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第2話「Sentimental issues」

「おーし、声出していけよ声ー」

 花宮高校のボクシング部、主将の哲司が後輩を指導している。

 彼は二週間前に慎之介に敗れてから憑き物が落ちたかのように爽やかになった。そのため、今まで彼や柴崎を怖がり距離を置いていた後輩たちも部活動に精を出し、徐々に顔を見せるようになってきたのである。格闘家連続殺人事件の余波で格闘技界全体に冷たい視線があるとはいえ、さすがにまだ部活動までは制限されるほどではなかった。もっとも、心配な保護者も多いようではあるが…。

「慎之介君、来ねえなあ。あーゆーかわいい男の子を観るのが生きがいなんだけどなあ」

 熱心に練習に励む後輩たちを見て彼女である絵美里が残念そうにつぶやく。哲司もそれは残念に思うが、それも仕方ない。もともと慎之介は道場破りのために、建前上ボクシング部に入部したのだ。道場破りを完遂した今では、わざわざボクシング部に来る意味もない。あいつが来れば高校ボクシング界、ひいては日本のボクシング界の伝説を塗り替えることさえできるかもしれないのに、とは思うが…無理強いはできない。

「来ねえと言えば…柴崎もここ一週間、顔を見せねえんだ。学校にも来てねえ。何やってんだろうな」

「慎之介君に負けてふてくされてんじゃねえの?まっ、そのうち顔出すでしょ」

 哲司と絵美里はそんな会話をするが…哲司の心に一抹の不安がよぎる。自分のように負けてさっぱりし、さらに向上心を抱く人間もいるが、どちらかというとそれは稀だ。負けたことに悔しさと屈辱を抱く人間の方が多いのは間違いない。それだけならまだいいが、恨みを抱いてよからぬことを考えていたら…。

「それより絵美里、お前たまに昼休みとかにいちいち一年生の教室に行って慎之介を見に行くのはやめとけ。一年生、怖がってたぞ」

「なんだよ、いいじゃねえかよ。手を出そうってんじゃねえんだから。かわいい男の子を観るのは花とか小動物を愛でるのと同じことだろ」

「うーん、違うと思うがなあ…まあとにかくやめとけ、一年生に迷惑だから」


 さて、ここはBAR『rip current』。その柴崎が恨みを抱いて復讐のために訪れたのがここである。

 ある大企業が全出資した会員制のBARだが、限られた者しか入れない…つまり警察など外部の目が届きづらいのをいいことに、今ではその大企業の創業者一族の御曹司が我が物顔で居座り悪事などの談合や密会などに使っていた。本来昼は営業していないその場所で、ここしばらく学校をサボッていた柴崎が今日も昼間から目の前のその御曹司―香田喜太郎こうだ きたろう―相手にクダを巻いている。

「喜太郎さん、俺悔しいっすよ。あんなクソガキに調子に乗られて…哲司さん、いや哲司の野郎も腑抜けやがって、リベンジを考えてさえいねえ。やられっぱなしでいいのかって。ちょっと顔がいいからってあのガキ、調子に乗りやがって」

 哲司が心を入れ替えてから、ボクシング部に居づらくなった柴崎が愚痴を言う。確かに慎之介は調子に乗っていたのかもしれないが、哲司も心を入れ替えただけである。また、実は横恋慕していた哲司の彼女である岬絵美里が慎之介を『かわいい!かわいい!』と連呼していることから、嫉妬の念も込めてあることないこと言いふらしているだけではあるが…。そんな彼の愚にもつかないたわごとを聞き、喜太郎が腕を組み含み笑いしながら言う。で?俺に何をしてほしいんだ?と。その言葉を待っていたかのように柴崎が笑う。

「慎之介をボコボコにぶちのめしてほしいんスよ。あのすました面にでっかい傷を残してほしいんです」

 それを聞いた喜太郎が、ハハハハと高笑いしながらアップルジュースの入ったワイングラスを回して言う。

「男の嫉妬はみっともないねえ…まあ、いいさ。かわいい弟分の頼みだ。俺も腕には覚えがあるし、ちょうど強いやつと戦ってみたかったんだ。それに…」

「それに?なんですか?」

 柴崎の疑問に、喜太郎は笑いながら答える。実は最近、とんでもなく強い奴との伝手ができた。カネはかかるが、その強さはべらぼうで、この世の中にそうそう勝てるやつがいるとは思えない。そいつは悪党としか戦うつもりはないようだが、その辺はごまかして慎之介と戦わせればいい…と。喜太郎はカクテルを呑みながら、言葉を継いだ。

