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MYST REMNANT  作者: 笹上パン工房
―PFC編―
21/39

第18話「幻想の花」

ジャクソンの突然の来訪に驚く大輔と慎之介。

それをよそに、笑顔を浮かべたジャクソンが霧神家の個室に入ってこようとする。


「ハイ、ダイスケ・ナカムラ。初めましてかな」


「おい、入ってくんなよ勝手に」


が、それを大輔が言葉で制止する。

ジャクソンは『残念だ』とジェスチャーを取り、また入り口に戻った。


「日本語、わかるんですか?」


慎之介がそう尋ねると、ジャクソンは満面の笑顔で頷きながら当然だよ!

とサムズアップする。

先ほど通りがかった時は振り返らずに静かに酒を飲むだけだったのだが…。

まるで別人のような変わりようだ。


彼は言う。

まず自分のトレーナーであるウォーレンの働いた無礼をびたい、と。

普段はああいう人物ではないのだが、酒を飲むと抑えが効かなくなって大輔やPFCへの愚痴ぐちや文句をよく言うらしい。

今日もそんな状態だったところをまさかの大輔本人が通りがかってしまい、日ごろからの鬱憤うっぷんが爆発してしまったのだろう、と。


なるほど、わからない話ではない…と慎之介も勘案する。

親しい人間、特に自分が見込んだ人間がもういない人間といつまでも比べられては、確かに鬱憤がたまるのも不思議ではない。

例えば自分が同じ立場でも、大輔が圧勝を繰り返しているのに

『大輔ではあいつに勝てない』

と言われ続ければ、いったいこいつらは何を観ているのか、と不満もたまるだろう。

おそらく言われている本人以上に。


そこで偶然に本人を見かけて怒りが爆発するというのは少々過激ではあるが…。

まあ、おかしくはないだろう。


「私のチームは先にもう帰らせたよ。

 これ以上騒ぎを起こしてこの店に来れなくなるのも困るからね」


ジャクソンはさわやかな笑顔でそう言うが…慎之介は考える。

今までの話は嘘ではないだろう。しかし、何かが引っかかる。

彼の話と彼の態度、そこに一致しない不自然な何かが…。


「別に責めるつもりとかではないんですが…。

 それなら、なんでさっきトレーナーの人を止めなかったんですか?」


そう、慎之介にはそこが引っかかっていたのだ。

先ほどのジャクソンはずっと日本酒を一人で飲み続け、我関われかんせずという態度を取り続けていた。

その時にウォーレンを止めても良かったはずだ。

ではなぜ…?


「おいおい、野暮やぼなこと聞くなよ、慎之介。

 お前も性格の悪いやつだな」


たい茶漬けを食べ終わった大輔がそう言って立ち上がり、不敵な笑みを浮かべながらジャクソンと向かい合う。


「こいつ、俺とやり合うのが怖いんだよ」


と言い放った。

そして…大輔はジャクソンに、さらに捲くし立てる。


「今なら

 『存在しない幻想の壁に苦しめられている悲劇の王者』

 って肩書を持ってられるが…。

 俺とやり合って残酷なまでにその差をわからされたら

 もう上下関係がはっきりしちまうもんな。


 ジャクソン・ヘイルは仲村大輔のはるか下の存在。

 幻想の壁などやはり幻想、もともと存在しない幻影だった…ってな。

 さっきはカッコつけて関わらねえ態度取ってたのもそういうことだろ?

 わかりやすく英語で喋ってやろうか?ジャクソン・ヘイルさんよ」


その言葉に、ジャクソンの顔から笑みが消える。

見るからに一触いっしょく即発そくはつの雰囲気だ。


慎之介はこの大輔の態度にも少し違和感を覚える。

確かに大輔は勝ち気でイケイケな性格だが、分別ぶんべつもちゃんとわきまえている。

その彼が、一応礼儀正しく謝罪した人間にここまで挑発をするだろうか。

さきほどのウォーレンの発言がよほど気にさわったのか、それともほかに狙いがあるのか…。


怒りを抑えているのか、ジャクソンが真顔で大輔に質問する。


「…仲村大輔。

 君はそこまで挑発を繰り返して、いったい何を考えている?

 どうしたいというのかな?」


大輔はその言葉を待っていたかのように語り始めた。


「話が早いな。

 …7月、PFCが日本で大会開くんだろ?

