第24話「情熱の風」
さて、控室に戻り狐のお面を外した慎之介、その肩を叩きながら快斗が激励する。
「よう、観てたぜ!
すげえじゃねえか!PFC王者を1ラウンドで倒しちまうなんてよ!」
「はは、どうも。反則らしいけどね…。
というか快斗さん、肩痛い。手加減して」
力加減を知らない―それでも手加減はしているのだが―快斗の肩叩きが、ジャブをガードし続けて少し痛めた腕に響く。
それでも素直に喜び祝ってくれた快斗に対して慎之介は笑顔を見せる。
快斗のセコンドの次藤も満足顔だ。
「いやあ驚いたよ。
こんな若けえのにあの大舞台で緊張もせず、それどころか
あんな大技を繰り出すたぁ大物だぜ。
まだまだ先だがモーゼスに就職する気なら熱烈大歓迎するぜ」
その言葉に慎之介も愛想笑いしながら、先のことを考え椅子に腰を下ろす。
(就職かあ…まだまだ先のことだなあ、その時僕はどうなっているんだろう)
まだまだ先の話…高校生活はまだ始まったばかりだ。
それに卒業しても大学に進学すれば、そこからあと4年ある。
自分はどうなっているのだろう。
大輔や快斗と同じように格闘技の道を進むのだろうか。
それとも父の仕事を手伝っていずれは資格を取り事務所を継ぐのだろうか。
それともまったく別の道を進むのだろうか…。
そう考えるが、やはり先の事。
少なくとも今はできるだけのことをやろう、楽しめることを精一杯楽しもう。
彼はそう思い、軽く笑った。
さて、一息ついて控室のTVでは次の第三試合が開始されているが…。
その前に、控えめに控室のドアがノックされる音が聞こえた。
たまたま近くにいた詩音がドアを開けると、香田家のボディガードにしてお抱えの運転手である銀次が礼をして入ってくる。
その後ろには続いて喜太郎や天音、遼と葵といった面々だ。
「試合前ながら失礼いたしますよ、大輔さん。
ぜひ、激励をしたいと思いまして、オーナーさんにお願いしました」
「やあ、銀次さん。いらして頂いていたんですか。
ご挨拶が遅れまして失礼しました」
銀次に礼儀正しく応対する大輔。
それを見て、つくづくこの人は大人なんだなあ…と慎之介も感心する。
そんな中、見覚えのある顔が慎之介の前に立つ。
かつて一瞬のうちに脇固めで制圧した香田喜太郎だ。
「よ、よう、慎之介、元気だったか?
俺のこと忘れたとはまさか言わないだろうな」
「もちろん覚えてますよ。香田喜太郎さんですよね」
その言葉に喜太郎はすぐ上機嫌になり、先の試合を解説しながら上から目線で饒舌に褒め続ける。
慎之介を立てつつ自分の立場も同等に据え置く見事な話術だ。
これも上流階級香田家の心得なのだろうか。
まあ実のところ慎之介は喜太郎のことをすっかり忘れていたのだが…。
一ヶ月ほど前に喜太郎に会いに香田家に訪れた時に思い出してから、いつか機会があれば会いに行こうと思っていたのだ。
(あれ…でも、喜太郎さんに聞きたいことって、なんだったっけ?)
