第25話「Weight of my pride」
さて時は進み、PFC日本大会第5試合が始まった。
自分が出場する第6試合に向けて、快斗は準備に取り掛かる。
「っしゃあ!ここからがモーゼス再建の第一歩だ!
気合い入れていくぜ!!」
気負いすぎるほどの勢いで声を上げる快斗に対し、セコンドの次藤が笑いながらその肩を叩く。
「おいおい、まだウチは潰れてねえよ。
ギリギリのところで生き残っているんだ、勝手に殺すな」
ここでいい勝負を見せれば、モーゼスは知名度を上げることができる。
ひいてはスポンサー契約や集客につながるかもしれない。
ここが最大にして最後のチャンスと、快斗も気合十分に入れ込むが…。
そんな快斗に対して、大輔が手招きをして呼んでいる。
何か、話があるようだ。
オス!なんですか!と快斗は大輔のもとに向かう。
激励でもしてくれるのか、と快斗は期待するが…。
大輔の言葉は思っていた言葉とは少し違っていた。
「おい、清原快斗。お前、自分の対戦相手のこと知ってるか?」
その質問に快斗は困惑する。当然知っているに決まってる。
自分の相手はマテウス・モンテーロ。
本来ならばメインイベント、PFC無差別級王座に挑戦するはずだった相手だ。
大輔の今大会参加により王座挑戦は流れ、第6試合で自分の相手となったが…。
なぜこの人はそんな当たり前のことを聞くのだろう?
そう思いながら快斗は、もちろん知っています、と答える。
「おー、そうだな。どんな選手だ?」
当然これも快斗は知っている。
同僚のリュウ・フジカワや宮崎優太としっかり研究や対策を練ったからだ。
「南米系の選手です。たしかコロンビア出身…。
打、投、極、すべてをそつなくこなすけれども
これだという際立った特徴はないファイターです。
その全てがバランス良く強いけど、でも判定で勝つことが多くて…。
そのためか、あまり人気がない選手です」
「ほう、良く調べたな」
大輔が満足そうに言う。
快斗もしっかり調べたことを褒められて少し上機嫌となるが…。
すぐに大輔がまた問い返す。
「外連味と派手さを求めるプロレスラーに対し、地味で堅実なMMAファイター…。
正反対だな。そして、プロレスラーにとって相性最悪の相手だ。
そう思わないか?」
うっ、と快斗は言葉に詰まる。それは確かにその通りだ。
そこは対策会議でも問題点として挙げられていた。
いや、でも、と何かを言おうとした快斗の反論を遮り、大輔がなおも言葉を継ぐ。
「プロレスラーのMMA参戦の歴史は惨憺たる結果だ。
ほとんどのレスラーは結果を出せちゃいねえ。
いや、それどころか爆死した屍の積み重ねだ。
お前も知ってるだろ?」
「…知っていますよ。当然知っています。
だからなんですか…何が言いたいんですか?」
少しずつ快斗も怒りを溜めているようだ。
拳を握っているのが慎之介にも見て取れる。
…どうして大輔さんはこんなに快斗さんを煽るのだろう、と思いながら。
「じゃあ、はっきり言ってやるよ。
お前がプロレスを捨てて戦えば、たぶん次の闘いは勝てるだろ。
でもな、プロレスラーとして戦えば勝てる相手じゃねえ。
そのうえで聞いてやるが、どう闘うつもりだ?」
その大輔の問いに快斗はグッと拳を握り…しっかりと前を見据えて答えた。
「…そんなん決まってるじゃないッスか。
俺はプロレスラーとして戦い、そのうえで勝ちますよ。
その節穴な目ン玉でしっかり俺が勝つところを見届けてくださいよ」
その答えに、大輔もククッと笑って立ち上がり…。
パシィン!と快斗の横っ面を引っぱたいた。
「やれんのか!?お前、おい!!」
その行動に、快斗もニヤリと笑い…。
お返しとばかりに大輔の横っ面を強く引っぱたいた。
パァン!という音が控室に響き渡る。
「やれますよ!よく観といてください、俺のこと!」
この行動に詩音と慎之介が、おおっ、と声を上げる。
大輔の横っ面を引っぱたくなど慎之介はやったことはおろか、見たことさえない。
付き合いが長い詩音も、引っぱたいたことは数えるほどしかない。
