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MYST REMNANT  作者: 笹上パン工房
―PFC編―
24/39

第21話「TOUGH BOY」

さて、ついに7月第2週の日曜日が来た。

…すなわち、PFC初の日本大会開催の日である。


大会名を『Invisible(インヴィジブル) Chaos(ケイオス)』と銘打めいうったこの大会…。

直訳して『目に見えない混沌こんとん』というその名の通り、メインカードの差し替えからバーターによる慎之介や快斗の出場、メイン出場が決まっていたはずのマテウスの第6試合への降格など…。

この大会は、種々(しゅじゅ)の話題を提供し続けた。

その甲斐あって…と言っていいのかはわからないが、超満員ちょうまんいん札止ふだどめとまではいかずとも、会場の『双国そうこく国技館こくぎかん』は前売りで8割ほど埋まっているようだ。

当日券も合わせればもう少し増えることだろう。

が…。


―――――


「ふん、俺の力をもってしても満員にならなかったか。宣伝不足だな」


と、控室で大輔が不満そうに呟く。


大輔の出場発表後は多数の海外ファンが食いつき、この大会をじかに観るために日本よりもむしろ海外のファンが多くチケットを買ったそうだ。

だが、格闘家連続殺人事件の余波で熱が冷めていた日本ではさすがにチケットも動きづらかったのだろうか、売れ行きは想定以上とはいかなかったらしい。

それでも大輔の参戦がなければいいところ埋まり具合は良くても3、4割程度だっただろうし、PPVは売れているそうなので集客効果は大いにあったとは言えるが…。


「無理やりバーターを2件も押し通して満員じゃないんだったら

 きっと次からは呼ばれないな」


大輔の側で詩音が笑う。


詩音は第2試合後のエキシビションで慎之介の、そしてメインイベントで大輔のセコンドに立つ予定だ。

同じ控室にいた慎之介も準備をしながら笑う。

大輔とセコンドの詩音、そして彼がバーターで押し通した慎之介と快斗、そして快斗のセコンドに立つ予定の次藤は同じ控室にいた。

リュウや優太は招待券で会場の観客席に座っている。


(哲司さんたちにも来てほしかったんだけどな)


慎之介は同じ花宮高校の先輩である澤山哲司と岬絵美里のことを思い出す。

大会出場のことをこっそり二人には知らせていたのだが、哲司のインターハイ予選と重なり残念ながら二人とも来ることは叶わなかったのだ。

『頑張ってくれよ!俺も頑張るからよ!観客の度肝どぎも抜いてやれ!』

と哲司や絵美里から激励を受けたことを思い出す。

もっとも、慎之介はそれ以外の人間には今回の出場を伝えていない。

あまり大事になっても困るからだ。


それを知っていた詩音も慎之介に近寄り激励する。


「慎之介。この一か月よく修行に励んできたな。

 まだまだ未熟だが、ある意味今日が試金石かもしれないぞ」


そう、慎之介は大会出場が決まってからとにかく霧神流の特訓に励んできた。

奥義はまだまだマスターできていないものの、とうきょくを必要とするMMAにおいて必要な訓練を詩音や大輔と行ってきたつもりだ。

もっとも、たったの一か月程度なので、完全とは言いがたいが…。

それでも、オープンフィンガーグローブを準備しながら慎之介は言う。


「大丈夫だよ、姉さん。それより今は楽しみなんだ。

 僕と同じ体格の世界王者ってのが、どのくらいなのか」


今回はただどちらが強いか、それを比べ合うだけの闘いだ。

しかしその中で自分の全力を振るえるというのが、彼はどこか楽しみだった。

復讐や制止のためではなく全力で戦い、どちらが上か比べ合うというのが楽しみなのは、男性の本能なのかもしれない。

詩音もそれを知って笑いかけるが…。


「危なくなったら、金網蹴っ飛ばしてでも止めるからな!」


と言って大輔の側に戻る。


それを確認したあとで、今度は快斗が慎之介に話しかけた。


「よう、前も思ったけど…お前の姉ちゃん、とんでもない美人だな」


その言葉に慎之介は少し調子が狂う。

まあ確かに姉は美人だと思うが、それって今言う事か?と。


「わざわざかけてくる言葉がそれ?

