第23話「MYSTICAL GLIDER」
慎之介とライアンの戦いが本格的に始まったエキシビション。
その戦いを運営席から見ていたコミッショナーの『リチャード・ハミルトン』がヒステリーを起こしながら叫ぶ。
「ライアンのバカめ、いったいなにをやっているんだ!
あんな子供相手にホーネット・スティングを打ち込むとは!!」
そう、これはバーターで押し込まれたエキシビション。
運営もしょせんは本気ではない遊びのようなものだと思っていた。
腕自慢の少年が王者に挑み、終盤で軽い一撃を食らいダウン。
井の中の蛙であった少年は大海の広さを知り、王者はその度量の深さを見せる…。
それで終わりだったはずだ。
しかし、目の前の闘いはそうではなかった。
少年は素早い動きでライアンに食らいつき、そのライアンは数多くの選手をKOした己の必殺技まで使っている。
つまり、どちらも本気で闘っている。
これは運営も完全に想定外だ。
自分から望んだ闘いとはいえ学生である少年が仮にこの闘いで怪我をすれば、万全の備えを敷いているPFCが責められるリスクは少ないとはいえ、道義的、社会的にはそうもいかない。
事業拡大の新天地として狙っていた日本での展開にも影を落とすだろう。
「頼むぞライアン、決して怪我はさせるなよ…」
試合を止めようとしてももう間に合わない。リチャードは祈るように呟いた。
…その少し離れた席で、マッチメーカーの華僑男性『梁世凱』はその戦いを観て興味深そうに笑っていた。
あの少年、磨けばきっと金になるぞ。姉の梁麗にも言っておかないと…と。
―――――
さて、試合会場では再びライアンがジャブを連射する。
お面を外して視界が良くなった慎之介は丁寧にガードするが、全力でエンジンをフル回転させているライアンのジャブは止まらない。
そもそもわずか3分の闘い、ペース配分も何もない。
もともと打撃重視の選手である彼のジャブは鋭く、うかつに反撃を試みればカウンターを受けることは必至だ。
どんどん時間が無くなっていく中で、慎之介は必死に打開策を考えた。
(くそっ…こういう時、MMAの選手はどうするんだ?)
慎之介がまず思い浮かんだのはタックル。
しかし、ライアンもそれは警戒しているだろう。
タックルに行ったところをヒザでカウンターを受けてしまっては、その時点で勝負は終わってしまう。
ならば、と慎之介はジャブをガードしながら少しずつ距離を詰める。
密着状態になれば己の奥義『戌閃』を狙えるチャンスはある。
しかし、ライアンは巧みにフットワークを活かし、とにかく金網を背にしないように移動して逃げ、またジャブを打ち続ける。
このリングでの経験は圧倒的に彼が上、うまく扱うことにかけては一枚も二枚も上手だ。
残り1分10秒。攻めあぐねている慎之介だが…。
「慎之介!他の選手の動きを真似しようとするな!
お前はお前にしかできないことをやれ!」
場外からセコンドの大輔の声が飛ぶ。
それを聞いて慎之介も、そうか、その通りだ、と納得する。
たかが一ヶ月の修行で、自分が一流MMA選手並みの動きができるはずがない。
ならば自分には自分のできることをやろう、と。
…でもそれってなんだ?と慎之介が考えるが…。
ふと、試合前に詩音が言っていたことを思い出す。
…『危なくなったら、金網蹴っ飛ばしてでも止めるからな』 …
よし、これだ!と慎之介は考え、ライアンから少し距離を取る。
そして、リングを囲む金網から少しだけ距離を取って構え、ライアンを挑発する。
左手を上に向け指を曲げ伸ばしして『かかってこいよ』とジェスチャーしながら。
ライアンはそれを見て笑みを浮かべる。
あの小僧、どうやら何かを企んでいるらしい、と。
残り1分、放っておけばこの戦いは終わる。しかし…。
(何を企んでいるのか…そいつを確かめてみねえと客も納得しねえよな!)