「あいつの強さはマジで極上だ。眉唾だが、海中で複数のサメに襲われつつも拳一つで生還し、なんならそのまま鯨を殴り飛ばしたって話だ。極めつけには御嶽山を殴って修行したなんてバカみたいな伝説を聞くし…その道では『拳帝』だとか『金獅子』なんて呼ばれて、一部の連中の畏敬の対象にもなってるらしいぞ。ま、さすがにその辺は信じる方がバカだけどな」

 柴崎はその話を笑い飛ばす。それはいくらなんでも嘘だ、そんなバケモノみたいなやつ、この世の中にいるわけがない、と。喜太郎も笑い、それでもコンタクトは取っておく、念には念を入れてな…と言いながらグラスに残っていたアップルジュースをゴミ箱に投げ捨てる。

「俺はこういうものの前祝いに呑むものは決めてるんでな。マスター、あのカクテルを二つ頼む…お前も飲めよ、アルコールも入ってないし俺の考えたカクテルだがなかなかいけるぜ」

 その言葉に調子に乗った柴崎も、飲んでいた烏龍茶をチョコスナックが入っている皿に笑いながら流し込む。そしてマスターから運ばれてきた喜太郎考案のノンアルコールのオリジナルカクテル『Den lille Havfrue』を一気に飲み干した。…あんまり美味しくねえなこれ、と思いながら。


「マスター、いつもごちそうさん。金は親父にツケといてくれ。ふん、どうせ親父が払わざるを得ないんだ」

 呑み終わった喜太郎がマスター『玉野銀次たまの ぎんじ』にそう言い店を出る。銀次は静かに俯きため息を吐いた。

 香田グループ。日本では知らない者はいないと言ってもいい、世界でも有数の大企業。喜太郎はその創業者一族の御曹司である。幼少から万事を優秀にこなしてきたが、それがためプライドが肥大し、その能力と金銭的余裕から他者を蔑み、金と権力を用いて従わせたつもりになっている。おべっかを使いまとわりつく取り巻きはみな、その金や権勢が目当てに過ぎないのに…誰も喜太郎を見ていないのに。

 そんなことにも気づかない彼に呆れ、家族はみな彼を見捨てていた。彼の家族は父と母と祖父、そして妹がいるが、誰もが「あれは香田家の恥」「とっくに家族の縁は切った」「その名前は二度と出すな」と完全に縁を切っている状態だった。それでも息子が迷惑をかけて申し訳ないと、喜太郎の不払いや後始末はすべて父がつけていた。それがゆえ、喜太郎が調子に乗っているというのも一因ではあったのだが…。

「喜太郎様…もうそろそろお気づきになりませんと、もはや永遠に取り戻せませんぞ」

 銀次は寂しそうにそう呟いた。


 さて放課後、ホームルームを終えて帰宅の準備をする慎之介。同級生の遊びの誘いを、嬉しいけど家の仕事があるから、と優しく断り帰路に就く。今日こそは山道を30分切らないとな、と考えるが…帰路の途中の川沿いの小道で柴崎が仁王立ちして立っている。彼は慎之介を見つけると、不敵に笑い声をかけてきた。

「よう小僧、てめえを待ってたぜ。実はよ、会わせたい人がいるんだ」

「あ、えーっと柴崎さん…でしたっけ?すいませんが、家庭の事情で早めに帰らないといけないので、僕」

 と言い、慎之介は柴崎を通り過ぎてそのまま帰ろうとするが…その他人事のような言葉に怒った柴崎が、てめえのせいだろうが!と叫び慎之介を殴り飛ばそうとする。実力的に劣るボクサーの、しかも怒りで我を忘れた状態での攻撃。慎之介は軽くそれをかわすが、それがまずかったのか、柴崎はさらに逆上し拳を振り回してきた。

