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MYST REMNANT  作者: 笹上パン工房
―PFC編―
22/39

第19話「BEAUTIFUL DREAMER」

6月になり、多くの地域で梅雨つゆ入りし傘が欠かせない季節となった。

折悪く雨が降ったこの日にも、プロレス団体『モーゼス』の若きレスラーである快斗、リュウ、優太の三人は、近所にあるジムでトレーニングを続けていた。


モーゼス道場は大輔とガイゼンとの戦いによりだい規模きぼ半壊はんかいし、とても利用できる状態ではない。

併設へいせつしてある合宿施設も危険なため閉鎖された。

団体としては施設を再建したいもののその資金がない。まったくない。

もう本当にお金がないのである。

溝端の騒ぎで興行開催自粛中のため入ってくるお金もなく、担保に入れる物件もないため銀行からの融資ゆうしも断られてしまった。


また、あれだけいたスポンサーも何があったのか、ガイゼン襲来から

『やっぱりこの話はナシで』

とわずかな手切金てぎれきんのみで契約を切られてしまった。

まさにもと木阿弥もくあみ、モーゼスまたまた存続の大ピンチ…という状態だったのである。


それでも腐らずベンチプレスを続けている快斗の横で、休憩してスポーツドリンクを飲んでいた優太がため息をつく。


「はあ…道場を壊した分、少しでも仲村大輔さんに弁償してもらえないかなあ」


そう、もとはといえばガイゼンが襲来した時に大輔がトレーニング用具をやたらめったら投げつけたのが、道場半壊の理由ではある。

その時大輔は

『壊したら弁償する』

と言っていたし、頼めば少しは費用を出してくれるかも、と優太は発言するが…。


「優太、それは言っちゃダメなことだ。

 大輔さんと井上さんがいなかったら俺たちは確実に死んでいた。

 あいつ…ガイゼンに殺されてたんだ。

 命の恩人にたかるようなみっともない真似はできねえ」


ベンチプレスを上げながら快斗は言う。

大丈夫わかってます、ちょっとした愚痴ですよ、と優太も笑いながら返す。


ボロを着てても心はにしき

もともとモーゼスが窮地きゅうちおちいり多くのレスラーが離脱しながらも、モーゼスの存続を決してあきらめず、最後まで残った5人のうち3人が彼らなのだ。

最後まで粘り続ければきっとプロレスの神様は微笑んでくれる。

団体経営の厳しさを知らない若い彼らだからこそ言える青い理想だし、世人は彼らを間抜けと笑う者もいるだろうが…。

『真にカッコいいプロレスラー』というものを目指す彼らにとって、それは決して譲れない信念と決意なのだ。


さてそんな中、リュウが格闘技雑誌『週刊ドロップキック』を手に持って二人に声をかける。

今週号は来月中旬に予定されているMMA団体PFCの日本大会が大きく紹介されているようだ。

快斗もベンチプレスを中断してその雑誌を見る。


「よう、これ見てくれよ、メインイベントのカード差し替えだってさ。

 しかも現王者ジャクソンの相手、なんと仲村大輔さんだぜ」


その言葉に二人も雑誌を見ると

『衝撃!!ついに幻想の壁を壊しこの二人が相見える!』

という煽り文字とともに、ジャクソンと大輔の顔が並んでいた。


「すげー!PFCって言ったら新興だけど結構やりての団体ッスよね。

 まだチケット買えるかなあ。あ、そもそもチケット買うお金なかったわ、ハハッ」


優太は笑いながら自虐する。

心の中では招待券とかもらえないかなあ、と期待はしながら。


「PFC初の日本大会だし、会場もあのでっかい『双国そうこく国技館こくぎかん』だから

 本気でチケットやPPVを売りに来たな。

 もともとの挑戦者マテウス・モンテーロは確かにうまいけど判定が多くて地味だし

 世界的に有名な『拳帝』仲村大輔さんに差し替えて興行を成功させたいんだろう」


格闘技ファンのリュウも雑誌を読みながらそう推測する。

そう、現にこのカード変更後売れ行きがいまいち鈍かったチケットはどんどん売れはじめ、開催は一か月後ながらもすでに最前席、通称『砂被すなかぶり席』はもうソールドアウトしたとのことだ。