根っからのプロ根性のせいか、ライアンは慎之介に突進する。
種明かしを見せてみろ、とばかりに。
そんなライアンの突進を待ってから…。
なんと、慎之介は思い切り後ろの金網に向けて飛んだ。
そして金網を蹴って、三角飛びのような形で勢いよくライアンに頭から突撃した。
「なっ!?」
その飛び込みの速さとフェイントのような動き、そして
『金網を蹴った反動の三角飛びで頭突きをかます』
というのはさすがにライアンも想定外だったのか一瞬反応が遅れ、慎之介の頭突きをまともに受けてしまう。
そのまま転がったライアンはグラウンド技を警戒してすぐさま立ち上がるが、すでに密着の間合い。
そう、慎之介の『戌閃』の間合いである。
「くらえっ!」
気勢を上げると同時にそのまま慎之介は全身を瞬間的に回転させ…。
霧神流奥義『戌閃』、俗にワンインチパンチとも呼ばれる拳をライアンの心臓に叩き込んだ。
ライアンよりも数段タフな快斗にさえ膝をつかせた『戌閃』。
それを受けたライアンは大きく目を見開くと、そのまま倒れ込む。
…そして、気を失った。
リングに大の字になっているライアンと、残心を取る慎之介。
エキシビションマッチ、2分8秒。
ライアンの戦闘続行不能により決着である。
…で、あるのだが…。
観客は先ほどまでの喧騒を一変させて静まり返っている。
その観客の気持ちを代弁するかのように大輔が呟いた。
「いや…反則じゃないのか?あれ…」
それは慎之介の飛込による頭突き。
そう、MMAにおいて頭突きは基本的に反則である。
ましてや金網を利用した三角飛び頭突きなど、どう判断すればよいのか…。
「お前が、自分にしかできないことをやれなんていうから…」
と、詩音が大輔の肩をつついて言った。
―――――
…さて試合終了後。
慎之介はレフェリーにこっぴどく怒られていた。
「三角飛びで頭突きなんて、なにを考えているんだ!!
前代未聞の反則だぞ!!」
と。
レフェリーの説教が終わった慎之介が、しゅんとしてリングを降りる。
その顔を見ながら詩音はあらかじめ用意していた予備の狐面を慎之介に被せ、笑いかける。
「いやまあ、でもよくやったぞ慎之介。
当て方は悪かったにせよ王者を倒したんだから。上出来だ」
「うーん、いいアイデアだと思ったんだけどなあ…」
そう呟きながらまだ落ち込んでいる慎之介を、大輔が励ます。
「まあ反則は反則だが、ある意味本当に満点だったぞ。
ほら、見てみろ観客の反応を」
その言葉に慎之介がお面越しに周囲を見るが、観客も盛り上がっているようだ。
少なくとも観客受けという点では満点ではあるのだろう。
「それだけじゃねえぞ。
結局勝負を決めたのはあの戌閃一発だが
記録を残さねえこの戦いは記憶にしか残らねえ。
普通じゃ王者が高校一年生に負けるなんて廃業クラスの大恥だが
多くの人間には
『王者は高校生の反則による不意打ちを受けてダウンした』
としか思われねえから、株も再起不能までは下がらねえよ。
それにお前も名前は明かしてねえからクレームを受ける心配もねえ。
お前が勝って、ライアンにも再起の道を残す。
完璧すぎるほど上出来の結果だ」
と大輔も慎之介の背中を叩き嬉しそうに笑う。
まあそれはそうなのかもしれない。
つくづく、顔を隠していてよかった…と慎之介は思った。
まあ、試合中に顔を晒してしまったが、それでも名前はわからないし大丈夫か…。
彼はそう考えて、笑いと歓声に包まれた退場ロードを帰って行った。
―――――
さて、その戦いの一部始終を観戦していた香田家の面々はというと…。
頭突きって反則だよね?という喜太郎の横で遼が言う。