自分以外の人間が大輔の顔を引っぱたくなど、始めて観る光景だ。
「よし、やってこい!魅せてやれ!」
「ウォッス!!」
そんなやり取りをして快斗は試合会場に赴く。
次藤はそのやり取りを見つけたあと、ニヤリと笑い大輔に頭を下げ…。
快斗について控室を意気揚々と出ていった。
快斗はさらに気合十分で花道へ向け歩いていく。
先の大輔のやり取りで、自分はプロレスラーであるという矜持を改めて強く持ったようだ。
「次藤さん、俺次の闘いはマジでプロレスラーとしてやりますから。
観客に最高のプロレスラーってやつを見せてやりますよ」
そのやる気に溢れすぎている発言に次藤は笑い…。
「なめんなバカ野郎、負けんじゃねえぞ。
打たれようが投げられようが極められようがKOされようが
何度でも立ち上がって不敵に笑うのがプロレスラーだ。
てめえはてめえのプロレス魂を見せて、絶対に勝て!」
あまりにも非論理的で熱血すぎるその発言にさえ、快斗は熱く返事をする。
彼の中ではプロレスラーと言うのはめげない、泣かない、諦めないものなのだ。
それを対戦相手のマテウス・モンテーロにも絶対にわからせてやる。
そう考えながら快斗は入場路を進んでいた。
―― さて控室。
「ちょっと驚いちゃった。大輔さん、なんであんなに快斗さんを挑発したの?」
快斗と次藤が出て行ったあとで慎之介が大輔に対して先ほどの行動の意図を聞く。
詩音も気になっているようだが…。
「ん?大した理由はねえよ。
プロレスの名場面で
『やれんのか?やれますよ!』
ってビンタ張り合うってのがあってさ、それをやりたかっただけだよ。
あいつもわかってたみたいで乗ってきて楽しかったぜ」
と、ビンタを振る真似をしながら大輔は満足そうに言った。
「え!?それだけ!?」
「あと俺、快斗の次の相手よく知らなかったからよ、聞いておこうかなと思って」
「ええええ!?なにそれ!?」
―――――
―ここは対戦相手『マテウス・モンテーロ』の控室。
彼は試合準備のため、まさに今控室を出るところだった。
「先生、やっぱりおかしいですよ。
王座挑戦ができないことは悔しいけど、まだ理解できます。
でも相手がまさか俺と同じくらいの年の、日本のプロレスラーだなんて…。
これはショーじゃないんですよ。いくらなんでも先生をバカにしてます」
まだ若い彼の弟子の『ガブリエル・アルバレス』が憤然としながら言う。
実際、彼の言うことももっともだ。
ずっと順番待ちをしてきて、ついに王座に挑戦できる時が来たと思ったら…。
いきなり現れた日本人にその場所を横取りされ、挙句に代わりの相手はその日本人が指名した無名の若いプロレスラー。
聞けばそのレスラーはMMA参戦自体、これが初めてだという。
これがバカにしているのでなければ、いったい何だというのだろうか。
なんのために自分はそんな闘いをしなければいけないのか。
そんな気持ちはマテウスにもなかったわけではない。
だが…。
「ガブリ…歩みを止めるわけにはいかないのだ」
マテウスは口数少なくそう言う。
ガブリエルもそう言われてはもう返すこともできず、悔しそうに俯き…。
マテウスに従い、花道に向かった。
荘厳な調べの自分の入場曲が鳴り響く中、マテウスは歩きながら、先にリングで待つ日本のプロレスラー『清原快斗』を遠目で見る。
長身、金色に輝く髪、魅せるための筋肉で盛り上がった肉体、きらびやかなコスチューム…。
派手さに溢れた、自分とは正反対の男だ。
ああ、この男はきっと売れる。それも自分と正反対だな…。
そう考えたマテウスは、彼と自分の対戦が決まった時のことを思い出していた。
―――――
そう、あれは一か月ほど前にオフィスに呼ばれた時。
マッチメーカーの梁世凱は、いつも通りの下品な笑顔を浮かべて言った。
「Mr.モンテーロ。次の日本大会の…そう、君の王座挑戦だけどね。
あれ、延期にしちゃったんだよね。
もっと売れる奴…仲村大輔が、王座に挑戦しちゃったからね」
軽く言った梁世凱のその言葉に…。
マテウスは、自分でも不思議なほど納得していた。