リュウが続けて読むと、本来の挑戦者であるマテウスも出場はするようだが、試合は全9試合のうち第6試合。

しかも対戦相手は未定となっている。

おそらく、ジャクソンと大輔の決戦は急遽きゅうきょ決まったのだろう。

あまり人気のないマテウスはそのあおりを受けてしまった、というわけだ。

残酷だが、これも興行の一面。

プロレスラーである彼らはそのことをよく知っている。

強いだけではなく、客を呼べてこそ一流なのだ。


そして、その中で快斗はページの隅に小さく書かれた一文を見る。


「第二試合後、エキシビション開催。

 軽量級王者ライアンと仲村大輔の弟との試合を追加予定…だって?」


読むと、名前は明かされていないが仲村大輔の弟なる人物とPFC軽量級王者のライアン・フィンチが3分1ラウンドでエキシビションマッチを行うらしい。

青少年育成指導の名目で賞金や出場金はないながらも、この戦いも観客に公開され、PPVでも流れるようだ。

その記事を読んだ三人が確信する。

『これはきっとあの少年…霧神慎之介だ』

と。


…そのタイミングで、快斗のスマホに電話がかかってくる。

相手はなんとその霧神慎之介。ニヤッと笑った快斗は、

『よし、全世界デビューの祝いの一つでも言ってやるか』

と電話を出た。


「よう、今ちょうど雑誌見てたぜ。お前だろ?ライアンと戦うの。

 エキシビションマッチだろうが構うことはねえ、派手にブッ倒してやれよ」


そう快斗は笑いながら言う。

その発言にリュウと優太も相手を電話相手を確信し笑うが…。


「ん?…ああ、俺?その日はいつも通りだよ、何の予定もねえ。

 おっ、まさか招待券でもくれるのか?

 …ん?違う?なに?…ああ、それも見たけど…おお…。

 え…えっ、俺に!?ちょ、ちょっと待て、本当か!?」


快斗の電話の声が徐々に変化していくのを見て、二人も少し首をかしげる。

何をそんなに驚いているのだろう…と。

戸惑いながらも、ああ、とにかく今すぐ団体に確認してみるよ、と電話を切った快斗が呆然としていった。


「あの、まだ未定のマテウス・モンテーロの相手…。

 バーターだけど俺でどうかっていう打診の電話でした」


この言葉にリュウと優太も驚きの声を上げる。

ジム中に響き渡るほどの大声を上げて。


この打診だしんを受けた快斗は大急ぎでオーナーの佐川と現場責任者の次藤に連絡する。

双国国技館という大きな会場で、しかも有料ながら全世界公開である。

モーゼスを、そしてプロレス界の超新星と呼ばれる清原快斗を全世界に知らしめるにはこれ以上ないほど最高の舞台だ。

MMAは初めてだが広報や力試しのためにぜひ出たい、という快斗の強い要望もあり、佐川も次藤も諸手もろてを上げて賛成。

こうしてマテウス・モンテーロの相手は清原快斗に内定したのである。


「こうしちゃいられねえ!あと一か月、本気で徹底的に鍛えねえと!!」

電話を終えた快斗はまたベンチプレスに戻る。

そして嬉しそうな顔でバーベルを軽々と何度も繰り返した。

その重量を見たリュウと優太が驚く。


「こ、これ…重量140㎏だぞ。

 こいつ、なんでこんなにスイスイ上げられるんだ…?」


「…ゴリラかなんかなんですかね、この人」


その様を見た他の人間も驚き…数日経ってこのジムの噂が地域に広まった。

『あのジムにはゴリラがいるらしい』

と。


―――――


さて同時刻、ここは香田家。

すでに学校を終わらせ家に帰っていた天音が自室でため息をつく。

つい先日、燈映ひうつりから帰ってきてからずっとこの調子だ。

何を話しかけても生返事なまへんじ、こちらの話などまるで聞いていないかのようだ。

学校の教師からも

『お嬢様はここ2,3日あまり元気がないようですが…』

と言われる始末である。


「ううむ、天音お嬢様はいったいどうされたのか…」

その天音の様子を部屋の外から見たボディガードの遼が考え込む。

彼もボディガードを務めてもう4年になるが、今まで天音のこんな姿を見たことはない。

何か悪い病気なのではないか、しかしそんな兆候ちょうこうなどなかったが…。

医者に連れて行った方が良いのではないか、と相棒の葵に話しかける。


「まあ、病気かも知れないですね。

 お医者様でも草津くさつの湯でも治りゃせぬ、っていうあれですよ」

同じボディガードの葵はへらへらと笑いながらそう応えるが…。

その不真面目さに遼は少々苛立ちながらサングラスを指で直す。


「葵、不真面目な態度はよせ。

 お嬢様が病気なら我々も専門外といえそれなりの対応をしなければならん。

 ホームドクターである山田先生にも相談せねばならんだろう。

 なにかそういう根拠とか兆候とか、もし見えていたのならば

 なぜ逐一ちくいち報告しなかったのだ?」


葵は遼のその堅物かたぶつ極まりない発言に、こいつマジか、マジでわかってないのか、という呆れた顔をする。


「遼さん、マジで言ってるんですか?

