第17話「Mr.Trouble Maker」
ジャクソンの取り巻きの熟年男性が大輔の腕をつかみ、何やら英語で吠えている。
慎之介には何を言っているのかわからないが、どうやら肩がぶつかったとか侮辱を感じたとか、そういう単純な話ではないらしい。
何か、もっと深い因果のようだ。
「…わかったわかった。とりあえず外で話そうぜ。
ここにいたら他の客に迷惑がかかる」
流暢な英語で大輔は熟年男性に話し、外を指差す。
熟年男性はまだ納得いかないようだが…。
次に大輔はジャクソンのチームの一人…さきほど争いを煽っていた、20代後半の男性にも声を掛けた。
「おいチビ助、お前も外に出ろ。
俺を煽っておいて逃げられると思ってんじゃねえぞ。
来なけりゃお前は世界に誇る日本の救急車の乗り心地を
自分の身で楽しむ羽目になるぜ」
B級映画の受け売りのような謳い文句に小さな男は一瞬怯むが、それでも不敵な笑顔を浮かべ椅子を立つ。
今の騒動をハラハラと見守っていた店内に対して、大変お騒がせしました、と大輔は頭を下げ二人とともに外に出ようとするが…。
その前に慎之介に向き返り声をかける。
「うーん、そうだな…慎之介、お前もちょっと外に来てくれ。
そしてあのチビ助が暴れたらお前が止めろ」
「え…そんな物騒な話なの?」
―――――
さて、店の外に出た4人。
60代ほどの熟年男性『ウォーレン・D・オーバー』が凄い勢いで大輔に捲くし立て始めた。
『ダイスケ・ナカムラ!
何度でも言ってやるが、お前のせいで私の最高傑作ジャクソンは
不当な評価を受けているのだ!
たかが日本人のお前の、自分勝手な振る舞いのせいでな!!』
ウォーレンが言うには、こういうことだった。
まず、目の前の熟年ウォーレンは、MMAスーパースターであるジャクソン・ヘイルの長年のトレーナーらしい。
母国オーストラリアでダイヤの原石であるジャクソンを見つけ指導し、ジャクソンもそれによく応え、世界を獲れると確信するレベルにまでなった。
そこて目を付けたのが、2年前に開催されたPFC無差別級王者決定戦トーナメント。
その当時の王者が怪我で引退することになり、新王者を決定するためトーナメントを開催することになったのだが…。
運悪くジャクソンは練習中の怪我で大会を棄権することになったのだ。
そしてその大会で優勝したのは、飛び入り参加した仲村大輔だった。
鬼神のごとき強さで圧勝し続け新王者となるも
『もうこの団体に用はない』
と賞金のみ受け取り、優勝したその場で王座を返上したのだ。
その後、復帰したジャクソンは、暫定王者となった男を倒し王者となった。
だがどれほど勝ち続けようとも、どれほど鮮烈に相手をKOしようとも、どれほどテクニカルに勝利を収めても…。
聞こえてくる声は
『強いけど、仲村大輔には及ばない』
『仲村大輔が残っていれば彼が永世王者になっていた』
とのものだった。
そのせいでいつまでも超えられない、超えようがない幻想の壁として、ジャクソンの前にはずっと仲村大輔が立ちはだかっている。それが許せなかった。
そんな鬱憤を抱えていたところ、たまたまこの店で大輔を見つけ、ここぞとばかりに因縁をつけたというわけだ。
興味なさそうにその話を聞いていた大輔が
『ああ、そういえばそんなこともあったな…』
と思い当たる。
確か養父の三刀谷が殺されて2,3か月後のことだ。
復讐の鬼と化していた当時の大輔は、犯人…つまりガイゼンの情報を血眼になって探していた。
全世界を飛びまわり、参加できる格闘大会があれば参加して犯人を捜した。
大会に参加しながら調べたところ、PFCは犯人と関わりがなかったため、さっさと王座返上したが…。
まさかこんな形で摩擦が残っているとは。
(そういう余裕はなかったとはいえ…もうちょっと、やりようはあったな)
そうは考えるものの、もう後の祭りである。
大輔は頭をかき、ため息をついて、ウォーレンに告げた。
「わかったよ。じゃあ、俺がどっかでジャクソンと闘ってやればいいんだろ。
ただしその結果どうなっても知ったこっちゃねえし、責任は取らねえからな」
面倒くさそうにそう言う大輔に対し、ウォーレンはニヤリと笑い言葉を返す。
いいや、ダメだ、と。
「はあ!?なんでだよ」
「考えてもみろ、今のジャクソンは王者だ。
戦うと言って、はいそうですか、と答えるわけにはいかん。
正式に団体と専属契約し、挑戦するための手順を踏め。
ジャクソンは王者、お前は挑戦者だ。そのことを考えろ」
喧嘩を売ってきながら驕り高ぶったウォーレンのこの言葉に、イラッとした大輔が舌打ちをする。