 そこに俺が出てお前と闘ってやるよ、メインイベントでな。


 拳帝けんてい様直々のご出陣でジャクソン・ヘイルと一騎打ちとくれば

 今まで幻想を抱いていた連中も大喜びするだろうぜ。

 たいして売れてねえチケットもようやく動き始めるってわけだ。

 うれしいだろ?PFCも、お前もな。

 だいたい、お前もそのつもりでここに来たんだろうがよ」


そこまで聞いてジャクソンも笑みを浮かべる。

まさに、まるで彼もその言葉を待っていたかのようだ。


「それは面白い。

 だがすでに決まっている私の次のタイトルマッチの相手…。

 『マテウス・モンテーロ』はどうする?」


「誰だよ?知らねえよそんなやつ。お前らで何とかしろ。

 まあ話題が欲しけりゃ対戦相手くらい紹介してやるよ、それなりのな」


「…いいだろう。PFCの運営にもファンにも、私と君を闘わせたい奴は多い。

 日本開催でまだ時間もあるし、仲村大輔のネームバリューがあれば

 おそらく対戦カード変更も他の地域よりたやすく済むだろう」


ジャクソンが笑い、目的は達したというように振り返るが…。

その背中に大輔がまた声をかける。


「ついでと言っちゃなんだが…取引バーターを一つ頼む。

 さっきのクソ生意気なチビ助…ライアンだったか?それと…。

 こいつを闘わせてやってくれ。短い時間のエキシビションでいい」


その言葉にジャクソンが振り返ると、大輔は慎之介を指差した。

慎之介もジャクソンも、その言葉に少々驚いたようだが…。


「ふむ…まあ今回ライアンに試合はないし取引バーターむのは構わないが…。

 その少年は未成年、しかも学生じゃないのか?

 クリアする問題が多すぎるし、そもそも闘えるのか?

 軽量級とはいえライアンはPFC王者だぞ」


「こっちで必要な手続きや書類は用意する。

 特別試合エキシビションで十分だ。

 苗字みょうじは違うが仲村大輔の弟と言うことにしても構わねえ、似たようなもんだ。

 慎之介もそれでいいか?いい機会だと思うぜ」


その言葉にジャクソンは大輔の意図を理解する。

そうか、仲村大輔はこの少年を闘わせ、成長させたいのだ。

経験を積ませたいのだ…と。


「これ、俺の電話番号だ。なんか問題あったらかけてこい。

 言っとくが用事もねえのにかけてくんなよ。

 くだらねえ大会参加のお誘いとかマンション投資とか寄付のお願いとか…。

 そんなもんばっかりで辟易へきえきしてるんだ、俺は」


大輔が投げつけてきた名刺を受け取り、ジャクソンは笑いその場を後にした。


「いいだろう。だが、後悔するなよ。その選択をしたのは君だ。

 …電話を掛けてくる友もいない、君のな」


との言葉を言い残して。


―――――


さてそんな一幕を終えて…。

勘定かんじょうが足りてほっとしていた大輔に向かい、慎之介が話しかける。


「大輔さん、さっきジャクソンを思いっきり挑発してたけど…。

 過去になんかあったの?」


「ん?いや、俺の方はなんもねえよ。先に喧嘩売ってきたのはあっちだし。

 どうせならその思惑おもわくに乗ってこっちの要求を押し通そうと思っただけだ」


思惑?と聞き返す慎之介に、大輔はつらつらと話す。


そもそもジャクソンがわざわざ来たのは、詫びを言いに来たわけではない。

適当に理由や因縁いんねんをつけて仲村大輔と自分のカードを組みたかっただけだ。

7月のPFC日本大会は日本の格闘技熱がしぼんでいるせいかあまり盛り上がっていないし、団体もなんとか客を呼べるカードを作りたい。


そこで『拳帝』仲村大輔に目を付けた。

拳帝ならネームバリューも十分だし、何より仲村大輔対ジャクソン・ヘイルはPFC最大の幻想を実現させたカード。

大輔は日本人だし、日本で行う大会としてはこれ以上ない最高のカードだろう。


なんとか実現させようとした所に、今日の遭遇そうぐうがあった。

とにかく因縁を作ろうとウォーレンもジャクソンも躍起やっきになっていたというわけだ。


「ほら、途中で俺が電話で中座ちゅうざしたろ?詩音にカツ丼食われた時のやつ。

 あれもPFC運営からなんだよ、今度の日本大会出てくれませんかって。

 ここ最近電話もずっとかかってきてたから、もう出るのも面倒くせえし

 せっかくだからジャクソンと決着つけてやろうと思ってよ」


そういうと大輔は財布をしまい、そして

『詩音!起きろ!もう帰るぞ!』

と眠っている詩音を起きるようにうながす。

それでもまったく起きない詩音をおんぶしながら、大輔は慎之介に言った。


「ついでに押し通そうとした要求ってのは、お前も聞いてたろ?」


「えっ?」


「お前も出場するんだよ、PFCに。しかも相手はまさかの軽量級王者だ。

 エキシビションマッチとはいえ、世界がお前を初めて観るんだ。

 全世界に、快斗の時みたいな面白い戦いを見せてくれよ」


そうだ、そうだったと慎之介は思い出す。

先ほど大輔が言った言葉…。

PFC軽量級王者『ライアン・フィンチ』と自分が戦う。

自分の成長を願ってのことなのだろうが、それにしても王者が相手とは…。

エキシビションなのでまだどういうルールなのかはわからないが…。

気を抜くわけにはいかない、と慎之介も気を引き締めた。


(それにしても…カツ丼、食べたかったなあ。

 勝ったらまた連れてきてもらおうかな)


