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MYST REMNANT  作者: 笹上パン工房
―PFC編―
29/39

第26話「usual darkness」

さて、PFC日本大会も第7試合が終わり、残すところあと2試合となった。


大輔の出番は第9試合のメインイベント、ジャクソン・ヘイルとPFC無差別級王座を懸けたタイトルマッチを行う。

それでもまったく気負きおいがなく、あくびをしつつ大輔は試合の準備を進めている。

それを見て、つくづくこの人はハートの作りが常人と違うなあ…と慎之介は思った。

…だから人のゲームのデータ勝手に上書きできるんだろうけど、と感心と呆れが入り混じった眼で眺めながら。


「大輔、王座獲ったらどうするつもりなんだ?

 しばらくは日本を離れるつもりはないんだろ?」


準備を進めている大輔に、詩音が呼びかける。


以前慎之介も聞いたことがあるが…。

大輔はもともと趣味と実益を兼ねて海外によく行っている。

とはいえ、今回はガイゼンが死んだのを確認するか、生きていればとどめを刺すまで日本を離れるつもりはないらしい。

だが仮にPFC無差別級王者となれば、防衛戦もあるし、本拠地の米国で生活せざるを得ない。

詩音もそれを心配したのだろう。


「まあ、勝ったらまたその場で王座返上だな。

 それか、ベルトを鑑定団に持って行って売っぱらっちまうか」


王座にはまるで興味なしといったように、事も無げに大輔は答える。

さすがにベルトを売り払うのは団体が止めるだろうが、それだけPFCという団体に何の思い入れもないのだろう。


「…Mr.仲村。そろそろ出番です。試合会場までお願いします」


数名のお供を引き連れたオーナーの梁麗が控室のドアを開け、大輔を呼びに来る。

自分や快斗の時は一介の係員が呼びに来たのだが…。

これもメインイベンターの扱いか、と慎之介は感心する。

そして、退屈そうに出ていく大輔と詩音の背中に、頑張って、と声をかけて見送った。


――――――――――


控室から試合会場まで梁麗と係員が大輔とセコンドに就く予定の詩音を先導する。

しかし…。

廊下の途中で梁麗は立ち止まって振り返り、大輔に向かって語り掛けた。


「Mr.仲村。一つ、メインイベントに向けてお願いがあるのですが…。

 できればセコンドの方にはお人払いを」


と詩音に向かって目配せをする。

詩音はなんだろうと思案するが、それをよそに、大輔はフンと笑いながら梁麗に語り掛けた。


「その必要はねえ。こいつには隠し事をしないと決めているんだ。

 それに、そもそもあんたたちの言いたいことは簡単に推測がつく。

 …俺にジャクソンを勝たせろ、つまり、八百長しろってことだろ?」


大輔に見事に心の内を言い当てられた梁麗は、口の端を歪ませて笑う。


聡明そうめいですね、それとも経験からかしら?その通りです、Mr.仲村。

 理由は言うまでもないでしょう、ジャクソンには我が団体の看板として

 まだ頑張ってもらわなければならないので…。

 この条件を呑んでいただければファイトマネーは倍額お支払いします。

 もちろん、Mr.清原やヤングボーイ霧神の分も」


「ああ、そう。ちなみに参考までに聞くが、もし断ったら?」


大輔の興味なさそうな問いに対し、梁麗はさらに顔を歪ませて笑う。

先入観もあるのかもしれないが、詩音には

『人はここまで静かに凶悪な顔ができるのか』

と嫌悪感さえ抱くほどだ。


「そこまで説明はしたくありませんね…。

 少なくとも、私もこの団体も、正当な手段のみで

 ここまで昇りつめて来たわけではありません。

 そのあたりからご推測いただければ…と思います」


詩音は顔をしかめながらも察する。

つまり大輔が八百長の誘いを断れば、難癖なんくせをつけて全員のファイトマネーは支払わない上、暴力沙汰にするぞ、と言っているのだ。

慎之介や快斗の情報は提出した書類を見ればわかるし、日中でも深夜でも闇討ちを掛けるのも容易だろう。

最悪、家や学校への放火などの事態も考えられる。

しかし…。


義憤を感じて何かを言いかけた詩音を制し、大輔は興味もなさそうに言う。


「いいよ、勝たせてやるよジャクソンを。もっとも判定で良ければだが。

 あんたも知っての通り、俺のファンもこの会場には来てるし

 拳帝様がKOされたりギブアップしたりじゃいくらなんでも怪しすぎる。

 その辺が落としどころだろ。


 そういうつもりでやるから、ジャッジにもしっかり伝えておいてくれや。

 ジャクソンを勝たせろってよ」


大輔のその快諾に、梁麗は笑い頭を下げる。

判定はむしろ望むところだ。

先ほど大輔との面会を希望した香田家の面々をはじめ、今回の大会には仲村大輔個人のファンが世界中からつめかけている。

下手にKOでの決着ではそのあたりの目の肥えたファンが疑念を持つだろう。


KOで決着をつけジャクソンに

『拳帝をKOした男』

というはくを付けたい気持ちもあるが、あまり派手にやって疑惑を持たれては元も子もない。

判定ならば批判が行くのは基本的に身内びいきと判断されるジャッジのみ、梁麗はそう考え笑うが…。


「ただし、条件が一つある。

 ファイトマネーの増額はいらねえから、これを呑んでほしい」


大輔がそう言葉を継いで、条件を話し始めた。


「…俺を二度とPFCに呼ぶな。俺だけじゃない、慎之介や快斗もだ。