 下校の時間帯のせいか、帰路に就く生徒たちがそれを目撃して騒然とし始める。うわっ、喧嘩だ。一年生が殴られている、でも全然当たってないぞ。ともかく先生を呼ぼう、と。周囲の反応に慎之介も、これはまずいぞ、と考える。これほど衆目に晒されている場所で喧嘩などとわかったら、柴崎は当然として、ただ因縁つけられただけの自分もとばっちりで処分を受けかねない。

 慎之介は決意し、激昂している柴崎の腹にボディブローを一発、そのまま怯んだところに顎にフック。柴崎はそのまま倒れ気絶する。

「だいじょうぶ、大丈夫です!ちょっと漫才の練習してただけですから!お騒がせしました!」

 ざわざわしている周囲の生徒たちに慎之介が慌てて弁明するも、当然みんな信じていない雰囲気である。ここは学校からもそう遠く離れていないため教師を呼ぶ人間もいるだろうし、周囲から何ごとかと思った大人が出てきてもおかしくない。

 慎之介は焦りどうしようか考えるが…陰で見ていた喜太郎が不敵な笑いを浮かべ、慎之介の前に姿を現した。

「やるじゃないか。おい、場所を変えるぞ。ここじゃお前もやりづらいだろう」

 不意に姿を現した喜太郎。こいつが黒幕かと慎之介は舌打ちするも、できるだけ早く場所を変えたいのは慎之介も一緒だ。喜太郎を睨みつけながら後についていこうとするが…。

「おっと、この人を放っておいたらマズいな…う、重いし」

 と意識を失っている柴崎を持ち抱え、騒然とする生徒たちを後にして喜太郎の後についていった。


 閑散とした駐車場に到着した喜太郎と、その後についてきた慎之介。そしてまだ気絶している柴崎。

「ん?『拳帝』はまだ来てないのか…」

 と喜太郎は周囲を見回し呟くが、まあいい、と呟き、慎之介に向き返る。慎之介は抱えていた柴崎を地面に放り投げ、喜太郎を睨み返した。相手は身長175㎝程度、20代前半だろうか。細身と言うわけではないが、筋肉質や肥満体と言うわけでもない。お洒落で高そうなスーツに身を包んでいるが、いかにも性格の悪そうな顔つきで不敵な笑いを浮かべている。なお、左目は下げた髪に隠れて確認ができない。単純にファッションなのだろうか?慎之介は内心、なんかゲゲゲの鬼太郎みたいだな、とふと考えていた。

「申し遅れた、俺の名前は香田喜太郎。お前をぶちのめしてくれって、そこの柴崎が俺に頼むものだからな。かわいい弟分の頼みを聞いてお前を痛めつけに来た。まあ、悪く思わないでくれよ」

 と喜太郎が言うが…当の慎之介はどうでもいいことを確信していた。

(香田喜太郎…キタロー!やっぱりあの前髪はゲゲゲの鬼太郎リスペクトだったんだ)

 たまたま似通っていただけで、喜太郎には別にその意識はないのだが…。


 喜太郎が気勢を上げて慎之介に突進する。ワンツーのストレートから回し蹴り。慎之介は危なげなくそれをかわすが、なるほど、言うだけのことはあるな、と感心する。戦闘に適していない服であっても、そこそこの速さだ。しかし一般人よりは明らかに強いだろうが、以前闘った哲司ほどの速さ、強さは感じられない。慎之介は周囲に人の目がないことを確認すると、不用意に出してきた喜太郎のストレートを取り、関節技『脇固め』の体勢に移行した。

 しっかりと極まった腕、その痛みに喜太郎が悲鳴を上げる。彼は必死に外そうとするが、一度極まった関節技はそう簡単に外れるものではない。もがく喜太郎に、慎之介がギブアップと謝罪を勧める。

「諦めたほうがいいですよ。折るつもりはないですが、ここまで極まったら自分の力で外すことはできません」

 この程度の相手なら姉から教わった一般技で十分。慎之介はそう考えていたが…ふと、周囲の音が消えるような不思議な感覚を覚える。

 途端、まるで『獅子』と形容するに相応しいような凄まじい殺気を感じ、脇固めで捕らえていた喜太郎の手を放す。解放された喜太郎は腕の痛みで悶絶しながらも転がり続け、凄まじい殺気を放ち歩いてきた何者かに助けを求めた。