―――――


燈映ひうつりの駐車場で慎之介を後部座席に、まだ起きない詩音を助手席に乗せて、大輔は車を発進させる。

その心の内で、彼はさきほどの出来事を回顧かいこしていた。

とくに、ジャクソン・ヘイルのことを。


…『あの爺さんもう切った方が良いぞ。いつかお前の重りになるぜ』… 。


そう声を掛けた時にジャクソンが見せた一瞬の動き。

あれは『怒り』だ。


ウォーレンは自分がジャクソンの長年のトレーナーと言っていた。

つまり、親代わりのようなものなのだろう。

笑顔で自分たちの個室に訪れたジャクソンだが、内心は別だったはずだ。

親を侮辱された怒りで。


えて怒りを押し殺して興行のことを考えたジャクソンに、大輔も妙な共感を覚え、大会に出てやろうという気になった点は否定できない。

もっとも、慎之介の経験と成長が一番の理由ではあるが…。


(…互いに親父への想いは強いってわけか。

 妙なところで共通点を見つけちまったな、ジャクソン・ヘイル。

 だが、絶対に手加減はしねえ。

 幻想の壁は、限りなく高い壁だってことを思い知らせてやるよ)


そんなことを考え、自分のマンションへ車を走らせた。


すでに時間は21時を回っている。

今の詩音はもう山を越えられる余力はとてもないし、この時間なら未成年の慎之介も一緒に自分のマンションに泊まらせた方が良いだろう。

それに大輔もたまにはマンションに戻らなければ、自宅の状態も把握できない。


その提案を受けて、慎之介は母である雪乃に

『今日は大輔さんの家に泊まる』

と連絡する。

…そして、後部座席から大輔に問いかけた。


「ところで、大輔さん。

 さっき大輔さんが言ってた『対戦相手を紹介する』って、そういえば誰?

 僕の知ってる人?」


「ん?なんだそれ?そんなこと言ったか?俺」


「え…いやほら、本来ならジャクソンの相手だった人…。

 マテウスだっけ。それと戦う相手、紹介するって…」


慎之介は嫌な予感をしながら聞き返す。

まさか忘れてるのか、いやそもそも言ったことさえ覚えてないのでは…と。


「あー…そんなこと言ったっけ?

 …ところで慎之介、誰かそういう奴いるか?

 俺そういう友達いねえんだよ」


「ほら出たよ、やっぱりね」


―――――


…さて場面は変わり、大輔たちより先に燈映を後にしていた香田一家。

その車内で喜太郎がまた大ぼらをうそぶいているが…。


「フッ、俺ならジャクソンなんて一瞬だけどな。

 仲村大輔さんも甘くなったもんだぜ」


「…」


しかし、天音からいつものツッコミはない。

ずっと窓から外を眺めているのみだ。

いつもはキレのいいツッコミを返してくるのだが…と少し喜太郎も心配になる。


「…どうした天音。いつもなら

『一瞬なのはお兄ちゃんでしょ』

とか

『甘いのはお兄ちゃんの考えでしょ』

とか返してくるくせに」


「…ん?ふーん」


先ほど店を出てからずっと天音はこうだ。何を言っても空返事からへんじ

ずっと窓の外を見て心ここにあらずといった形だ。


兄の喜太郎やボディガードの遼は心配するが、父の情熱は察知さっちする。

これはおそらく過度に期待を抱いていた霧神慎之介という少年の幻想が砕けたのだ、と。

彼を現実に見て少々期待外れだったのだろうか、別に彼はなかなか悪くはないと思うが…。

いやいや思春期の女の子ならば、たとえ実物がどうであれ幻想を過度にふくらませて勝手に期待して勝手に失望することも珍しくない…と。

情熱はそう思い、いや願望だろうか、ほっと胸をなでおろすが…。


ただ母のゆかりとボディガードの葵は情熱とはまったく正反対のことを考えていた。

特に母のゆかりは確信していたと言っていい。

これは幻想が砕けたのではなく、むしろ花開いたのだろう、と。


(少しその恋の行方を見守ってあげようかしら。

 天音が気に入るなら悪い子ではないのだし)


そう考えて、ゆかりは少し微笑んだ。

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