ここ最近はこの大会の事ばかり考え、ついそのことを忘れてしまった慎之介だが…。
ふと、喜太郎の後ろに自分と同じくらいの歳の、長いポニーテールの女の子がいるのが見えた。
あの子はたしか…と彼が考えていると、その子が遠慮がちに話しかけている。
「あの…私、喜太郎の妹の香田天音と申します。
その…さっきの試合、凄かったです」
「あ、あの、はは、どうも。反則だったみたいですけど…」
慎之介も照れながら笑う。
どうにもあの反則を褒められるのは気恥ずかしいのだが、まあ自分なりに頭を使って考えた戦法だ、悪い気はしない。
「ところで、あの…燈映でもお会い…というかお見掛けしましたよね。確か」
そういえば、とふと思い出して慎之介はそんなことを言う。
あの時、自分が食べたくもメニューに載っておらず諦めたハンバーグを、この女の子が食べていたっけ、という慎之介としては何の気もなく言った言葉である。
しかし、それを聞いた天音は、えっ…と声を上げると顔を伏せてしまった。
(あれ、何かまずいこと言ったかな…変なことは言ってないと思うけど)
と慎之介も思うが…。
その時、ドアを開けてオーナーの華僑女性…『梁麗』が入ってくる。
梁麗は深々と頭を下げると、香田家の面々に向かい面会時間の終了を告げた。
「皆様、申し訳ありません。
仲村大輔氏は試合前ゆえ面会時間が限られておりまして…。
お名残り惜しいとは思いますが、この辺りで面会を
終了させていただければと存じます」
「おお、承知いたしました。
では喜太郎様、天音様。そろそろ戻るとしましょうか。
それでは大輔さん、ご武運をお祈りしておりますぞ」
そう言った銀次を先頭に香田家の面々が外に出る。
最後に詩音と話していた葵が部屋の外に出たあと、少しして大輔がからかうように慎之介に声をかけた。
「よう、香田のお嬢様と仲良く話してたじゃないか。
確かお前と同じ年だって聞いたぞ」
それを聞いて詩音も嬉しそうに会話に乗ってくる。
「香田家のお嬢様かあ。慎之介を気に入ってくれればいいなあ。
まあ、上流階級ってなかなか大変そうだが」
どうにも天音は後半は話をしてくれなかったことを思い出し…。
慎之介が言葉を返した。
「別にそういう話じゃないし。というか、なんか嫌われたっぽいよ僕」
―――――
さて、第三試合
『ローション相撲対一撃必殺究極流無双空手』
が、グダグダなコミックショーのような形で続いている頃、香田家の面々もまたVIP席に戻って来た。
「おーまだ試合やってる。
ははっ、ローション相撲とインチキ空手家の勝負か、くっだらねー」
試合を観てそう言いながら葵は笑う。
学生時代はほとんど話したことはなかった霧神詩音、実は極めて普通の人間だった彼女と話し、葵の中の霧神家の危険なイメージはほとんど払拭されていた。
喜太郎は慎之介が自分を覚えていたことに上機嫌になっている。
ふふふ、やはりアイツこそが俺の終生のライバルと呼ぶにふさわしい。
これぞ宿命にして新たなる、そして遥かなる闘いなのだ、としつこいほどに何度も言っている。
とはいえ、かつての不良御曹司としての姿が完全に消え去ったその顔に、銀次は満足そうにうなずくが…。
今度は先ほどから少し様子が変な天音を見て、銀次が心配する。
遼も葵も同様に天音の様子が気になっているようだ。
とはいえ、その理由はわかってはいるのだが…。
天音の考え…兄の喜太郎を霧神慎之介が倒したのは偶然。
そして、それをたまたま自分が聞いたのも偶然。
さらにあの夜、たまたま燈映に居合わせたのも偶然。
目が合ったのも偶然。
さらに香田がスポンサーとなっているこの大会に霧神慎之介が出場したのも偶然。
ここまで偶然が重なることなどあるだろうか。
そして先の慎之介の一言。
ほんの一瞬目が合っただけの自分のことを覚えていたのだ。
これはもはや偶然の重なり合いではない、必然…いや『運命』だと。
父親の香田情熱、その名前通りの情熱を受け継ぎ天音は心を燃え上がらせる。
かつて父はその名の通り情熱的なアタックで母を射止めたと言っていた。
ならば私も彼を己の情熱で射止めてやろう。
…おおむね、こんなところだろうと銀次は推測する。
そしてそれはほとんど間違っていなかった。
遼は笑い声にも似たため息を吐く。これはもう止めても無駄だ、と。
いや、むしろ止めれば止めるほど、それは燃料となって天音はその恋の炎を燃え上がらせるだろう。
なんといっても天音は、あの香田情熱の…。
創始者一族ながら子会社の社員に始まり、あふれんばかりの情熱と熱意でついに親会社の代表取締役まで昇りつめ、香田グループ内でも伝説となっている男の愛娘なのだ。
(やれやれ…もしかしたら本当に
霧神慎之介君と闘わなければならなくなるかもしれんな)
かつて言った自分の言葉…。
『お嬢様と交際するのであれば、まずは私を倒してからですな』
…そんな言葉を思い出し、また遼は笑いながらため息を吐いた。