「専属契約だと?俺を飼い犬にするつもりかよ。
下手に出てればつけあがりやがって。
…おい慎之介、もういいよ、戻ろう」
慎之介の肩を軽く叩き、大輔は店の中に入る。
慎之介も置いていかれる外国人二人を一瞥し店に戻った。
いったい何の話だったんだろう?と思いながら。
―――――
店内に戻った大輔は、まだイライラしながら支配人に言う。
「ダメです、あのご老人は話が通じません。しかも人種差別者です。
一応注意はしましたが、次暴れたら警察を呼んでください」
ウォーレンの態度や、彼がふと口走った
『たかが日本人』
という侮蔑も覚えていたのだろう、大輔がかなり怒っているようだ。
まあ、人権意識が高いというよりは単に不愉快だっただけなのだろうが…。
そして自らの席に戻る際、あくまで我関せずといった態度を貫き通しているジャクソンに向かっても英語でこう言った。
「よう、あの爺さんもう切った方が良いぞ。いつかお前の重りになるぜ。
もうなってるのかもしれねえが」
それを聞いてジャクソンは少し動きを止めるが…。
振り向かず、ただ日本酒を飲み続けるのみだった。
―――――
まだ少しイライラしながら大輔が自分たちの個室の襖を開ける。
「ったく、無駄極まりねえ時間を過ごしちまったぜ。
さあついにカツ丼を…あ、あれ?」
自分たちの個室に戻った大輔が素っ頓狂な声を上げる。
楽しみにしていたカツ丼…。
自分の席にあるはずのそれが、すでに空の器になっているのだ。
「あっ!僕のもない!」
そう、慎之介の席に運ばれているカツ丼も、すでに空になっている。
自分がいた時には運ばれてさえいなかったのに。
見ると、個室の端で酔っぱらった詩音が気持ちよさそうに寝ている。
…もう犯人は一人しかいない。
まさかほかの客が個室に乱入してわざわざカツ丼を食べるということもあるまい。
「詩音!お前まさか俺と慎之介のカツ丼、両方とも食っちまったのか!?」
「うーん、もう食っちまったあ」
「食っちまったじゃないよ!何をそんな普通に!!」
見ると、他の料理も…。
詩音が自分で頼んだ料理も、慎之介と大輔が残していた料理も平らげられている。
二人とも怒りや呆れを通り越して
『よくもまあ、こんなに食べたものだ』
と逆に感心してしまった。
最初から頼めばよかったのに…とも。
二人は改めてカツ丼を注文しようとするも、すでに材料切れで注文不可とのこと。
それはそうだ、この店の大人気料理なのだから。
お目当てのカツ丼が食べられなかったことに二人はひどく落胆し…。
やむを得ずまだ頼めた鯛茶漬けと梅茶漬けを頼むことにしたのである。
―――――
ガッカリしながら梅お茶漬け―もちろん、このお茶漬けも芳醇で味わい深く美味なのだが―を食べている慎之介に、大輔がウォーレンとの先ほどの会話を説明する。
全てを話し終わった後に、ため息をつきながら大輔は言った。
「まあ、単なる逆恨みだよな。いや逆恨みってレベルでさえないかもしれねえ。
そのせいでカツ丼が食えなくなって…。
いい迷惑だよ、あのクソ人種差別ジジイ。まったく」
大輔は心底悔しそうだ。
慎之介も大輔もなぜか詩音へは恨みを向けず、ウォーレンに恨みを向けているのだが…。
まあ詩音は家族だし
『酔ったらそういう人だから』
と二人ともわかっているし…。
それよりは無駄に絡んできたウォーレンに怒りを向けるのは、当然なのかもしれない。
「ところでそういう話なら…。
大輔さんがさっきのもう一人を倒しても良かったんじゃないの?
ほら、さっき一緒に外に出た、僕と同じぐらいの体格の人」
梅茶漬けを食べながら慎之介が大輔にそう尋ねると、大輔は鯛茶漬けをレンゲでかき混ぜながら答える。
「俺がやると弱い者いじめになっちゃうだろ。
それに見た目からしてあいつもたぶんPFCの選手だろうし
お前のレベルアップにちょうどいいじゃないかと思ってな。
経験値も少ないザコだろうけどよ」
ジャクソンの一団にも聞こえているのではないかという声で大輔が笑う。
カツ丼が食べられなかったことがよっぽど悔しいのだろうが…。
しかし、日本語が通じないだろうとはいえジャクソン達に聞こえたら、また面倒なことになるのではないか…。
そう慎之介が考えた時だった。
「彼はPFCの王者だよ、一応ね。
名は『ライアン・フィンチ』…もっともクラスは軽量級だが」
個室の外から、自分たちに向けた声が聞こえる。
慎之介が襖を開けると…なんと、そこには笑みを浮かべたジャクソンが立っていた。