(そうか、仲村大輔を引っ張ってきたか…)
仲村大輔と言えば世界最強候補とも言われるほどの男。
そして現王者のジャクソンとの対決は、多くのファンが待ち望んでいたカードだ。
おそらくチケットもPPVも、他の誰が挑戦者である時より売れる。
カード差替えは当たり前だろう。
…そう考え、マテウスは冷静に返事をした。
「わかったよ。それなら納得だ、仕方ない」
口数少なくそう言い、マテウスはオフィスを後にしようとするが…。
梁世凱はその背にさらに声をかけた。
「あ、でも、君の闘いが消えたわけじゃないからね。
その仲村大輔が君の相手を指名するそうだから。
決まったら教えるから、楽しみにしていてよね」
その言葉を聞きながら振り返らず返事もせず、しかしマテウスは考える。
そうか。その時は、戦いを繰り返してまた王座に挑めばいい。
順番はそう遠くはない。誰が相手でもやることは変わらない。
…そう思っていた。
―しかし、その相手はマテウスの想像から大きく外れたものだった。
相手が告げられたのは、その数日後の梁世凱からの電話。
彼は電話越しのマテウスにこう言った。
「君の相手は、日本の清原快斗という若手プロレスラーなんだよね」
と。
「…は?」
マテウスも思わず冷めた声が出る。この男は何を言っているのだ、と。
日本人プロレスラーだって?と彼は聞き返すが、梁世凱は詳しくは資料を送ると言って早々に電話を切ってしまった。
後に、彼は送られた清原快斗の資料を確認する。
23歳の日本人プロレスラー。
業界内では『プロレス界の超新星』と言われているようだ。ルックスもいい。
だが、しょせん狭い日本のプロレス業界の話だ、MMAで通用するわけがない。
仲村大輔がバーターで指名したということだが…なぜ相手が自分なのだ?
そこらのルーキー相手では駄目なのか?
マテウスはしばらく、そんなことを考えていた。
そして…腹を立てた。
PFCにも、仲村大輔にも、清原海斗にも、そして…。
こんな相手をあてがわれる不甲斐ない己にも。
(…俺の存在など、団体にとってどうでもいいということなのか。
俺のプライドも価値観も、考慮する必要などないということなのか)
『出場拒否』…その言葉がマテウスの頭をよぎる。
しかし、彼は頭を振り、すぐにその道を思考から消し飛ばした。
勝てばいいのだ。勝ち続ければいい。
プロレスラーにも、次の相手にも、その次も。
そうすればいつかはジャクソンに…王座に届く。
出場拒否などしたらその道は永遠に閉ざされる。
ただでさえこんな扱いをされるほど、団体にとって自分の存在は軽いのだから。
…それがマテウスの出した結論だった。
―――――
記憶を反芻しながら、マテウスはリングに向かう。
そして、いまだ納得いってない弟子のガブリエルに言った。
「ガブリ、よく観ておけ。
すべての闘いに無駄なものはない。
一つとしてもな」
弟子にそう言い残して、彼は開いた金網からリングに立つ。
そして対戦相手の若きプロレスラーと向かい合った。
(無駄なものなど一つもないと言ったが…。
この闘いから学べるものなどあるだろうか)
彼がそう考えた瞬間、第6試合開始のブザーが鳴った。
そして、その直後…。
「行くぜッ!」
ゴングと同時に快斗が雄叫びを上げた。
そして、まだ距離があるにもかかわらず、マテウスに一直線で向かってくる。
(な…なにを考えている!?)
マテウスは困惑する。
ただ闇雲に相手に向かい突進するという戦法は、MMAではあまり見ないし、利口な戦い方ではない。
横にかわし、その隙に打撃を繰り出せばいいのだから。
その例に漏れずマテウスもその突進を横にかわす。
そして、間髪入れず快斗の頭部にハイキックを打ち込む。
ゴッと鈍い音が響き、自分の足にそのしっかりとした手応えを感じた。
これで終わったな、とマテウスは考えるが…。
快斗は全く怯まずニヤリと笑い…ハイキックをしたマテウスの右足を掴んだ。
勝利を確信していたマテウスは表情を変え驚愕する。
(そ…そんなバカな!?頭部へのハイキックだぞ!?
