりとくぎを刺されてしまったのである。その気はなかった慎之介も、入学早々に要注意生徒の仲間入りとなってしまった。もっとも助けたことに後悔はないが…。
「お前がやったことは本当にカッコいい、賞賛に値する。だがな、そういう場合でも最初から俺を呼んでいいんだぞ。俺がやった方が事情聴取めんどくさくなかっただろうし、それにもしガイゼンが変装とかしていたらどうするつもりだったんだ?」
大輔がため息をついて、改めて慎之介に注意する。詩音はその慎之介を褒めながらも…。
「そうだぞ、慎之介。危ないやつにはまず大輔をぶつけろ。そしてお互い弱ったところで両方倒せ」
と、笑いながらいきなりすごい発言をした。これには慎之介も大輔も驚き…。
「えっ…えっ!?大輔さんも!?なんで!?」
「おい、なんで俺にまでとどめを刺すんだよ!?」
と抗議する。しかし詩音は何食わぬ顔でお昼のビーフシチューを二人の前に並べ笑う。
「慎之介が大輔に勝つためにはそれが一番効率がいい。常在戦場、格闘家なら当然のことだろう」
「常在戦場ってそういう風に使う言葉じゃねえよ」
と大輔も笑うが、ビーフシチューは大輔の大好物。
慎之介のために警察の事情聴取に応じてくれた大輔への、詩音のひねくれた親愛の情と大輔と慎之介も理解し、二人はお昼ご飯を食べ始めた。
さて、溝端逮捕の余波は慎之介たちの思わぬところにも流れていた。
プロレス団体『モーゼス』の道場で、ある若きレスラーがサンドバッグを蹴り続けている。身長は180㎝ほど、筋骨隆々、金色に染めたツーブロックの髪を揺らし、怒りに任せて何度も何度も蹴り続けていた。
「なんで溝端さんが逮捕されるんだ!?誤認逮捕じゃないのか!!」
そう、溝端大吾はプロレスラーだったのである。それも20年近い歴史のある男子プロレス団体『プロレスリング・モーゼス』の中堅レスラー。彼が逮捕されたため団体には大きな影響が及んだ。そのため、モーゼスのために粉骨砕身頑張ろうとするこの若きレスラーは抑えきれない憤りをサンドバッグにぶつけていたのである。
彼は溝端の裏の顔を知らない。高校生を脅迫していた卑劣さを知らない。ただ、少々性格が荒いだけの先輩だと思っていた。
「おい快斗、その辺にしておけ。朝からずっとやっているじゃないか、いくらなんでもオーバーワークだぞ」
と団体の現場責任者『次藤彰道』が言うが…。
「次藤さん、俺許せないッス。絶対なんかの間違いに決まってます。俺、マジで諦めないッスから」
と…弱冠23歳、モーゼスの若武者にして、プロレス関係者から『プロレス界の超新星』と評価された『清原快斗』が息をつき、怒りの眼差しでサンドバッグを睨んだ。
さらに同時刻…。
フランスからの飛行機が羽田空港に到着する。機内アナウンスが流れ、乗客はシートベルトを改めて締めた。そんな中、フランスから観光のため飛行機に乗っていた老夫婦が楽しそうに会話する。
「私日本に行くのは初めてなの、楽しみだわ。本当に楽しみ」
「私は二回目だ、数十年ぶりだが、以前は花がとても奇麗だったんだ。食事も私好みだったぞ」
と心底楽しそうだ。そして、老夫婦の妻が隣に座っていた男性に呼び掛ける。
「失礼、ムッシュ。あなたも観光かしら?」
老夫婦の隣の男性…50代ほどの男性は、紳士のように微笑みながらこう答えた。
「いえ、私はもともと日本人でしてね。今回は里帰りです。そう、数か月ぶりでしょうか…日本の友に会うのが、とても楽しみなのですよ」
と、流暢なフランス語で返した。
「あら、素敵なフランス語ね。お友達と楽しめるように祈っているわ」
「ええ、私も楽しみです。初めて会う友人…仲村大輔に会うのが、今から、とても…。私からもあなた方ご夫婦が日本旅行を楽しめることを心より願っていますよ、マダム」
と、白髪混じりのオールバックの男…裏の通り名で『ガイゼン』と呼ばれている男はそう言い、穏やかな目をして静かに笑った。