「け、拳帝!!助けてくれ!あいつだ!あいつが言っていた悪魔のようなガキだ!」

 と喜太郎は『拳帝』と呼んだその男の足に縋りつく。

『拳帝』。身長は180㎝前半ほど、年齢は20代中盤ほどだろうか。髪は金色に染め上げており、顔は武骨ながらその目は意思の強さを伺わせる。筋肉質なぶ厚い体をしており、その場にいるだけで周囲の人間に一目置かれるような威圧感を与える。しかし服装は…下はデニムのジーンズというのはまだいいが、まだ肌寒さを残す季節だというのに上半身は赤色のTシャツ一丁。おまけにかわいいライオンのキャラクターロゴ入り…妙なファッションセンスだ。慎之介がその服装に笑いだし、拳帝に声をかけた。

「…まだ四月の半ばなんだけど。寒くないの?大輔さん」


『拳帝』…仲村大輔なかむら だいすけは慎之介に向かい、よっ、と声をかけ気さくに笑った。

「悪魔のようなガキって言うから誰かと思ったら、お前かよ。まったく、どんな奴か楽しみだったのにな」

 と親しげに笑う。喜太郎は何が起こっているかわからず、呆然とした表情で慎之介と大輔を交互に見回すが…大輔は足に縋りついていた喜太郎の頭をゴンと殴ると、喜太郎は一撃で白目を剥いて気絶した。

「俺がお前みたいな小賢しい奴に使われるか、このマヌケ。お前を連れ戻してくれって、お前の親父さんに頼まれたんだよ。まったく、この親不孝者が」

 と大輔は気絶した喜太郎に吐き捨てるとそのまま彼を持ち上げる。そして慎之介の方を向き返り笑いかけた。

「こいつは俺が香田家に連れて帰るからよ。慎之介、お前もあんまり目立つとこういうバカみてえなのに絡まれるから、普通の高校生的な青春とかしたほうがいいぞ」

 仲村大輔。嘘か本当かはともかく数々の伝説を残し、世に『拳帝』や『金獅子』と呼ばれる男。なぜそこまで強さを求めるのか、そしてどうやってそこまで強くなったのか。彼はそれを公に語ったことはないが、鬼神のごときその強さを疑う者はおらず、世界最強候補の一人ともいわれている。しかしながらその性格は少々荒いながらも面倒見のいい普通の青年で、霧神詩音の幼馴染でもある。もちろん、その弟の慎之介とも旧知の仲であり、慎之介が『兄貴分』として慕い、いつか超えたいと思っている人間でもある。

 喜太郎が気絶した後、タイミングを見計らったかのように迎えに訪れた香田家の高級車。その後部座席に喜太郎を放り投げると、大輔は慎之介に言う。最近世を騒がせている格闘家連続殺人事件。やっと犯人の所在がある程度絞れた、そのうち霧神家に行って色々伝える。そう言い残して大輔も香田家の車に乗り去っていった。

「『ガイゼン』…」

 大輔の言葉を聞いた慎之介がそう呟き、拳を握る。それは格闘家連続殺人事件の犯人の通り名。

 慎之介も友人をその一連の事件で失ったが、別の事件では大輔や詩音の関係者も殺害されており、ガイゼンは大輔、詩音、慎之介の共通の仇でもある。大輔は詩音や慎之介を巻き込むまいとしているが…せめて情報は伝えておいた方がいいと思い、逐一ガイゼンのことを共有してくれていたのである。

「絶対に許さない…でも、大輔さんならともかく、今の僕が勝てるとは思えない…もっと強くならなければ」

 慎之介はそう呟き、より修行に励もうと決意するが…。

 近くで、うう…と声が聞こえる。慎之介がそちらを見ると、柴崎が目を醒ましながらも、痛みと眩暈でうめき声をあげていた。

「あっ、そうだった。この人どうしよう」

 慎之介は周囲を見回す。人けのない裏路地で幸い誰もいないものの、誰か来たらどう思われるだろう。倒れた高校生と自分…パッと見たらどう考えても加害者は自分である。まあ、理由はどうあれ実際そうなのだが。