 もうちょっとほら、僕に対しての激励とかさ。もっとこう、あるでしょ」


口をとがらせて言う慎之介に、快斗も肩をすくめて少し笑いながら返す。


「ない。俺を倒したお前にかける激励の言葉はない。

 いて言えばいつかリベンジするから覚悟しとけよ」


「はいはい。僕がもっと強くなったらね」


慎之介と快斗。

かつての両者の闘いは、形の上では一応慎之介が勝利したが、戦闘能力では明らかに快斗が上だった。

お互いが本気で戦えば慎之介は一回勝つために何回も負けていただろう。

まだまだ実力は快斗の方が上。

それを慎之介も認識していたからこそ出た台詞だった。


そんな折、係員が出場の連絡に来る。


「霧神慎之介選手とセコンドの方、そろそろ出番です。

 準備の方、よろしくお願いします」


慎之介は第2試合終了後のエキシビション。

そして快斗は第6試合、そして大輔は第9試合、メインイベントだ。

慎之介の出番が最初、それをわかっていた慎之介がカバンから何かを取り出す。


今回の大会出場については両親の承諾は得ていたものの、学校には知らせていない。

エキシビションとはいえどうせ止められるからだ。

バレたら厳重注意はもちろん、停学の恐れもある。

というより、普通に出たら間違いなくバレる。

と、いうわけで、慎之介は自らのカバンに秘密兵器を用意してきたのであるが…。


「お前それ本当にやるつもりかよ。あーあ、相手怒るぞ、たぶん」


と大輔が、カバンの中から取り出した『それ』を見て笑う。

慎之介は何も言わず笑って『それ』を手に取った。


―――――


さて、試合会場では第二試合が行われている。

軽量級の若手のホープとベテランが試合をしているようだが、どうにも会場の盛り上がりはいま一つのようだ。


「…あれだったら俺の方が強いし面白いな。きっと」


招待席、その中でもVIP席に座っていた喜太郎が思わずそう口にするも、近くに座っている天音やボディガードたちも何も反論しない。

なんとなくそれを否定できなかったからだ。

外連味けれんみがないというのか、ポイント狙いの一辺倒いっぺんとうと言うのか…。


PFCは通常のMMA団体よりも逃げや時間稼ぎを排除しているルールではあるが、それでもそのルールの隙間を突いた戦いなのだろう。

玄人好みではあるのだろうが、初めて観る観客には物足りない。

天音も同様で、試合を観ずスマホをいじりながら、退屈そうにあくびをする。


(この試合の次だっけ…うーん、わざわざ来なくても良かったかも)


この大会の観戦を決めてから一か月…。

天音は思春期の妄想もひとまず落ち着き、少しずつ現実に戻り始めて来ていた。

慎之介へのあわい恋心までは消え失せてはいないものの

『香田家のお嬢様が恋で盲目になるのもみっともない』

という気持ちも持ち始めていた。


…さて、第二試合が判定で終わったようだ。

どうやらベテランが勝ったようだが、天音にとっては正直どうでもいいことだ。

退屈そうにスマホをいじる天音に、会場のアナウンスが耳に入る。


『さて、会場の皆様にご連絡いたします。

 本大会を開催いたしましたPFCの青少年指導育成の一環いっかんといたしまして…。

 第三試合開始前に、PFC軽量級(ストライカーズクラス)王者チャンピオンライアン・フィンチおよび

 本大会メインイベントに出場いたします仲村大輔選手の弟の

 3分1ラウンドのみのエキシビションマッチを行います』


その言葉に天音もスマホから目を離し選手入場口を観るものの…。

どことなく恥ずかしさを感じてまたスマホに目を戻す。


「一介の高校一年生と、軽量級とはいえMMA団体王者の闘いか。

 我々からするとあまりにも無謀むぼうで馬鹿げているが…。

 彼を知るものからすると、そうではないのかもしれんな」


遼が少し期待しながらそう呟くと…入場曲であろうか、音楽が流れ始める。


が…その瞬間、喜太郎が呟く。あれ、これ聴いたときあるぞ、と。

銀次も遼も聞いたことがある曲だ。

そう、その曲はあるアニメ…。

ある暗殺拳の伝承者が悪党相手に秘孔を突いたりして奮闘する番組の主題歌である。

しかもその第2部の主題歌、さらにそのHEAVY METAL ARRANGEだ。

会場がざわざわし始める。これ北〇(ほくと)けんじゃないか、と。


銀次が感極まったように呟く。


「おお、北斗〇拳(ほくとしんけん)…しかもTOU〇H B〇Yとは…」


遼も反応し、誰がったか知らないながらも、その演奏に感心する。


「…ふむ、いいセンスだ。しかもこれは自主録音か?なかなかうまいじゃないか」


さて、そうこうするうちに選手入場口から3人ほどが現れる、が…。

なにやらセコンドに就く仲村大輔と霧神詩音が笑いをこらえきれず歩いてくる。

そしてその後ろに歩いてきたのは…。


「うおっ、な…なんだあれ」


その少年―霧神慎之介―を見て葵が頓狂とんきょうな声を上げる。


彼は黒シャツに黒ジャージとスニーカーだったが、それはともかくとして。

奇異きい奇怪きかいきわまりないのは狐のお面を被って入場してくる姿だった。


会場はまさに狐につままれたように静まり返り…。

そしてしばらくして笑い声が巻き起こった。


「…帰ろうかな…」


それを見て大爆笑している喜太郎の横で、天音が呆れたように呟いた。

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