 根拠も兆候も十分すぎるほどあったでしょうよ」


「だから、なぜそれを報告しなかったと言っているのだ。

 それに気づかなかった私が言うのも恥ずかしいが、女性特有の病ならば

 男性の私が気づかない分、同じ女性のお前がカバーしてほしいのだが。

 …ちなみに私は本気で言っている。

 葵、その勤務態度が信用にかかわるとは思わないのか?」


「いや、こっちだって本気で言ってますよ。

 ていうかボケとかならやめてくださいよ。

 遼さんと漫才とか、例えばM-1グランプリとか出るつもりとかはないんで。

 予選落ちですよ絶対」


「それはこっちから願い下げだ…というか話が食い違っているぞ。

 当初の問題、なぜお嬢様の病気の兆候を見抜いておきながら

 それを報告しなかったのか、と私は聞いているんだ」


真剣に自分を叱っている遼を見て、ああ、この人ストレートに言わないとわからないタイプなんだ、と葵は頭をかく。

まったくめんどくさいな、まあ男なんてだいたいこんなもんか…と思いながら。


「天音お嬢様、霧神慎之介くんに恋してるんです。こいやまいってやつですよ。

 …っていうか、言われないと本当にわからないんですか?」


その言葉に遼は驚き、なにっ!?と声を上げる。


「な、なるほど…恋の病か。

 しかし会う機会など…あ、いや、燈映での一幕があったか。

 そう考えれば確かに兆候も根拠もあったと言えるが…。

 しかし言葉も交わしていないし、せいぜい視線が合った程度だろう。

 それでそこまでとは、まさか…」


「視線が合っただけで恋に落ちるなんてよくある話でしょ。

 ましてやお嬢様の中で霧神慎之介くんのイメージは思春期特有の妄想もうそう

 爆アゲしてるんで。

 その上、銀次さんの話でこりゃ見た目は期待できねえなと思ってたところに

 あの純朴じゅんぼく王子様あのじむしょ系かつ優しそうな美形ですよ。

 恋に落ちない方が逆に不自然ですよ普通に」


まさかそんなことが…と言いたげな遼と、コイツ本当にわかってなかったのかよ、と言いたげな葵。

ボディガード二人のそんな話が聞こえてきた天音が、少しムッとした顔で部屋の入口に近づき…。

何も言わず乱暴に部屋のドアを閉じた。

まるで抗議の意味を込めるように。


「…ううむ、怒らせてしまった。少々デリカシーに欠けていたか」


そんな事をいまさらのように言い頭を抱える遼に対し、葵はニヤリと笑う。


「個人的には初恋を大切にしてあげたいんですが…。

 まあみんなまだ早いっていうでしょうし。

 自発的に熱を冷ましてもらうための方法はとっくに考えてますよ。

 まあ、任せといてください」


―――――


さて、ドアをへだてた自室でまたため息を吐くその天音はというと…。

まさに葵の言う通り、その視線を合わせた一瞬で霧神慎之介に恋をしてしまっていたのである。


天音も母と同様に目が合った人間が悪人か善人か、相手がどう考えているかを言葉ではなく感情で理解できる天性の人並外れた共感能力を持っているが…。

一瞬その目を合わせた霧神慎之介が信用できる人間であることを見抜いてしまった。


思春期特有の妄想で爆アゲしたイメージに劣らないどころか、それを超えていた霧神慎之介という少年に恋心を抱きつつも…。

他人の内心がなんとなくわかるという能力のため、今まで冷めた人間を気取っていた自分が初めて、しかもあっさり恋に落ちたということに少し悔しさも感じていたのである。


そんな時、部屋のドアをノックし、入りますよ、という葵の声が聞こえた。

入って来るなと言う天音の返事も待たずに入室してきた葵を見て、天音はまたため息を吐く。

葵はいつもこうだ。

まあ、腕も立つし善人なのは間違いないので無碍むげにもできないのだが…。


「そういえば言おうと思ってたんですけど

 旦那様とも長い付き合いがある仲村大輔さん、いるじゃないですか。

 実は今度MMAの日本大会にメインイベントで出るって決まったんですよ。

 それで、スポンサーの香田家にもタダ券が回ってきまして」


「ふーん。そう。私は大輔さんって話したことないし

 あんまり知らないから興味ない。っていうかMMAってなに?」


「それでその大会、たぶん取引バーターなんでしょうけど…。

 霧神慎之介くんも出るらしいんですよ。ま、短い時間らしいですけど。

 その日は何も予定ありませんし、せっかくだから観に行きませんか?

 タダだし」


「…ふーん、まあ考えておく。ところでMMAってなに?」


さてミッション終了、とばかりに葵は頭を下げて部屋を出た。

この反応なら天音もおそらく招待席で観戦することだろう。


霧神慎之介がエキシビションでPFC軽量級王者と戦うことは葵も聞いている。

葵自身は彼のその強さを見たことはないが、いくら強くても所詮は高校一年生、PFC世界王者とまともな勝負になるわけがない。

きっと彼はいい所なく惨敗するだろうし、それを見れば天音の熱も少しは冷めることだろう。


葵自身は天音の恋の行方を見守ってやりたい気持ちもあるが…。

霧神詩音の魅力と危険さを考えると、おそらく弟も同類だろう。

上流階級のご令嬢である天音はできれば霧神家との関りは避けておいた方がいい。

それでも追うなら本気だろうし、それはその時考えよう、と。


そんな葵の考えも知らず…。

天音は平静を装いつつも内心ではその日を楽しみにしていた。

それで結局MMAってなんだろう、と思いながら。

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