 いい経験や団体の広告になるとは思ったが

 まだ若いアイツらを後ろめたい大会に出場させたくはないんでな。

 あんたたちにとっちゃいいことずくめだ、問題ないだろ?」


トゲを多めに含んだ大輔の言葉に、むしろ梁麗は喜んでそれも承諾する。

幻想の壁が崩れ、その原因が二度と参加しないのであれば、これ以上望ましいことはない。

むしろ、こちらからお願いしたかったことだ。


これでジャクソンは傷一つない無敵の王者となる。

オーナーとしての私の最高傑作が、ついに世界の頂点に立つのだ、と。


…しかし、さらに大輔が言葉を継ぐ。


「ああ、せっかくだから、試合が終わったら俺にマイクアピールをさせてほしい。

 これも条件に含めてくれ」


その言葉に、梁麗の眉が少し吊り上がる。

まさか八百長をばらすつもりでは…と警戒するが、大輔はそれをすぐに否定した。


「心配すんな、八百長の話は一切しねえ。

 PFCからの完全撤退しか宣言しねえよ。それは約束する」


その言葉に梁麗は眉をひそめしかめ面をしながらも…。

止むを得ないか、としぶしぶ承諾する。

これを断ることで

『じゃあ、八百長は呑まない』

と言われては元も子もないし、仲村大輔ともあろうものが約束を違えることはないだろう。

それに自分達が彼らに暴行を加えても、リスクのみで得することは何もない。

下手すれば返り討ちになり、逆にPFCの経営危機にさえもなりかねない。


「大輔、いいのか?八百長だなんて…」


わざと負けるようなことをすれば拳帝としての名や自身の自尊心を傷つけるのではないか、と詩音は大輔を心配して言うが…。


「よくあることさ。こういう新興団体にとってはよくあることだよ。

 『|普通の闇取引《usual darkness》』ってやつだ。

 普段なら呑まないが、ジャクソンの立場には俺もちょっとは責任があるからな」


と笑いかけ…そして、梁麗にも話しかけた。


「ところでこの取引、ジャクソンは知ってるのか?」


「いいえ…彼は潔癖けっぺきなところがありますから、何も話していませんよ」


その言葉を聞いて、大輔は何かを企んでいるかのようにニヤリと静かに笑った。


――――――――――


…さて、そんな裏取引があったことは露知らず、ジャクソンは己の控室で入場の準備を進めていた。

オープンフィンガーグローブをはめ、銀と黒に輝くガウンを羽織り控室を出るが、その面持ちは緊張している。


「ウォーレン…俺は勝てるだろうか。あの仲村大輔に…」


強張こわばった表情のまま、彼は口数少なく自分のトレーナーであるウォーレンにそう尋ねた。


ウォーレンも驚いた表情でジャクソンを見る。

普段の彼ならこんなことは決して言わない。

陽気に笑って決め台詞を吐くか、まるで退屈そうな顔を見せてリングに赴くだけだ。

それだけ、仲村大輔という男が彼にとって強大な存在なのだろう。

実力的にも、超えるべき壁としても。


ウォーレンはふっと笑い、ジャクソンの肩を叩き激励する。


「『Easy Operation』…相手が誰であれそれは変わらない。

気負わずいけ、ジャック」


Easy Operation。

元は軍隊所属であったウォーレンが、現役時代から口癖のように言う言葉である。

それが指導していた若きジャクソンに伝染し、彼らの間では試合前の…。

特に、強敵との対戦前の合言葉のようになっていた。


「ふっ…久しぶりに聞いたな、それも」


久しく強敵との対戦の機会がなく何年ぶりかに聞いたその言葉に、ジャクソンは笑い、そして前を見据えて控室から出た。


己の入場曲であり、そして自らの出身国オーストラリアを代表する曲でもある『ワルツィング・マチルダ』を背景に、ジャクソンは悠然ゆうぜんとリングに向かう。

王者である自分はあと入場にゅうじょう、すでに挑戦者として大輔はリングの中で己を待っている。


観客が大熱狂している。

おそらくは、ほとんどの人間がこのメインイベントを楽しみにしているのだ。


霧神慎之介対ライアン・フィンチの奇想天外きそうてんがいなエキシビション。

清原快斗対マテウス・モンテーロの秒殺劇びょうさつげき

珍しいところでは第三試合のローション相撲対インチキ空手家のコミカルな試合。

それらも会場を大きくたせたが…。

ともかく、やはりこの戦いがそのすべての頂点、そして総決算なのだろう。


王者として自分の名を高らかに呼ぶコールに、ジャクソンは片手を天に挙げ応える。

そのさなか、彼は対戦相手の『仲村大輔』をしっかりと確認する。


上半身は裸、下はショートの赤いスパッツ。

その肉体は分厚くも均整がとれた体で一切の無駄がない。

脱色してさらに染めた金色の髪を降ろし、目は獲物を狙う獅子のように鋭く自分をにらんでいる。


(なるほど、これが拳帝、金獅子と呼ばれる男、仲村大輔か。

 いいぞ、こうでなくてはな)


ジャクソンも久々の強敵相手に気分が高揚する。

超えられない幻想の壁、それが弱者であるはずがない、と。


試合開始直前、ふと大輔のセコンドの女性、霧神詩音が視界に入る。

彼女が暗い顔をしてこちらを見ながら、何か呟いているのがジャクソンにも見えた。

しかし言葉も聞こえず…。

それよりも対戦相手に集中していた彼は気にも留めなかった。

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