「三角飛びによる高速かつ悪質タックル…だが問題はそこではありません。
ライアンはすぐに立ち上がったし、あれでは大したダメージは与えていない。
問題はその直後…。
あの少年は拳一撃で、 しかも高等技術であるワンインチパンチで
ライアンをダウンさせました。本当に見るべきはそこです。
あの少年、相当な実力者であることは間違いありません。
仲村大輔さんの知己とはいえ、あの年にして
どこであれほど修練を積んだのか…」
稀に見る真剣な表情で語りだす遼に、葵がため息をつきながら話しかける。
「やれやれ…戦ってみたいとか、言いださないでくださいよ。
男っていつもそれだから」
そう言いながらも、葵は霧神家のことを考える。
ルール違反による危険なタックル、やはり霧神家は危険なのかもしれない、と。
だが…。
いいもの見させてもらったわい、と笑顔で呟いている銀次に対して、天音が決意したように言う。
「ねえ、銀次さん。今戦った、霧神慎之介くん…。
控室とかに、ちょっと会いに行けないかな?」
その発言に、銀次を除く全員が『え!?』と声を上げる。
当の銀次はほっほっほ、と笑いながら…。
「…そうですなあ。試合も終わったことですし、今なら大丈夫かもしれませんな。
私も試合前に大輔さんにも挨拶しておきたいですし…。
それになにせ香田はこの大会のスポンサー、その社長の家族が選手に挨拶しても
それほど不自然ではありませんな」
銀次は穏やかな声でそう言う。
その返事を受けた天音も嬉しそうだ。
継いで、天音は喜太郎にも声をかける。
「なら、お兄ちゃんも一緒に慎之介くんに挨拶しに行こうよ。
終生のライバルなんでしょ?」
「うっ!聞こえてたのか…ま、まあ、それは確かにそうかもな。
久々に顔を合わせに…い、行こうかな」
なんとなく気恥ずかしさがある喜太郎が戸惑いながらも承諾する。
自分は慎之介を終生のライバル、いつか雌雄を決すべき相手、などと常々言っていたが、そもそも慎之介が自分を覚えているか…。
そこは不安であったのだが、こうまで言われては退くわけにはいかない。
これに慌てたのがボディガードの葵である。
今までの天音はどちらかというとうわの空で、思春期特有の『恋に恋する』という状態だったのだが…。
今は計算して銀次や喜太郎といった周囲を巻き込み動かそうとしている辺り、これは本気だ。
はっきり言うと、話したことさえない霧神慎之介に本当に恋をしてしまったのだ。
葵としてはこの戦いで霧神慎之介に幻滅してほしかったのだが、目論見とは裏腹に本気にさせてしまった。
天音の母であるゆかりの言葉を借りるなら、幻想に花が咲き実体化してしまった、といったところだろうか。
そんな心境を知ってか知らずか…いや、見透かしたように銀次が笑う。
「遼、葵。
主の純粋な心を雇われ人がどうこうしようなど、勝手が過ぎると思わんかね。
わしらは主の身を護るのみぞ」
その言葉に、葵が覚悟を決めたように立ち上がる。
「わかりましたよ、私も行きましょう。私が蒔いた種です。
それに、高校時代の後輩にも会いたいしね。
…ほら、遼さんも渋ってないで行きますよ」
と言い、遼の肩を叩く。
その言葉を受けて遼は残念そうにため息をついた。
「むう…私は単に次の試合の
『ローション相撲対一撃必殺究極流無双空手』
を観たかっただけなのだが…まあ、そういう事なら仕方あるまい。
あとでPPVを買って観るよ」
「えっ、なにそれすごい観たい。
運営とんでもねえカード組んだな、バカじゃねえの。
あとで私にもそれ見せてくださいマジで。いやマジで。
うわーマジ観てえ!なにそれ!?バカじゃねえのなにそれマジで!?もー!!」