「…待って!待ってー!大輔さん!この人も連れて行ってー!」

 運よく少し先の赤信号で止まっていた香田家の車に手を振り、慎之介は意識が朦朧としている柴崎を担ぎ上げ、喜太郎と併せて車の後部座席に放り込んだ。


 さて、その香田家の車が向かった先は一等地に位置する香田家。庶民からすれば、いったいいくら出せばこんなとんでもない家が建てられるんだ、と笑ってしまうほど広い大豪邸である。

 運転手を務めていた銀次がドアを開け、ロープでグルグル巻きに縛られた喜太郎を担いで大輔が車を下りる。銀次は大輔に深く頭を下げ、同じくグルグル巻きにされた柴崎を連れて彼の実家に行くと告げ、また車を発進させた。

「おい、反省してるから、縄をほどいてくれよ!」

「全然してねえだろ馬鹿が。お前、今の自分の立場ってものをもう少し真面目に考えたほうがいいぞ」

 叫ぶ喜太郎を軽く脅し、抱え大輔は家の応接室に向かうと、そこで頭を下げ続ける喜太郎の父「香田情熱こうだ じょうねつ」、そして母「香田ゆかり」の前に、縛られたままの喜太郎を座らせた。

「この馬鹿者が!大馬鹿者が!!」

 と涙を流しながら、情熱は喜太郎を叩き続ける。普段は優しいゆかりも厳しく喜太郎に言いつけた。

「もうあなたを甘やかしたり、放任したりしません。あなたにも私達にも、これが最後のチャンスだと思って、今度こそあなたを徹底的に躾けます。もし今度あなたが道を違えたら、私たちも諦めて、貴方を最初からいなかったものと扱います。覚悟しなさい」

 その言葉を受けて大輔はニヤリと笑い、情熱とゆかりに言う。

「その時にはいい教育施設があるんで紹介しますよ、まあ荒くれ者の多い海の上なんで、良くても一年は戻ってこられませんが…あ、もし良かったら今紹介しましょうか?」

 もちろん、大輔も脅しで言っただけであり、本当に今そこに連れていくつもりはなかったのだが…その言葉に喜太郎は怯え、必死に両親と大輔に詫びた。

「心から反省します!今度こそ本当に心を入れ替えるんで勘弁してください!パパ、ママ、許してください!」

 どうやら、香田家の不良息子の騒動は、一件落着しそうである。


 縄も解かれず別室に連れていかれた喜太郎を見届けて、情熱が改めて頭を下げる。

「仲村大輔さん、本当にありがとうございます。私たちも最悪の事態を覚悟の上の荒療治でしたが、何事もなく済んでよかった。この通り、お礼御申し上げます」

「おかまいなく、三刀谷の親父の代から香田さんにはお世話になってますし。それに、今回喜太郎くんを成敗したのは、実は俺じゃないんです。霧神慎之介っていう、俺の幼馴染の弟で、まだ15歳の高校一年でして。自分よりもずっと年下の少年に手加減された上であそこまで完敗したんじゃ、もう強さや無頼を誇るなんて恥ずかしくてできないでしょう。きっと、今度こそまっとうに生きるはずですよ。でなきゃ今度は俺が喜太郎君をわからせてやりますんで」

 それを聞いて、一部始終を見ていた銀次も満足そうにうなずく。今度こそ大丈夫だろうと安心しながら。その隣で、母のゆかりが驚いたように言った。

「あらっ、高校一年生なんて、娘の天音と同じ年じゃない。世の中にはすごい子がいるものですね」

 ゆかりは感心してそう言うが…部屋の外でこっそり話を聞いていた香田家の娘であり、喜太郎の妹である香田天音こうだ あまねがその言葉を聞いて驚く。天音も兄の喜太郎を軽蔑していたが、その強さや能力だけは本物だと思っていた。もっともそれがゆえに喜太郎が道を踏み外してしまったのであり、天音としては尊敬できる点でもなかったのだが…。

(私と同じ年で、お兄ちゃんに勝てる人がいたんだ。霧神慎之介くんか…どんな人なんだろう)

 と、名前しか知らない『霧神慎之介』という存在に少々の想いを馳せた。



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