なぜこいつはまだ動けるんだ!?)
「プロレスラーのタフネスと根性、なめんじゃねえぞ!」
ダメージが全くなさそうな快斗はそう叫びマテウスの右足をしっかりホールドする。
そしてそのまま沈み込むように回転し…。
プロレス技『ドラゴンスクリュー』を放った。
「うおおっ!あれはドラゴンスクリューだ!」
招待席で観戦していた快斗の同僚プロレスラー、リュウが歓声を上げる。
また、観客も騒然とする。
まさかMMAでドラゴンスクリューを観ることなど、あるとは思わなかったのだ。
一部の観客は大盛り上がりで歓声を上げ、最前席で観戦していた井上も叫ぶ。
「ま、まさかMMAでドラゴンスクリューとは!」
と。
技をまともに受けたマテウスが倒れ、足の痛みで悶絶する。
ドラゴンスクリューは単純な投げ技に見えるが、受け手がうまく対応しなければ足へのダメージは尋常ではない。
100㎏を超える重りが高速で足で回転するようなものだからだ。
頭部へのハイキックを受けた相手がまったく怯まず、しかもまさかそんな技を繰り出してくるとは一切思っていなかったマテウスは対応が遅れてしまった。
すぐに快斗がレフェリーを一瞥するが、レフェリーは反則を取らず、ストップもしない。
まだ試合は続くと言うことだ。
彼はそう判断し、倒れたマテウスの右足を取ると…。
関節技『アンクルホールド』の体勢に移り、足をさらに締め上げた。
まるで万力のような馬鹿力で絞めあげられ、マテウスが悲痛な声を上げタップする。
それを観たレフェリーがギブアップと判断し、試合をストップした。
――試合時間わずか12秒。
MMA初参戦のプロレスラー清原快斗、まさかの圧勝である。
多くの観客が予想していた結末から大きくかけ離れた結果に、しばし呆然とする。
そして一瞬の間を置いた後…。
驚きと困惑、そして興奮の大歓声が上がった。
快斗はその中で、大きく右腕を天に掲げる。
倒れたマテウスは足の激痛をこらえながら、その快斗の姿を見る。
ああ、この男はやはり自分と正反対だ…そうマテウスは思った。
きっとこの先も、困難に溢れた険しく長くも輝きに満ちた栄光の道を、少しずつ、それでも一歩一歩確実に踏みしめていくのだろう。
そしていつか王座に座るのだろう、それもそう遠くないうちに…と。
―――――
さて、試合を終えた快斗に対し、セコンドの次藤が激励している。
「プロレスラーが秒殺なんてあんまりよろしくねえが…。
ま、及第点だろ」
きっと次藤も、快斗の勝利を疑っていなかったのだろう。
諦めを含めた笑顔でそれを見届け、右足を引きずりながらリングを下りるマテウスに、弟子のガブリエルが肩を貸す。
「…ふがいない戦いを見せてしまったな」
マテウスはそう言うが…ガブリエルはしっかりと前を見据え、こう答えた。
「先生。あいつ、本当に強かったです。俺が観ていても次元が違った。
プロレスラーなんだけど、たぶん何をやっていても
いつかトップになれる超人が、たまたまプロレスをやっていた…。
そう思います」
そう言って、ガブリエルは言おうとした最後の言葉を飲み込む。
『先生が弱かったわけじゃない』
と言う言葉。
その言葉が事実だったとしても、それは慰めにしかならない。
出場拒否をせず戦った師匠のプライドを傷つけてしまうような気がしたからだ。
それを知ってか知らずか、マテウスが弟子に言う。何か学ぶものはあったか、と。
その言葉にガブリエルは…。
「…正直、よくわかりません。
でも、俺はあいつに勝ちたくなりました。ジャクソンじゃなくて、あいつに。
今の俺じゃ、絶対に勝てないけど…でもいつか戦って、そして勝ちたい」
と答えた。




